HE HAS SEEN!


とある日曜日。
メイド・ラテではゆったりとした時間が流れていた。

ピークの時間帯を過ぎて段々と落ち着いてきた店内には、まだ複数名の客といつしか常連となった深谷がいた。
空になったお皿の上にスプーンを置くと、キョロキョロと辺りを見回す。が、目的の人物が見つからず困ったように息を吐いた。

「どうかなさいましたか?」
空いた皿を下げながらメイド・ラテ店長のさつきは深谷に声をかけた。
「いや、空いてきたから美咲ちゃんと喋れるかと思っちょったんやけど…おらんなぁと思って」
しゅんとした様子はまるで捨てられた子犬のように幼く、さつきはまるであやすようにこう教えた。
「ミサちゃん、今は休憩中なの。もしかしたら裏口で外の空気でも吸ってるんじゃないかしら」
そう小声で告げればキラキラと目を光らせて頷く深谷に、さつきは会計伝票を持って席を離れた。

「いってらっしゃいませ、ご主人様」
それからの行動は早かった。
さつきから休憩があともう残り少ないと言うことを会計のときに告げられた深谷は素早く代金を支払い、見送りの言葉も最後は閉まる扉の音に殆どかき消されていた。
すぐにでも会いに行って、少しでも話せるなら!
…きっと今の彼に尻尾が生えていたなら、千切れそうな勢いで振られていることだったろう。

しかし、それは思わぬ形で叶わぬ事になる。


「…ん?」
裏口への曲がり角に金髪の少女が立っていた。
彼女はその先を覗き込むと、どこか気まずそうに身体を戻し、また身を乗り出して覗き込む。
怪しげなその行動に深谷は足を止め、彼女に声をかけた。
「何しちょるん?」
そう声をかけると彼女は大きく肩を揺らし振り返った。
「あ゛」
気まずそうに声を漏らして深谷を見たのは、店長の甥っ子の葵だった。
深谷は葵を見たことがなかったが、葵はバックヤードから深谷を見たことがあった。
そしてそれが更に葵を困らせることになる。
「な、なんでもないわよ!」
葵は必死に考えていた、この男が此処から離れる方法を。
何故ならば此処を曲がった先、つまりメイド・ラテの裏口で美咲が臨時バイトに入っていた碓氷と仲良さげに会話していたのを見たからだ。
いつもの葵だったらそんなことを気にすることもなく裏口へ向かったが、今日はどこか雰囲気が違った為様子を伺っていた。
しかし其処に現れたのがこの男、深谷だったのだ。
なんとかしてこの男を此処から遠ざけなければ、…何故そう思ったのかはこの際どうでもよかった。
とにかく葵は必死だったのだ。
しかし一応は同じ男子と言えど中学生と高校生では体格の差は歴然。
葵の肩に手を置きその場に留まらせると、曲がり角の先、裏口の方を覗き込んだ。
「っ!」
「ちょっ!」
葵が慌ててそちらの様子を伺ったときだった。
遠くに見えるのはお互いの正面で手を繋ぎ合い、キスをする二人の姿だった。
「(あんのバカップル…!)」
「………」
瞬間、肩に置かれた手にぐっと力を感じた。
その痛みに葵は深谷を見ると、向こうを見つめたまま苦しそうな表情を浮かべる彼がいた。
「…悪趣味だわ」
葵は小さくそう呟くと思い切り深谷を突き飛ばし、彼をその曲がり角から遠ざける。
「気分が悪い、ちょっとお茶に付き合って」
いきなり突き飛ばされたことに驚きの表情を浮かべていた深谷を引きずるように葵はメイド・ラテ正面入り口へと身体を向けた。
「ホント、悪趣味」
苦虫を潰したような表情を浮かべて、葵は溜息を吐いた。


数分後、休憩から戻ってきた美咲は、二階席の隅で湿ったオーラを纏った深谷とどす黒いオーラを纏う葵を目撃する。
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