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わたしがどこにもいなくとも

 サークルの活動が終わり、ナミと連れ立って歩く。

「つっかれたわね〜!」
「ほんとにね。でも楽しかった」
「そうね!かなり勉強になったわ。同じ年頃の子でも言い方によってぜんぜん態度が変わるし、なんていうのかしら?手助けなんか必要ない!ってツンツンしてる子ほど、悩んだ時に人を頼れないからこっちが察してあげて〜とか……」

 ナミが目に光を浮かべて熱を込めて語る。明るいブラウンのような、ミカン色のような瞳が夜道でまばたきのたびに光を散らした。
「やっぱり実際に子どもと関わってみると色んなことが見えてくるわね…!理論は理解した気になってたけど、体験ってなるとぜんぜん違うわ!」
「身になったみたいで良かった。また今度一緒に行こうね」
「うん、絶対行きたい!」
 やる気に燃えるナミが眩しい。
 わたしにそんな熱量はなかった。もちろん真剣に取り組んでいるし、子どもは嫌いじゃないけど、わたしにとって子どもと関わるサークル活動はあくまで予行練習。
 教師になったあとそつなくこなすための。
 教師になるのだって、親を納得させるためにとりあえずなるだけであって……。

 そしてしばらく教師とラウンジを続けて、目標額を貯めたらさっさと辞めてやるんだ。
 それがいつになるか分からないけど、仕事を辞めて、家と縁を切って、いつかそのお金を元手に自分のショップを持つ。
 全部はその夢を叶えるための我慢。

 だから楽しそうなナミを見ると、少しだけ後ろめたさに胸が苦くなる。嘘をついてるつもりはないんだよ。言ってないだけ、ごめんね。
 わたしに親近感を持つナミにそっと心の中でつぶやく。

「お腹すいてる?」
「うーん、ふつう」
「最初どこか飲みに行くのもありよね。いや、時間ないか…あ、待って」

 悩ましげにブツブツ言っていたナミがバイブ音に顔を上げた。
「友達から電話きた」
「うん、いいよ」
「悪いわね」
 会話を聞かない方がいいだろうと少し歩みを遅めると、ナミも気付いて遅くなった。大丈夫らしい。
 向こう側の声は聞こえないけれど、ナミの声がはしゃいだり、怒ったり、明るくコロコロ色を変えるのでずいぶん仲がいいことが分かる。

「今友達と一緒なのよ。ちょっと待って……ね、ロザリー。今幼馴染から飲みの誘いされてるんだけど、嫌じゃなかったら一緒に飲まない?相手は男だけど面白いし良い奴だし彼女がいるから安心よ」
『彼女じゃねェって!やめろよ!』
 恥ずかしそうな怒鳴り声が聞こえ、それだけで相手の男の子と、その彼女らしき女の子の関係性が分かってしまった。
 もだもだが楽しい時期なのね、きっと。クスクス笑ってうなずく。
「ほんと?よかった。ウソップ、聞こえた?いいって。どこで飲む?あんた今どこで飲んでんの?」

 矢継ぎ早にまくし立てる遠慮のない感じが、気心知れた仲っぽくて微笑ましい。
 電話を切ると、わたし達は南口のほうに向かった。
 ウソップという幼馴染のひとりが、先にひとりで一杯引っ掛けているらしい。なんでも、幼馴染というか昔からの友達みたいなお姉さんがBARの副店長をしているらしい。
 ウソップは聞いたことがある名前だ。
 ナミの、自分の身内をオープンにどんどん紹介しようとするところが、なんというか、わたしの中にはない文化で、嬉しいんだけどいつも少し気圧される。
 わたしは友達が少ない。
 遊びに行ったり、ご飯を食べたり、たまに会う子とかよくつるむ子とかはいるんだけど、うーん、そう、「親友」?
 そういう存在がわたしにはいない。

「どんな人なの?」
 そう聞くだけで、夜に太陽がのぼったみたいだった。
 歌うような声音で、だけど言葉はちょっと粗雑にナミが表情を目まぐるしく変えて友達のことを教えてくれる。

