08

 5・6限目の体育はブラドキングが担当している。主に体力錬成や基礎トレーニングに励む時間だった。「午後イチで体育てたりいよな〜」「ブラドはムサ苦しくて萎えるしよ〜」なんてダラダラ言っていた上鳴と峰田。誰も声を上げては賛同しないが、おなかいっぱいになってポカポカの時間に身体を動かす気分にならないのは事実だった。
 しかし、授業が始まるとその雰囲気は一変した。
「今日から対人戦闘も取り入れた授業内容になるぞ!」
 仁王立ちでキリリと言われたその言葉に、クラス中から歓声が上がる。
「対・人・戦・闘!」
「ヒーローっぽいのキターー!!!」
「全員潰したるわ……!」
「負けねーぞ!爆豪!」
「女子と揉み合い……ウヒョッウヒョオオオオ!!」
「お前ガチで殺されるぞ」
「静粛に!」
 ガヤガヤした空気をブラドが一喝して黙らせる。

 授業の流れとしては、ランダムで2人ペアを作り、5分間対面で戦闘し、相手を無効化、制圧すれば勝利、時間切れでは引き分けになるらしい。
 主に近接戦闘の技術を磨く訓練のため、中・遠距離攻撃は無し。

 刹那にとってはこれ以上なく有利な条件だ。誰にも負ける気がしない。爆豪、轟、切島、尾白あたりは苦戦しそうだけれど、引き分けに持ち込むことはじゅうぶん出来ると思った。
 特に轟は"個性"は強力だけれど、素の戦闘能力は普通に強いレベルでしかない。尾白は、軽く見た限りでは機動力で翻弄する展開に持ち込めれば勝てるが、素の格闘技術自体は彼に断然に負けているので、彼の間合いに入りすぎないことが重要。
 そんなことをつらつらと脳内で考える。
 
 5分は意外と短くて、激しく打ち合う組もいれば、お互い牽制しつつ軽く見合っていると時間が終わったりする。
 上鳴と切島の対面は、切島の速攻から始まった。広範囲放電を使えない上鳴は攻撃が限られる。というか、ほぼ無力だ。近接戦は得意じゃないらしく、勝負はすぐに終わってしまった。
「上鳴ダサッ」
「しょーがねえーだろ!やめて!塩を塗らないで!」
「なんか悪ィな……」
「謝んなアアア」

 ブラドは2人に己の講評を述べさせた。反省点や改善点を自分で考えさせる試みだ。
「あぇ……えーっとやっぱぶっぱしかないこと?」
「俺はけっこーいい感じだったと思うッス!」
 バカなんだなあ。刹那はちょっと思った。
 ブラドが「うむ……それでは他の生徒は?意見があるものはいないか?」と水を向ける。
 八百万と飯田がサッと手を上げた。
「そうだな、じゃあ始めは八百万……」
「はい。まず、切島さんですが、上鳴さんが電撃を放った場合の対応策が無いと思いますわ。中・長距離型の個性に持ち込むための機動力も欠けていますから、そこを重点的に伸ばすべきだと思います。
 また、上鳴さんですが……。本人も自覚している通り、攻撃範囲や志向性に幅を持たせることが急務だと思います。他にも、近接戦に持ち込まれた場合の戦闘技術が全く身についておりませんので、そちらが必要だと思いますわ。もし、人質や避難者を守りながらの戦闘になった時、為す術が全く無いというのは課題だと思います」
 八百万は全部言った。何もかも全部言った。悔しげに飯田が唇を噛む。
「あれ?もしかしてこの訓練頭使う系のやつじゃね?」
 上鳴がティン!とやっと気付いた顔で言った。

 爆豪対尾白は爆豪の勝利。空中も含めた3次元的な動きで尾白の土壌に持ち込ませなかった。尾白は基本に忠実な型が持ち味だけど、オリジナリティを出すことが課題かもしれない。爆豪の課題は正直分からなかったけれど、彼はスラスラと口にする。
「力で押し負けた。スピードで押しただけで技術は猿のが巧みだった。型が読みやすいのに避けきれねぇのは尾のフェイントを捌き切れてなかったからだ。……マァこんなモンか」
 澱みなく答えた彼に感嘆する。
 彼は戦闘スタイルが完成していて、隙という隙もないのに、向上心が高くて常に研鑽している。


 刹那は瀬呂と対戦することになった。
「白凪かあ。よろしく」
「う、うん」
「めちゃくちゃ相性わりー。平地じゃテープも使いづれえし。ま、でもやれるとこまではやってみっか」
 苦笑しながらストレッチをする彼に反応に困って眉を下げる。負ける気はしなかったし、相性が悪いのも事実だった。なんと返せばいいか分からず、言葉にならない言葉をモゴモゴ言った。

