Rachel

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昔々、あるところに一人の魔法使いがおりました。
彼は他の人にはない不思議な力を持っていた為、周囲からは畏怖の対象として煙たがられていました。
買い物へ出かければ人が避け、喫茶店に入れば他の客が逃げ、時には石を投げられることもありました。
彼はいつも独りでした。

ある日、街に一人の貴族がやってきました。
街の人々は大喜びで迎え入れました。
港から滞在予定の王宮まで真っ赤なじゅうたんが敷かれ、その周りは花や風船で彩られ街はいつも以上に活気づきました。
その様を物陰から眺めていた魔法使いは恨めしい気持ちでいっぱいでした。

そんな華やかな大行列の後ろを、フラフラと歩く薄汚れた人たちがいました。
手枷や足枷をして虚ろな瞳の彼らは、まるで人形のようでした。
きらびやかな貴族に気を取られているのか、民衆は誰も目を向けません。
いえ、向けたくないのでしょう。
彼らは奴隷だったのです。
同情はしても、誰もなりたくはありません。

やがて一行が通り過ぎると、祭りの如く盛り上がった民衆は、国をあげての宴となりました。
その騒がしさは夜になっても止みませんでした。

それから深夜になり、ようやく静かになった頃には、少し欠けた月が真上に昇っていました。
迫害されていた魔法使いは、皆が寝静まった深夜だけが心休まる時間でした。

今日も月夜の散歩を楽しんでいると、いつの間にか王宮の側までやってきていました。
もちろん王族でも貴族でもない魔法使いは入ることなど出来ない場所です。

慌てて踵を返すと、王宮のすぐ側に薄汚れた小屋がありました。
まるで家畜小屋のような場所には、昼間見た奴隷たちがいました。
彼らは身分が低いため王宮には入れないようでした。
あの虚ろな瞳は、今は閉じられていて身動きもしません。

そんな静かな小屋の中、一番奥には大きな丸い水槽があり、中から真っ直ぐに魔法使いを見つめる瞳がありました。
その瞳は他とは打って変わって真っ直ぐで、魔法にかかったかのように動けなくなってしまいました。

「あなたは?」
「え?あ、僕は…この街の、…道具屋です…」

魔法使いであることは言えませんでした。
そんな嘘をついた彼を、奴隷の彼女は迷いもなく言いました。

「そう、私は人魚なの」

彼女の足もとには立派な尾ひれが揺れていて、魔法使いは言葉を失いました。
人魚といえば深海にのみ生息する生き物で、陸の上にいるのは稀です。

「な、何故こんなところに…」
「人さらいに捕まってしまったの」
「そんな…」
「私たちは“魚類”だから。今はただの奴隷よ」

容姿や能力が他とは違うだけで迫害される。
残酷な扱いを受け、蔑ろにされる彼女たちを憐れに思いながらも、どこか自分と似ているような気がして、魔法使いは心が痛みました。

しかし、彼女と魔法使いの間には明確に違うものがありました。
彼女は人魚であることに誇りを持っているのです。
蔑まれることを恐れ、魔法使いであることを隠した彼とは違います。
彼女の真っ直ぐな瞳がそれを物語っていました。
枷をはめられ、水槽に閉じ込められた今でも、その輝きを失わない瞳を羨ましく思いました。
自分が恥ずかしくなった魔法使いは、逃げるようにその場を去りました。

それから数日間、貴族は気まぐれに街にやってきては召使いや奴隷を引き連れて踏ん反り返っていました。
時には、奴隷を余興に使い嘲り笑っていました。
その中には人魚の彼女もいて、魔法使いは後ろめたい気持ちになりました。

いくら身分があるとはいえ、あんな残虐な扱いが許されるのだろうか?
彼女が一体なにをしたというのだろうか。
僕が一体なにをしたというのだろうか。
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