09

 バスに揺られながら刹那は外の景色を眺めた。隣の席の障子は寡黙で居心地が良い。
「派手でつええっつったらやっぱ轟と爆豪だな」
「ケッ」
「爆豪ちゃんはキレてばっかだから人気でなさそ」
「んだとコラ出すわ!!」
「この付き合いの浅さで既にクソを下水で煮込んだような性格と認識されるってすげえよ」
「てめぇのボキャブラリーは何だコラ殺すぞ!!」
 前の方は賑やかで楽しそうだ。爆発音が定期的に響くので、刹那は眠るのは諦めていた。ポケットに入っている固形のチョコレートを3つほど口に含むと、ほろ苦さがじわりと溶けだした。刹那は常にチョコレートを持ち歩いている。

 今日のヒーロー基礎学は人命救助(レスキュー)訓練。雄英の所有する演習場にバスで移動している最中だ。

 到着した生徒たちを、スペースヒーロー 13号が出迎えてくれて刹那の気分は上昇した。刹那はヒーローには目敏く反応するのだ。
 13号が作ったというUSJ……は様々なエリアに分かれていて、あらゆる事故や災害への臨機応変な訓練に対応可能だ。
3人体制だと聞いていたけれど、オールマイトが見えなかったので刹那はキョロキョロ周囲を見渡した。先生たちが集まってコソコソ話している。13号の立てた3本指にはどんな意味が込められているかは刹那には分からないが、オールマイトはいないみたいだ。話が違う、と八つ当たりされる未来が過ぎって、浮かれていた気分が一瞬で下降する。

「皆さんご存知だとは思いますが、僕の"個性"はブラックホール。どんなものでも吸い込んで塵にしてしまいます。……しかし簡単に人を殺せる力です。皆の中にもそういう"個性"がいるでしょう」
 真剣な顔を作りながら、刹那は体の後ろで自分の指を弄んだ。災害救助は弱者に寄り添う活動だ。だから13号が好きだった。でも、刹那はヒーロー様のご高説があんまり好きじゃない。
「相澤さんの体力テストで自身の力を秘めている可能性を知り、オールマイトの対人戦闘でそれを人に向ける危うさを体験したかと思います。この授業では…心機一転!人名のために"個性"をどう活用するかを学んでいきましょう」
 割れんばかりの拍手が鳴り響いて、感銘を受けた生徒達の歓声を聞きながら、刹那も微笑みを浮かべて手を叩いた。慈愛の笑みだった。場にはそぐわない、ただひたすらに哀れみを湛えた微笑だった。

「そんじゃあまずは……」
 相澤はふと、背後から聞こえる僅かな音に気付き訝しげに振り返った。小さな黒い点が見える。

ズズ……ズ……

 黒い影はたちまち不吉な音を立て拡がり始めた。穴から除くギョロリとした瞳。全身から発せられる危険信号のままに、相澤は鋭く叫んだ。
「ひとかたまりになって動くな!」
 拍手が鳴り止んだ。刹那は微笑みを浮かべていた。



「13号!生徒を守れ!」
 こどもたちの戸惑いを置き去りに黒の影からゾロゾロと人間たちが這いずり出てきた。
 呑気な意見を一蹴する相澤の怒鳴り声。
 
「動くな!あれは敵だ!!」
 生徒たちの顔に怯えの色が走る。影を纏ったような人型がゆらゆら揺れながら相澤と対峙した。
「オールマイトは不在のようですね。先日頂いたカリキュラムの通りならばここにいるはずなのですが…」
 ピクっと目の端を一瞬引き攣らせ相澤が吐き捨てる。
「やはり先日のはクソ共の仕業だったか」
 睨み合う2人の横で、ひとりの男がブツブツブツブツと不気味に怨嗟を漏らしながら、首を掻き毟っていた。
「どこだよ……せっかくこんなに……大衆引き連れてきたのにさ……オールマイト……平和の象徴がいないなんて……」
 血走って飛び出るような目がヌメリと光を放った。
「子供を殺せば来るのかな?」
 全員の背中に怖気が走る。この男は、本気だ。

 侵入者用センサーが作動せず、校舎と離れた隔離空間、そこにクラスが入る時間割。
 一見愚かな行動に見せかけて、これは用意周到に画策された奇襲だった。
 相澤が迅速で的確な指示を出し、1人で飛び出していく。いくら相澤がプロヒーローと言えどそれは無謀に思えたが、イレイザーヘッドは捕縛布と"個性"を駆使して相手を圧倒している。集団戦において有象無象は彼の前に駆逐されていく。
 多対一こそイレイザーヘッドの真骨頂だった。

ゾワッ…!

