もしもシャイニング事務所とシャッフルユニットを組んだら 2

 困惑顔も、音楽が流れると一変する。硬質な優雅さを纏い、みかは言われたことを意識して、先程より意識して跳ねるように踊った。軽やかと言われたから、バレエの演技を思い出し、爪先でキュッと立つ。地面につく時間はできるだけ短く、面積は出来るだけ小さく。
 肘から先をブラブラ……。いや、わからへん……。
 無表情の下に疑問符を踊らせながら、なんとか弱い頭を絞って、手首の力を抜いてみたり、肘の反動を大きくしてみる。
 でも指先まで美しく、と宗に言われるから手首から力を抜いた時のだらしなさが気になってしまう。
 ヒラッ、もくるん、も分からないから、メリハリとか大きく、て言われたことからダンスをもっと大きな動作で、と導き出してなんとかそう踊ってみる。激しくて細かいダンスばかりなのでところどころリズムからズレたり躓きそうになってしまった。
 1番が終わって翔がプレーヤーを止めた。
「…………」
 ぜんっぜんあかん!!!
 動画を見返さなくてもみかには今の演技の酷さが分かった。ダメすぎて項垂れてしまう。

「うーん、さっきより少しミスがありましたね。でも、ふわ〜っと、を感じられました♪」
「やっぱり動作を大きくすると、緻密なダンスが綺麗に映えるな!」
 あ、やっぱ動作の大きさのことやったんか。解読が正しいことに少しほっとする。
「えっと……次はどうすればええですか?」
「そうですね、ズレを直すことと、腕のブラブラですね〜」
「またブラブラ……さっきのはあかんですか?一応意識してみたんやけど……」
「腕の振り方がなんかわざとらしい感じがしたな。それから最初より雑になった気がする」
「……」
「こう、なんつーかさ、もっと関節人形っぽく?っつーのか?影片は指先まで綺麗だけど、ピシッとしすぎてるからさ。脱力感?自然な緩み?があったらいいんじゃねえかな」
「ダンスしてる時はピシーッ!止めはダラ〜ン、です」
「は、はい」
「歌声もさっきはちょっとブレちゃいましたね?それからみかくんの歌声は繊細ですけど、サビに向かってミュージックは高まってますから、もっとグーッと歌ってもいいかもしれませんね」
「力を抜くとこに合わせて歌い方を変えるのもありかもな!」
「曲にはどこか寂寥感がありますよね。でもお人形さんだから表情が乏しくて……。歌い方とか仕草でもっと寂しさを込めた方がいいです」
「そうだな。もっとグッとくる感情を込めてもう1回やってみっか」

 か、感情論……。
 みかはとうとう根を上げた。
「あの〜」
「?どうしました?」
「もうちょい具体的な指示貰えへんですか?」
「えっ、分かりづらかったか?」

 分かりづらすぎるわ!
 全員が同じことを考えたが、みかはめげずに言葉を選んだ。
「何ミリズレてたか、コンマ何秒どう直せばいいかとか……。イントロから何秒でどう動くとか……この歌詞ではクレッシェンド、何小節目から視線をどこに向けるとか……。おれ阿呆やから、具体的に言ってもらわんとわからへん……」
 あう〜、と項垂れるみかに驚いて翔と那月は顔を見合わせた。何ミリ?コンマ何秒!?
 藍みたいなことを言い出すみかにびっくりしてしまう。阿呆な人間はそんなことを言い出さない。藍を見ると、彼はため息をついてそばに寄ってきた。
「ショウたちが言いたいのはこういうこと。まず、動作のメリハリ。人形は操られているし、肘と指先に糸をつけられているよね?そうすると腕を下げた時の角度や、腕を伸ばしていない時の力が抜けた状態は手首や指先が垂れているはずだよ。眠っている人間みたいにね」
 藍は手首をダラ、と下げた。肘だけは宙吊りされたように固定されている。
「体全体だけじゃなくて関節を動かすことを意識して。でも、同時に仕草は美しくね。力を入れても力が入っていないように魅せるんだ」
「は、はい!」
 藍の指摘は分かりやすくて、みかはパッと表情を明るくさせた。
「ダンスに意識が行くあまり歌にハリがなかった。サビの2小節目はデクレッシェンドにした方がいいね。あと、ダンスが緻密だからこそ優雅に大きく踊った方がいい。今だと窮屈に見えるから全体的に腕を広げる時は2センチ大きく、イントロのステップは半歩ずつ離して。それからサビ前のところ。声の伸びを0.5秒短く歌って。息継ぎの音が聞こえる」
「んあ〜、めっちゃ分かりやすいわぁ♪おおきに♪」

 水を得た魚のようにみかは言われたことを修正して踊る。藍が指摘する。みかがまた踊る。

「最初から藍がやってた方が良かったな、これ……」
「何言ってるの。君たちに馴染みのない系統や合わない後輩にも的確な指導が出来ないと困るでしょ」
「もしかしてあいちゃん、分かってたんですか?だから僕たちにみかくんを?」
「当然でしょ。事前のサーチも完璧にしていたからね」

