04

 それからしばらく授業の復習をして、ふたりはフクロウ小屋に向かった。書いた手紙と、授業のノートを鞄に入れて広い校舎を練り歩く。小屋はとても遠く感じた。
 グリフィンドール寮がある東塔のてっぺんからわざわざ4階まで降りて、中央の塔を突っ切って、西塔のてっぺんまで歩いた。動く階段や変な扉、それから厄介もののピーブズ。
 大きな口に奇抜なスーツ、大きな帽子で派手なピエロみたいなピーブズは半透明に空中に浮きながら、目に付いた生徒にしつこい嫌がらせを繰り返して、いつも誰かに怒られている。ピーブズはセツナとアリスを見ると近くの絵画を投げたり、花瓶を割ったりして追い回してきたので逃げるのが大変だった。
 途中で管理人のアーガス・フィルチが血管を浮き立たせてピーブズを追いかけて行ったけど、そのついでにセツナたちも怒鳴られてしまった。

「いとこが言ってたんだけど、ピーブズもフィルチも最悪なんだって。でもフィルチを困らせる分、ピーブズの方がまだマシかもしれない、って」
「どっちも苦手だな……」
「言えてる」
 セツナは涙目で逃げ回ったが、アリスはどこか楽しそうだった。彼女はふわふわしていて優しいけれど、のんきだ。

 フクロウ小屋は円筒形の石造りで、窓が無かった。石の間から風が吹き抜ける開放的な造りだ。フクロウが自由に飛び立ちやすくなってるんだろう。
 床には、ワラやふくろうの糞やネズミの死体とかが散らばっていた。塔の上の方までまで見渡す限り止まり木が取り付けられていて、何百もの目が光っている。
「チッチッチ、チッチッチ」
 腕を振ってアリスが舌を鳴らすと、灰色っぽい小さなフクロウが彼女の肩に止まった。アリスの顔くらいしかない。
「可愛い……」
「わたしの子なんだ。手紙をお願いね」
 フクロウはアリスの耳を甘噛みするとパタパタと飛び去って行った。セツナは近くのフクロウを見回して、じーっと見つめてくる茶色の大きなフクロウに近づいた。
「あの、手紙を運んで欲しい……のですが……」
 堂々とした佇まいにセツナは敬語になった。後ろでアリスがおかしそうに笑っている。
「だってこの子、すごく威厳たっぷりだから……」
 フクロウは「ホーッ」と鳴いて、首をにゅるんと動かすと、手紙を咥えた。
「あっ、ありがとう……」フクロウはじっとセツナの目を見た。「ございます……よろしくお願いします」もう一度威厳たっぷりに鳴いて、悠々とフクロウは飛び立って行った。

*

 魔法薬学(ポーションズ)の教室は、壁いっぱいに棚が並んで、小瓶や鍋や色んな材料が置いてあって、鼻につく奇妙な匂いが充満していた。
 ホラス・スラグホーン先生がひとりひとりの名前を読み上げていく。何人かのところでちょっと止まり、親しげに質問したり、声を掛けたりしていた。例えば、シリウス・ブラックの時に「オリオンは元気かな?」とか、アリスに「君は祖父母によく似ているね」だとか。スリザリンの生徒はさらに声を掛けられる生徒が多かった。
 セツナは半ば他人事のようにそれを観察していた。スラグホーンは興味のある生徒と興味のない生徒に対する態度があからさまだった。魔法省という単語が多く出てくるので、政界に興味があるのかもしれない。

「セツナ・ノースエル……ほう、もしかして母はシンディー・ノースエルかね?」
 まさか自分の時に声をかけられるとは思わず、セツナは目を見開いた。母は日本で長らくマグルとして生活していた。驚き顔を肯定だと受け取ったのか、彼は大きな身体を揺らして快活に笑った。
「最近シンディーは魔法界でまた活躍しているそうじゃないか。彼女は学生時代から魔法薬学にとても才能を見せていた。君にも期待しているよ」
「は、はい」
 なんとか小さく呟いてこくこくと頷く。いきなりプレッシャーを掛けられて押し潰されそうだ。杖がなかったために呪文は練習出来なかったが、セツナは家で何回かデイヴと一緒に調合したり、母が作業するのを眺めたり、少しだけ手伝いをしたことがある。
 だから、何としてもここで成績を残したいと考えていたけれど、でも先生に注目されるとなると話が変わってくる。
 自分の手のひらに汗が滲んでくるのを感じた。