「ウソップはオシャレでセンスがいいの!けど気取ってなくて話しやすいし、盛り上げ上手でね。ユーモアセンスもあるのに妙に自分を卑下するところがあるのよね…そこはいただけないわ!もっとドーンとかまえてりゃいいのよ、私たちが今更ウソップにわざわざお世辞なんか言うわけないんだから」
「うん、うん」
「BARをやってるロビンはオリエンタルな色気のある美人?っていうのかしら。独特の雰囲気があって、マイペースなのよ、すっごく!パッと見クールでミステリアスなんだけど、でも中身は天然で笑い上戸でおちゃめなとこあるのよ。可愛いの」
「うん、うん」

 ナミがかわいくて、ちゃんとうなずきながら聞いているのがあやされたように感じたのか、ふと口をつぐんで恥ずかしそうに目じりをキッとさせた。
「ちょっと、その顔やめてよ」
「どんな顔?」
「見守るような顔!」
「ふふ、ごめんごめん。その人たちが大好きなのね」
「もー、私そんなふうに見えてた?否定はしないけど…」
 モゴモゴ言い訳を口の中で転がしていて、それにも微笑ましくなる。ナミの強気なのにふとしたときに素直さや可愛げが出るところが年下っぽくてちょっとキュンとする。

 案内された店は、わたしもよく知っているところだった。スパイダーズカフェだ。今は看板が降りて、色の濃いカーテンが締め切られていて店じまいしているようにしか見えない。
「え、ここ?」
「ちょっとここ変わってるのよ、昼はカフェなんだけど夜は紹介制のバーになるの」
 割と長く通っていたけれど知らなかった。ペローナが言っていたことを思い出す。
「知る人ぞ知る隠れ家って感じでいいでしょ?」
 得意げに、そして秘密を明かす子どもみたいな悪戯っぽい表情でナミがドアを開けた。ドアの前にも遮光カーテンが広がっていて、それをくぐると紫色の暗い光が広がっていた。
 ほんとに隠れ家みたい。
 内装は変わっていないのに、初めて来た場所のように感じる。

「おー、ナミ!」
 カウンターに座っていた一人の男の子がベルの音に振り返ってよく通る声で手を上げた。彼がウソップだろう。
 まず思ったのは「鼻、長……」だった。特徴的なピノキオみたいな鼻をしている。
 癖の強い黒髪をハーフアップに纏め、グリーンのスカジャンに白パーカー、太めの黒ボトムスにゴツいスニーカー。上げた手には親指と中指にゴツめのシルバーリング。
「お待たせ。この子が大学で友達になったロザリーよ。こいつがウソップ。小学校の時一緒だったの」
「よろしくね」
「おー、よろしくな!」
 初対面の男の子はまずわたしの顔を見て、そのあと胸や腰や足に視線を走らせるものだけど、ウソップという男の子はわたしの目を見て親しげに笑うと、邪気なく握手を求めてきた。
 それだけでわたしはウソップくんが好きになった。
 ニッコリと握り返す。
「よろしくね。ナミが言ってた通り、オシャレさんだねぇ」
「え、マジ?なんか照れんな。なんだよーナミ、影でそんなこと言ってたのかよ、おれのこと大好きじゃねェか」
「バカなこと言わないで」
「スマセッ!」

 スパン!とはたかれ、カラカラ笑っている。陽気な人だ。ナミの隣に座り、「あっちの奥にいるのがロビンよ」と指さしたのは、やっぱり知っている人だった。
 お客さんにドリンクを出していた彼女が、ナミに微笑みを向けてこっちへやって来る。
「いらっしゃい、ナミ、ロザリー」
「こんばんは、ミス・オールサンデー。それともロビン?」
「ロビンでいいわ。バラティエで会うよりこっちでの方が早かったわね」
「あなたの言った通りになったね。今日でウソップくんとも知り合いになったよ」
「ふふ、でしょう?」
「え、知り合い?」
 ウソップくんは不思議そうで、ナミは目をまたたかせている。わたしはネタバラシをした。
 この店に案内された時からそうじゃないかと思っていたけれど、やっぱり彼女がロビンだったのだ。

