揺蕩う人魚 2
メインが集められ撮影が始まる。撮影機材はとっくの昔に準備万端で、色んなスタッフさんたちが創たちを取り囲む。
メインはそれぞれ全く系統の違う衣装だったのに、4人揃うと何故か調和した。
春の九条天は桜モチーフ、夏の紫之創はおそらく海か空、秋のyoriは紅葉、冬の名前は雪。

「じゃまずは集合写真を撮っていこうか。7月の月間雑誌で特集組んでもらうことに決まってるから、その時に使う写真だよ」
横峯監督と一緒にいるカメラマンを見て名前が僅かに驚きを見せる。
「七尾さん日本に戻ってたの」
「ああ、取材も落ち着いてね。来月には発売されるんじゃないかな」
「そうだったの。七尾さんとまた仕事出来るなんて嬉しい。歌姫より撮りがいのある作品になるから楽しみにしていて?」
「ははっ、本当に頼もしいな」
名前は話についていけない3人にも説明をする。
「七尾さんは今までイギリスの歌姫に密着取材してらしたの。業界じゃすごく有名なカメラマンよ。よくこのCMに起用できたわね」
「クレインさんは僕の熱意に応えてくれてほんとありがたいクライアントですよ」
一流の仕事には一流の人材が集まる。
紫之創はますます胃が痛くなった。
集客力の高いトップアイドル、資金を惜しまない大企業、高名な監督、人気のあるアパレルブランド、実力のあるスタイリストにヘアメイク、世界で活躍するカメラマン──。

撮影が始まる。
名前と創が真ん中に位置された。身長の兼ね合いだろうか。
「とっても可愛いよ」
「いい表情だ」
「素晴らしいよ。もう少しだけ顔を斜めに傾けて。そう、いい子だ」
規則的にカメラの音が響く。
創はガチガチに顔も体も強ばっていたが、カメラマンはたくさん褒めて創を和らげてくれようとする。
しかし止まらないシャッター音と、なかなか出ないOKに創の緊張と焦りはどんどん高まっていく。
「少し休憩にしよう」
「す、すみません……」

2時間ほど撮影した時カメラマンが言った。
創は小さくなって頭を下げる。
乱れた髪の毛をヘアメイクがササッと直し、首筋の汗をマネージャーが拭った。光と人間の熱気のせいでとても汗をかく。
共演者たちは何食わぬ顔をしてドリンクを飲んでいるけれど、内心責められているような気がして……。
九条天が近付いてきた。
創は身を固くする。
「大丈夫?」
「は、はい…」
天は腕を組んで、垂れる髪の毛を耳にかけた。
「初めてで緊張するのは分かるよ。でも、キミのせいで30分以上押してる」
「すみません……」
「謝ることなら誰だって出来る。今ここにプロとしている以上、キミはキミの仕事を全うしなくちゃならないんだ。分かるよね」
「分かります……すみません……」
名前も近付いてきた。
創は俯いて涙をグッと堪えた。涙を零せば人は優しくしてくれたけど、その優しさは創にとって嬉しい優しさじゃない。

「うちのタレントがすみません、九条さん」
「名前さん…いえ」
九条天は会釈してその場を去った。創は慌ててお礼を言う。彼が意地悪で言っているんじゃないと分かっていた。

「紫之さん」
「はっ、はひ」
「とりあえずユニットメンバーと電話して気持ちを解して。マネージャー、寄り添ってあげて。
いい?あなたは期待に応えようとか考えなくていいの。誰も観客のいないライブでもあなたは笑顔を忘れなかった。あなたはただ心のままに笑えばいい。アイドルなんだから」
「はいっ!……ってあれ、どうしてS2のことを…………?」
「……まあ、界隈は狭いから。とりあえずほら、電話してきて。のびのびとして、本来のあなたを出して、楽しむ。今の紫之さんは楽しそうな顔してないよ」
「は、はい、がんばります」
天下の名前様も素っ気ない雰囲気とは裏腹に優しかった。微笑んだ目元が優しかった。
誰も彼もが新人で、実績もなく、足でまといでしかない紫之創に優しい……。
泣きそうになって上を向いた。メイクが落ちちゃうから。

