何戦目かで刹那は人質役に選ばれた。
ヒーローチームは障子と砂糖、敵チームは上鳴と峰田だ。索敵と接近戦のヒーローチームはバランスが良い。放電に味方も巻き込んでしまう敵チームは不利かもしれない。
ところで。人質の扱い方は敵に一任される。
また、人質の行動も制限されない。
ある組は適当に縛っておいた瀬呂が隙をついてテープを射出し、ヒーローチームの元へ飛んだり。
ある組は人質を脅したという設定で耳郎に索敵をさせたりしていた。
人質にも行動権を与えることで自由度が高い訓練になっている。
そして刹那は両手首を縛られて、壁から吊るされていた。
ぺたんと女の子座りをさせられ、壁から下げられたロープは峰田のもぎもぎで固定されている。壁を壊さない限り取れないだろう。
そして、自慢の脚力を発揮させられないように座った状態で、足首にもロープがそれぞれ括り付けられている。
壁のもぎもぎにクルクル巻かれたロープを刹那の足首に結び、刹那は動こうとしてみても身動きが取れなかった。
「オイラ……ヒーロー科に入って良かった……」
最初は息を荒らげて性犯罪者もかくやという形相で近づいてきた峰田だったが、刹那が手を差し出して「む、結んで」と言うと、つつー……と一筋の涙を垂らした。
「うっ、ううっ、ありがとう、ありがとうございます」
「峰田コッワ……」
ちょっと照れながら足を結んでいた上鳴も、号泣する峰田を見てドン引きしている。
2人の男子に囲まれながら縄でいたいけな美少女が拘束される絵は……なんというか……背徳感があった。
映像を見ていた青少年たちはドキドキと変な気持ちになりそうになっていた。オールマイトはアウトかセーフか迷い、汗を垂らす。
峰田の暴走を誰もが危惧していたが、なんとか訓練は続行となる。
上鳴は人質がいる空間では役に立たないので単騎で突撃することになった。
「え……」
峰田と2人きりにされる刹那はつい不安げな声を出す。
縋るように見上げられた上鳴は「ウッ」と胸を押さえて、「お、俺……でも……行かなきゃ」とドキマギと顔を赤くした。
オールマイトの声が響く。
「峰田少年、分かっているとは思うが訓練を逸脱した行為をした場合、失格となるからな」
「分かってるよオイラもさすがに!!」
ホッと息をつく。上鳴はいなくなった。
峰田は刹那には触らなかったが血走った目で舐めるようにチラチラと視姦した。涎が垂れて慌てて拭う。
男の子の欲をぶつけられるのは慣れているが、中学の頃の経験は刹那の心のどこかにトラウマとして残っていた。
ゾーーッと怖気が走る。
無力な状態になると刹那は昔のことを思い出す。
無個性で、誰からも見下されて、言いなりの都合の良い存在だった自分を。
唇を噛み締めて青い顔で震えていると、峰田は気まずそうな顔をした。
「別に何もしねえって言ってるじゃんか」
刹那に背を向けて少し離れた場所に立つ。
「くっ……この状況はすげえ魅力的だけどな……っ!でもオイラはモテたいんだよ。そりゃこの"個性"なら襲うのはカンタンだぜ。でもオイラが望んでるのはそんなんじゃねえんだよなあ!」
峰田はそう言って部屋に罠を張り始めた。
刹那は意外に思った。
彼の小さい背中を見ていると胸に申し訳なさが浮かんできた。
彼はきっとそういう扱いをよく受けて来たんだろう。
峰田の言う通り、彼の"個性"は悪用しようとすればどんな風にも使える。みんなそうだ。
でも峰田は今まで一切"個性"を他人に対して悪いように使うことは無かった。欲望を抑えてヒーローとして正しく使おうとしてきた。
「あの……ごめんね。あなたのこと誤解してたかも」
「誤解じゃねえよ」
「そ……うかもしれないけど」
普段の言動が言動だったために、否定は出来なかったけれども。
でもやっぱり。
「峰田くんも立派なヒーローの卵なんだね……。ちょっと、見直しちゃったな」
「え」
下ネタ以外でほぼ女の子と話したことがなかった峰田は、その褒め言葉にじわ……と涙を浮かべて赤くなった。
「話しかけんな……オイラは今欲望と戦ってる……!」
「あ、うん……」
やっぱり格好がつかない峰田なのであった。
*