 調合するのは眠り薬だった。別名鎮静の水薬。薄めれば痛み止めや麻酔などの効果もある。これならデイヴィッドがたまに飲むために調合するのを手伝ったことがある。セツナは少し安心した。

 ベラドンナエキス、ベラドンナの葉に睡眠豆の汁を浸して乾燥させたもの、ボリジの花びらエトセトラエトセトラ。
 ママに貰った、セストラルの粘膜で作った透明な手袋を手にはめて、良さそうな材料を選んでいく。シンディーやデイヴが言っていたことのすべては覚えていないけれど、乾燥しているものは形よりもきちんとパサパサしているかが大事って言ってたことは覚えてる。
 手袋は透明で、手に感覚はあるのに見えない不思議なものだった。厚みもあるけれど、指先の感覚が違和感なく伝わってきて細かい作業もしやすい。
 シンディーがお下がりでくれたものだ、

 教科書を何回も確認し、気にかかるところにはチェックをして、作業に取り掛かる。大鍋に水を張り、ベラドンナエキスを入れて、捌いたネズミの腸を洗浄して潰し、砕いた葉とボリジの花びらをすりこぎで砂状にして行く。
 鍋が沸騰したら弱火にして、薄黄色の液体の中に入れて2分煮立たせる。
 えっと、それからネズミの血を入れて、時計回りに5回、反時計回りに4回、時計回りに4回、反時計回りに3回……と、どんどん混ぜる回数を交互に減らして……。

 混ぜ終わると鍋の中は薄水色の半透明の液体になっていた。
「出来たっ」
 達成感と喜びに小さく呟くと、リリーが覗き込んできた。
「成功してるじゃない! すごいわ、セツナ」セツナは嬉しそうに笑って答えた。「ありがとう、リリー」
 彼女はもう出来上がっていて、小瓶の中に薬を流し込んでいるところだった。
「リリー、マグル生まれなのに、すごい……初めて作るんだよね?」
「ええ」リリーははにかんだ。「セツナは?」
「ほら、わたしのママは魔法薬学者だから……たまに作るのを手伝ったことがあるの」
「スラグホーン先生がおっしゃってたわね。お母様が魔法界で有名だなんて心強いわね」
「うーん、うん……」髪の毛をいじって曖昧に頷いた。セツナは目立ちたくないが、シンディーはとても色んな意味で有名だった。

 リリーと一緒に薬を提出に行くと、スラグホーン先生はまじまじと眺めて、満足そうな笑みを浮かべた。
「よろしい、よろしい。セツナ、君はお母様の才能をきちんと受け継いだようだ」スラグホーンはリリーに向き直った。「君はリリー、エヴァンズだったね。もしかして魔法生物学者のご親戚がおるかね?」
「いいえ。家族の中で魔女は私だけなんです」
「なんと! マグル生まれだと? それは凄い……君には間違いなく魔法薬学の才能があるよ。精進なさい」
 彼はセツナとリリーの顔を見て、またニッコリ笑うと、グリフィンドールにそれぞれ2点ずつ加点してくれた。リリーが気色満面にお礼を言ったが、セツナは手が震えてなんとかぺこりとお辞儀をした。加点されるのは初めてだ。

「スラグホーン先生って平等な方ね」
 リリーが少し興奮で頬を赤くして言った。
「彼、スリザリンの寮監なのに、差別もしないしグリフィンドールに4点もくれるなんて!」
「リリー、スリザリンの差別を知ってるの?」
「ああ、そうなのよ」リリーは眉を下げて、声を落とした。
「私、スリザリンに1人友達がいるの。でも声をかけたら緑の人たちに嫌なことを言われたわ」
「スリザリンに友達がいるんだ。すごいね」
「幼馴染なのよ」

