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そのままジッとしていると、時間だけが過ぎ、気が付いたら嵐も過ぎ去っていた。
「疲れたー」
「みんな、ありがとう。休憩して」
雲の隙間から覗いた太陽に照らされて、全員甲板でぐったりと寝転んでいた。
ずっとキッチンの中にいたリルは、ほとんど濡れていなかったが、他のクルーたちは皆一様にずぶ濡れだった。
(どうしよう…あ、)
リルは急いでユニットバスへ向かった。
そしてタオルを持って戻ると、すぐにロビンがそれに気付いた。
「あら、ありがとう」
「おっ!気が利くねぇ〜」
「あ、私もちょうだい」
ロビンにタオルを渡すと、続いてウソップとナミがリルの手からタオルを奪っていった。
ルフィたちはまだ甲板で寝転んでいて、一人ひとりにタオルを手渡していく。
ゾロには無言で奪い取られたが、他のみんなは笑顔で受け取ってくれた。
もちろんサンジにも。
「あぁ、ありがとう、リルちゃん」
寝転んでいたサンジは、起き上がってタオルを受け取った。
すると、サンジはジッとタオルを見つめた。
「手、どうしたんだい?」
「?」
サンジが指差したのはタオルではなく、それを持っていた皮の剥けた手の平だった。
「ケガしたのかっ」
「…っ」
サンジに手を取られて、リルは慌てて引っ込めて背中に隠した。
(びっ、くり…したぁ…)
ふいに触れたサンジの体温のせいで、何故かこの間の満月の夜の出来事が頭を過ぎった。
あの時、驚きと混乱で最初はよく分からなかったけれど、段々と落ち着いてきたら、逞しい腕と熱い胸に包まれている状況は酷く恥ずかしかった。
だから我に返っても、どうしていいか分からず、結局逃げるように部屋へ戻った。
それからリルはなんだか気まずくて仕方なかったが、サンジはいつも通り優しく紳士な振る舞いだった。
自分ばかり怯えて必要以上に反応しているようで、それもまた恥ずかしかった。
今だってケガの心配をしてくれただけなのに、振り払うように手を引いてしまった。
なにより、折角サンジに“手伝って”と頼まれたのに、結局手を擦りむいただけだったのも気まずい。
無力な自分を恨めしく思いながら、リルは下唇を噛んだ。
グッと腕に力を入れると、擦りむけた手の平が痛い。
しばらく、そのままの状態で俯いていると、ふと太陽の光が遮られた。
甲板に映ったサンジの影は、真っ直ぐリルへと伸びてきて思わず肩が震えた。
「こうやってリルちゃんがタオル持ってきてくれるから、おれたちは安心して濡れてんだよ」
チラリと視線だけ上げると、サンジの大きく濡れた手が、さらさらと乾いたリルの髪を撫でていた。
みんなの邪魔をして、足手まといになって、なんの役にも立てなくて、しかもそれを慰められて、情けないを通りこして惨めだった。
「あ〜、疲れたなぁ。もう髪を拭く力もねぇなぁ〜」
顔を上げられなくてジッとしていると、突然サンジが大きく手を広げて、メインマストへもたれ掛った。
不思議に思って見ていると、サンジがチラリとリルを見た。
少しして、やっとその意味に気付いたリルは慌ててサンジの髪を拭いた。
金の髪をタオルで撫でていると、その隙間からサンジの口の端がきゅっと吊り上ったのが見えた。
「ありがとう」
タオルに擦れて手の平が少し痛かったけど、リルは何故か胸の奥が温かくなった。