シャッフルユニット:ポップス組 01
 小さな防音練習室で3人は顔を見合わせていた。と言っても、羽風は退屈そうにスマホを弄っていて、瀬名は冷たいかんばせを美しく歪め、蓮巳は神経質に資料をペラペラと捲り、3人の間に会話はなかった。
 険悪という程でもないが、友好的とも言えない雰囲気の中口を開いたのは蓮巳だ。
「もう一度確認しておくぞ。ひと月半後のB1で俺たち3人は【ポップス】を2曲臨時ユニットとしてライブすることになっている。自由曲と指定曲で、ひとつはフリー楽曲の応援ソングを指定されている。
 俺はポップスを扱ったことはないが……お前たちは?」
「UNDEADがポップスなんてやるわけないでしょ〜」
「Knightsも同様。まあ、王様が作るのを歌わされたことはあるけど、人前で踊ったことはないよねぇ」
「そうだろうな……」
 蓮巳が嘆息する。
 紅月は伝統芸能を主軸とした骨太なライブが持ち味のユニットである。明るくて陽気で爽やかで笑顔を振りまいて……そういうライブにはあいにくと縁がない。

 同じクラスというだけで、特に親しい仲でもないこの3人が集まっているのは、実技授業の課題のためであった。
 卒業まであと半年を切った3年生たち。
 彼らの実力は申し分ない。主力ユニットも、そうでない生徒も、夢ノ咲ブランドに恥じない実力は身に付け、ライブも多くこなしてきた。
 しかし卒業して事務所に所属し、アイドルとして芸能界という大海を泳いでいくためには、ユニットカラーに沿う楽曲や、得意なジャンルばかりで食べていくことはできない。
 だから実技授業では個人の密度を高めるために様々なジャンルの楽曲やパフォーマンスを課題として与えられることがままあり、それぞれに普段の系統とは違う楽曲が与えられたのだ。
 今回はいつもより難度が高くなり、ユニットを組んでライブパフォーマンスを行うところまで採点基準として設けられている。
 普段UNDEADで刺激的で蠱惑的なライブを行う羽風、Knightsとして怜悧で緻密なパフォーマンスをする瀬名、紅月として重厚で威厳のある舞台を作る蓮巳は、あまり触れたことの無い【ポップス】を歌うことになった。

 ポップス組は来月後半のB1、ロック組はライブハウス、テクノ組はインターネットでMV配信、バラード組は部外のイベントでライブを行うことになっている。

 蓮巳はユニットメンバーになるふたりをチラリと眼鏡の奥から見遣る。
 興味がなさそうな彼らは蓮巳が会話を回さなければ口を開くつもりはないらしく、「さっさと決めちゃってくれない?」とでも言いたげな視線を寄越してきていて頭痛がしそうだ。
 特に関わりがない面子で司会役を任されるのは蓮巳という男の常ではあるが……。
 蓮巳としても暇ではないどころか毎日業務に忙殺されているので、早く練習に移りたい。

「センターは羽風か瀬名に頼みたいと考えている。ライブまでに俺も仕上げて来る予定ではあるが、今まで見せてきたアイドルキャラクターとしては俺がセンターでギャップを狙うより、羽風や瀬名の爽やかなギャップの方が受けるだろう。
 曲は数曲選出しておいた。後で音源を送るからこの後聴いて決めてしまおう。1曲が応援ソングだから、違うテーマの曲にした方が良いだろうな。
 当日のライブではトリ前を任されることになった。ラストはTricksterだな。3年生がいない実力のあるユニットということで彼らになったが、彼らはポップスのプロだ。喰われないライブをしなければならない。そのための演出も綿密に練ろう。
 ……ここまででなにか質問や意見はあるか?」

「ゆうくんが出るんだぁ!それじゃあ、無様な姿は見せられないよねぇ」
 気だるげだった瀬名の瞳がパッと輝いた。一瞬で、うっとりしたような表情になり、どこか虚空を見つめる彼に言う。
「それは意見ではないだろう。感想ではなく建設的な意見を出せ」
「ちょっとぉ、浸ってるんだから水差さないでよね。蓮巳ってほーんと、情緒がないっていうか、頭が固いっていうか?そんなんでポップスなんて出来るわけ?」
「あはは、たしかに蓮巳くんがにこやかに飛び跳ねて踊ってる姿って想像つかないよね〜」
「そう来ると俺か羽風がセンターは妥当だけどぉ。端っこにいても、そんなに頭でっかちじゃあひとりだけ浮いちゃうんじゃないの?やめてよね、足引っ張るの」
「瀬名くん厳し〜」
「何他人事みたいな顔してんの、あんたも問題だからねぇっ?俺は朔間みたいに甘くないから!サボりとか許さないよ」
「げろげろ〜、男にそんなに求められても嬉しくないなあ」
 好き勝手言うふたりにビキリ、と青筋が浮かぶ。明るくハイテンションな歌が苦手な自覚はあるが、他人に揶揄されると不快な気持ちが沸き起こる。
「貴様ら!少しは真面目に……」
「はいはい、お説教は勘弁。サクッと決めちゃおっか」