 でも、向き合った時の彼の目が。強い光を持っていたから、刹那は気を引き締めた。瀬呂は全然諦める気はなかった。

 2人向き合う。後ろ脚を強く踏みしめ、前傾体勢になる。号令がかかると同時に──跳ぶ!
 捕獲しようとテープが勢いよく円状に飛んでくるのを垂直にジャンプして避け、回し蹴りを入れる。瀬呂は転がるようにして飛びずさった。地面に足を着いた瞬間を狙い転がりながらテープが飛んできて、刹那は慌ててバク転のようにして避ける。
 間髪入れずに突進し、テープを避ける。絶妙な位置に飛んでくるからやりづらい。跳んだ瞬間進行方向状に待ち伏せするように、あるいは着地の片脚だけ狙い、あるいは胴体を狙ってフェイントをかけてきたり。
 読まれてるな。
 思ったより粘られる。刹那は授業はいつも実力をセーブしている。本当の実力をさらけ出すと、のちのち不利になるから。
 でも雄英は厳しくて、常に壁を超えるためには、相手をかろんじていると足を掬われる。
 今のように。
 刹那が横に跳んだ瞬間テープが足首を捕らえた。一瞬ののち、刹那は思い切り足を引いた。瀬呂はテープを切る暇もなく、すごい力で引っ張られて空中に浮いた。
「うぉっ!?」
 慌ててテープを切るも既に遅い。
 見開いた目に眼前に迫る刹那を捉えて……気付けば地面に押さえつけられていた。

「クソ……降参」
「そこまで!」
 ブラドキングの声で拘束が解かれ、「あー、やっぱつえーよ、白凪」と瀬呂が頭を掻きながら笑った。
 賑やかしメンバーが「めちゃくちゃ善戦してた!」「押し倒されるなんて羨ましいいいい!そこ変われボケー!」とやんややんやからかわれている。
 ヘラヘラ笑う瀬呂はわざとウケを取りにいっているが、刹那は戦っている時の挙動を見逃さないようにする強い目だとか、押し倒した時の深く刻まれた眉の縦ジワとかをはっきりと見ていた。
 瀬呂を見誤っていた。もっと、ヘラヘラしてる男の子だと思っていた。
 冷静で、クレバーで、食えない男の子だと認識を改める。

「それぞれ自分の反省点はどうだ?」
「んー、やっぱ接近戦に持ち込まれると痛いっすね。白凪のスピードと瞬発力に対応しきれねえし、テープの射出スピードも遅くて……でもまー自分では割と攻められた方でした」
「うむ!白凪は?」
「……行動を読まれすぎました。攻撃が単調的すぎて……瀬呂くんは、わたしの行動を何手も想定して対応されていると感じました。わたしの得意に持ち込まないよう妨害されて、その対処も後手に回りました。有利なはずなのにほぼ負けてた……」
 情けなくて耳がペタン……と垂れる。
 戦闘慣れしているのに、アッサリ読まれるなんて。心の油断と侮りが行動に無意識が出てしまった。己を自戒する。
 ヒーローの卵にも翻弄されるようじゃ、ダメダメだ。もっと強くならないと……。
 胸の中がなんだかモヤモヤした。
 刹那はそれが情けなさだと思った。
 眉をキュッとして、手をぎゅっと握っているのは、誰から見ても「悔しさ」だと分かったが、刹那にはそれが分からなかった。
 2年前までずっと、勝負の土俵に立つことすらなかったから。
 瀬呂はなんとも言えない気持ちで彼女を見下ろしていた。ともすれば、負けた自分よりも悔しがっている。
 講評も改善点というよりは、瀬呂の話ばかりで、意外と買われてんなア、と頬をカリッと掻いた。そして、同時に満足感が胸を満たした。
 対戦が始まる時の刹那は、気負う様子が欠片もなく、瀬呂を相手にしていないことが滲み出ていたから、それを見返してやりたかったのだ。
 悪意だとかそういうことじゃない。
 ただ、事実だった。瀬呂が刹那に勝てないのは。瀬呂は支援型、刹那は近接戦闘型。刹那が優しくていつも不安そうで可愛い女の子なのはわかっていた。でも、やっぱり悪意なく眼中にないってのは悔しい。
 相性はめちゃくちゃ不利だけど、やる時はやる瀬呂くんなんでね。
-8-
prev next

back
×
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -