Rachel

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それからサンジは一直線に噴水広場へ駆けつけたが、もちろんそこにリルの姿はなかった。
他に靴を作った工房や一緒に買い物をした店など、昨日の記憶を掘り起こして駆けずり回ったが、どこにも見当たらない。

「リルちゃーん!!」

静まり返った街にサンジの声と小鳥のさえずりが木霊する。
薄暗い中、徐々に明るさを取り戻し出した街にサンジの焦りは募った。

ただ迷子にでもなっただけならいいが、万が一攫われでもしていたら一大事だ。
いや、攫われたなら乗り込んで奪い返せばいいが、サンジには嫌な予感がした。

リルがチョッパーに嘘をついた理由は分からないが、それが居なくなった理由のような気がしてならなかったからだ。
何故、彼女の様子がおかしいと感じていながら、そのままにしてしまったのだろうか。
もっと注意を払っていれば、こんなことにはならなかったかもしれないのに。

「くそっ!」

苛立ちに任せて石の外壁に拳をぶつけると、そこに小さな冷たさを感じた。
不思議に思って顔を上げると、手の甲が微かに濡れていた。

「雨?」

白み出したと思っていた空は、いつの間にか灰色の雲に覆われて今にも泣きだしそうだった。
急がなければと思うが、正直もうこれ以上の心辺りもない。
しかし、この大きな街をしらみつぶしにするには時間も人手も足りない。

焦りと苛立ちで冷静さを欠いていたサンジは、いつの間にか周りが異常な雰囲気に包まれていることに気付かなかった。

「な、なんだ、これ…」

そこは住宅街の外れで早朝だったせいか、ひと気も生活音もない路地だった。
冷たい石と石の壁に挟まれ、未だに閉じた窓はウンともスンとも言わず何の気配もない。
中心街からも遠く日当たりも悪いので、空き家なのかもしれない。
路地の向こう側には草木が見え、この先は森になっているようだ。

そんな、なんの変哲もない光景だったが、石畳の地面に赤く広がる海と、立ち込める異様な臭いで、サンジはようやく異変を感じた。
恐る恐る歩みを進めると、地面に血だらけの男が倒れていたが、ピクリとも動かなかった。
更にそれは複数あって、そのどれもが静寂を守っていた。
顔や腕にはいくつもの細かい切り傷があって、中には全身傷だらけの男もいた。

その無残な姿に顔をしかめていると、その中に一つだけ浅く息衝く肢体があった。

「リル…ちゃん…?」

サンジが思わず呟くと、震える肩が凍りつくように静止した。
しゃがみ込んだリルはピクリとも動かなくなり、湿った冷たい風が鼓膜を妨げるように吹き荒んだ。

「リルちゃん、だよな…?」

先ほどよりも腹に力を込めたが、乾いた喉では思ったよりも声が出なかった。
しかしリルの耳には届いたようで、ゆっくりと振り返ったその顔は、まるでこの世の終わりかのようだった。
腕はベッタリと血に濡れていて、彼女の恐怖が見て取れる。

「ぁ…」
「リルちゃん…!」

揺れる瞳がサンジを捕えると、リルは力が抜けたように地面に座り込んだ。
崩れ落ちる肢体を抱きとめようと転がる死体を飛び越えたその時、引き裂かれそうなほど悲痛な叫びが響いた。

「来ないで…!!」
「えっ?」

その言葉と響きで反射的に立ち止まると、俯いたリルが肩で息をしていた。
聞いたことのある声色と、聞いたこともない声遣いに思わず辺りを見回したが、もちろん二人以外に誰もいない。
半信半疑で彼女に尾ヒレがあるか確認してしまったが、そこには細く頼りない足が存在していて、サンジは思わず自分の耳を疑った。
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