戦争主義 2
*

「随分とまあ、強引で利己的な条件を突きつけてくれたものだよね……」
 天祥院英智は不快そうに笑って足を組んだ。
「ごめんねあんずちゃん。いや、プロデューサー。あの名前に対峙させてしまって」
「いえ……」
 唇を引き結んで首を振る彼女に、英智は労りの視線を向ける。あんずの悔しさはまだまったく晴れていない。
「まさか彼女がここまで事務所の実権を握っているとは思わなかった。そんなに暇じゃ無いはずだけどね。仕方ないから今回はロープロを外そう」
「えっ?」
「おや、不満かい?こんなめちゃくちゃな条件突きつけてくるなんて、断ってるのと同じことだよ」
「で、でも……」
「……どうかした?」
 あんずは少し躊躇って口を開いた。

「今回のモチーフは爽やかさ。紫之創と姫宮桃李をダブルセンターとした可愛くて応援したいユニットか、深海奏汰や瀬名泉を主軸とした吹き抜けるような清涼さを考えていました。
 名前様も以前からシャッフルユニットについて考えていて、既にタイアップ企画を組んで商業展開する話は企業と纏まっているそうです。今回のユニットにそれを使ってもらえば、臨時でなく長期間活動することが出来ますし、活動の幅も広がります。
 条件もダブルセンターは問題ありませんし、私がアシスタントプロデューサーになるのも異存ありません。少し、残念ですが……。忙しくてずっとは直接携われないから、メイン実務は任せるとも仰っていただきましたし、スポンサーを半々にしてもらえるのもメリットではないでしょうか?
 それに、なにより、あそこまで言われて、おめおめ諦めるなんて……私……。」
 メリットとデメリット、実益と感情を上手くコントロールした案だった。天祥院英智は深いため息を着いた。
「もしかして、僕にこれを持ってくる前に名前さんと連絡を取った?」
「え?は、はい。昨晩、謝罪のお電話があり…………」
「そう、やっぱりね。根回しと洗脳は完了済ってわけだ」
「洗脳?」
「こっちの話だよ」
 英智は瞳を閉じて苛立ちを必死に押し流そうとした。ずっとずっと昔から、名前は英智を苛立たせるのが上手い。

「彼女に電話するよ。少し待っててくれるかな」
「はい」
 英智は不敵な笑みをあえて浮かべて、名前のホールハンズに電話を掛けた。

「……出ませんね」
「……もう一度かけてみるよ」

 虚しくコール音が鳴り続ける。

「あ、そういえばいただいた連絡先はこれだったんですが、見ますか?」
「……ああ、これは部外の携帯だね。かけてみるよ」

*

 見慣れない番号からの電話が仕事用のiPhoneにかかってきて、名前は首を傾げながら応答する。
「はい」
「やあ、こんにちは。天祥院英智だよ」
「チッ」
 反射的に通話を切りそうになったが、シャッフルユニットの件があったのだと思い出して、嫌々返事をする。急激に機嫌が悪くなった名前に、長谷部が気分の落ち着くハーブティーを淹れようと席を外し、室内は無音になった。
 憎らしい、天祥院英智の声だけが名前の耳に入ってくる。

「久しぶりね。なにか御用?」
「ホールハンズは使っていないのかな?」
「あんなあなたがどうとでも利用できるツール、使うわけないでしょう」
「残念だな。けっこう私財を投資して作り上げたのに。そうそう、プロデューサーから君の条件を聞いたけど、ありえないよ」
「そう。じゃあ話は終わりね。さようなら」
「まあ待ちなよ。君もシャッフルユニットを組みたいんだろう?今回の企画立案はスタプロだ。それは譲らないよ」
「話は終わりね」
「ハア……君も事務所の代表なら、少しは感情を制御してくれないかな?良い為政者ぶりたいならね」
「黙りなさい!百歩譲っても、スポンサーはうちが半分出すし、主導も最低でも半々よ。そして、これが絶対条件だけど、【ロープロ所属タレントの仕事に対して、天祥院英智の全ての干渉を禁じる】。これに同意しない限り、この先一切ロープロタレントはスタプロタレントと全員共演NGよ」
「………………」
「で、どうするの?」
「なるほどね。君はどこまで行っても自己中心的だ。共演NGにしたいがためにこんなめちゃくちゃを通そうとしているみたいだけど、矛盾していないかな。今回の場合、僕と君で主導だろう?」
「メインプロデューサーはわたしで、アシスタントはあの子がいるでしょう?あなたが口を出す余地はないわ」
「めちゃくちゃだね、本当に……呆れたよ。まさかこんなに直接的に脅されるなんてね。別にどうとでもなるから好きにしたらいいけどね。大体、共演NGにしたら、流星隊はバラバラになるけれど、それは良いのかい?随分目をかけているみたいだね」
「卒業後はロープロ所属になるし、今はもう別々に仕事をしてる。流星隊Mなんて名前で活動するから流星隊Nが埋もれるのよ。強制的に活動を停止させるのも悪い手じゃないわ。少なくとも、共演NGなだけであって、流星隊の子たちがうちのオフィスでレッスンするのを禁止させるつもりは無いし、こちらにはメリットしかないのよ?」
「君はむしろ、共演NGにしたいんだろうしね……」