撮影が再開した時、ちょっとだけ創は心の余裕を持てていた。九条天は厳しいけれどプロ意識が高い人だと分かったし、今向けられる視線も気遣うような色がある。瀬名泉に何となく似ているかもしれない。彼の雰囲気というか、世話焼きというか、悪ぶるようなところ。

「なんか顔つきが変わったね!強ばりが取れてる。すごくいいよ!」
「ありがとうございます!」
上手くやろう、迷惑をかけたくないという気持ちが、九条天や名前との距離が少し近づいたことで、ほぐれたのだろう。
紫之のポーズに合わせて名前が自然とアシンメトリーになるように体を動かしている。そうすると九条も自然とポーズを変えた。yoriも初めは硬かったが、すぐに全体として統一する雰囲気というのを掴んだのか、スムーズになった。
パシャッ、パシャッ、パシャッ。
ジャケ写の撮影とぜんぜん違うし、ユニットメンバー以外と雰囲気を合わせるのを最初は過剰にプレッシャーとして受け取っていたが、分かってくると楽しい。それに、気持ちいい。
指示された通りうまく決まるのも、真ん中2人に合わせて全体が生き物のように自然とポーズが生まれていくのもとても気持ちがいい。
現場に笑い声が零れ始めた。
褒め言葉をうまく受け取れるようになって萎縮しないで笑える。
目が合った名前が頷いてくれた。うれしい。
九条天が天使みたいな顔で笑っている。yoriもクールに決まっている。創はそこに自分がピタッとハマった感じがして本当に楽しかった。

「すごくいい、めちゃくちゃいいよ」
カメラマンが興奮して撮れた写真を見せてくれた。4人でパソコンを覗き込む。
九条天は凛々しくて、yoriはカッコよくて、名前は消えそうで。創は愛らしい。
みんないい顔をしていた。
「よ、よかったです…僕…」
安堵が胸にぎゅーーっと迫ってきた。
「ふふ、なきむしな子」
名前の指先が創の目元をそうっと掠めた。触れるか触れないかの距離を、壊さないようにそうっと。
分からないけど、なんでそう思ったか分からないけれど、大切にされている気分になって、創はかあっと頬を赤くした。
そんなわけないと分かってるのに。

*

「どうだった?創」
「はい、とっても楽しかったです。それにすっごく勉強になりました」
「楽しめたなら良かった。泣きそうな声で電話来るんだもん、焦っただろ」
友也が安心したように笑った。頭を撫でようとして、そのまま手を宙に彷徨わせる。
「せっかく整えてもらったの、崩したら勿体ないよな」
「いえ、友也くんに撫でて貰えたら嬉しいです、えへへ…」
「そっか。お疲れ様、創」
ぽんぽん、と軽く叩くと創ははにかんだ。キャッチコピーにも採用されるくらい、創のはにかみ笑顔は殺人的にかわいい。

撮影が終わったあと、メイクやヘアスタイルは落とさずに帰ってきた。普通だったら電車で解散になるけれど、創は車で送迎されている。
いや、新人で送迎がつくのは本来なら本当に有り得ないのだが、ロープロは資金が潤沢だ。人手はそんなに多くないし、事務所も大きくないが、今の事務所の規模が小さすぎるくらいには有名だし、実績がある。
設備も最新だし、社長の経営方針として「放任主義だが人材育成に金は惜しまない」というスタンスを取っているから、新人であっても、事務所においてそれが不利になることはない。