 刺々しい蓮巳の言葉を遮り、宥めるように羽風が言う。やる気がないくせに要領ばかりが良い男なのだ。蓮巳を置いて話を進め始める羽風に、苛立ちをぶつけるタイミングを失ってちいさく息をつく。
「センターは置いといてさ、曲を決めちゃおうよ。思うんだけど、明るい曲でTricksterに張り合うのは無理筋だよね。ただでさえ付け焼き刃なのは否めないし、仲の良さが売りのあの子たちにポップスで臨んでも前座になって終わりでしょ?」
「生意気なガキに負けるのは嫌だよねえ」
「ならばどうする?」
「チームワークと雰囲気では張り合えないけど、俺たちの強みは経験だよね。だからSwitchとかKnightsみたいなダンシカルなパフォーマンスをしたいかなって。Tricksterもだいぶ技量は上がってきたけど、個人の技量なら俺たちが負けるとは思わないし」
 羽風はペラペラ喋りながらスマホの画面を見せた。KPOPの人気ダンスナンバーの動画が流れている。
「うちの学院って主力にはこういう雰囲気のチームないしさ、激しいダンスナンバーにして、ちょっとクールで大人な感じにすれば被らないと思うんだ」
「ふうん、悪くないかもねぇ?英詞にして洋楽ポップスにしてダンスで魅せる……この系統なら俺がセンターかな」
「いちばんダンス慣れしてるからね、頼りにしてるよ瀬名くん」
「当たり前でしょお」
 口を挟む隙もなく話が進んでいく。だが、悪くない案だった。うむ、悪くない。そも、協調性など欠けらも無いこのメンツで仲良く歌うなど無理がある。それならば最初からテクニカルで個性的なダンスとフォーメーションチェンジなどでそれぞれを際立たせて、後に控えるTricksterとは違う雰囲気で繋いだ方が良いだろう。

「蓮巳こういうダンス踊れるの?かなり練習積まないと俺でも完璧に仕上げるの厳しいよ」
「仕上げる。ダンスは講師に構成してもらうか。後で連絡しておく」
「よろしくねえ。羽風がいるんだし、セクシーさも入れたいよねえ。ん〜……でも蓮巳のキャラに合わないか」
「大丈夫でしょ。激しさとセクシーさなら、蓮巳くんも十八番でしょ?」
 サラッ言われ羽風を見ると、彼は何かを含むように笑った。蓮巳は眉をしかめる。
「別に得意というわけではないが、一応ノウハウはある。足は引っ張らんから安心しろ」
「あ〜……前朔間と組んでたんだっけ?よく知らないけど」
 あの頃のKnights……もといチェスは内部抗争が激しかった時期なので、瀬名は周囲を省みている暇なんてぜんぜんなかった。朔間零が五奇人として祭り上げられる前の、人気絶頂だった頃のことも、関わりがなかったのでよく知らない。瀬名は五奇人とはほぼ違う世界で戦っていた。
 とは言え、ロックとセクシーが売りの羽風が言うのだから信用出来るだろう。

 スマホに送られてきた音源を羽風と瀬名がそれぞれ聞いている間に、蓮巳は自由曲のダンスの振り付けを頼む下準備を進める。
 考える問題は尽きることなく湧き出てくる。
 ダンスを仕上げてもらうのはどれだけ急いでもらっても2週間はかかるだろうから、そうすると練習時間は1ヶ月も取れない。その間に歌をそれぞれ仕上げて演出を考え、衣装も新しく依頼した方がいいだろう。B1までの間にそれぞれのユニットや個人での仕事もある。時間が足りなすぎるが、時間が足りないことは言い訳にならない。
 どうせやるならば完璧に、他の3年より上を行くパフォーマンスをしたい。
 加えて蓮巳は生徒会の実務処理が山ほどある。今も残してこの場に来ている。徐々に下級生へ仕事を移行してはいるが蓮巳は割り振るのが下手なために、なかなか仕事量は減らないのだ。
 と、そこで2人が曲を聴き終わったらしい。

