序章 side M
◆前代未聞の求婚
洗礼式で神話を聞いて、サンタクロースのようなおじいさんが持っていた本に興奮し、まさかの集団グリ○ポーズに笑い転げて悶絶……結果、わたしは白い建物のどこかの部屋でベッドに寝かされて休ませてもらっていたらしい。
ごめんなさい、ベンノさん、ルッツ、わたし早速やらかしたみたい。
「……目が覚めたか?」
落ちついた男性の声に振り向くと、天蓋の向こうで椅子に座ってこちらの様子を窺っている人がいる。もしかしてここに運んでくれた人だろうか。
「はい。あの、ここは……」
「其方は儀式の最中に倒れたのだ。介抱のために客室に運ばせた」
「それは……すみません、お手数をおかけしました」
「良い。それより体調に問題はないか? 元気ならば少し話があるのだが」
わたしは上半身を起こして座り、乱れた髪や服を整えながら、話している人を幕間からこっそりと盗み見る。喋っていたのは彫刻みたいに端正な顔立ちの人だった。薄い水色の髪やお日様色の瞳を思わずジーッと見つめて観察していると、フッと視線が逸らされる。
そうされて初めて、わたしはその人が青色の衣をまとった神官様であることに気付き、じわじわ焦り始めていた。
「あ、その、ありがとうございました……だいじょうぶです。体調は全然、問題ありません」
(うそうそ、問題ありまくりだよぉぉ!)
心の叫びが聞こえるはずもなく、お貴族様であるはずのその人は平民のわたしに向かって淡々と話をし始める。
最初は真面目に聞いていた。しかし、聞けば聞くほど意味が分からなくなっていく。どう考えても子供向けの話じゃないよ?
魔力と魔術具の説明から始まって、色々と質問責めにされたりマジカル現象の検証をさせられたり、神様の色合わせだとか貴族と平民の違いとか、延々と解説が続いたり……まじで長い。普通の子供なら裸足で逃げ出すレベルで長い。
おまけに蕩々と語りかけてくる低音ボイスが心地良すぎて、どんどん眠くなってくる……よく分からないけど、わたしは魔法使いだったらしい。それでこの人はわたしのことが気に入って? 女神様がなんたらで、神々による縁結びで繋がっているからどうにかしたいとか。
うん、理解不能だよ。運命がどうとか言ってるけど、要するにこの人は幼女趣味なのかな? それとも信仰心が拗れて斜め上に発揮されているとか? 中二病的なやつってこと?
言いたいことやツッコミたいことは山ほどある。だけど相手がお貴族様の場合、間違っても話を遮ったり、聞かずに一刀両断してはいけないはずだ。お貴族様的無礼の基準は知らないが、それくらいはわたしも弁えている。
「――そのため現在は神籍にあると、そういう訳なのだ。私としては今後それ相応の覚悟をもって此方側に迎えるにつけ、数年以内には還俗する目処もある。其方に不自由させるつもりはない。受け入れてくれた場合には其方の望むものを返したいが、力及ばず不足があったとしても、最大限に考慮し譲歩する心算だ……決して悪いようにはしないと誓う。このような私だが、其方の伴侶にどうだ?」
(どうだ? どうだ?ってどういう意味のどうだ≠ネの? そういうことだから従えってこと? 買い取るぞっていう説明と確認? いやでも、それならさっきまでのプレゼンみたいな自己紹介は? え、まさかアレって才能自慢じゃなくて遠回しなプロポーズとか? いやいやナイナイ。だってわたしまだ七歳の幼児だよ? でも待ってわたし。今はとにかく一番重要なことを確かめないとじゃない?!)
「……あの、つかぬことを伺いますが……神官様はいかほど蔵書をお持ちでしょうか」
「私個人の蔵書ということか? それなりの量があるが……其方は書物を好むのか?」
「はい! わたし、本が大好きで、本なら何でも読みたくて! 文字の羅列なら紙束でも構いません! なので、お嫁にいくなら本をたくさん持っている人のところが理想なのです!」
「なるほど……そうなると平民ではまず不可能だろうな。本は希少品で高価ゆえ、貴族でも下位の者では到底手が届くまい。私は金に困っていないので所有している物も多いが、普通は写本で済ませる者がほとんどだ。おそらく個人での所有量なら領内で一番多いのではないか? 還俗すれば城にある図書室の蔵書も読ませてやれるだろうが……今は少し難しいな。仮に毎日一冊読んだとして、数年は保つだけの量がある。その間に蔵書を増やすことも可能だろう。それでは不満か?」
「不満なんてありませんッ是非わたしと結婚してください! そして本を読ませてください!!」
「ふむ……よろしい。では交渉成立だな」
「へ? 交渉ですか?」
「……其方はきちんと私の話を聞いていたか? 最初に私はこちらの希望と条件を述べたであろう? それを君は今しがた承諾したのだ」
「……す、すみません。よく分からなくて聞き流してました」
そうして、わたしは懇々とお説教されながら改めて求婚されるという珍事にさらされたのであった。
どうやら悪い人ではないみたいだし、わたしの命にかかわる大切なこともたくさん教えてくれた。
それでも何もかもが唐突で、情報の多さに目が回りそうになる。
真面目なお話を中断するのも気不味くて、お手洗いを我慢するのが大変だったしね。わたし、頑張ったよ!