障子の索敵により、上鳴を避けるようにやってきたヒーローチームに、峰田は罠ともぎもぎで善戦したが、2対1の不利を覆すことは出来ず、勝敗が決した。
「クソーーッ!オイラは戦闘向きじゃねえって言ってんだろオ!」
床をバタバタ転がる彼を見て、彼は恋がしたいのかもしれないな、と思う。
恋というか、きっと誰かに尊重されたり、認められたいのかもしれない。
峰田は欲望に忠実だけれども、一線を超えない理性があるし、一応刹那を慮る良い面もあった。
気弱で誰にも逆らわず何でも言うことをきく都合の良い刹那を、悪辣に性的に消費した過去の男──便宜上元彼と呼んでいるあの男とは違う。同じヒーローを目指す有用な"個性"を持つ男でもこうも違う。
そういうことを知りたくなかった。
クラスメートの良い面を知るたびに、胸に暗い気持ちが募る。
人に対して無感情になれるほど刹那の心は強くない。平坦でもない。
知りたくなかった。
峰田がいい人だと知りたくなかった。
次の組み合わせはCチームとEチームである。
刹那と爆豪は敵になった。
彼の隣に行くと、爆豪は舌打ちをして睨み付けた。ビクッと肩を揺らす。
誰の目から見ても連携して訓練に当たるのは無理そうに見えた。
相手は轟と緑谷だ。
人質役の麗日と待機する部屋に向かう。与えられた5分で作戦を立てなければならない。
相手が緑谷なのでどうせ爆豪は突撃するつもりだろう。
「俺が2人とも潰す。てめえはここでお守りでもしてろ」
「うん」
想像の通りであった。
「人質の使い方は全部わたしが決めていいの?」
その言い方に違和感を持ち爆豪は眉を上げたが、「好きにしろ」と吐き捨てた。
「ただしぜってえ取られんじゃねえぞ!どうせこっちには来ねえだろうがな」
「もし轟くんが来たら、インカムで合図を送るから……緑谷くんが無力化されてなくても、こっちに来てもらっていいかな」
「あ''ぁっ?」
「人質から距離を取って轟くんと戦うのは、わたしじゃ無理だから……」
「使えねえなザコ!」
使えないという言葉に一瞬硬直する。
役立たずだとか、使えないだとか、生むんじゃなかったとか、そういう言葉はいまだに少し構えてしまう。
「……本当はわたしが遊撃に出た方がいいと思うんだけど……」
「有り得ねえ。俺がここでチンタラ待ってると思うかよ?」
「そう言うと思った……」
刹那は人質拘束用に粘着性の高いテープを選んでいた。それを麗日に巻き付けていく。
「ご、ごめんね。痛くない?」
「大丈夫!バンバンやってええよ」
「ありがとう……。麗日さんは右利きだったよね?」
「え?うん」
申し訳無さそうにしながらも、刹那はテキパキ麗日を無力化していく。
彼女の警戒すべき場所は手のひらなので、親指を残した4本指をまとめてテープでぐるぐる巻きにし、右肘と両膝を巻いて関節を曲げられなくして、さらに両足を纏めて一切動けないようにする。
さらに左腕を残して、胴体と利き腕の右腕を纏めて拘束する。
麗日は左腕と腰しか動かせない状態になった。
「こっちの腕はええの?」
「うん。一応考えがあるんだ」
「ケッ」
一連の流れを無言で見ていた爆豪は、意外と刹那が使えそうなので悪態をつくだけに留めた。女特有の薄ら寒い「可哀想」でヤワな対応をすることを危惧していたが、刹那は淡々と麗日を「人質」らしくした。
「おい兎野郎。俺が戻るまで轟を抑えられんのか」
「それは多分大丈夫……」
「多分だァ!?ぜってえ抑えろ!」
「ぴっ。怒鳴らないでよ……」
兎の"個性"なので人よりも声がずっと大きく耳に届くのだ。きゅうと耳を下げて両手で押さえる刹那に苛立ちが募る。
すぐにうじうじモジモジする輩が昔から爆豪は大嫌いなのだ。
緑谷はもちろん、ちょっとしたことでピーピー泣き喚く女も彼は避けて生きてきた。
「轟くんが"ヒーロー"なら、大丈夫だよ」
訓練が始まった。
麗日は窓から離れた部屋の隅に座らせておき、刹那がまず床に耳をつけて索敵をする。
少しして、小さく物音を捉える。
しかしこの建物は5階だ。
離れすぎて詳細を特定することは出来なかった。
「ごめん……1階か2階、この部屋の位置からは離れてる……ってことしか……」
「いちいち謝んな!」
俯いて手を弄る刹那に爆豪はカン!と怒鳴り声をぶつけて飛び出して行った。
