青春薫るゼラニウム *瀬名泉

・ゼラニウムの花言葉「尊敬」
・瀬名泉が真白友也に気まぐれ指導する話
・ズ!ストの関係性やイベントとは連動してません
・業界の知識が一ミリもない人間が適当なフィーリングで書いています
・ブロマンスです

*

 真白友也はウムムと唸って手元の雑誌を薄目で睨みつけた。どこかで見たことがある俳優かアイドルが、華麗なポージングで何枚も映っている。
 友也は雑誌を見比べながらそのポーズと表情を真似てみた。立ちポーズ数種類、座って足を組んだり、横になってみたり……。うーん、でもやっぱり何かしっくり来ない。
 雑誌の中の男性はかっこよくてセクシーで、目を惹き付けるような雰囲気を醸し出しているが、目の前の鏡張りの壁から見える友也はどこか気が抜けて噛み合わない。
 雑誌の隣に置いた「ポーズ辞典」「初級ポージングマニュアル」を見て、説明通りのポーズを試してみるが、自分には合わない気がするし、物に出来なくて友也は唸った。

「あーもうっ、分かんないよ〜!どうしたらいいんだっ?」

 友也が叫ぶのと、ドアがガチャッと回る音が響くのは同時だった。
「うわっ、人いたのぉ?」
「えっ!?」
 素っ頓狂な声を上げて友也は振り返る。ドアのところに眉をしかめた銀髪の先輩が立っていた。緑のネクタイをしているから三年生だ。あの人はたしか……。
「瀬名先輩っ!」
 わ〜、今のを聞かれてたかもしれない。顔が少し赤くなる。でもここは俺が予約取ってたはずなのにどうして……?
「校内SMSだとこのレッスンルームは空いてるはずなんだけど。あんたちゃんと予約してる?」
「えっ!?」
 慌てて時計を見ると、借りた時間からもう三十分近くも過ぎていた。練習に夢中で気づかなかった……!
「スっ、すみません!すぐ片付けますから!」
「急がなくてもいいけど。でも最近部屋もなかなか空かないし、時間はちゃんと守ってよね。あんた一年?最近の下級生にはなってないやつが多すぎ。チョ〜うざぁい!」
 自己完結してブツブツ文句を言っている泉に、友也は何度も謝りつつバタバタと片付け始める。

「ちょっと見えたけどあんたポージング練習してたの?ぜんぜんダメすぎて見てらんなかったよ」
「うう〜っ、分かってたけど直接言われると刺さる!実は今度雑誌でモデルをすることになったんですけど、モデルは初めてで……」
「あんた、なずにゃんとこの一年だったっけ。ライブするのですらヒィヒィ喘いでたはずだけど、モデルなんかよく取れたね。ま、あんな出来じゃ次は来ないと思うけど」
「そ、そんなに酷いですか?」
「酷いどころじゃないっての」
 泉は罵倒しながら友也のそばに寄ってきて、散らばっている本やら雑誌やらを眺めた。
「ふぅん、まあ努力は感じられるかな」
「うぅ……」

 友也はうなだれた。
 子役からモデルとして活躍し、今もモデル業界の最前線にいる瀬名泉にそこまで言われると、自分のあまりの不甲斐なさに情けなくなってしまう。
 スパルタは変態仮面──もとい日々樹渉で慣れているとはいえ、渉は指導にも頓珍漢な手段を使って追い詰めてくるので、酷いことを言われてもぜんぜん刺さらないのだが、実績のあるほぼ初対面の本業の人に、正論でしかない罵倒を受けると、もう、うなだれるしかない。

「トレーナーは?」
「その……Ra*bitsは資金繰りに苦労してるので、この部屋を抑えるのもいっぱいいっぱいで……。プロの講師を呼ぶお金はとてもなくて」
「はぁ?じゃあ自己流でやってるの?そんなの意味ないどころか有害ですらあるから。逆に変な癖とかついちゃうし。自己投資ケチると回り回って損にしかならないからねぇ?」
 友也は一瞬眉根をきゅっと寄せた。
 そりゃ、そんなの俺だって分かってる。
 胸の中に小さい反発心が湧く。もちろん口には出さないけれど。
 強豪の主力ユニットKnightsと違い、Ra*bitsは新人ばっかりの弱小ユニットだ。仕事が増えてきたとはいえ、まだまだ安定には程遠い。
 資金に苦労せず、トレーナーや講師を読んだり、レッスンルームをユニット専用に抑えられたらどれだけいいか……。