「前もこんなことあったわね。ロザリーってけっこう顔広いのね」
「そう?」
「サンジくんとも知り合いだし」
「他のやつも知ってたりしてな」
「幼馴染は他に誰がいるの?」
「幼馴染っつーか、身内?みてェな奴らはあとはルフィとゾロとビビとチョッパーだな」
「よく飲むのはフランキー、ブルック、ジンベエ、あとウソップの彼女がカヤね」
「だから辞めろって!そんなんじゃねェから」
「何よ、いつまでもだもだしてるつもり?カヤはモテるんだから、あんたがヘタレてたんじゃ横からかっさらわれるわよ!」
「おれとカヤはただの友達だって…」
 強めに言い返したウソップくんは、さらにそれを超える剣幕で叱咤されてタジタジになり、頬をかいている。

「なんだか興味深い関係の人がいるのね。わたし、恋バナって大好きだよ♥」
「おい、ロザリーに変な風に伝わっちまったじゃねェか!」
「そのへんにしてあげたら?ウソップだって分かってるわよ。ね?」
「うぐぐ……」
 オールサンデー……もといロビンに、嗜めるような口調でからかわれながら、諦めの表情で酒を煽っている。

「ふたりは何を飲む?」
「ここはカクテルも美味しいけど、ワインがいいの揃ってるのよ。私はロビンのオススメで。ロザリーは飲める?」
「うん。白ワインで甘口のをもらえる?」
「分かったわ」

 昼は出ていないワイン棚がカウンターの後ろにあった。よく見たらコーヒー棚を横にスライドすると現れるようになっているらしい。秘密基地みたいだ。子供心?をくすぐる。
 ワイングラスふたつに赤ワイン、ひとつに白ワイン。
「これはナミに。ヴィンクロエテルノ、ポルトガルの海底熟成ワインよ。ロザリーには王道だけどスリーブリッジズにしてみたわ。おつまみもどうぞ」
 トマトの乗ったブルスケッタとクラッカーとゴーダチーズ。
 ワインによく合いそうだ。

 4人で乾杯し、グラスを回して鼻を近づけると甘くて深い香りが漂う。薄飴色の液体を一口に含むと、蜂蜜みたいにとろりとしていて、フルーティーだった。少し酸味もあるけれど飲みやすい。
「美味しい…」
 普段は同伴の時くらいしかワインは飲まないけれど、これはすごく美味しかった。クラッカーにチーズを乗せて食べ、ワインと合わせる。
 ナミも目を閉じてワインを味わっていた。店の中にはクラシカルなバイオリンのミュージックが流れていて、落ち着いていて素敵な雰囲気だ。

「なんだかすごく贅沢な時間って感じ……。昼はジャズとか英ロックだけど、今は曲もあいまって雰囲気がずいぶん変わるんだね」
「ふふ、光栄だわ。でも昼と同じなのよ?」
「同じ?」
「店員がその日の気分で店の雰囲気も変えるのよ。ライトの色なんかもね」
「へぇ……」
 じゃあ今日はロビンの雰囲気なんだろうか。
 彼女の落ち着いていてミステリアスで大人びた感じがたしかにピッタリだ。
「曲が気に入ったのか?」
「うん、クラシックは馴染みがあるから…これはショパンの舟歌?アレンジが素敵」
 すると、ウソップくんが高い鼻をさらに高くした。ロビンも笑みを深める。
「これ、ブルックのやつだろ?」
「そうよ、彼の曲をプレイリストに纏めてあるの」
「ブルックってさっきのお友達の?音楽家なの?……ん?」
 わたしは違和感を感じて首を傾げた。
 ん?え?ブルック?
「ああ、あいつすげェ楽器が上手いんだよ!」
 音楽家でブルックって……。
 わたしは叫びそうになって、パチンと自分の口を塞いだ。言葉が出ない。
「……」
「?どうしたの?」
「え……え、ブルックって……あの!?マリージョア賞を2度も受賞した!?」
「お、知ってる?」
「知ってるどころか!」
 悲鳴のような細い声で叫ぶ。幸い、その声は掠れて店の中には響かなかったが、わたしは空いた口が塞がらなかった。
 だって天才音楽家ブルックといえば、世界中を股にかけ、鍵盤楽器も弦楽器も木管楽器も、ひとりですべて完璧に弾きこなし、さらに素晴らしいアレンジを加えて彼独自の世界観を作り出す有名も有名な……。
 ピアノを習っていたから彼の音楽には小さな頃から触れている。少しでも音楽に関われば、知らない人はいない演奏家。
 それがブルックだ。

