Rachel

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結局、昨夜はあの岩場でしばらく彼と話をした後、一番近い島までリルが海面を泳いで送っていったのだ。
彼は溺れて打ち上げられたようだったが、それを感じさせないくらいしっかりとした足取りで海岸から去っていった。
そんな彼の姿が、ずっと頭にこびり付いて離れない。

「ユーサー…」

一人残された部屋の中で呟く彼の名前は、酷く物悲しかった。

初めて目にした人間は、大人たちが言うような恐ろしさも冷酷さもなく、とても明るく屈託のない顔だった。
初対面で、しかも人魚であるリルに人懐っこく話しかけてくる不思議な人だった。
リルが陸上をほとんど見たことがないと知るや否や、いろんな話を聞かせてくれた。
それはシンが教えてくれる陸のことよりも、もっとずっと楽しそうだった。

シンは博識だが、どうにも真面目なので、無駄だと思う話はしない。
でもユーサーは、シンでは教えてくれない些細なことや取る足らないこと、面白おかしいことや刺激的なことまで、たくさん話してくれた。
それはリルにとって胸をときめかせる話だった。
そう、まるでおとぎ話のような…

(会いたい…)

会って話がしたい。
もっと色んな話を聞きたい。

童話の世界に飛び込んだように感じていたリルは、自分もその主人公になれるのではないかと胸躍らせていた。
しかし、嘘をついた後ろめたさからか、シンの目を欺いてまで抜け出す勇気はなかった。

ユーサーに会いたい。
でもシンには心配させたくない。

そんな割り切れない思いのまま、いつも通りの時を過ごした。

それから、ひと月ほど経ったある日のことだった。
シンが再び陸へ買い出しに出かけることになったらしい。
あの夜と同じ状況に、まるで時間が巻戻ったように感じたリルは、逸る気持ちを抑えることが出来ず、あの時と同じように里を抜け出した。

「ごめんなさい…」

あさっての方を見ている巡回の者に小さく謝ってからリルは、ユーサーと別れた島の海岸を目指した。
次第に明るくなる水中で気持ちばかりが急いて、思わず海面から勢いよく顔を出してしまったが、誰がいるとも分からない岩礁ではとても不用意な行動だ。
リルは慌てて岩陰に隠れ、こっそりと辺りを見回すが特に誰もいないようだ。

「よかった…」

しかし、勢いでここまで来たのはいいが、彼がどこにいるのか分からない。
そもそも、この島の住人なのかすら分からない。

どうしようかと考えていると、こちらに向かってくる人影を見つけた。
隠れていたつもりが、まさか見付かってしまったのかと逃げようとした時だった。

「あれ?キミ…リル?」

聞き覚えのある声に半信半疑で振り返ると、そこにはユーサーがいた。

何故こんなところに居るのか、これは偶然なのか。
互いに驚きで固まっていると、ユーサーが小さく呟いた。

「すごい…」
「え?」
「いや、なんとなくね。なんとなくなんだけど…」
「う、うん…」

どこか上気した頬で言葉を詰まらせる様子は、まるで再会を喜んでいるようで、思わず期待してしまう。
そんなリルの心情を知ってか知らずか、ユーサーは期待に違わぬ答えをくれた。

「満月の夜に、会える気がしたんだ」

そう言った彼の頭上には神々しい満月があった。
それはただの偶然のはずなのに、まるで全てが用意されたような空間に、高鳴る鼓動を抑えることはできなかった。


海の上の世界、キラキラと輝くそれを、ただ必死に追っていた。

2014/12/22
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