 声には出してなかったはずなのに、泉はムッとして刺々しい声を出した。
「なぁにその顔。不満たらたらです〜って書いてある。年下のくせに生意気!」
「えっ!」友也はギクリとした。「そんなこと思ってませんよ、アドバイスもらえてありがたいです」
「ふんっ、どうだかねぇ」

 友也は雑誌を纏めて逃げるように立ち上がった。
「えっと、お待たせしてしまってすみません。ここ使うんですよね?」
「そうしようと思ってたけど……。あんたこの後は帰るの?」
「えっ?いや、俺はもう少し自主練していこうかなって。撮影も五日後に迫ってて、瀬名先輩の言う通り、まだ人に見せられるレベルじゃないので……」
「はぁ?五日後ってすぐじゃん!モデルって一朝一夕でどうにかなるもんじゃないよ」
「はい、だから出来るだけ知識をつけたいと思って……自分でもぜんぜんダメダメなのは分かってるんです。に〜ちゃんや部長や北斗先輩にも聞いてるんですけど、なかなか上手く出来なくて大変なんです。でもせっかくいただいたお仕事ですから、当日までに俺なりにもっとよく出来るよう頑張るつもりです。……プロの瀬名先輩からしたら甘い考えかもしれないんですけど……」
「……」
 苦笑いしつつ頭をく友也に、泉はすっと目を細め、意外にも「へぇ〜殊勝な心掛けじゃん?」と称賛めいたものを吐いた。言葉だけなら一見嫌味っぽいけれど、その声音は柔らかい。

「って言っても、講師無しじゃ逆効果だしねぇ?俺も暇ってわけじゃないけど、頑張ってる子は嫌いじゃないし、今日くらいなら俺が見てあげるよ。感謝してよねぇ」
「え!いいんですか!?」
 まさかの申し出に友也は目を輝かせ前のめりになった。泉はそこまで素直に喜ばれるとは思わず少し仰け反る。ふだん、可愛がっている真に袖にされすぎているし、司も頑固で生意気で口答えばかりなので、友也の分かりやすく喜びと期待を浮かべた表情にまんざらでもなく唇を釣り上げた。
 そうそう、後輩はこうでなくっちゃ♪

*

「まっっったくなってないんだけど!」

 泉がドデカい溜息を漏らした。友也が「すみません……」と肩をおろす。どこから叱り飛ばせばいいか、問題点がありすぎて「……ッ!〜っ!」と泉は言葉を失っている。
「もう、何を言えばいいか分かんないけど、なんでそんなガッチガチなわけ?その頓珍漢なポーズは何?馬鹿みたいに間の抜けた表情、あんたジャケ写とかグッズの写真も撮ったことないの!?」
「それくらいはありますよ!まだ数枚ですし、グッズは作るのに予算が消えて、写真部の人に撮ってもらいましたけど……」
「アマチュア!?いや、それよりも……それもだいぶ叱りつけたいけど、それよりその硬さ!あんた一応アイドルでしょ!」
 自覚があったので「はい……」と粛々と受け止める。「まずはやって見せて」と言われ、泉の手拍子に合わせてどんどんポーズを変えて見せたが、三年の先輩ということや、言動からにじみ出る厳しさにちょっと萎縮したのは事実だった。
「なんで恥ずかしがってるわけ?照れが見えると一気に寒くて陳腐な印象になるのは分かってるよねぇ?」
「すみません、ちょっと緊張して。ふだんの俺とすごくかけ離れてるし……」
「そんなの言い訳にならないから。まず身体の強ばりを解すところから。こんな初歩的なこと言わせないでよねぇ」
「うぅ……」

 もう一度繰り返すことになり、友也は雑誌や動画で見たポーズを思い出しながら、腕を頭の後ろに回してキメてみせたり、しゃがんで流し目をしてみたり、後ろを見て顔を横にしてみたり、足を交差させたり、とりあえずなんとかポーズをとろうとした。最初よりマシになったと信じたいが、泉の冷めた目を見るとどんどん恥ずかしくなってくるのは抑えられない。
「ストップ。はぁ……」
 泉はこめかみを揉んだ。
「硬さは取れてないけど意識してるのは分かった。次、二つ指摘するよ。まずポーズがダサいし、大げさすぎる。それからあんたのイメージがブレブレ」
「?どういうことですか?」
 ダサいのは分かる。友也も自分でめちゃくちゃな気はしていた。だから恥ずかしかったのだが……イメージがブレブレ?