 疲れ切った天祥院の声を聞くと、名前は胸がすっとして清々しい気分になる。
 シャッフルユニットなんかもうどうにでもなるから、名前は天祥院英智にこのめちゃくちゃな条件を蹴って欲しかった。
 名前はスタプロのユニットに対してある程度価値を感じていたし、流星隊やRa*bitsはスタプロユニットを慕っているから強引な手段はなかなか取れなかった。しかし、今回のことがあれば、事務所の方針を盾に共演NGを強行できる。
 ES内に居場所が無くなるのも問題ない。
 天祥院英智の動向を掴むためだけに今名前は迎合しているのだ。社長は天祥院英智についていけば金が産まれると見抜いたから迎合している。
 しかし、社長と名前の共通認識としてESに全てを委ねる気はサラサラなかった。だから今すぐESから放り出されても、一切ダメージを受けない体制は万全に整えてある。

 名前はESが出来る何年も前から芸能界に君臨し、掌握しているのだ。
 全ての我儘を通す立場を確立している。
 だから今回も、妥協する気は一切ない。

「分かったよ。共演NGにされても別に痛くはないけれど、プロデューサーが死ぬほど嫌がってる。でも、スポンサーなんだから、ある程度は口を出させてもらうよ」
「出資してるからそれは諦めるけど、でも、その意見を通すかどうかはわたしが決めるわ。メインプロデューサーであるわたしがね。もし意見が反映されなくて不満な時はさっさとスポンサーを降りてもらって構わないから」
「…………へえ……ああ、そう……。君はどこまでも僕に関わらせる気はない、と。」
「当然でしょ。1人のトップアイドルとしても、事務所の代表としても、あなたのやり方は大嫌い」
「そう、とっても嬉しいよ。でも天祥院財閥が撤退して困るのは君じゃないかな?名字家にも、君個人にも、うちと同程度の財産はないと思うけれどね」
「……ふふっ。やだ、あなた何も知らないのね。学生で会社を経営してるのが自分だけだと思わないで」
「……なるほど」
「話は終わりよ。後で正式な書面を送るからサインしてちょうだいね」
「はあ、仕方ないね。今回は君の我儘に付き合ってあげようかな。でも誤解しないで欲しいな。ESビルに進出してきたのは君たちなんだ」
「安心なさって?巣立つ準備はいつだって出来てる」

 電話が切れた後、名前は椅子に思いっきり背中を預けて、抑えきれない笑いをこぼした。
「ふふ、ふふっ、初めてだわ、あいつと話してこんなに気持ちよく話が纏まるなんて……!」
 天祥院英智と名前は天敵だった。ずっと、ずっと昔から。

*

 英智は美しいかんばせを微かに歪めて電話を切った。何も映っていない真っ暗な画面を睨む。
「あの、天祥院先輩……」
「やられたよ。今回の話は蹴っても受けても、連絡してもしなくても、彼女が強引に共演NGを強行するための手段だったんだ」
「何故そんなに共演NGに……」
「自分の世界に革命を持ち込まれるのが嫌なんだ。支配したものに反抗されるのがね。」

 それに、彼女は英智と違って才能がある。
 英智が崇拝した輝きたちを血に引きずり落とし、首を狩り、死体を踏みつけにしたのは、英智に才能がなかったからだ。そうするだけの覚悟があり、そうしないだけの才がなかった。
 でも名前は違う。彼女は生まれながらのアイドルだ。その性根がどれほどアイドル性を失っていようと、彼女がひとたび歌えば、人は笑い、泣き、怒鳴り、縋らずにいられない。彼女はどうしようもなくアイドルなのだ。
 だから、戦争で輝く天祥院英智や、血の気の多いTricksterが嫌いなのだろう。
 名前がTricksterたちと揉めたというのも頷ける。
 氷鷹北斗は天祥院英智に最も似ている。
 何かを変えたいと願いながら、その手段に戦いしか選べないのだ。戦いの中でしか輝けない。むしろ戦って勝ち取ることこそに酔いしれている。戦いを信仰している。
 彼はいっぺんの曇りもなく、戦い、勝ち取り、それに価値を見出すことを信じている。

 他者の踏み入る余地なく完成し、己の価値観だけで魅了出来る名前や斎宮宗のような、自己完結型天才には弱い者の気持ちがわからないのだ。
 ロープロはもう明確にESのやり方に馴染む気がない。
 元より、夢ノ咲のシステムに向いていないユニットばかり所属している。己の芸術性を磨き上げ完結しているValkyrie。楽しむ、楽しませるアイドルであるRa*bits。ヒーローする定義の形が弱者に寄り添うことである流星隊。

 Crazy:Bの件もあった。
 もう、戦争主義が通用しない段階になってきているのだ。
 天祥院英智はそれを好ましくもあり、物足りなくも思いながら、これからのアイドルに思いを馳せた──。

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