慌てて叫ぶ。
「対敵したら連絡してね……!」
「うっせえカスそのぐれえ耳で聞けや!戦闘の音ぐれえ拾えンだろ!」
「無茶苦茶言うなあ爆豪くん……」
半笑いで麗日が呟く。
1人になった刹那はとりあえず机や椅子のような遮蔽物を部屋の隅に重ね始めた。
「あれ?片付けるん?」
「うん」
「刹那ちゃんは色々物あった方がやりやすいんちゃう?拓けてると、轟くんも凍らせやすいと思うし」
「そうなんだけど、相手に椅子とかで攻撃されると面倒だから……。それに今回は人質がいるし」
「??」
人質がいるならなおさら遮蔽物があった方がやりやすいのでは無いかと思った。
他のチームも、人質を机とかで隠して救出されにくくしているチームが多かった。
ニコ、と微笑む刹那はあんまり作戦を言う気がないらしい。麗日の口を塞いでいないからヒーローチームに漏らされることを警戒しているのかもしれない。
「あー、こうして座ってるだけっていうのもヒマやねえ。あんまりおしゃべりしたことないし、少ししゃべらん?」
のほほんと笑って麗日は言った。
仲良くなりたい気持ちはもちろん本心だが、人質なりに、敵チームの気を緩ませてやろうという作戦も含まれていた。
刹那がジッと麗日を見る。
ちょっと緊張した。
刹那は「いいよ」とおずおずと隣に座った。
まさか座るとは思わずに、麗日はびっくりして「ええの!?いつヒーローが来るか分からへんのに」と自分の作戦をすっぽり忘れて言ってしまった。
「大丈夫だよ。緑谷くんはどこに人質がいるのか分からない状態で、建物を壊せないだろうし……轟くんも地道に部屋を探すしかない」
それに刹那は爆豪が移動する足音を捉えていた。
敵が来ればすぐに分かる。
刹那は人質が近くにいた方がやりやすいので、麗日の手に乗ってみることにしたのだ。
ずっと無言でいるのも気まずいし……。
「ね、ね、刹那ちゃんはなんでヒーロー目指したん?憧れのヒーローがいるとか?」
「え」
いきなり踏み込んできて刹那は焦ってしまった。
「ウチは家族のこと助けたくて目指したんよ。究極的に言えばお金のためだから、ちょっと恥ずかしんやけど」
「家族のため?」
「うん。実家が建設会社やってるから、ウチの"個性"なら有利やろ?」
「……家族と仲良しなんだね」
「えへへ」
自由な左腕で頭の後ろをかしかし掻く。麗日は前から刹那と仲良くなりたいなあと思っていた。
話しかけられれば答えるけれど、いつも決まった人にしか彼女からは話しかけないから。耳郎や八百万や尾白や上鳴。このあたりの人とよく一緒にいるのを見かける。
刹那の声に言い表せない感情が乗っているのに麗日は気づかなかった。
「……弱いこころに寄り添える人になりたい……から……かな」
「弱いこころ?」
「人はみんなカンペキじゃないから……救うって言ったら偉そうだけど。苦しんでる人に、苦しかったねって言える人に……なりたいから」
その答えは麗日の世界には無い考えだった。
茶色のまんまるおめめをうららかにキラキラさせて、麗日はパーッと笑顔を浮かべる。
「刹那ちゃんはすっごく優しいんやね」
「やさ……しい」
「うん!尊敬する!刹那ちゃんなら絶対なれるよ、そんなヒーローに!」
刹那は優しいわけじゃない。弱いこころに寄り添いたいのは、そうしてくれる人がいなかったからだ。ずっと寄り添ってくれる人が欲しかったから。
自分が誰かに寄り添うことで、過去の自分も救える気がするから。
ただ、自分のためでしかない。
先生が求める「ヒーロー社会に亀裂を入れる駒」としての目的と、刹那自身の自己満足が重なった結果でしかないのだ。
上唇を皮肉げに捲り上げた刹那は、しかしすぐ柔らかい微笑みを浮かべた。
「ありがとう……麗日さん」
「あっ!」
「?」
「さん付けってなんか痒いなあって思ってたんよ。もっと軽く呼んでくれへん?ウチも刹那ちゃんって呼ばせてもらってるし」
「……麗日ちゃん」
「うん!」
「……なんで嬉しそうなの、」
へら、と困ったようなその刹那の顔は、麗日には嬉しそうに見えて、「えへへ」とまた笑ったのだった。
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