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「ともかく!仕方ないから次の島までは乗せるけど、その後はどうにかして元の島に帰すのよ!」
「っ!」
ナミの言葉に少女が顔を上げた。
そして何かを訴えるように首を激しく振った。
「なぁに?」
「どうしたの?」
「嫌なの?」
青い顔で今にも泣き出しそうな少女に、ナミとロビンは子供をあやすみたいに問いかけた。
しかし少女は必死に首を振るばかり。
「そいつ声が出ないみたいなんだ」
「えぇ!?」
「そうなんだよ!だから名前も分からなくて…!」
見かねたチョッパーが助け舟を出すと、甲板に埋まっていたサンジがやっと顔を出した。
少女は申し訳なさそうに俯いてしまい、痛む頭を押さえながらサンジは少女の足元に膝をついた。
「もしかして、帰りたくないのかい?」
「……」
サンジの言葉に顔を上げた少女の目には、涙が溜まっていた。
少女はサンジの目を真っ直ぐ見つめると、コクリとひとつ頷いた。
その拍子に涙が零れ落ちて、少女の握り締めた手の甲の上で弾けた。
まるで海から溢れた水しぶきのようだった。
もちろんサンジは帰りたくない理由も知らない。
変な男達に追われていた理由も知らない。
それでも、何故か少女の気持ちが流れ込んでくるみたいに苦しくなった。
「よし!ちょうどいい、仲間になろう!」
「アンタは黙ってなさい!」
「ナミさん、連れてっちゃダメかな?」
「サンジくんまでなに言ってんの!」
ルフィはともかく、サンジにまで捨てられた子犬のような顔をされて、ナミは困惑した。
「いいじゃない、帰るところもないみたいだし」
「ケガの具合も気になるしな」
「そうだな、嫌がってるのに無理に帰すこともないだろうし」
「ちょっと!」
更にロビンとチョッパーとウソップまで、ウンウン頷いている。
たんこぶを携えたゾロは、いまだ眉間にシワを寄せていたが、特に何も言わなかった。
海には危険がつきもの。
しかもこれは海賊船だ。
この少女に戦闘能力があるとは思えない。
同情だけでは連れて行けない。
それなのに、ナミの言うことはなんでも聞くサンジがお願いします!と頭を下げてきた。
それを見た少女も、フラフラと立ち上がり同じように頭を下げた。
ナミは思わずため息をついてしまった。
まるで親におねだりをする子供のようだ。
「あー!もう!しょうがないわね!」
「じゃあ…!」
「その代わり!ちゃんとサンジくんが面倒みるのよ!」
「命に代えても守ります!もちろんナミさんとロビンちゃんも!」
「はいはい、頼んだわよ」
呆れたようにため息をついたナミを不思議そうに見つめていた少女は、サンジに“ようこそ、我が海賊船へ”と微笑みかけられてやっと顔を綻ばせた。
「よし!じゃあ、宴だ!」
ルフィの言葉を合図に、船の上は一気に賑やかになった。
晴れ渡った空の下、みんなが新しい仲間を歓迎した。
その様子を見て、少女もまた遠慮がちに笑った。
「サンジ!肉!」
「はいはい」
「ところで、おまえ名前なんつーんだ?」
ずっと怯えて不安そうな表情だった。
そんな少女の笑顔を初めて見たサンジは、安心してキッチンへ向かった。
時折、少女の瞳が寂しそうな色をしたことには気付かずに。
そして、それをジッと見つめる者がいることも…
霧は晴れても、まだ拭えないものが、その心の中にある。
2012/04/30