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突如あらわれて猛り狂い建物をなぎ倒す。
我々の準備や抵抗などは小さなもので、瞬く間に押しつぶされて崩れていった。
それは、まるで嵐のようだった。
* stormers *
「リルが…?」
「あぁ…、どうも最近様子がおかしいとは思わないか?」
「確かに…」
祖父の言葉に思い当たる節のあったシンは、最近のリルの様子を思い浮かべた。
絵本の話を思い出してうっとり浸っているのは今までもあったが、シンが声を掛けると何故か挙動不審になったりする。
妙にソワソワしていると思えば楽しそうに一人で笑っていたり、姿が見えないと思ったらいつの間にか部屋にいたこともある。
その言動には一貫性がなく、どこか不自然で、少なくともリルが何か隠していることは明白だった。
「少し様子を見てきてくれんか」
そう言った祖父は、落ち着かない様子で顔を曇らせた。
もう高齢な祖父は、リルが赤ん坊の頃から面倒をみている。
それこそオムツや食事や抱っこだ、と年老いた体には堪えただろうに、決してリルを疎むこともなく手厚く穏やかに育てた。
若干、世間知らずでドンくさいところもあるが、真っ直ぐで優しい子に成長した。
最早、孫ではなく子も同然なリルを祖父が心配するのは当然のことで、今までも何かトラブルがあれば祖父が対応してきた。
時には諭し、時には叱り、時には慰め。
しかし最近は腰を痛めたせいで、その役がシンに回ってくることも少なくない。
あまりコソコソと隠れたりしたくはないが、正面から聞いてもきっとリルは誤魔化すのだろう。
その誤魔化し方は、シンや祖父にはバレバレなのだが、意外と頑固なので口は割らないだろう。
「何事もなければいいが、念のため…な」
「分かった」
「頼んだぞ」
シンが深く頷くと、祖父は安心したように部屋へ戻っていった。
とは言ったものの、リルは普段ほとんど家を出ることもないので、いつも目にしている光景しかない。
部屋にいる時も、それとなく様子を見に行ってみたが、いつも通り勉強をしているか絵本を読んでいるか。
シンもここ数か月リルの様子がおかしいと感じたこともあったが、普段通りのこともある。
態度にムラがあるので、どうにも断定できない。
特にシンが注意深く観察するようになってから、特に不自然な点はない。
一時的なものであったのなら、それに越したことはないのだが…
そう思ったある日の夜、シンは見回りのため里の周囲を巡回していた。
毎度のことながら特に変わったこともなく、静かに闇が揺らいでいた。
そもそもこの里は陸上の島々からは距離があり、深く暗いところにあるので人間に発見される可能性は極めて低い。
しかし、その僅かな可能性に脅える里の長老たちが、巡回は昔からのしきたりだと譲らない。
その頑なな態度に疑問を感じながらも、同じく見回り当番の隣人と談笑しながら過ごしていた。
異変に気が付いたのは、それから間もなくの事だった。
「どうした?シン」
「…今、そこに誰かいなかったか?」
「え?どこだ?」
建物の陰で何かが揺らいだような気がして指をさすが、隣人は目を凝らした後に気のせいじゃないか?と肩をすくめた。
「でも…」
「こんな時間じゃ、流石に誰も起きてないだろ」
この深海では小さな灯りしかないから、昼と夜の区別がつきにくく、時間の感覚が狂いやすい。
その為、辺りの明暗に関わらず夜12時を過ぎると全員が外出を禁止される。
今の時間に外を出歩いていいのは、見回り当番のシンたちだけだ。
もちろん、その見回りには勝手に外出する者を取り締まる意味もあるが、シンは何年も巡回していて、脱走者など一度も見たことなかった。
だからだろう、隣人もしっかりと確かめもせずに巡回ルートへ戻っていった。
真面目なシンは年上の彼に従ったが、結局気になって一人で引き返した。