 Ra*bitsは身内同士の緩い指導じゃなくプロの厳しいしごきに慣れる必要があったし、翔や那月は先輩らしさを身につけなければいけない。
 同時に……。
「影片みか」
「はい」
「ボクや君のユニットメンバーのように細かい指示を与えてくれる講師ばかりじゃないからね。むしろ抽象的だったり感情的な指摘をする講師の方が多い。キミはそれに慣れるべきだ」
「は、はい……」
「Valkyrieは調べた限り閉鎖的なユニットみたいだけれど。芸能界に進んだ以上今までのやり方で上手くいくとは限らないよ」
「……」
 手厳しい言葉に項垂れる。それは事実だから受け止めるしかない。ソロでの活動が多くなって、ひとりで色んな業界の人と関わることが多くなったけれど、みかは上手く馴染めなかった。たまに学院の頃に戻りたくなる。


 最後のパフォーマンスは仮称「トライアングル」だ。
 3人の系統はバラバラで、ユニットも違うのに踊り出すと彼らは完璧にマッチした。
 普段繊細なバラードが多い藍は、翔や那月に合わせて可愛らしく跳ね、笑顔を振りまく。翔は男気を抑えて明るさと愛らしさを爛漫に発揮し、那月の包み込むような歌声が曲を支える。
 Ra*bitsとみかは感嘆して見つめた。
 激しいダンスとうらはらに彼らの顔はただただ楽しそうで、疲れも乱れも一切感じさせない。バラバラなのにどこか統一感があり、歌詞に気持ちが乗っているのが分かる。
 パート分けも細かいが繋ぎが自然で歌詞が聞き取りやすかった。
 安定していて、ブレなくて、調和している彼らのパフォーマンスに、見ているなずな達も「アイドル」じゃなく「観客」に変えられるような、そんなステージだ。ここはレッスンスタジオなのにまさしくステージだった。
 歌唱力は翔が一歩劣り、ダンスは那月が一歩劣る。けれどもそれを"個性"として昇華しているように見えた。

 曲が終わり、5人は自然と拍手を送っていた。翔がむずがゆそうに頭をく。
「ありがとな。なんか照れるな、」
「翔ちゃんも藍ちゃんも、とっても可愛かったですからね♪」
「四ノ宮さんもとっても素敵でした!僕、声が細いから……のびのびと響くビブラート、とっても綺麗で聴きやすくて……憧れちゃいます♪」
 創がドリンクを差し出しながら頬を染めてそう言うと、那月の瞳に星が散った。「僕ですか?」
「はい!僕はダンスが苦手なんですけど、四ノ宮さんはゆっくりしているのに、動きも優雅で大きくてすごく動きが映えて、こうしたらいいんだなってとっても勉強になりました」
「うわあ、嬉しいです。翔ちゃんや藍ちゃんについていくので精一杯なんですけど、そう言ってもらえて胸の中がふわあ〜っとした気持ちになります」
「ふわあ〜、ですね。喜んでもらえて僕の方がうれしいです、えへへ……♪」
 引っ込み思案の初めは穏やかな那月になついたようだ。2人の周りに花が咲いて鳥が飛んでいる風景が見える。

 なずなと友也が抜け、翔も抜け、藍と那月と創とみかは繰り返し繰り返し楽曲を繰り返した。太陽がオレンジになり、地平線の中に顔を隠してもずっと。

*

「はぁ?まだ決まってないってどういうことなの」
 事務所のソファで話し込んでいた3人は、日向龍也を見かけて声をかけた。
 企画が始まってからほぼ1週間経っている。そろそろロープロアイドルとの合同楽曲が納品された頃かと確認したのだが、龍也から返ってきた返事は「それがまだ作曲家が決まってないらしい」だった。
 藍が端正な顔を苛立ちに歪ませる。
「あと3週間しかない。今から作曲家を決めて、新曲作って作詞してダンス付けて、ってそんな余裕あるの?Ra*bitsはまだ新人だから、少なくとも2週間は練習の時間が無いと間に合わないよ。全員で合わせもしなくちゃなのに、どうなってるの?」
「落ち着けよ藍」
「でも、どうしたんでしょう。僕はてっきり春ちゃんが作ってくれると思っていました」
「それなんだがな……」
 龍也は苦い顔をした。ただでさえイカつい顔立ちの龍也が眉根を寄せるとなんだが凄みがある。
「ローシュタイン・プロダクションにも専属の作曲家がいる。知ってるか?」
「Charles(シャルル)だよね。主に名前やTEARSの楽曲を担当してる」
「ああ。それでうちの社長と向こうの社長が揉めてて……。合同作曲って話も出たが、シャルルは顔出しNGだろ?業界人にもその正体は明かせないとか言っててな」
「スポンサーやクライアントは?」
「うちの社長は七海、スポンサーはシャルルを推してる」
「社長がそんなに頑ななの珍しくねえか?」

