勧誘!背中負うファーストライブ 1
「4月からはやっぱり人員を増やさないとっスよね」
鉄虎が呟いた。なんとなしの独り言に翠と忍が真顔で自分を振り返ったので、鉄虎は戸惑いつつ言葉を重ねる。
「もうすぐ流星隊は3人になるし、そしたら空いた枠に人増やさないとじゃないっスか」
もうすぐ卒業式だし……。2人は鉄虎の言でやっと実感として現実を認識したようだった。そうだ。卒業後が迫り、返礼祭も控えている。それが終わったら春休みで、4月からはもう自分達は3人なんだ。
「すっかり失念していたでござる……。失念というか、それどころじゃなかったというか……」
「俺が先輩とか…鬱だ…接し方とか分からないし…」
「うう〜っ!それを言ったら拙者もでござるよ!隊長殿と深海殿が抜けるなんて寂しくて不安でござるのに、その上新しい子とかっ!人見知りの拙者には厳しい現実でござる!」
「うん、うん、分かるよ忍くん…」
「翠くん…!」

ひしっ!と抱き合う2人を呆れ顔で鉄虎がひっぺがした。
「喚いて落ち着いたところでそろそろきちんと考えてほしいっス。現実問題突きつけられてる課題っスよ?オレとしては現状維持で3人でも…とも思うけど。先輩達が抜けるのに新人まで面倒見切れるか分かんないし」
鉄虎自身も自信などちっともなかった。個性的すぎてバラバラな流星隊、3人ですら意見が合わなくてぶつかることだってあるのに、人数が増えたら丸ごと受け入れてまとめられるか鉄虎は不安だった。悔しいが、千秋や奏汰にだいじにだいじに守られていた自覚はある。その庇護から抜け出してきちんと歩いていかなければならないのだ。未来へ。
各々スキルアップに励んで、4月からしばらく3人の連帯感を磨く選択肢もなくはない。と思う。翠も忍も、言い出しっぺの鉄虎だって先輩の自覚なんてあんまりない。

でも、と思うのだ。想いは受け継ぐものだ。繋いでいくものだ。先輩になること、先輩らしくすること。難しいけれど、その時は必ず来る。いずれ向き合うべき問題である。3人で活動するのは鉄虎にもしょうじきとっても魅力的だけれど、だからこそ消去法や逃げ、負の感情が込められたその選択をとるべきではない。鉄虎はそう思う。
それに身をもって等身大で、3人に在り方を示してくれた先輩達がいる。今はただその背中を見つめるだけだけれど。隣に立ちたい。対等な存在として並び、大きくなったところを見てもらいたい。その想いは3人それぞれの胸にあった。

瞳を交わす。頷き合う。
答えはひとつだ。


*


夢ノ咲には従来のユニットがアピールする場は公式ではなかったらしい。あんずに相談すると、すぐさまドリフェスの企画立案を始めてくれた。
鉄虎達流星隊の他に、主力が卒業して新戦力を必要とするユニットは複数ある。新生徒会長である衣更とも企画を突き詰め、4月上旬【ファーストライブ】という名目でS3が開催されることが決定した。

ファーストライブ。その名の通り、メンバーが抜けた従来のユニットが初のライブとして参加するドリフェス。目的は新生したユニットのお披露目あるいは場ならし、そして新1年生への勧誘である。

校内限定ドリフェスで科の垣根を越えて解放されるが、メイン対象者はアイドル科新1年生。報酬は校内通過あるいは仕事の優先権である。小規模なライブのため報酬は多くないが、新年度初めてのライブということもあり、成績評価はそこそこ良いものとなり得る。
返礼祭でぶつかり合い、相互理解を深めた流星隊。3人は、不安はありつつも前に進むことを選んだ。4月上旬に行われるファーストライブに出演する。そのためには、各々のスキルアップが不可欠だ。

「フォーメーションとか…歌詞のパート分けとか…あー、演出も変えないとっスよね?え、時間足りなくないスか?」
「そういうの考えるのも初めてであるからして…いつも隊長殿たちがしてくれていた故…」
「うーん、家の手伝いがあるけど…でも応援してくれてるし。春休み学校で毎日…あ、集まる…?」
鉄虎と忍がキラキラした顔で翠を見上げた。な、なに…?と翠はたじろぐ。2人の言いたいことは分かるので妙に気恥ずかしくて、翠は頬をかいた。
「いやあ〜感慨深いっスね!」
うんうん、と本当に嬉しそうに笑う2人を見ると文句も言いづらく、翠はぶっきらぼうに話を進めた。
「レッスンルームもレコードルームも早く取らないと予約埋まっちゃうよ…まあ、最初の内は誰かの家で調整してもいいかもね」
「まあそれもありっスよね、本格的なレッスンは出来ないけど、短期集中で曲の仕上げにかかった方がいいかもっス」
「流星隊は伝統が長いだけあって曲も豊富でござる…とりあえずは近々のライブの分だけ、と言ってもなかなかの数でござるよ」
「うう、自分の実力を磨く以外にこんなにもやることが多いなんて…とりあえず、んー、オレんちにする?」
「いいの?」
「翠くんちは忙しいし、オレんちなら別に親もどっちも仕事っスから」
「それなら拙者の家も…」
「忍くんちでもいいけど。どっちにする?」
「あ、あう…聞かれると困っちゃうでござる…!招待したい気持ちは大きいのでござるが、考えてみれば拙者、お友達をおうちに呼んだことがないのでもてなし方がわからないでござるよ…!」