「な、なんでそんな大物と……」
「そこまで有名なの?」
「何言ってるの?彼の演奏会のチケットが何十万すると思ってるのよ!」
「え、そんなに!?ただのセクハラオヤジだと思ってたわ……」
「セクハラオヤジなの!?」

 ガーン……。
 わたしは違う意味でショックを受けた。
「ふふ、テレビだと紳士的でエレガントだものね、彼。バラエティにもドキュメンタリーにも出ないし」
「あいつが紳士的ぃ?おもしれー奴だけどさ」
「すーぐパンツ見せてくださいだの言うのよ。ずーっと喋ってるし」
「し、知りたくなかった……ブルックさんが……」
 うなだれるわたしに、同情的な視線を向けてウソップくんが「あいつのファンなのか?」と聞いた。
「ファンっていうか…追いかけてるわけじゃないけど、音楽を語る上で彼は外せないでしょ?歴史に残る天才だもの。彼を尊敬しない音楽家はいないわ」
「へー、あいつすげー奴だったんだなァ。なら今客船に乗って演奏してるらしいから、戻ってきたら紹介してやるよ」
「え、い、いいの!?」
「そうね、ロザリーみたいに可愛らしい子がファンだって知ったら、ブルックとっても喜ぶわ」
「ちょっと、あんまり調子に乗らせないでよ?」
 マジか……え?マジで?
 まだ会えると決まったわけじゃないのに心臓がドキドキしてきた。落ち着こうとワインを飲む。あ、美味しい……。

 え!?
「ほんとに!?」
 ナミがビクッとした。
「え、うそ、あのブルックさんに……でもミーハーみたいで嫌な気持ちにならないかな?コネで近づくみたいなマネ……」
「あんた、そんなに好きだったの?趣味悪いわね……」
「ハハハッ、そんなふうに思わねェよブルックは!てかコネって言われるとなんかおれらすげー奴って感じするな!」
「いやすごいよ!」
 何言ってるんだこの人たちは。
 なんでこのすごさが分かってないんだ。当事者なのに!
 ふんふん鼻息が荒くなってしまう。
 ピアノは高校までしかやってないけど、それでもブルックさんは遠い遠い世界の存在なのに。

 このことをお母さんに言ったら狂喜乱舞するだろうな。母はピアノ教室を営んでいて、わたしよりよっぽどブルックさんのファンだ。
 一度生で彼の演奏を見たことがあるらしい。海外のオペラ歌手がこの国に来た際、ブルックさんが演奏していたらしい。
 たぶん、知り合いたいとか、サインが欲しいとか、握手したいとか、家にご招待したいとか騒ぐだろう。
 ぜっっったい、お母さんなんかには教えないけどね。

 ブルックさんと親しくなったのは、彼らの幼馴染のルフィくんがきっかけのようで、なんでも彼は旅をしている途中異国の地でトラブルに巻き込まれたブルックさんを助けたらしい。
「ルフィに呼ばれて私たちも行ったんだけど、奴隷労働の元締めと揉めてて。もー本当にふざけないでよって感じ。違法入国者とかビザ切れた人とか地元民と揉めた人とか、あと前科がある人とかね。そこで箱詰めにされて働かされてたんだけど、ブルックも巻き込まれてそこにいたのよ。そんでルフィが友達になったから助けるーってことになったの」
「そう…なんだ……??(奴隷労働?元締め?」
「ルフィの突っ込んでいくトラブルって俺らじゃ手に余ることが多いんだけどよー、ルフィのじーちゃんが警察のお偉いさんなんだよ。だから権利だとか法律だとか小難しい話は置いといて、親玉を叩き潰すみてーな感じが多いんだよなーいつも」
 色々説明されたが何一つ理解できなかった。
 シチブカイ?モリア?がうんたらかんたら。わか…わからん。何て?

