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ただ、どうしようもない怒りと、行き場のない憤りだけが満ちていた。
どうしてあの時に気付かなかったのかと、今さら後悔しても遅くて、おれは自分の未熟さを思い知った。
* seething anger *
もうすぐ日が昇る。
思いもよらぬ知らせが届いたのは、そんな薄暗い時間だった。
「居なくなった?」
「ごめん…おれが付いてたのに…」
「匂いで追えなかったのか?」
「それが、途中でリルの匂いがなくなっちゃって…」
サンジが詰め寄ると、チョッパーは申し訳なさそうに項垂れた。
一晩中、駈けずり回ったせいか、チョッパーは疲労困憊のようで、更に自分のせいだと責めて落ち込んで頼りにならなさそうだった。
「私も止めれば良かったのだけど、まさか朝まで戻らないとは思わなくて…ごめんなさい」
「いや、ロビンちゃんのせいじゃ…」
しょげかえるチョッパーはよく見かけるが、申し訳なさそうなロビンは初めて見たかもしれない。
チョッパーに代わって見張り台で一晩中二人を待っていたらしく、顔色もよくなかった。
「どうしたの?こんな早くに」
「あ、ナミ…っ」
そこへ騒ぎを聞きつけたナミが、まだ眠そうな目で欠伸を噛み殺しながらやってきた。
チョッパーが慌てて事情を話すと、ナミは呆れたようにため息をついた。
「なんでそんな時間に出かけたのよ」
「だって、ブレスレット落としたっていうから…」
「ブレスレット?」
先ほどチョッパーから落し物を探しに出たと聞いていたサンジは、その単語に引っ掛かりを覚えた。
彼女がアクセサリーを身に着けているのを見たことがなかったからだ。
それはナミもロビンも同じようで、皆で首を傾げた。
「あの子、そんなの持ってたっけ?」
「サンジに貰ったんだって」
「サンジくんが?」
ナミに視線で問われて、サンジは慌てて首を横に振った。
確かに昼間に露店で売っているブレスレットをプレゼントしようとしたが、断られてしまったのだ。
この靴だけで十分だとはにかむリルに心奪われながら諦めたわけだが、すぐに顔に出るチョッパーが嘘を言うとも思えない。
だとすれば、嘘をついたのは彼女ということになる。
「そういえば、夕食の時から様子がおかしかったわね」
「いや、もっと前だ…」
「え?」
そうだ、思えば買い物の途中から彼女の様子がおかしかった。
どこか上の空で、心ここに在らずと言った感じだった。
靴を受け取った時には、とても嬉しそうにしていたので、余計に不自然だった。
具合が悪いのかと思ったが、彼女は必死に首を振って大丈夫だとアピールしていたのだ。
「チョッパー、ブレスレットを落としたのは噴水広場の辺りだって言ってたな」
「え、うん…」
それは丁度、サンジが屋台で飲み物を買っていて、リルを独りにした場所だった。
もしかしたら、その時にそこで何かあったのかもしれない。
「何か心当たりでも?」
「あぁ、確信はねぇが…」
点ばかりで線は何一つ繋がっていないけど、このまま悩んでいても仕方ない。
朝食の準備の途中だったが、女性陣や疲れ果てたチョッパーに捜させる訳にもいかない。
何よりサンジ自身が、既に居ても立ってもいられなかった。
「ワリィが、朝食はちょっと待っててくれ」
そう言ってサンジが船を飛び降りると、ナミが慌てて制した。
「ちょっと待って!」
「あぁ!スープとパンなら出来てるから!」
「そうじゃなくて!捜しに行くならルフィたち叩き起こすから!」
しかし焦っていたサンジの耳には、ほとんど入って来なかった。