小動物のように慌てる千石に鉄虎は苦笑いした。ステージの上ではハッとするくらい頼もしい顔をするようになったけれど、プライベートでは愛らしさ満点なのが忍の魅力だった。
「そんな気負わなくていいのに。じゃ、とりあえず春休みはオレんちで!」
鉄虎は快活に笑った。社交的で物怖じしない彼。忍はひっそりと憧れていた。同級生はみんな尊敬できる人ばかりで、そんな彼らと友達になれた今がとても嬉しかった。いつか、鉄虎や翠やゆうた…忍のたいせつな人を、気軽におうちに呼びたいと忍はこころの中で思った。


*


可愛くて気品のある顔をおもいっきりしかめて姫宮桃李が不満げに言った。
「新メンバ〜〜〜?」
「はい、坊っちゃま」
穏やかな微笑みを湛えて伏見弓弦が説明する。
「新学期すぐに新1年生を対象に【ファーストライブ】というS3が企画されていることは勿論ご存知のことかと思います」
「当然でしょ?ボクは名誉ある生徒会の一員だよ。開かれるライブはちゃ〜んと把握してるよっ。でも、それはボクたちには関係ないでしょ?」
「いいえ、関係大ありです、坊っちゃま。わたくしたちfineは今は2人ですが、来年は坊っちゃまおひとりになるのですよ。それを踏まえて、来年新メンバーを入れるのか、もう募集して教育を施していくのか考えませんと」
「うに〜っ、弓弦のくせに生意気っ」
桃李は唇を尖らせた。おおかた、1人きりになったことを考えて拗ねたのだろう。それを駄々として発露しないのはひとえに彼の成長だ。
「でもfineは4人だけだよ。それに英智さまは卒業後事務所を立ち上げるって話もしてくれたし、fineはそこに4人で所属するって。それなら新メンバーはいらないでしょ?」

天祥院英智が考えたアンサンブルスクエア計画。
それは校内ユニットを校内だけでなく対外的にも、正式なユニットとして活動できるよう体制を整える制度だ。
天祥院英智が立ち上げる事務所と、他3つの事務所が協力し合い、ユニットを正式に所属させるかたちになる。

「いくらfineが事務所に所属すると言っても、わたくしたちは学生です。活動は制限されますし、校内イベントも多いのですよ」
「ボクはfine以外に所属する気もないし、今は新メンバーはいらないっ!この話は終わりね」
桃李はつんと顔を背けた。弓弦はため息をつく。
まあしかし、拗ねたり感情のまま意見を述べている訳では無いようだ。
B1で桃李は雛鳥から大きく羽ばたいた。次期生徒会長、fineリーダーとして未来を見据えている。弓弦はあれこれ言うのを辞め、自分の主人の選択を尊重することに決めた。まだ来年についておそらくは考えられてはいないだろうが、彼は今成長している途中なのだから、彼が答えを出すまで見守るというのも執事の仕事だろう。


*


「どうしよっかゆうたくん?」
「考える余地ある?俺たちはふたりで完成でしょ、ひなたくん?」
「にひっ、そうだよね」
呆れた顔のゆうたにひなたは日向のようにニコ〜〜〜っと笑った。
クリスマスや節分を経てひなたはこうしてわざとらしくゆうたに何かを言わせたがるようになった。
ゆうたとしても、いつも勝手にどこかに進んでしまうひなたがゆうたに意見を求めたり、歩み寄ってくれるのはすごく嬉しいが、何度も何度も言葉にさせたがるのは鬱陶しいししつこいし少し照れくさい。

「どっちにしろ4月すぐのライブなんてむりだよ」
「まあそうだよね。春休みは商店街で簡単なショーをするし」
「時間がある時は地獄のレッスンがあるし」
双子は顔を見合わせてぶるりと体を震わせた。2winkをスカウトしたコズミック・プロダクション。双子を高く評価してくれるのは有難いし、事務所の最新設備を使わせてもらえるのも、安価で色々なレッスンを受けさせてもらえるのも、スケジュールを組んでもらえるのも助かる。
でも……。
玲明学園と秀越学園の優秀な人材が集まっているだけあって求められるレベルがとても高い。それにレッスンがとてつもなくハードだ。
夢ノ咲は生徒の自主性を重んじ、競合させることで実践的に実力を向上させる手法だったが、コズプロは違う。
他人のことなんか意識しないでひたすら自分達のことだけ集中して実力を磨ける。緻密で綿密な練習を積める。それは双子の今までの生き方に合ってはいたが……。

「最低限って定められてるボーダーが高すぎない……!?」
「期待されてるのか、コズプロじゃこれが普通なのか…」
「でも春休みの最後にはライブ開いてもらえるのは大きいよね」
「とっても楽しみだね!事務所から正式に振られる仕事だから、2年生の成績として反映させてもらえるらしいし」
「新しい衣装も準備してもらえるんだよね?」
「給料から天引きらしいけど、俺たちで発注しなくてもオファー出来るのはすごく助かるよね」
「ライブの課題は既存局で新パフォーマンス、かあ……」
「新しいシンクロダンスを取り入れてみる?それともちょっとハードル高いアクロバットにチャレンジする?」
「せっかくならファンも事務所も学院のみんなもアッと驚くことをしたいよね〜っ」

2winkはファーストライブは眼中にないようだ。
双子が売りのユニットにほかの人間が入る余地はない。
コズプロはスパルタだったが、ひなたとゆうたはブツブツ言いつつやる気に火を付けられて、2winkと相性はいいらしい。
他のユニットに比べすでに事務所とも関わりが深く、直接的にレッスンを受け、課題を出され、集大成としての場も準備されている。
春休みのうちに1段階ステップアップするのは確実だった。
ただでさえ、双子の抱える内面的な問題を除けば実力的には最も安定し、ユニークで、カラーも確立し、1年生にして完成度の高かったユニットである。
新学期から2winkの快進撃はしばらく止まらないだろう。


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