[41/71]
歴史とは、長い年月をかけて少しずつ積み重なって出来ていくものである。
しかし、それは少しずつ形を変え、後世へ伝えられる内にいつしか、都合のいい物語へ成り行くのである。
* over time *
たどり着いた秋島で、それはそれは珍しい書物を発見した。
歴史書の間に無造作に詰め込まれていたそれは、分厚い書物の中で似つかわしくないほど薄く、カラフルな表紙には柔らかいタッチで男の子が描かれていた。
表題に記されている文字は世界共通語でも、ポーネグリフに書かれている古代文字でもない。
様々な歴史を研究してきたロビンですら未だ解読できていない、あの文字だった。
「これは…」
中を開いて見ると、同じ文字がぎっしりと詰まっていて、たまに挿絵が混ざっていた。
実は、興味本位でこの文字を解読しようと思っていたが、資料が少なく諦めていたのだ。
「面白そうね…」
ロビンは小さく笑ってから、レジへと向かった。
いくつかの歴史書と共に、その薄い本を一番上に置くと、店主が焦ったように目を剥いた。
「あぁー、お客さん、これは売りモンじゃなんだよ〜」
「そうなの?」
「あぁ、だってチンプンカンプンな文字だろう?売れやしないし」
「でも棚に並べてあったわよ?」
「えぇ!?いつの間に紛れ込んだんだ!?」
どうやら処分する予定だったらしく、本を片付けようとする店主を、ロビンは慌てて制した。
「待って!捨てるなら譲って頂けないかしら?」
焦るロビンを尻目に、捨てる手間が省ける、と店主は喜んで譲り渡してくれた。
「ありがとう」
重たい歴史書と共に船へ戻ると、入れ違いにサンジが船を降りた。
「ロビンちゅわん!おかえりー!」
「あら、どこか出掛けるの?」
「あぁ、ちょっと買い出しにね」
そう言いながらもサンジは、船へ乗り込もうとするロビンの荷物を持ってあげようとしていて、やんわりと断って街へと促した。
「いってらっしゃい」
「いってきまぁ〜す!」
「気を付けて」
「あぁ、リルちゃんも行ってくるね〜!」
サンジは名残惜しそうに何度も手を振り、リルもそれに律儀に振り返して、何回目かの後にようやく街へと向かっていった。
「歌姫さんは行かないの?」
「っ!」
甲板にたどり着いてから声を掛けると、サンジを見送るのに夢中だったのかリルは大げさに肩を揺らした。
無人島で少しキツイ言い方をしてしまったせいか、リルはどこかロビンを避けているようだった。
彼女の性格を考えれば予想できたことだが、ここまで露骨に怯えられるとため息の一つも出てしまうものだ。
「ところで、街の本屋でとても珍しいものを見つけたのだけど…」
「?」
ロビンが持っていた袋の中から薄い本を取り出すと、不思議そうな顔が一変して綻んだ。
リルは本を受け取って嬉しそうに表紙に書いてある文字をなぞった。
「なんて書いてあるのかしら?」
ロビンが覗き込むと、リルは慌ててペンを手に取った。
“月光の魔法使い”
「あら、童話かしら」
本のデザインからして、専門書やただの小説ではないと思っていたが、ロビンの言葉に先ほどの畏縮はどこへやら、リルは目を輝かせている。
「気に入ってもらえたかしら?」
「??」
「よかったら、あげるわ」
そう、これは船に乗ったばかりの頃にリルが書いていた文字によく似ていた。
ロビンが世界共通の文字を教えてからは、ほとんど見かけなくなったものだ。
“貰っていいの?”
「ええ、もちろんよ。あとで、どんなお話だったか教えてね」
リルは薄い本を抱きしめながら、嬉しそうに頷いた。