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「せっかくだから、何か書いてみたら?」
しかし、そんな博識なロビンで理解できないものがあった。
リルの書く文字だ。
声が出ないリルに筆談を促したが、いざ書いてみると誰も見たことがないと首を捻った。
(そんな田舎、なのかなぁ…)
今まで生まれ育った町で習った文字が一切通じなくてリルは肩を落とした。
ちなみに名前はなんとかジェスチャーで伝えることに成功した。
「ふふ…、ここ反対よ?」
(あっ…)
指摘をされて、リルは恥ずかしそうに文字を塗りつぶした。
リルに文字を教えてくれているのは、もっぱらロビンだ。
二人でテーブルを囲み、勉強会。
こんな光景も珍しくはない。
「なに、やってんだ?」
(っ!?)
今度は誰だろう?と顔を上げると、リルの目の前に物珍しそうに見つめる顔があった。
驚いて思わず飛び退けると、イスから転げ落ちそうになった。
しかしイスから生えた2本の腕に支えられて、なんとか転倒は免れた。
(ビックリしたぁ…)
「いっしっしっ!」
まるでイタズラが成功したかのように笑った彼の顔は、どこからともなく伸びてきてリルとは上下逆になっている。
そのせいで被っていた麦わら帽子が落ちて、彼はそれを慌てて拾い上げた。
(おばけみたい…)
初めて見たときはロビンの腕も相当驚いたけど、彼はいつも唐突だから余計にビックリする。
伸びた首を戻すルフィを見て、リルは胸を撫で下ろした。
彼こそがこの船の船長で、リルを仲間に入れてくれた人だ。
いつも明るくて、みんなが彼の元に集まったのがなんとなく解る気がした。
今度は体ごと船首楼までやってくると、ルフィは物珍しそうにリルを覗き込んだ。
「なぁ、それまだやんの?」
(えっ?)
「一緒に釣りしよーぜ!」
そう言うと、ルフィはリルの腕を引っ張った。
ロビンがイスを支えてくれたから転びはしなかったものの、グングン引っ張られて足がもつれた。
もちろん、不自由な足が転ぶのに時間はかからず――
(わっわっわっ!)
――ベシャ!
リルは伸びたゴムに引きずられるような形で倒れた。
「うわっ!わりぃ!大丈夫か!?」
「何してんだ!テメェは!!」
「うぼぶっ!?」
リルがぶつけた鼻を押さえてる隙に、サンジのかかと落としがルフィの脳天に突き刺さった。
「ったく…、大丈夫かい?リルちゃん」
サンジに睨まれてルフィも諦めたらしく、大きなたんこぶを抱えながら釣りをしているウソップの元へ戻っていった。
サンジの手を借りてようやく立ち上がると、リルはキッチンへエスコートされた。
(よかった…)
ルフィたちと遊ぶのは楽しいけれど、今回ばかりはサンジに助けられてホッとした。
リルは安心したのを気付かれないようにしながら、サンジの後についてキッチンへ入った。
キッチンの中ではナミやチョッパーがドリンクを飲んでいて、どこからか磯の香りが漂っていた。
「サンジくん、さっきエビが逃げたわよ」
「えっ!?」
夕飯の準備をしていたらしく、シンクの上には包丁や食材が並んでおり、床には一匹のエビがピチピチと唸っている。
サンジはそれを慌てて拾うと、包丁を手にとった。
「リル、どうしたんだ?」
その声に視線を落すと、リルの足元にチョッパーがいた。
空のグラスをサンジに渡すと、チョッパーは心配そうにリルを見上げた。
「具合悪いのか?」
「え?大丈夫かい?リルちゃん」
そう言われて、リルは初めて自分がどんな顔をしているのか気付いた。
チョッパーの言葉に、サンジも包丁を置いてリルの顔を覗き込んだ。
まな板の上には動かなくなったエビがいた。