 社長の命令は絶対だし、シャイニング早乙女はいつも突拍子のないことを言い出す人ではあるが、自分の意見を外部にまで押し通すタイプではない。
 龍也が語るには、ロープロの社長とは浅からぬ付き合いがあるらしい。かつて「愛故に」という伝説的ヒットソングを出し、アイドルたちにも愛情を持って厳しく育てる早乙女とは対照的に、向こうの事務所の社長は放任主義の独裁者で、金儲けを第一の行動理念に置き、アイドルは商売道具の駒としか思っていない。しかしそのやり方で名前という伝説的なトップアイドルを掴み成功しているのだから、それもひとつの道ではあるのだろうが、やはり早乙女とは昔から折り合いが悪いらしい。
「とりあえずそれぞれの作曲家が明日デモを提出して企画の担当者が選ぶんだってよ。わざわざ大掛かりな……」

 話を聞いて翔と那月は七海に会いに行った。
 彼女がまさかオーディションと似たような立場に巻き込まれているとは思わなかったし、2人は彼女の曲を歌いたかったから。
 すっかり陽は暮れているのにも関わらず、突然押しかけた2人を七海はふんわりと柔らかい笑顔で歓迎してくれた。
「ようこそいらっしゃいました、翔くん、那月くん」
「突然ごめんな」
「お邪魔します〜。ひさしぶりですね、春ちゃんのおうち」
「最近ではこうして集まることも少なくなってしまいましたもんね」
 ティーカップに注がれた紅茶がゆらゆら揺れる。春歌はサンシャイン事務所の寮に入居していた。ST☆RISHの面々はもう独立しているが、春歌は職場に近いということでずっとここに入っている。お金は稼ぎまくっているだろうにずっと仕事熱心だった。
 デビューしてすぐの頃は色んな同期の部屋に押しかけてそのまま泊まったりしたし、春歌の部屋でみんなで作曲や作詞をしたりステージの演出をしたりしたものだけれど、久しぶりにこの部屋に来るとなんだかそわそわと落ち着かなかった。なんの違和感もなくだべっていたあの頃の思い出が蘇る。

「どうしたんですか?聞きたいことがあるって」
 作曲中だったらしく、ラフな部屋着に眼鏡をしていた。化粧は落としていないようだが、私生活を覗き見るようなかたちになってなんとなく申し訳なさと照れくささがある。
「龍也さんから聞いてさ。俺たちの歌のデモを作ってるって」
「あ、そうなんです。一応完成しました。明日起きたら送信する予定です。採用されるかは分からないんですけど……」
「俺らとしては七海に作ってもらえたら嬉しいけど」
 春歌ははにかんで仕事部屋からノートパソコンを持ってきた。那月に「せっかくだから春ちゃんの作った歌、聞いてみたいです♪」と請われたら、アイドル側の視点も参考にしたいなと作曲家モードになる。
 ちょっと聞いてもらうだけ、と思ってはいても、多分長引くんだろうなと春歌はわかっていた。昔もそうだったから。忙しいだろうに付き合わせたら行けないと思いながら、なんだかドキドキと浮き足立ってもいた。曲作りばっかりしてああでもないこうでもないと喧嘩していた、みんな持て余すエネルギーとガムシャラに頑張るしか出来なかった青春時代を思い出して、春歌はふふっと笑った。

「お。シンセポップなんだな。てことは藍センターイメージ?」
「はい、やっぱりいちばん安定しているかなと。それにValkyrieにも合わせやすい雰囲気を持っているので」
「確かにクラシカルな感じがありますね。まだ本格的にmixはしてないんですよね?」
「はい。決まったら詰める予定です」
「すごいなあ、デモの時点でこんなに音が重厚なんて!劇場という場にピッタリで、それでいて僕たちやRa*bitsの明るいカラーに馴染む曲ですね。僕、この曲好きです」
「良かった……。書き下ろした合同曲はシングルを発売して、劇場のメインBGMに使用すると伺ったので、あまり劇場のイメージから離れないように意識したんです」

 翔は七海の横顔が好きだった。
 髪の毛が垂れて、その隙間から瞳がきらきら輝いているのが見える。肌はうっすら桃色で、「楽しい」とか「好き」が真っ直ぐ現れている横顔を見ると、翔まで同じ気持ちになる。
 その夜、3人はああでもこうでもないと話し合いながら、結局徹夜でデモの手直しをしていた。


 数日後、春歌が嬉しそうに事務所に飛び込んできた。
「楽曲が採用されることになりましたっ!」
「わあっ、本当ですか?」
 翔と那月は飛び上がった。一緒に曲を作ったから、あのデモはとても思い入れが強くなっていた。出来ればあの曲を歌いたかった。
「作曲はわたしのデモを使っていただいて、作詞は名前様がされるそうなんです。それなら顔を明かさなくても出来ますから」
「なるほどな。ともあれ、春歌の歌を歌えてよかった」
「春ちゃんの歌はなんだか曲に想いを込めやすくて、と〜っても大好きです」


*

ここまでで飽きました
とりあえず供養します

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