「色々な系統を試したいのは伝わったけど、ポーズに一貫性がないし、表情も合ってない。どういう服をどういう風に見せたいとか、こういう風に見せたいからポーズをこうするとか全く読み取れない。ポーズにはテーマとか、シチュエーションとか、ストーリーがあるでしょ?」
 目からウロコが落ちた。
「か、考えたこともありませんでした」
 頭の中は、どうにか参考資料を再現しようと必死な気持ちしか無かった。テーマ……な、なるほど……。
 でも、完璧にピースが合わさった感じはしない。
「Ra*bitsの撮影では可愛くとか、爽やかにとか、明るくとかそういうイメージが求められるでしょ。今回あんたに求められてるのは何?」
「俺に求められてるもの……?」
 Ra*bitsなら可愛い。それは分かる、でも雑誌の撮影で友也に求められてるものというのが分からず、友也は戸惑った。
「まだ先方から具体的なテーマはもらってなくて。モデルって当日指示を受けながら撮るのかと……色々な服を着るみたいなので、ポージングの初歩だけでも身に付けてないと、指示にも答えられないかと思って自主練してたんですけど……」
「何も分かってない。スチールに慣れてないとここまで酷いの?俺はもっとちゃんとしてた気がするんだけどなぁ……?」
 呆れ声で泉は首を振った。

「前提から詰めていくよ。今回の仕事、インタビューとか、Ra*bitsの宣伝じゃなくて、ブランドの服を着るってことなんだよね?」
「はい、声を掛けてくださったブランドさんがいて……」

 友也が以前脇役として出演したドラマがある。たった数話、ちょこっとセリフがあっただけの脇役だったけれど、個人の仕事で、しかも地上波のドラマでエキストラ以外に俳優として出演したのは初めてだった。
 そのドラマで衣装提供していたファッションブランド「trozo」さんの服を友也は着用していた。ドラマの中では小さな役だったけれど、解釈を深めるために台本をたくさん読み込んだり、仕草や背景まで想いを馳せたりした友也にとっては大切な役だったし、衣装に腕を通すと役が生き生きと自分の中で呼吸し始めるような気がしてとても感動したのだ。
 オールアップした時、友也はブランドさんにお願いして、自分が着た衣装を購入していた。ユニット資金ではなく、友也個人の私費で購入したので少し痛い出費だったが、「trozo」さんはその申し出をとても喜んでくれてかなりの割引をしてくれた。
 友也としてはそれだけですごく有難くて、手元に役の思い出が残るだけで身が引き締まる思いだったのに、その上「trozo」さんは友也のことを覚えてくれていて、数ヶ月後に個人オファーまで寄越してくれたのだ。
 なんでも、新作の作品を撮る予定だった若手俳優さんが週刊誌にすっぱ抜かれ、起用を取り消すことになったらしい。でも撮影は間近に迫っているからブランドイメージに合う人材をいきなり探して起用するのは難しい。そんな時「trozo」さんは友也のことを思い出してくれたという。
 「受けてくれて助かるよ」と言われたが、友也の方が有難くて申し訳ないくらいだった。

「なるほどねえ。現場の人に仕事回してもらえるのはあんたが誠実に向き合った結果だよ」
 友也は目を瞬かせて、身をよじった。「いえ、そんな……俺はただ必死に役を演じただけで……」
「役をそんなに深めるタイプの役者なら分かるよねぇ?モデルに必要なのは技術と容姿ももちろんだけど、表現力。そして表現力は経験と知識で培われる」
「……?」
 それならやっぱり、友也は経験も知識もないから、ポージングの練習をするのは理にかなっているはずだ。小首を傾げる友也に、泉は唐突に話題を変えた。

「そのブランドのカタログはないの?」
「あ、まだ小さなブランドさんなのでウェブ販売をメインにしていて」
「ウェブサイトはあるんだよねぇ?友也くんはもちろん確認したよねぇ?」
「はい、ドラマの時から拝見させていただいてました」
「じゃあそのブランドのコンセプトは?」
「コンセプト?ええと、日常の中に、特別な欠片を……みたいな感じだったかと」
「服の系統は?」
「大人っぽくて爽やか系?黒とか茶色とか灰色とか紺とか、落ち着いた感じでした」
「価格帯は?」
「えっ、服によってけっこう差がありますけど、学生にはちょっと高い値段だと思います」
「購入層は?」
「……。たぶん二十代とかの……社会人向け……ですかね?」
「起用されてるモデルの共通項は?」
「うーん……黒髪の人もいたし、金髪もいたし、若い人もおじさんもいたし……」