 分かったのは数年前音楽界から姿を消し消息を絶っていたブルックさんは何やら危ない目にあっていて、ルフィくんは破天荒ということだけだ。
 ナミはわたしに生きる世界が違うと言ったけど、ルフィくんの方がよっぽど生きる世界が違うと思う。
 神妙な顔で言ったわたしにウソップくんが「たしかにそうだな!」と突き飛ばすように笑った。
「あいつはぶっ飛んでるからなー」
「ふふ、でも冒険心が強いところが彼の魅力よ」
「まあねえ」

 しばらく話し込んでいると、店内のベルが鳴って騒がしい声が駆け込んできた。
「あ、オールサンデー!悪いわね遅れて!」
「大丈夫よ」
「やだ、またこんな辛気臭い音楽なんか流して!まァあんたには似合ってるけど。キャハハハ!」
 少し嫌味な言い方ではあるけど、その口調はどこまでも明るい。
 綺麗な金髪ショートに、前髪をピンで止め明るい緑色の目をした彼女はミス・バレンタインだった。カフェではたまにしか見かけたことがなかったのは、多分BARに出る方が多いからなんだろう。
 後ろから入ってきたツンツンしたショートドレッドに、夜でもサングラスをかけた男性はMr.5だ。

「もう用済みだ、オールサンデー…どこにでも行け」
「キャハハ、音楽もロックに変えちゃいましょ!」
 その言い方にムッと眉を上げたのはナミだったが、すぐに呆れたため息をついた。
「あいつらほんとエラソーだよな…」
「相変わらずよねぇ。ロビン、もう上がりでいいんでしょ?バラティエ行かない?」
「いいわね。Mr.4に声をかけてくるわ」
 どうやら店を変えるらしい。
 ロビンとバレンタインたちが奥に行き、騒がしい声が遠のいていった。やっぱり昼でも夜でも店員のクセが強いのは変わらないらしい。


 外に出ると潤むような月が見下ろしていた。星は都会のライトに消されて見えない。うっすらと雲がかかっている。
「明日は少し冷えそうね」
「どんくらい?」
「ジャケットあった方がいいかも」
「おけー」
「雨は降りそうかしら?」
「んーん、大丈夫!降るとしても霧みたいな小雨でしょうね」
「分かるの?」
 当たり前のように交わされる会話に目を丸くする。ウソップくんが「あ、知らねェ?」と言った。

「ナミは昔っから天気予報が得意なんだよ。なんならニュースのより正確だぜ」
「そうなの?それってすごくない?」
「そう?ま、正確さには自信あるけど」
「すごいことだよ!人間業じゃないよ!」
「何それ、大げさすぎ」
 わたしの肩を押して笑うナミだけど、そんな軽く流すことじゃないと思う。だって、かなり細かく天気を予想しているけど、もしほんとに当てられるなら、ナミの予報は衛星並ってことになる。
「すごいことだけど、当たり前すぎて慣れちゃったわね」
「ナミはうちの凄腕航海士だからな〜」
「航海士?」

 なんで急に航海?
 不思議そうなわたしに説明する。小さな頃、海賊ごっこをよくしていたらしい。その中でルフィくんが船長、ゾロくんが戦闘員、サンジくんがコック、ナミは航海士。
 可愛らしいと思うけど、それがなぜ今も当たり前のように彼らの中で続いていて、天気予報が航海士と繋がるのかはよく分からなかった。
 幼馴染同士にしか分からない空気感だろうか。
「じゃあ、ウソップくんとロビンは?」
「俺は狙撃手!射的なんか百発百中なんだぜ」
「私は考古学者だったわ」
 当時小学生くらいなら、ロビンは高校生くらいだろうか。遊びに付き合ってあげていたのかもしれない。なぜ船に考古学者?
「ただの遊びだけど、それが何故か異様にしっくり来たのよね」
「分かる!話し合ってもねェのに、役割が自然とみんなの中にあったんだよなー。今考えるとちょっと不思議だよな。普通ガキだったら船長の奪い合いになりそーなモンなのに、船長はルフィ、俺は狙撃手って当たり前に思ったもんな」
「ね、私も航海士しかないって。ほっといたらすぐ遭難しそうな連中だもの」

 ええ〜……。分からない……。
 わたしは、海賊ごっこをしようと思ったことすらなかった。

「不思議といえば、あなた達と会ったとき、なぜか初めて会った気がしなかったの。今思い返すと……あの時感じたのは懐かしさだったわ」
 ロビンも目を細めて、思慮深げに、けれど優しい顔つきで言った。ウソップくんも、ナミもうなずいている。
「あ、なんか分かる。何でかしらね、絶対仲良くなれるって感覚はあったわ」
「一緒にいるのがすげェしっくり来るっつーか、なんか失くしたものを見つけた時みてェな……」