洗礼式で神話を聞いて、サンタクロースのようなおじいさんが持っていた本に興奮し、まさかの集団グリ○ポーズに笑い転げて悶絶……結果、わたしは白い建物のどこかの部屋でベッドに寝かされて休ませてもらっていたらしい。
ごめんなさい、ベンノさん、ルッツ、わたし早速やらかしたみたい。
「……目が覚めたか?」
落ちついた男性の声に振り向くと、天蓋の向こうで椅子に座ってこちらの様子を窺っている人がいる。もしかしてここに運んでくれた人だろうか。
「はい。あの、ここは……」
「其方は儀式の最中に倒れたのだ。介抱のために客室に運ばせた」
「それは……すみません、お手数をおかけしました」
「良い。それより体調に問題はないか? 元気ならば少し話があるのだが」
わたしは上半身を起こして座り、乱れた髪や服を整えながら、話している人を幕間からこっそりと盗み見る。喋っていたのは彫刻みたいに端正な顔立ちの人だった。薄い水色の髪やお日様色の瞳を思わずジーッと見つめて観察していると、フッと視線が逸らされる。
そうされて初めて、わたしはその人が青色の衣をまとった神官様であることに気付き、じわじわ焦り始めていた。
「あ、その、ありがとうございました……だいじょうぶです。体調は全然、問題ありません」
(うそうそ、問題ありまくりだよぉぉ!)
心の叫びが聞こえるはずもなく、お貴族様であるはずのその人は平民のわたしに向かって淡々と話をし始める。
最初は真面目に聞いていた。しかし、聞けば聞くほど意味が分からなくなっていく。どう考えても子供向けの話じゃないよ?
魔力と魔術具の説明から始まって、色々と質問責めにされたりマジカル現象の検証をさせられたり、神様の色合わせだとか貴族と平民の違いとか、延々と解説が続いたり……まじで長い。普通の子供なら裸足で逃げ出すレベルで長い。
おまけに蕩々と語りかけてくる低音ボイスが心地良すぎて、どんどん眠くなってくる……よく分からないけど、わたしは魔法使いだったらしい。それでこの人はわたしのことが気に入って? 女神様がなんたらで、神々による縁結びで繋がっているからどうにかしたいとか。
うん、理解不能だよ。運命がどうとか言ってるけど、要するにこの人は幼女趣味なのかな? それとも信仰心が拗れて斜め上に発揮されているとか? 中二病的なやつってこと?
言いたいことやツッコミたいことは山ほどある。だけど相手がお貴族様の場合、間違っても話を遮ったり、聞かずに一刀両断してはいけないはずだ。お貴族様的無礼の基準は知らないが、それくらいはわたしも弁えている。
「――そのため現在は神籍にあると、そういう訳なのだ。私としては今後それ相応の覚悟をもって此方側に迎えるにつけ、数年以内には還俗する目処もある。其方に不自由させるつもりはない。受け入れてくれた場合には其方の望むものを返したいが、力及ばず不足があったとしても、最大限に考慮し譲歩する心算だ……決して悪いようにはしないと誓う。このような私だが、其方の伴侶にどうだ?」
(どうだ? どうだ?ってどういう意味のどうだ≠ネの? そういうことだから従えってこと? 買い取るぞっていう説明と確認? いやでも、それならさっきまでのプレゼンみたいな自己紹介は? え、まさかアレって才能自慢じゃなくて遠回しなプロポーズとか? いやいやナイナイ。だってわたしまだ七歳の幼児だよ? でも待ってわたし。今はとにかく一番重要なことを確かめないとじゃない?!)
「……あの、つかぬことを伺いますが……神官様はいかほど蔵書をお持ちでしょうか」
「私個人の蔵書ということか? それなりの量があるが……其方は書物を好むのか?」
「はい! わたし、本が大好きで、本なら何でも読みたくて! 文字の羅列なら紙束でも構いません! なので、お嫁にいくなら本をたくさん持っている人のところが理想なのです!」
「なるほど……そうなると平民ではまず不可能だろうな。本は希少品で高価ゆえ、貴族でも下位の者では到底手が届くまい。私は金に困っていないので所有している物も多いが、普通は写本で済ませる者がほとんどだ。おそらく個人での所有量なら領内で一番多いのではないか? 還俗すれば城にある図書室の蔵書も読ませてやれるだろうが……今は少し難しいな。仮に毎日一冊読んだとして、数年は保つだけの量がある。その間に蔵書を増やすことも可能だろう。それでは不満か?」
「不満なんてありませんッ是非わたしと結婚してください! そして本を読ませてください!!」
「ふむ……よろしい。では交渉成立だな」
「へ? 交渉ですか?」
「……其方はきちんと私の話を聞いていたか? 最初に私はこちらの希望と条件を述べたであろう? それを君は今しがた承諾したのだ」
「……す、すみません。よく分からなくて聞き流してました」
そうして、わたしは懇々とお説教されながら改めて求婚されるという珍事にさらされたのであった。
どうやら悪い人ではないみたいだし、わたしの命にかかわる大切なこともたくさん教えてくれた。
それでも何もかもが唐突で、情報の多さに目が回りそうになる。
真面目なお話を中断するのも気不味くて、お手洗いを我慢するのが大変だったしね。わたし、頑張ったよ!
2023/04/02