 泉はズバッと言った。
「なんで自分が出るブランドの解釈を深めないわけ?まずはそこからでしょ?」
「えっ……」
「さっきから思うとかたぶんとかあやふやな答えばっかりじゃん」
 そう言われて、自分がいかに声をかけてくれた「trozo」というブランドのことを知らなかったか気付いた。

「役と同じで、ブランドへの理解を深めれば、ブランドの求めるコンセプトに添う表現が見えてくる。服の系統を分析すればイメージも固まる。技術があればそこまでする必要はだんだん薄れてくるけど、友也くんはズブのド素人なんだから、需要を徹底的に研究するべきでしょ」
「……!」
 たしかに、と友也は言葉を失った。泉の言うことは一から百まで論理的で、感動で動けなくなった。目の前に突然道が現れたようだった。
 かちりと、頭の中でピースが嵌まる音がする。

 演技と同じだったんだ。
 演技と同じだったんだ!

「あ……」
「何?」
「ありがとうごさいますっ、瀬名先輩!!俺っ、そんなふうに考えたことなかったです!そうですよね、役を演じるために役を理解するのと同じように、着させてもらう服やブランドさんを理解しなきゃダメだったんだ!俺勘違いしてました!モデルって方が最初に意識がいっちゃって、出来もしない情けないポージングを何とかすることに必死になってて……」
 少し太めの眉が丸く円を描き、丸い大きな目がメラメラ燃えている。りんごみたいなほっぺたでグワーーッと捲し立て始めた友也に、泉は「急に怖いんだけどぉ!?」と押しのけた。
「さっそくウェブサイトを……」
「それは後!」
「あっ」

 意気揚々と覗き込んだ画面がサッと消える。泉が携帯を取り上げた。
「ブランドに向き合うのは必須だけど、最低限のポージングの知識は必要だからねぇ。あんたの場合芸を覚えた犬の方がマシなくらい酷いから」
 割と酷いことを言われた気がするが、友也はぜんぜん気にならなかった。ピカピカキラキラの笑顔で「はい!」と頷き、泉のほうがちょっと引いているくらいだ。

*

 泉の要求はシンプルだった。
「まず、ワンシーンごとにバカみたいにポーズを変えるのを辞めな」
「はい。でもモデルって色んなポーズをするんじゃ?」
「そうだけど、手拍子ごとにまったく違うポーズを取らなくていいの」

 やってみせるから見てて、と泉はサッと距離を取った。
「さっきみたいに手拍子」
「はい」
 手を構えた瞬間、泉の雰囲気が変わる。刺々しさがふわりと宙に霧散し、僅かに伏せた視線や口元に浮かべた笑みからは柔和とすら思える雰囲気が醸し出されていた。
 すでに友也とは違う。立ち姿だけでこんなに……。
 パチン、パチン、と手を叩く音に併せて泉はポーズを流れるようにサッ、サッと変えた。その様子は動画サイトにアップロードされていたプロモデルの参考動画と似通っていた。水のように流動していて、風のようにさらさら動き、僅かな動きだけで変化を出している。

 身体の向きを変えたり、手の位置を顎から腰、首、身体の横に動かすだけだったり、顔の角度、視線の角度、足の向きや立ち方……。
 些細な変化で、どれも似たようなポーズに思えるのに、どれ一つとして同じポーズがない。友也は食い入るように見つめた。
「っ」
 友也は思わず息を飲んだ。パチン、の音でまた泉の雰囲気が変わった。今度は手や身体の動きを大きくして、表情が明るくなっている。
 腕を広げたり、足を前に出して背を反ってみせたり、両腕を枕みたいに組んでみたり、ウィンクしてみたり。彼から漂う弾けるようなエネルギーは、無邪気さや元気さの印象を見る人に与えた。さっきの落ち着いて優雅な、図書室で知的に本を読んでいそうな雰囲気とは真逆だ。
 ずっと見ていたかったが、ふと泉が「分かった?」と動きを止めた。