 嫌な気配とともに黒い影が拡がっていく。
 爆豪と切島が果敢に敵に攻撃を仕掛けるが、敵わない。黒い影は一瞬で生徒たちを飲み込み、その場からこどもが消え去った。


 目の前が黒く染まり、次に感じたのは熱さだった。吹き荒れる熱風と崩れかけたビル。刹那が飛ばされたのは火災ゾーンらしい。
地面に落ちる瞬間受身を取ると戦闘態勢で周囲を見回す。ニヤついた敵が複数待ち構えていた。
「大丈夫?白凪さん!」
 どうやら尾白も一緒に飛ばされたらしい。刹那は素早く尾白と背中を合わせ、耳を逆立てた。炎の燃え盛る音で索敵が上手く出来ないが、ここ以外にも敵がバラけながら散開している。
「逃げたいね…」
 弱音を吐いたと思った尾白は、「大丈夫だよ、守るから」と言いかけて言葉を止めた。刹那の眉は垂れ下がっていたが、瞳は炎できらきらしていたからだ。弱腰の人間の顔じゃない。
「…うん、そのためにもここを上手くやり過ごさなきゃ」
 目の前の敵を睨んで尾白は言い直した。
 頷くと、刹那は無言で脚に力を込めて跳ね上がった。腰を捻りながら目の前の敵に蹴りを叩き込む。
「ぐぉっ、オェ!オエェ!」
 くの字に腰を折り苦しむ敵を後目に、タタンッと軽快に跳ねて尾白の背中に戻る。慌てながら尾白は叫んだ。
「白凪さん!?突然すぎるよ!作戦とか……」
「ぶちのめすしかないよ……」
「ぶ、ぶちのめ……」
「とりあえず、ここの人間を片付けて…何処かに隠れよ…」

 教室での肝の座った様子を思い出した。そういえば白凪さんは……見た目以上に図太い!
 そして今見て分かる通り、超絶マイペースだ。
 刹那を見ていると少し腰が引けていた自分が恥ずかしくなった。
「うん、全員倒そう」
頬から一筋の汗が垂れ、掌を痛いほど握りしめていたが尾白は不敵に笑った。
 刹那も口元に笑みを浮かべ、2人は同時に飛び出した。

 刹那が敵の間を跳ね回り攪乱し、尾白がその隙に確実な一撃を相手に叩き込む。その瞬間にお互い距離を取り、ヒットアンドアウェイで凌いでいく。時間をかけると増援を呼ばれる可能性があるので、ある程度力押しで攻め、その場の半数ほどを倒したら2人はその場から全力で逃走した。
 火災ゾーンは常に炎が燃え盛り、黒煙が視界を曇らせる。   
 刹那がビルに蹴りを入れると、傾いていた建物は轟音を上げて崩れ落ちた。
 衝撃で飛ばされた刹那を抱きとめて、尾白は走る。振り返っても敵は追ってこなかった。どうやら一時的に撒けたようだ。
「ハァ、ハァッ…白凪さん、無茶するね」
「尾白くんこそ…はあっ…好戦的だった……」
 息は荒く、顔も体も煤で黒ずんでいた。尾白は思わず吹き出し、刹那もクスクスと笑いを零した。ひとしきり笑って尾白が掌を握ってぐっと目の前に差し出した。刹那がそれにちょこんと拳を合わせる。

 こうして建物を掻い潜り、炎と煤に塗れながら、尾白と刹那は敵との交戦を数回繰り返し、逃げ続けた。
 プロヒーローが現場に駆けつけた頃には敵は1人も残っていなかったという。2人もかすり傷のみでほぼ無傷で今回の騒動は終わりを迎えた。
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