Rachel

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腕の中にスッポリとおさまってしまう小さな体も、頬をくすぐる柔らかな髪も、安心したように回される腕も、全て。
その何もかもが懐かしかった。


* passing joys *


バランスを崩した体を包み込むように抱きしめると、最初は驚いて震えていた腕もいつの間にか背中へと回ってきた。
されるがままになっていた体が抱き返してきて、愛おしさが込み上げた。

その仕草に安心した男は、つい足の力が抜けてしまい壁を背にズルズルと腰を落とした。
そのまま地面に尻をつくと、足の間におさまった彼女が顔を上げた。
何か言いたそうなその両頬を包んで、至近距離で見つめると彼女がひとつ瞬きをした。

「リル、元気そうで良かった」
「…っ!」

久方ぶりに見たその顔に、男がそう漏らすと彼女の海色の瞳にじんわりと涙が浮かんだ。
昔のように優しく頭を撫でてやると、海の雫がぽろりと零れ落ちた。

彼女と最後に会ったのはそれほど昔でもないというのに、とても長いあいだ離ればなれになっていたような気がする。
彼女も懐かしそうに目を細めて、嬉しそうに目尻を下げた。

幼さの残るその顔は、以前は毎日のように見ていたもので、離れている間に少しは大人になったのだろうかと思っていたが、何ひとつ変わらなかった。
小さく躊躇いがちに、それなのにとても柔らかく嬉しそうに口を開いた。
控えめな彼女らしい仕草を懐かしく感じた。

しかし、そう思ったのはひと時だけで、すぐに異変に気付いた。

「お前っ…、どうした?」
「っ…」

何かを言いたそうに動く唇は、息を吐くだけで音にはならない。
顔に掛かる微かな吐息に男が驚いて覗き込むと、リルは気まずそうに俯いた。

(まさか、声を対価に…?)

その推測に辿り着いた瞬間に、卑しい笑みを浮かべる老婆の顔が頭をよぎった。

ここへ来る前に、まるで何かを言いたそうに、しかしどこかそれを楽しむように自分へ笑い掛けた。
あの意味深な態度の意味にやっと気が付いた男は落胆し、そうか…と呟くことしか出来なかった。

ようやくリルを見つけ出し安堵したはずが、新たな問題に男は眩暈を覚えた。
あの老婆は、リルを探しに行くと言った男を心の中で嘲り笑っていたのだ。
いや、心の中だけではなかったが…

(くそっ!あの魔女め…!)

隠そうともしない不気味な笑い声が頭の中に響いて、男は思わず頭を抱えたが、袖をツンツンと引っ張られて顔を上げた。

「あぁ、悪い。とりあえず…」
「っ!」
「…どうした?」

先ほどまで申し訳なさそうにしていたリルは、いつの間にか大きく目を見開いていた。
何かを訴えるようにバタバタ動く腕は、必死に男の脚を叩いている。

何をそんなに驚くことがあるのかと思えば、リルは男の脚をしきりに眺めてから不思議そうな顔をした。
以前はなかったそれに、ようやく気付いたらしいリルに男は苦笑した。

「これは…魔女に頼んでな。一時的なものだ」

男が太ももをトントンと叩くと、リルは納得したように頷いた。
陸に上がるために、わざわざあの老婆に頭を下げた屈辱も、こうして再会できた喜びを考えれば安いものだ。

「お前を探すのに手間取ったから、あと一日しか持たないけどな」

そう言うと、リルは唇を微かに動かして首を傾けた。
どこからか、なんで?と聞こえた気がして男は当初の目的を思い出した。
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