赤い実はじけた


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序章
一章
二章
三章
四章
五章
六章
七章
八章
九章
十章

一章 青の巫女見習い side F


◆夏の終わりに思う

 あれから何度か面会を重ね、言葉を尽くして彼女や彼女の両親を説得し、ひとまず神殿にいる己のそば近くに彼女を置くことに成功した。
 それから間もなく、私は彼女を通して平民相手には貴族らしく婉曲に話していると一向に伝わらないことを学んだ。思いがけない誤解を招くこともあり、直截的な言葉で会話するようになったのだが……本心を隠すのが貴族の常であったため、最初は曖昧に表現せず伝えることに羞恥や抵抗を覚え、苦辛した。だが、慣れてしまえば効率的で心地よい。
 相手の裏を読む必要のない、実直な言葉の掛け合いは、意外なほどに心の負担を軽くする。
 彼女と話していると、余計な警戒をすることなく穏やかな気持ちでいられるのだ。
 最初の根回しとして、神殿長を丸め込むのは実に簡単な作業だった。
 やがては領主一族に縁付くことになる、富豪の元に隠されて育った上級貴族の娘だと仄かし、神殿で私が貴族教育を施す必要性と、娘側から支払われる支度金や教育料の一部が寄付金に化けること、教育を施す傍らで神事にも取り組ませることで魔力不足にある神殿としては二重の利益がもたらされるだろうことを言葉巧みに話しておいた。大事な金づるだと思わせておけば、手を出すこともなかろう。巫女見習いの通い勤めという特例措置は容易に承認された。
 神殿長の長年に渡る不正の証拠なら、すでに十分すぎるほど集まっている。アレは害にしかならぬ存在だ。彼女のためにも早々に退場してもらおうではないか。

  ◇  ◇  ◇

 彼女の名前はマイン。無事に交渉は成立し、内々の婚約者となった。
 勤務時間は短いが、週の半分以上は通い詰めている。そして土の日には本人曰く土曜礼拝≠ニ称して私のもとに通っては報告会なる茶会を勝手に開く。この時マインが持ち込む土産や菓子は珍しいものが多く、最近では密かな楽しみとなっている。
 魔力を抜くために祈りを捧げて奉納し、本を読んでから満足そうに帰っていくマイン。その際、私だけ仕事をしていると何故か怒られるので、土の日は半ば強制的に休まされることになる。そうなると私も趣味の時間が自然と増えていくようになってしまった。
 マインといると、自分を取り巻く環境が少しずつ良いほうに変わっていくような気がするな……。
 それにしても彼女の読書欲は相当なもので、極めて短い期間で難しい単語も長い祝詞も覚えてしまった。放っておいても本を与えるだけで十分な知識を自力で得てしまうのではないだろうかと思うほどの吸収力と集中力を持ち、今では古語にまで手を伸ばして聖典の写しを読み込む努力をしているようだ。
 行儀作法も教えたことはきっちり習得し、所作はみるみると磨かれていく。感情表現が豊かすぎて表情を取り繕うのだけは苦手なようだが、発想力は飛び抜けており、時には想像以上の結果を出してくる。非常に優秀で、興味が尽きない。
 平民である彼女の知識と感性は、私にとってあらゆる面で非常識だったり未知の情報であったりする。規格外の魔力とともに、研究意欲が刺激される。
 年齢や境遇に見合わないそれら知識の出所が一切分からないことも、気になって仕方がない。やはり彼女にも秘密があるのかもしれぬ。聞けば教えてくれるだろうか……。
 マインはとても愛らしい姿をしているが、同年代の子供と比べて体の成長は著しく遅い。豊富な魔力が成長を阻害していると思われるが、それ以外にも気にかかる点は多かった。早急に解明したい。
 今では私の執務の手伝いまでしてくれるようになっているマイン。
 孤児院に手を回してくれただけでも有り難かったのだが、私の多忙さを心配し、彼女から申し出てくれたのだ。
 暗算が得意なマインの計算力は城の成人文官よりも遥かに正確で早いと思われる。おかげで随分と仕事が捗るようになったのだから、早急に素材の準備を整えて、近いうちに精密な健康診断と調合をしようと思う。
 面倒だが、そろそろ領主である異母兄にも話を通して根回ししておかねば……それを思うと気が滅入る。あの兄は私の変化を面白がり、城を抜け出して神殿に乱入しかねない。実に面倒だ。
 しかし私と彼女が星を結ぶため、避けては通れない道なのだから仕方ない。
 彼女の魔力はおそらく領主候補生にすら匹敵するだろう。そのため養子縁組先の候補も決め兼ねていた。どこを選んでも貴族の派閥や体裁的な面倒事が付随する。果たして彼女と私の今後にとって、どれが最良の道筋であろうか……彼女にも希望を聞いてみるとしよう。

  ◇  ◇  ◇

 季節一つ分ほど時間をかけて調べ直したが、やはり彼女に貴族の血は流れておらず、平民の身食いのようだった。
 本人も家族も、あの洗礼式の頃には身食いの熱が魔力であるということすら知らず、延命のための伝も知識もなく、虚弱な身であることから家族のもとで朽ちるつもりだったらしい。
 それを聞いた時には心底ゾッとした。彼女が抱える魔力の多さに戦き、よくぞ今日まで生き延びてくれたものだと信じられない思いだった。神々の采配とも取れるその幸運に祈りを捧げ、身食いの娘を見捨てず愛情を込めて育ててくれた彼女の両親にも感謝の念を捧げた。
 七歳まで生き延びたマインの器は、本当にぎりぎりのところで持ち堪えていた。間に合って良かったと、初めて神殿に入れられたことを感謝したくらいである。まさか己がヴェローニカに感謝する日が来ようとはな……。
 マイン。私の光の女神。
 洗礼式の折には富豪と見紛うほどの衣装に身を包んでいたが、彼女自身の収入はともかくとして、家族はずっと貧しい暮らしをしてきたようだ。父親は兵士、母親は染色職人で、南の貧民街に住んでいると、聞いた時には目を疑った。
 それにしては彼女の身なりは清潔で、言葉遣いも丁寧だった。立ち居振る舞いは富裕層のようで、見るからに躾が行き届いていた。
 賢く、理解力があり、その年齢にそぐわないほど高い教養が窺えたのだ。髪の艶に至っては貴族の誰よりも輝いて見えるというのに……魔力量のこともあり、私は今でも貴族の血筋である可能性を捨てきれないでいる。
 矛盾と不可解の塊ではあるが、彼女が私の光の女神であることだけは疑いようのない事実である。
 私の女神は無類の本好きだ。婚姻の条件として真っ先に蔵書数を聞かれたときには驚いた。しかし、個人としては領内一の所有数を誇るだろう私の状況を知らせると、金色の瞳をきらきらと輝かせ、一も二もなく承諾してくれたのだ。私は女神のお眼鏡にかなったのだ。やはり我々は結ばれる運命なのだな。

2023/04/02


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