舞い上がれ、青春!


珍しくバイトも休みになった日曜日、暇を持て余してしまった美咲は呼ばれるがままに碓氷の部屋を訪れた。特にすることもないが、別に断る理由もないからいいかななんて思ってしまった自分がいて、気が付いたらインターホンを押してしまっていたのだ。
「早かったね」
嬉しそうに口元に笑みを浮かべる彼を見ながら心の中で溜息を一つ。断る理由もなかったが、ここを訪れる理由もなかったのに。そうは思ってももう遅い。ガチャリと重たい音を立てて扉は閉まったのを思考の端で捉えていたところだった。
「暇だったからな」
前を歩く碓氷は本当にそんなこと考えているのかどうか分からない声色で「そこは私も会いたかったらとか言ってよ」なんて言った。いやいや、いつからそんな関係になったんだ、というか今の関係は何なんだろう?
「紅茶がいい?それともコーヒーがいい?」
ソファの横にカバンを置きながら問いかけてきた碓氷を一瞥、「コーヒー」と答えれば碓氷はキッチンへと歩いていった。ソファへ腰掛け、キッチンから聞こえてくるコーヒーメーカーの音に落ち着かなくなる。

こういう時、いわゆる"女の子らしい子"だったら手伝ったりするんだろうか…。
碓氷はそういうのが嬉しいんじゃないだろうか、自分も出来た方がいいんじゃないだろうか。
なんて事が浮かんできた事にふと恥ずかしさがこみ上げてきて、美咲は勢いよくソファから立ち上がってしまった。

違う、碓氷の為とかそんなんじゃなくて、これはあれだ、暇だから手伝おうとかそういうやつだ、それだけだ。

言い訳にも似た何かを自分に言い聞かせながら、足はキッチンへと向かっていた。
「う、碓氷、あの」
「ん?持って行くから座ってなよ」
不思議そうに見つめる視線が痛い。普段はからかってくるくせにこういう時の視線はどこか愛おしむようで、そんな風に見つめられるといつも私はどうしようもなくなってしまう。
「あの…」
うまく声が出ない。さっきまではせかせかと動いていた足も、今は床に根を張ったかのように動くことはない。
「その、だな」
たった一言手伝うと言いたかっただけなのに、どうしてこんなにも緊張しているんだろう。ゴポゴポと音を立てるコーヒーメーカーの音だけが響く。
「自分の分持ってくから」

…ああ、なんて可愛くないんだ。

マグカップに注がれていくコーヒーにゆらゆらと映る自分の姿を見つめながら、また溜息を吐いた。
静かな足跡の音ソファに沈む私と、どこか楽しそうな碓氷。
「どうしたの鮎沢、そんなにガチガチになって。やっぱり好きな人と二人きりなんて緊張しちゃうとか?」
ニヤニヤとこちらを眺める碓氷。
彼への気持ちに気付いてからと言うもの、彼の言動に大きく心は揺さぶられてどうしようもなくなってしまう。
けれどその碓氷が発した些細な一言や何気ない行動に、荒れていた心は静けさを取り戻すことも出来て、それに心地良さまで感じてしまう。

きっとそれがこの心に巣食う感情、彼が見つけた新しい私…なのかもしれない。

「なぁ、碓氷」
なみなみと注がれていたコーヒーが半分になった頃、美咲は声をかけた。
「私はお前のことが好きなのかもしれない」



深い溜息と共にこめかみに感じた頭痛を和らげようと親指でぐっと指圧すれば、一瞬和らいだ痛みに小さくまた息を吐いた。
今日は学校中に異様な空気が流れていた。昼休み、いつも昼食を一緒にとっているさくらがそわそわしながらこう言ったからだ。

「碓氷拓海が変だ」と。

一瞬、アイツはいつでも変態だったがようやくそれに皆が気付いたのか、なんて考えてみたがよくよく聞くとそうではないようだ。
いつもは完璧に物事をこなし、超人のように思われていた碓氷が心此処にあらずと言った様子で凡ミスを連発し、挙句普通はぶつかりそうにない廊下の突き当たりである壁にまでぶつかっている姿を何人もの生徒に見られており、普段の姿からは余りにも想像できない様子だったために瞬く間に噂が広まり、今に至ると言うことだった。
確かに壁にぶつかるだなんてあの碓氷からは想像できない、いや、碓氷じゃなくてもまずないだろう。…体調でも悪いのだろうか。
心なしか心配になってきたところでさくらはこう続けた。
「碓氷くん、もしかしたら何かいいことでもあったのかもよ!だって私もその話聞いて見に行ったとき、窓の外を見てボーっとしてるかと思いきやいきなり笑ったんだもん!思い出し笑いなのかなぁ…」
楽しそうに話したさくらのその一言をきっかけに頬はかっと熱くなり、こめかみはずきずきと痛み出した。

『私はお前のことが好きなのかもしれない』

でも、それでもあの一言に後悔はしていないし、なによりその後の碓氷だってその…そう言ったからって甘ったるい関係になったわけでもなかったし…、いや第一に私はそれを望んでいるとかそういうわけでもない!そうだ、ただ思ったことを言ってみただけ、それだけなんだ。
深い溜息を吐けば心なしか痛むように感じるこめかみ。
親指でぐっとその痛みを押し込み息を吐けば、そんな美咲の横でしず子はふっと笑った。

「美咲さん、今日はなんだか幸せそうですね」



放課後、心なしかピンク色をした空気を纏った碓氷がしつこく
「ねぇ、幸せなの?それって昨日のこと?」
と美咲に付きまとう姿が目撃されたとか。
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