「光くんはどうしたんですか?」
「あいつは今日は校内バイト」
「何かありましたっけ?」
「ほら、守沢先輩にくっついてスタントマンの仕事してくるやつ」
「ああ、光くんにピッタリのお仕事ですね」
「体動かすのも、ヒーローもピッタリだよ」
元流星隊の守沢千秋はRa*bitsと同じローシュタイン・プロダクションに所属している。流星隊は夢ノ咲学院の伝統ユニットだから、彼らがメジャーデビューすることは無い。
守沢千秋は1人の守沢千秋としてロープロに所属していた。三奇人、五奇人だった深海奏汰もだ。
流星隊の2年生3人も、卒業後ロープロで守沢千秋、深海奏汰と共に、流星隊ではない新ユニットとしてデビューすることが決まっている。
千秋は学生の頃からアクションものやヒーローものに出るためにスタントの仕事を多く受けていた。正式に事務所に所属したことで校内バイトのような下請けの仕事はこれから減っていくだろう。その後の後継として見込まれたのが天満光だった。
光なら卓越した身体能力で仕事相手の求めるスタントがこなせるだろう。流星隊の後輩と関わる機会の激減した千秋は、その寂しさを埋めるようにRa*bitsを気にかけてくれたし、その中でも素直に真っ直ぐに懐いてくれる光をよくよく可愛がってくれていた。

「光も芸能界で知り合いも出来始めたし、対応とか付きっきりで色々教えて貰える先輩もいるし、創はソロでどデカいCMに出演だし……みんなどんどん遠くなっちゃうなあ」
「友也くん……」
友也の横顔は寂しげで、どこか向こうを見ている感じがした。思わず零してしまった、みたいな顔で、創は何も言えなくなった。
友也は今1人だけソロの仕事がない。
校内バイトも校内の小さなものしかなくて、アイドルとしての仕事に繋がるようなものは他のユニットに取られてしまっている。
演劇部で演技力は培っているが、まだ武器と言えるほど育ってはいない。

名前に直々に育てられているValkyrieや気にかけられている守沢千秋と違い、Ra*bitsは小さい仕事が多いし…。不安になる気持ちもわかった。
創は友也のことが大好きだし、誰よりもカッコイイと思っているし、すごく尊敬しているけれど、多分そんなことを今友也は言われたいんじゃないから。

「ぼ、ぼくは友也くんの良さをずっと知ってますし、それは絶対みんなに伝わります!Ra*bitsはもう弱小ユニットじゃないですし、ぼ、ぼくが!CMに出たらきっともっと…注目されます!その時友也くんは絶対チャンスを掴めます!こ、こんなこと言ったら嫌味みたいだって思われちゃうかもしれないですけど」
「ううん、嬉しいよ。創が自分に自信を持てるようになったことも、Ra*bitsや俺のことを考えて言ってくれたのもわかるよ。うん、そうだよな。俺はやってきたチャンスを絶対逃さないように頑張るよ」
ニコッと笑った友也に創は安心の息を零した。
「普通の子」であることを売りにも、コンプレックスにも感じている友也。しかしそれは地味ということでは無い。彼の良さを早く世間の人に知って欲しかった。


*

夏用のCMは紫之創のみをフィーチャリングしている。だから撮影もソロになる。
ロケは沖縄で行われることになった。関東とは比べ物にならないくらい気温が高い。半袖でも大丈夫かもしれない。
ロケ地に到着すると、前回のスタッフが紫之を笑顔で出迎えた。
「おはようございます!」
今日の撮影の概要は事前に話を聞いているから、心構えが多少は出来ていた。
「今日はよろしくね。紫之くんの今日の予定は?」
「沖縄ではCM撮影のみです。なので滞在中はずっとこの作品のことだけ考えて臨めます」
「嬉しいことを言ってくれるね。時間の許す限り、こだわって、こだわり抜いて、最高のCMを作ろう」
「はい!」

早速メイクに取り掛かる。
今日は海でのロケなので、車の中でメイクされることになった。水や風で乱れないように舞台用のかなり濃いメイクを施されていく。髪も自然とたゆたうようなウェーブで遊びを入れ、緩い三つ編みも編まれていく。
「今日は自然な顔してるね」
「そうですか?えへへ、緊張もしてるんですが、それより楽しみな気持ちが大きくて!ぼくがうまく作れたら、Ra*bitsももっと有名になりますし。そうしたら大好きなユニットメンバーに恩返しが出来ます……」
「大好きなんだね、お友達のこと。すごく伝わってくるよ」
「え、えっ、そんな顔に出ちゃってますか?ちょっと恥ずかしいです…」
「なんで?すごくいいよ。その顔したらみんな紫之くんのこと大好きになるよ。今日の撮影でもお友達のことを考えたらいいかもね」
「えへへっ、そうしますね!」
メイクが終わったら、水に揺れるような幻想的な衣装に身を包んでいく。繊細な布に秀逸な刺繍やレース……。柔らかい生地だから少しでも引っ掛けると傷つけてしまうかもしれない。けれど、風に吹かれると本当に美しく靡く。きっと海の中だとさらに美しく映えるだろう。