「では、曲を決めてしまうか」
「俺は2曲目か4曲目が良いと思ったな。2曲目は少し大人っぽくてメロディーも激しくて、でも歌詞は夢を語る明るい感じだし。4曲目は明るくて前向きでまさにポップスって雰囲気で、指定曲に合わせやすそうだよね。衣装の兼ね合いがあるから、雰囲気が違いすぎるのはどうかなって」
「俺は2曲目か3曲目。3曲目が1番歌いやすそうだったし、パート分けも細かくてフォーメーションチェンジに合うかなって思ったんだけど」
「確かにね〜。蓮巳くんは?」
「俺も2曲目か3曲目がいいと感じた。共通しているのは2曲目だな」
「決めちゃっていい?」
「まあいいんじゃない?」
「異存はない」
「なら、これで決定〜♪」

 もっと揉めるかと思ったが、スムーズに曲が決定した
 『STEP』。夢を追いかける熱のある歌詞の、熱いながらもどこかクールな曲だ。指定の課題曲である『Fly Again』は王道の応援ソングで、かつては佐賀美陣のシングルとして有名になり、今でも全国の運動会などで使用されたりする有名な歌だ。
「俺たちのコンセプトに『STEP』は合ってるけどさぁ」
 歌詞に目を走らせながら瀬名が呟く。「『Fly Again』の方はちょっと明るすぎるよねぇ?Tricksterと丸被りじゃん」
「そこなんだよね〜。昔からの曲で、ダンスも新鮮味がないし」
「だが、それをどう活かすのかが求められている課題だろう。歌詞もダンスも変更は認められていないぞ」
「分かってるよ」
 ぶっきらぼうに言う声に苛立ちは感じられない。歌詞を見ながら何かを思案するような顔をしている。他人を突き放すような物言いなのは瀬名のスタンダードだ。随分損な性質(たち)をしていると、蓮巳は自分を棚上げにして思う。
「Remixは?それもダメかな?」
「あ、いいじゃん。確認してみてよ。椚なんて言うかな」
「なるほど、それなら……。いや、だがさすがに曲まで手直しするとなると採算が取れなくなる可能性がある」
 明るい曲に多少手を加えて雰囲気を変えるのは実際良い案に思えた。歌詞もダンスも変える訳ではなく、ポップスの枠も変えずに、長く愛される曲を自分たちらしく歌えたなら、と。そう思う。
 しかし、衣装とダンスだけでも期間が短いために割高で発注になってしまう。今回は個人の課題だからユニットから費用を算出するのも難しい。
「月永や斎宮や鬼龍の手を借りることも今回は厳しいしな……」
 3年は全員がそれぞれ課題を与えられ、チームごとに採点されて評価される。夢ノ咲では順位をつけて競合心を煽る構図が多い。今回も順位は発表されるはずで、全員がライバルだ。
 それに芸術方面に長けている人は皆、日頃から色々と依頼を受けていて忙しい。ライブも頻繁に企画されているのに、3年の試験にまで受けていたら到底手が回らなくなってしまう。

 考え込み、渋い顔をする蓮巳に「それなんだけど」と羽風が控えめに声を上げた。
「俺、曲に関してはちょっと伝手があるんだよね。安く受けてもらえないか聞いてみるよ。でも、外部の人だから現金でのやり取りにはなっちゃうんだけど……」
「伝手?ありがたいが、実績はあるのか?」
「うん、実力は信頼出来るよ。校内通貨を現金にすると結局赤字かもしれないから、そこは不安なところだけど。でも、仕事が本当に早くてさ。多分Remixなら1週間かからないんじゃないかな」
「そんなに早くか!?」
「それって王様じゃなくてぇ?」
「プロの作曲家だよ。才能は月永くん並かもね」

 瀬名と蓮巳は揃って口を開けた。
 月永レオは正真正銘の天才である。音楽の神に愛された愛し子だ。音楽を生み出すために産まれてきたと言っても過言ではないくらい、彼の作る音楽は人を魅了する。
 まだ学生という身分ではあるけれど、既にプロの作曲家として数多のアーティストに楽曲を提供しており、彼の作る曲は必ずヒットナンバーになる。
 その月永と同等と言わしめるプロの作曲家にRemixを、しかもただの1回きりの学生の臨時ユニットに曲など提供してもらえるのだろうか。メディアにも公開されない、校内のB1だというのに……。
 その思考を読んだかのように羽風は軽く苦笑を零した。
「家の繋がりで少しね。でも、忙しい子だから、受けてもらえるかは分からないよ。とりあえず聞くだけ聞いてみるから、期待しないで待ってて」
 その場は結局、曲を決め、衣装のイメージを話し合って解散となった。Remixが流れたら既存のまま、パフォーマンスで大人びたアレンジを加えるということに纏まり、資金の兼ね合いは蓮巳が持ち帰り、後日またこの練習室に集合だ。
 全員多忙の身ゆえ、次に集まれるのはいつになるか……。

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