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迷いなんて、なかった。
例えどんな大波だろうと、君を助けてみせる。
そう、心に誓ったから…
* honor bright *
ぐっしょりと水を吸った衣服は重く、引き摺るような格好で浜辺へ上がった。
どうやら運よく小島に辿り着いようだ。
自分ひとりだけでも、海の藻屑になってもおかしくないほどの大波で、気を失った人間を抱えて泳ぐのは至難の業だった。
(あぁ…でも、あのアホ能力者ふたりもよく溺れてたっけ…)
何度か助けに飛び込んだ記憶が蘇ってきて、サンジは大きく息を吐いた。
しかし、今回はただ溺れかけて流されただけなので、陸に辿り着いたのは本当に運だ。
カッコよく助けに飛び込んだつもりだったが、二人して流されてしまったのだ。
(だせぇ…)
自分の不甲斐なさを呪いながらも、腕の中の人物の呼吸と心音を急いで確認する。
小さな吐息と、ゆっくりと刻まれるリズムを聞いて、とりあえずサンジは安堵した。
他に、水は飲んでないか、ケガはしてないか、と見渡している時だった。
「えっ…?」
初めてその異変に気が付いて、サンジは思わず飛び上がってしまいそうになった。
ケガなんかよりも、ぎょっとする光景だった。
一体、何がどうしてこうなったのか。
まるでこの世のものではないような姿に、サンジは訳もわからず混乱するばかりだった。
(お、落ち着け…おれ…)
激しくなる鼓動を抑えながら、とりあえず彼女を浜辺へ横たえた。
(溺れた時は…どうする、息はしてるから…)
自分を落ち着ける為に応急処置の方法を思い起こそうとするが、頭の中は混乱してちっとも思い出せない。
「そうだ!人工呼吸!って、バカヤロー!息してんだって!」
何を言ってんだ!しっかりしろ!と自分を奮い立たせる為に、頭をガシガシと掻いた。
そんな風にサンジがひとり押し問答をしていると、横たえた体がピクリと動いた。
「うっ…」
「リルちゃんっ?」
慌てて蒼白の顔を覗き込むと、瞼がピクリと動いた。
紫色になってしまった唇が微かに動いて、苦しそうな呻き声を上げる。
水を飲んでいるのかもしれない、と慌てて体を横向きにすると、大きく咳き込んで水を吐いた。
「ゲホっ!…っ」
「大丈夫かい?」
小さな背中を擦りながら声をかけると、一通り水を吐いたのか、リルは肩を大きく揺らして息を吸い込んだ。
そのまま何度か荒い呼吸を繰り返してから、少し落ち着いたようでリルが顔を上げた。
しかし、まだ状況が飲み込めてないようで、キョロキョロと辺りを見回している。
冷えた体をゆっくりと抱き起こすと、やっとサンジの存在を認識したようで、リルはホッと息を吐いた。
「っ…」
「おっ、と…」
自らの力で起き上がろうとしたが、まだ力が入らないのだろう。
リルはサンジに凭れ掛かったまま怪訝な表情をした。
「無理しなくていいから」
無事に意識が戻って安心したサンジは、リルの体を再び横たえた。
自分の足を首の後ろに挟んで枕代わりにすると、リルは静かに身を委ねた。
(さて、どうするか…)
サンジは状況を理解しようと辺りを見回した。
何もない砂浜にポツンと二人だけ。
背後には生い茂る森があるが、大きさも小さく、人が住んでいるようには見えない。
とりあえず、大きなケガもなさそうだし、あとはチョッパーに診せた方がいいだろう。
こんな小島では医者はおろか、街すら望めないだろうし、なんとか船と合流する術を探さなくてはならない。
(とりあえず、狼煙でも上げるか…)
幼い頃に遭難した記憶を思い出して、サンジは無意識の内に険しい顔になっていた。
ふとリルがサンジの服の裾を掴んで引っ張った。
リルが不安そうな顔で見上げているのを見て、サンジは自分の眉間にシワが寄っていることに気付いた。