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わたしを慈しみ愛してくれる優しい声。
温かなそれはとても心地のよいもので、今もまだこの胸の中に確かに残っている。
* soft spot *
「ちょっと、ここで待っててくれ」
サンジはそう言ってリルの元を離れた。
どうやら何かを買うようで、広場にある売店へ向かっていった。
リルは言われたとおりベンチへ座ろうと腰を折ると、足元にキラリと光るものが見えた。
ベンチにお尻をつけて膝を伸ばすと、可愛らしい花が輝いている。
「ふふっ」
それを見て、思わず息が漏れた。
結局、サンジが靴を注文したあとは、そのまま船へ戻った。
その次の日は、サンジは食糧の買い出しに行き、リルはロビンが買ってきてくれた本を読みながら船で大人しくしていた。
そして今日、再び工房に足を運ぶと、可愛らしいパンプスが出来上がっていた。
サンジが注文した時は全て言葉で伝えていたので、実際にはどんな靴になるのか楽しみにしていたが、想像以上だった。
足の悪いリルのためにヒールは低く、しかし本当に真っ平というわけではなく、だからと言って歩きづらいわけでもない。
低いとは言え憧れのヒールのある靴を履いていることにリルは喜びを感じていた。
つま先の部分には花をモチーフにした飾りがついているが、決して大き過ぎず可愛らしいデザインだ。
リルの足に合わせて作っているので、今のところ足が痛むことも、脱げることもない。
チラリと視線を上げると、サンジは何やら店員と話しこんでいてまだ戻ってくる様子はない。
再び視線を足もとに戻して、一人でコッソリとパンプスを眺めて楽しんだ。
すると、突然その足元に影が差し込んだ。
「?」
サンジが戻ってきたにしては早すぎる。
不思議に思って顔を上げると、一人の男がベンチの横に立っていた。
ちょうど男の向こう側から光が差し込んでいて、その顔を窺うことは出来ないが、どうやらリルのことを見ているらしい。
(もしかして、座りたいのかな)
ベンチのど真ん中に座っていたリルが慌てて端へ移動しようとしたら、男が口を開いた。
「あとで話がある」
低く静かなその声に、どこか聞き覚えがあるような気がして急いで顔を上げたが、そこにはもう誰も居なかった。
「リルちゃん?」
「!?」
一人で呆けているリルに今度は逆側から声がかけられた。
振り返るとサンジが飲み物を二つ持って立っていて、慌てて辺りを見渡したがやはり影も形もなかった。
「どうしたんだい?」
しきりにキョロキョロしているリルをサンジも不思議に思ったようで、何かあった?と顔を覗き込んできた。
そんな心配そうなサンジに、なんとか笑顔を作ったリルは、先ほどの出来事を胸にしまっておくことにした。
(きっと見間違い…だよね?)
あの人が、こんなところに居るわけがない。
そう自分に言い聞かせても、リルの耳にはあの男の言葉が残っていた。
(話って、なんの?あとでって、いつ?)
「…っちと、こっちだったら…」
「……」
「リルちゃん?」
「っ!」
「…やっぱり具合悪いのか?」
“やっぱり”ということは、そう思ったのは一回だけではないということで、自分はそれほどボーッとしていたのだろう。
気付けばサンジが見知らぬアクセサリーを二つ持っていて、リルは慌てて取り繕った。
“大丈夫!”
「そう?」
“早く行こう?”
なんとか話をそらして誤魔化したが、結局リルは最後まで上の空だった。
それから日も落ち、夜も更けた頃にリルはそっと部屋を抜け出した。
他のクルーたちは既に寝静まっており、物音を立てないように船から降りようとした、その時だった。
「あれ?リル?」
「!?」
声のする方を見上げると見張り台にチョッパーがいた。
こっそりと忍んだ筈なのに見張り番という存在をすっかりと忘れていたリルは、あっさりと見付かってしまった。