外に出ると風が創の髪をさらった。
海でのロケは久しぶりだ。
まだ5月だから、沖縄とは言え風が涼しい。この中を海に潜るのか……。

まずは砂浜を歩いている図を撮ることになった。
裸足になって跳ねるような軽い足取りで歩いていく。足は甲のところにだけキラキラ光るアンクレットのような、飾りのようなものを付けている。
今の創は海の妖精や、足を手に入れた人魚。そういう幻想的で、不思議で、透明で、魅力を放って心を掴む存在だ。
強い風が吹いた。
美しい海、白い砂、青い空。沖縄という特殊な環境が創を開放的にさせた。
髪が揺れるのと合わせて創も踊るようにクルクル回ってみる。心のままに跳ね回る。
衣装が後ろへ遠く遠く靡いてく。ふわふわ舞って、揺れて、風と一体化する。
ああ、なんて楽しいんだろう!

心の底から楽しんでいる創は、まさに初めての人間の体を楽しむ人魚のようだった。
朗らかで、のびのびとして、爽やかで愛らしい。

スタッフたちは感嘆の声を漏らし魅入った。横峯監督は唸りながら目を輝かせた。カメラマンの七尾は陳腐な賛辞を送るのは辞め、無言で瞬間を切り取るのに腐心する。

「はあ、はあ、ど、どうでしたか?」
「素晴らしいよ!いや、君がここまで魅せてくれるとは思わなかったよ。本当に愛らしい」
横峯監督の手放しの賞賛を送ると創は破顔した。楽しい気持ちが結果に繋がって嬉しい。

「じゃ続けて水の中に入ってみようか?気分が乗ってるうちにね」
「はっ……はい」
足先を水につけてみる。今日は本当に暖かい日だけれど、やっぱり全身に鳥肌が走るくらいに冷たい。
でも6月からCMを放映するにはもう撮ってしまわないと……。
創は少しずつ体を進めた。
ぶるっと寒気が全身を巡るが、ゆっくりすぎる方が逆にもっと寒い。
反射的に震える指先を握りこんで大胆に腰まで浸かった。
「ひあっ」
悲鳴が漏れるが、少しすると水の中が温かいような気がしてきた。上半身は風にあたって冷たい。

みなもの中を柔らかなシフォンを重ねた衣装がゆうらり踊っている。
「うわあ…とっても素敵です」
創は海の中に手を入れて波を起こす。ゆらゆら。ヴェールが揺蕩いて淡いパステルカラーが光を乱反射する。きらめきを放つ。
水を掬い上げて光に翳す。
創は今美しい景色を全身で感じたくて、自然と求められる動きを演出出来ていた。
「創くん最高にノってるね。海の中から撮りたいんだけど大丈夫そうだね」
「はいっ!寒いんですけど、すごく綺麗なんです、この衣装。ふわふわゆらゆらして……ぼく見蕩れちゃいます」
「水の中でこそ最も輝く衣装だからね。創くんが大好きになって、夢中になる気持ちをみんなにも伝えてあげよう」
創は頷いて、大きく息を吸い込む。そのままちゃぷんと顔をつけた。

ぎゅうっと閉じていた瞳をそうっと開くと、透き通った海の底が広がっていた。

透明度の高い水、しぶくあぶく、水面から差し込む光、底に続く岩や砂や珊瑚、海藻、光の中で重力を感じさせずに広がってゆく淡い色の衣装──。
明るくどこまでも広がる青の世界。

