[32/71]
静かな森に生い茂る木々。
風は葉を揺らし、小波は浜を撫ぜる。
自然しかないこの島で、それは音もなく訪れた。
* rustic tranquility *
地を蹴ると、背中の重みがフワリと浮いた。
しかし、再び足を地面へつけると、重力に従った重みと着地した衝撃が相まって、通常以上の圧力が背中へ掛かった。
「はぁ、はぁ…大丈夫か?リル」
「っ…」
チョッパーは首を捻って背中へ呼びかけたが、返ってきたのは息を飲む音だけだった。
チョッパーの足の動きに合わせて揺れる肢体は、振り落とされないよう必死にしがみ付いている。
しかし、速度を緩めて振り切れるような相手ではない。
「ごめんなっ、もうちょっとだけ、我慢してくれっ」
「…っ!」
リルが頷いた気配を確認してから、チョッパーは更に速度を上げた。
「はぁ、はぁ…っ、なんとか、逃げ切れた…か?」
「はぁ…っ…」
しばらくしてからチョッパーが後ろを振り返ると、木々の揺らめく音だけが返ってきて、リルもしがみ付いていた背中から身を起こした。
やっと一安心だとリルを見たら、互いに髪や毛を乱しながら息を切らせていて、思わず笑みが零れた。
「ゾロは大丈夫かなぁ…」
逃げてきた方向を見つめながら呟くと、リルがチョッパーの背中の毛をぎゅっと握った。
その顔は今にも泣き出してしまいそうで、口からは小さく“ごめんなさい”と聞こえたような気がした。
「別にリルのせいじゃねぇよっ!それにゾロは強いから大丈夫だ!」
自分達を逃がしてくれた、あの屈強な背中を思い出して、チョッパーは必死に慰めた。
「それに、おれがもっと強ければ、リルのことちゃんと守ってやれただろうし、ゾロに迷惑かけることもなかっただろうし…」
そうだ、リルは戦えないのだから誰かが守らなければならないし、こういった未開の地では何が起こるか分からないのだから尚更だ。
おれの方こそごめんな、と続けると、リルは勢いよく首を横に振った。
(よぉーし!おれがリルを守るぞー!)
心の中でチョッパーが闘志をメラメラと燃やしていると、リルが体を強張らせたのを感じた。
どうしたんだ?と問いかける前に、チョッパーもその異変に気が付いた。
「ま、まさか…」
辺りを見回すと、同じ種類だが先ほどとは別の猪たちが現れた。
猪たちのうなり声を聞いて、どうやら仲間を呼んだらしいと理解した。
「三匹か…」
先程よりも数は少ないが、リルを守るんだと固く誓ったチョッパーは、このまま戦うか、リルを降ろすか悩んだ。
三匹くらいならチョッパーでも倒せそうだが、リルが狙われないように戦うには少し多い。
そうこうしている内に、三匹が一斉に飛び掛ってきて、チョッパーは慌てて駆け出した。
「くそぉ!」
仕方なくリルを乗せたまま戦闘態勢に入ると、リルが必死にしがみ付いてきた。
(おれが守るんだ!)
震える小さな体に、チョッパーはランブルボールを砕いた。
「ホーンポイント!」
まるで背中のリルを守るかのように伸びた角は、三匹の獣の内の一体に狙いを定めて突進した。
狙われた方も迷うことなく向かってきて、角と牙が大きな音を立てる。
ギリギリと、まるで鍔迫り合いのような音がして、負けるものかと踏ん張っていると左右から残りの二匹が飛び込んできた。
「くそっ!!」
仕方なく後ろへ退こうとすると、その動きを利用して前方の猪に強く押された。
「うわぁ!」
「っ!!」
足が地面から浮いて、危うく吹き飛ばされそうになるのを堪えたチョッパーは、リルが落ちないように体勢を立て直した。
しかし、息をつく暇もなく三匹が襲い掛かる。