 言ってることは何から何まで意味がわからないんだけど、分かり合う彼らに、ふいに羨ましくなった。
 スピリチュアル系のことは詳しくないし、別に信じても疑ってもいなかったけれど、それってまるで……。

「なんか、前世で海賊をしてたみたいだね」

 思わずポロッと零れ落ちた言葉に、3人の視線がまじまじと突き刺さった。不思議ちゃんみたいだと思われたかもしれない。恥ずかしくなって誤魔化そうとしたけれど、その前に何も考えていなさそうなウソップくんの陽気な声に遮られた。
「前世かー。分かんねェけど、あいつらと海賊してたんならロマンあるよなァ」
「ヤダ、ロマンチストよね、ウソップって」
「そういうワケじゃねーけど、ナミとロビンもそんな感じしねェ?おれの中で分かるーってなるんだけど」
「まぁねぇ。船に乗るんなら、絶対みかんの木を植えて、お宝を集めて…そうね、それを守るナイトはサンジくんに任せようかしら」
「ふふっ、きっと彼なら守り通してくれるでしょうね。甲板でゾロがお昼寝して、チョッパーとルフィが釣りをして…。本当に不思議だわ。その景色が見えるみたいなの」
「船はフランキーが整備してるだろ?舵を切るのはジンベエで、ブルックが演奏してみんなで宴をしてんだ」
「ルフィったら泳げないくせにマストに乗ってるからたまに落ちたりして…。その度に慌てるチョッパーたちをなだめて、ゾロやジンベエが飛び込んでいくのよね」
「ビビも途中で戻ってきて、カルーと一緒に笑ってみんなを見ててさ」
「どんな船に乗ってたかしら。きっとボロボロだけど、とんでもない船よ。名前は……うーん……」
「……メリーとサニー」
「え?」
「ぜってェメリー号とサニー号だ。ガキの頃もこういう名前で遊んでなかったか?」
「あー!そういえばそうね!メリーはウソップが名付けたんだっけ?サニーは…誰だったかしら」
「きっと可愛らしい船よ。マストが羊とか、ライオンとか……」
「海賊船にしては可愛すぎない?」
「なんだよー、さっきからケチばっかりじゃねェか」
「うるさいわね、否定はしてないでしょ?その船に乗ってた気さえしてるわ。海賊旗は麦わら帽子がモチーフよ」
「ふふっ、きっとウソップが描いたものね」

 わたしは鳥肌を立てながらそれを聞いていた。
 彼らは気付いているんだろうか。
 想像の域を超えて、彼らの中で"海賊"の生活が生々しさを持って共有されていることに。
 3人の瞳が本当に"懐かしさ"をはらんでいることに。
 もしかしたら本当に前世で海賊だったのかもしれない。本気でそう信じさせる光景だった。

 そして……その中にわたしは絶対にいない。
 そのことも、よく分かった。
 彼らの脳内で見えている景色が、わたしには全く見えなかった。自分の船の役割も、彼らに会った時に湧いたという郷愁の念も、わたしの中には一切ない。
 彼らの運命とも呼べそうな強い繋がりが感じ取れて、疎外感に唇を噛む。わたしにはそういう人がいないことが、急にとてつもなく寂しく感じる。
 サンジくんがナミを特別視している理由の一端が、たぶん、これなんだろう。きっとロビンもその対象だ。
 生まれた瞬間から特別だなんて、誰かと絆があるだなんて、自分の居場所があるだなんて……そんなのずるいよ。
 羨ましくて、あたたかくて、人と深い繋がりがないわたしには泣きそうなほど眩しくて仕方がなかった。

 変なの。
 前世なんて眉唾ものなのに、彼ら以上にわたしは彼らの繋がりを信じてしまっている。

 疎外感と無力感、そして孤独感のようなものに打ちひしがれそうになったけど、わたしは内心で首を振った。
 彼らの仲間になることはできないかもしれない。でも今から関係を築くことはできる。
 持っていないものを羨んだって何も意味などないのだから、結局自分にできることをして生きていくしかない。はぁ、ほんと人生って厳しいものよね。

「サンジくんにもその話聞いてみたいねぇ」
 盛り上がる3人に綺麗な笑顔を浮かべ、不自然にならないようにわたしはそう口を挟むのだった。

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