 マグル育ちがスリザリンに入るのはなくはないけれど、非常に珍しいらしい。もしかしたらコンパートメントで一緒だった彼かもしれない。その幼馴染の子は大変だろうな、とセツナは同情した。


「君の名前はなんて言うの?」
 夕食を食べていると声が降ってきた。視線をチラリと上げると、リリーの隣にジェームズが立っていて、親密そうに笑いかけている。
 向かいに座るメアリーとアリスが興味深そうに視線を交わした。
 リリーは眉根をキュッと寄せて、かぼちゃジュースを読み込むとジェームズを見返した。
「突然なに?」
「ただ同級生と親睦を深めたいだけさ。一緒に夕食を食べてもいいかい?」
 彼はおどけて両手を上げる。「リリー・エヴァンズよ」リリーが端的に言った。「この子はセツナ・ノースエル。向こうがメアリー・マクドナルドとアリス・ステイシー」
 名前を上げられたセツナはびっくりして反射的に小さく首を下げたが、ジェームズは目もくれなかった。
 シリウスはチラリとセツナのことを見下ろしたのがわかった。彼は肩を竦めて、茶髪の男の子……たしかリーマス・ルーピンと少し離れた席に座った。
「リリー・エヴァンズか。百合の花なんて清廉で気高くて素敵な名前だね」
 褒められて少し顔を緩めたが、リリーは毅然としていた。「まだ何か? 私、友達と食事を続けたいんだけど」
「僕ももう友達だろ?」
「あなたとは友達の定義が違うみたいね。向こうであなたを待ってる人がいるみたいよ」
「あなたって呼び方、なんだか他人行儀だよな。僕の名前は知ってる?」
「さっさと向こうに行って、ポッター」辛抱強くリリーは繰り返したが、苛立ちが混じっていた。ジェームズは軽く笑って手を振った。「またね、エヴァンズ」

 リリーは気持ちを落ち着かせるために呼吸を整えた。メアリーが少し体を倒してワクワクと好奇心を隠さずに言った。
「彼と仲良くなったの?」
「今のなにでそう思ったか分からないわ」
「だって彼、どう見てもリリーに好意を持ってるわよ」
「まさか」シリウスとリーマスと賑やかに食べ物を皿に乗せているジェームズを横目で睨む。
「コンパートメントでいきなり嫌味を言ってきた傲慢な人たちの話をしたでしょ? あれ、ジェームズ・ポッターとシリウス・ブラックのことよ」
「あー」半笑いになり、メアリーの瞳から好奇心の輝きが失せた。
「どういうつもりで話しかけて来たのかしら」
 リリーは鼻を鳴らした。

 セツナは少食だが、食べるのが遅かった。
 デザートをつついている3人に置いていかれないよう、セツナが必死にパイをちまちま口に詰め込んでいると、すぐ近くで悲鳴が聞こえた。
「うわっ!」
 ジェームズ達の机からだった。シリウスの髪が真っ赤に変わっている。
「ジェームズ! 何したんだ!?」
「あっははは!」腹を抱えて、ゴブレットから飲み物が零れ、机の上が水浸しになっている。
「グリフィンドールカラーも様になるじゃないか」
「勘弁しろよ」シリウスは笑いながら髪をかき混ぜた。軽く流した前髪をつまんで眺めている。
「悪戯なんか仕掛けられたの初めてだぜ、俺」
「そりゃつまんない人生だね」
「俺にかける奴なんていなかったし、俺も悪戯なんかしたら母親に折檻されちまう」
「うわ〜。おっかないマミー。でも今はもう自由だ。そうだろ?」
 シリウスは呆れつつも嬉しそうだった。「覚悟してな」と肩を揺らして笑っている。リーマスも苦笑しながらも楽しんでいる。リリーはムムム、という顔をしたが、何も言わなかった。

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