「わかりました。瀬名先輩がすごいということが……」
「それは当然でしょ?ふふん、俺を誰だと思ってるのぉ?って、そうじゃなくて」
「動きが小さいです」
「そう」
 泉が頷いた。
「場合によって変えるべきだけど。友也くんみたいにいちいちぜんぜんポーズを取るんじゃなくて、少しずつ変えながら魅せる。その少しずつの選択肢を増やしていくの」
「少しずつの選択肢……」
 言われると難しいし、見ても難しかったが、なんとなくイメージは掴めた気がする。奇抜で豊富なポーズを、カッコイイのを……と思っていたけれど、そんな必要性はなかったんだ。
 ポーズにテーマを、というのも目の当たりにしてすごくよく分かった。
 友也は泉を憧れの目で見つめた。

「本当にすごいです、先輩……!正直、怖いしズケズケ言ってくるし、色々ヤバい人だって噂も聞いてたんですけど、すごくかっこよくて優しくて……!」
「はぁっ!?なにそれチョ〜うざい!褒めてるつもり!?」
「むぐっ!」
「せっかくこんなに分かりやすく教えてやってんのに可愛くないなぁ!」
「むがむきゅっ、むぎゅ〜っ!」
「あははっ、何言ってるかぜんぜん分かんない♪」
 両頬を肩手でつぶされて抗議したが、泉はニヤニヤご機嫌そうに笑って離してくれない。なんとか手から逃れると、ほっぺたがちょっとヒリヒリした。

「きゅ、急になにするんですかっ」
「あんたが生意気言うからでしょお?ま、多少生意気な方が可愛いけど……ムカつくもんはムカつくからねぇ。失礼な子はしつけてあげないと。ほら、俺って後輩いびりが趣味だし」
「真顔で何最低な趣味明かしてるんですか!?いい先輩だなって思いかけたのに、やっぱり俺の周りって変な人しかいないのかな……」
「何ブツブツ言ってんの?さぁ、こんなくだらない話してないでさっさと続きやるよぉ」
「理不尽……!」

*

 結局泉は十時近くまでレッスンに付き合ってくれた。
「ありがとうございました、今度お礼になにかさせてください!俺に出来ることってあまりないけど……役に立てることとか、雑用とかなんでもします」
「へぇ、俺にパシリ宣言なんて肝が据わってるねぇ♪」
「パ……でもそれでお礼になるならやりますよ。こんなにしてもらったのに何も返せない方がいやですもん」
「別にいらないよ。なずにゃんに恩を売れたし」
 戸締りをして、泉が振り返る。
 忘れものはないかと確認して、二人は並んで歩き出した。校舎口まで何度も友也がお礼を言うと、ちょっとうんざりした呆れ声で「考えとく。まったく、しつこすぎてウザイくらいなんだけどぉ!ま、礼儀知らずよりよっぽどいいけどねぇ」と泉は諦め混じりに笑った。

 フッと少し眉根の緩んだ笑顔にドキッとする。
 やっぱりこの人、すごく綺麗だな……。いい加減友也も美形には慣れたし、その中でも特に飛び抜けて可愛いなずなや、美しい顔立ちの渉と親しいが、瀬名泉の凛々しくも儚げな美しさは群を抜いている。
 いつも怒ったような顔をしているから分かりづらいのが勿体ない。

「あんたどうやって帰るの?」
「電車です」
「終電は?」
「まだたくさん残ってます。ありがとうごさいます。瀬名先輩は家この辺ですか?」
「遠いよ、でも俺バイクだからねぇ」
「バイク!?かっこいい!」
 一日でこの人の意外な面を一生分見た気がする。
 泉は目を輝かせた友也に、少し得意そうにニヤッとした。
「駅まで乗ってく?タンデムシートにしてあるし後ろに乗っけてあげるよ。振り落とされたらそのまま置いてくけど」

*

 駅まであっという間だった。
「じゃ、気をつけて帰りなね」
 エンジン音が響き、友也がお礼を言う前にさっそうとバイクが去っていく。友也は叫んだ。
「本当にありがとうございました!」
 サッと手を上げたのが見えた。

 しばらく、友也はぼうっとその場に突っ立っていた。今日の出来事がぜんぶ夢みたいだ。
 でも、身体を叩きつけていった強い風や、バイクから見た夜の街の景色がまぶたの裏に残っている。
 お礼はどうしようか、とか家に帰ったらアドバイスをすぐ振り返って、とかウェブサイトを確認して、とか頭の中で考えながら、電車に揺られる帰り道。
 窓の外を眺めながら、友也は心の中で呟いた。
 瀬名先輩、すごく格好良かったな……。
 空に細い三日月がぼんやり光っていた。不安だった気持ちは、いつの間にかすっかり消えていた。


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