「ぷはあっ」
水面に顔を出して必死に呼吸する。心臓がどきどきする。海の中は美しく、広大で、孤独で、どきどきする。
おでこに張り付いた前髪をよける。髪の毛が重たい。

監督の指示が飛ばされる。
創のモチーフは人魚。人間の体を手に入れた人魚は海辺で楽しむが、海で生きられなくなった人魚は故郷に沈む。
「寂しさの滲む愛らしさ……難しいです……」
創は人魚の気持ちを考えてみようとするが、なかなか想像がつかなかった。海は美しい。
でも、その怖さはわかる。
でも、恐れと寂寥はちがう……。

瞳を閉じて水面に浮かぶ。
瞼に透けて光が射す。水はもうずいぶん創にはぬるく、やさしいものになっていた。
波に揺られるのは心地が良くて、ずっと浮かんでいたくなる。ふと、羽風薫を思い出した。
彼は海が好きだと言っていた。サーフィンで波に乗るのが好きだとか、素敵な女の子と出会えるだとか、美しい眺めだとか、そういう楽しみもあるけれど。
彼は海に安心を感じるのだとこっそりと教えてくれた。大切な秘密みたいに……。

故郷の海。母なる海。還る場所。
生きてきた場所に拒絶されるのはどんな気持ちなのだろう。息が出来なくて苦しくても、地上がどれだけ楽しくて美しくても、手を伸ばしながら海の底へ望んで沈んでいくのはどんな気持ちなのだろう……。

生きる場所。居場所。紫之創にとってはそれはRa*bitsだった。かけがえのないひとたち。

かなしいような、あたたかいような、走り出したいような、何もしたくないような、不思議な感情にとらわれる感じがして創は海へ潜った。
波に揺られていた彼が突然みなもへ消えて行ったのでカメラマンの七尾は慌てて彼に合わせて海へ潜る。
カメラだけを海へ沈めるより、一緒に持って入った方が臨場感が全く違うし、表現の仕方も変わるし、切り取りたい瞬間を逃さないからだ。

海の中を泳ぐ創は、泳ぐと言うより沈んでいるようだった。
底へ、そこへ、手を伸ばしている。
表情は無表情のようでいて、何かに焦がれるような……。苦しむような……。愛おしむような……。懐かしむような……。
無表情なのに、泣き出しそうで、嬉しそうな。

七尾は夢中でシャッターを切った。飲み込まれそうだ。



*



「創!!CM見たよ!すごいな、何だよあれ、本当にすごいよ」
「創ちゃんのあんな顔、初めて見たんだぜ!でもすごく綺麗なのにどっか行っちゃいそうで、なんか寂しくなったんだぜ」
「ああ、たしかに。珍しいよな、創がああいう演技を求められるの」
「わあ、友也くん、光くん、CMを見てくださってありがとうございます!ぼくも最初は戸惑ったんですけど、人魚さんの気持ちを考えるうちに何だか切なくなってきて……」
2人の賛辞を受け取り恥ずかしそうに笑いを零す。
あのロケは色々な意味で創の世界を変えた。

昨日からオンエアされたCMは、真っ白な砂浜で波と楽しげに戯れ、広い海でぽつんとたゆたい、最後には胸に迫るような表情を浮かべた創が海の底へ焦がれるように沈んで途切れる。
映像で見て、自分があんな表情を浮かべていると初めて知った。
不思議な経験だった……。あのロケで創は知らない自分に出会えた気がしたし、心のままに開放的に振る舞う感覚を知った。

インターネット上ではかなり話題になり、検索数もかなり増えている。
事務所や学院への問い合わせも格段に増えつつあるらしい。
横峯監督も、クライアントも満足する出来映えになったと聞いて、安堵とともに興奮と達成感を得た。

CMはこれから3ヶ月間放映される。
苦しくても海の底へ、自分の生きる場所へ帰りたいと願った人魚さんの気持ちが創にはなんとなく分かる気がした。
これからRa*bitsと紫之創の世間や業界の認識が、どういう風に変わっていくかは分からない。

けれど、その未来は明るいものにしたい。
紫之創はそう思った。



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