05

 リリー達とはなんとか緊張せずに話せるようにはなったが、セツナは相変わらず陰気だった。そして、相変わらず劣等生だった。基本的に授業で呪文が成功することは無いし、事前に必死に予習していてもついて行くだけで精一杯だった。
 薬草学や魔法薬学だけは、なんとか植物や材料を事前に覚え、経験や知識を活かすことは出来たが、それは暗記科目だからだ。同じく暗記科目でも、魔法史(ヒストリー)は前提となる知識や単語が全く馴染みがなくて、初歩の初歩から理解しなければならず苦手だった。歴史は時間をかけて覚えるべきものだ。
 セツナはホグワーツで本当にダメダメだった。
 それは数少ない自分の長所が失われたことを意味していた。

 毎日先生のところに分からないところを聞きに行ってるのにまったく結果を伴わないセツナに対して、マクゴナガルが同情的な視線を投げかけるくらいには、努力家であるのに芽が出なかった。

 たぶん、発音に慣れていないからダメなんだと思うけれど、正しい発音をしても他の子みたいに上手く魔法を使いこなすことが出来ない。セツナは打ちひしがれた。

「またダメだったの? ノースエル。アドバイスしてあげましょうか?」
 何人かの女の子がクスクス笑った。セツナは俯いて髪を弄り、女の子たちの顔をそっと見上げながらヘラヘラと愛想笑いの顔をした。彼女たちからは、ほぼ前髪で隠れているセツナの表情を窺い知ることは出来なかったので、ただオドオドしているようにしか見えない。
「あ、そ、そうなの……予習はしてるん、だけど……」
 言い訳めいた言葉尻が小さくなっていく。女の子はチラチラ視線を交わしあってニヤニヤした。
「なんて言ったの?」女の子は小首を傾げた。「声が小さくて聞こえなかった」
 恐らく悪意がある言葉にセツナはうっすらと涙の膜を張り、「Sorry.」とだけ呟くと逃げるように教科書を抱えて教室を飛び出して行った。

「あなた達、なんなの?」
 セツナが去って行ったリリーが噛み付くように言った。「なんで人をバカにするような行動を取るわけ?」
 女の子は、呆れたような半笑いの表情を浮かべた。
「バカにしてなんかいないでしょ? 至って友好的に話しかけたけど、モゴモゴ言ってるから聞き返しただけじゃないの」
「セツナが出来ないことをからかったじゃない!」
「だって、それは事実でしょ?」女の子は肩を竦める。「手助け出来ないかと思っただけよ。私は変身術が得意みたいだもの。友達になる方法の1つじゃないかしら?」
 リリーは眉根を寄せたが、その言葉はたしかに正論で無いわけではなかった。

「リリー」嗜めるようにメアリーが口を開いた。「セツナはたしかにそういうところがあるわよ。そうでしょ?」
「……」
「私もコンパートメントで会った時色々話しかけたけど、彼女は返事を全然してくれないし、声も小さくて嫌そうな態度に見えたわ。きっと初対面の人が苦手なのよ」
 メアリーはその時の様子を思い返してみて、やはり、自分に非は無かったように思えた。そして話しかけるメアリーに対してとても困った様子で、本に逃げるように目を落としたセツナを思い出した。
「セツナはオドオドしてるから被害者に見えるかもしれないけど、彼女達が加害者になろうとしているわけじゃないわ」
「そうね」
 リリーは頷いて手を差し出した。「ごめんなさい。彼女が小動物みたいで、なんだかほっとけなくて」
 女の子はにっこり笑ってリリーの手を握り返した。
「分かってもらえたならいいのよ」
「リリー・エヴァンズよ」
「知ってる。隣の部屋よ。アンヘリカ・チェスカ」


 何日かすると、シンディーからの手紙が返ってきた。あの威厳のあるフクロウが嘴に手紙と小包を提げて、セツナの傍に舞い降りる。
 他のフクロウは上からポトポト落としていき、時折ガチャンと皿のひっくり返る音が聞こえたが、この子は椅子の手すりに降りて、セツナが受け取るのをじっと待った。
「ありがとうございます……」
 敬語で言うと、フクロウは満足そうに嘴をカチカチ鳴らして、しかし飛び立たずにセツナの瞳を深い瞳で見た。何かを待っているように感じたが、セツナには分からず、とりあえずお皿のご飯を差し出したがフクロウは一瞥して羽根を膨らませた。
「えーっと、えっと……」
 アリスが「フクロウに慣れていないんだね」と教えてくれる。「彼らのお礼にはおやつや水、あるいは翼や頭を撫でてあげるの」
「な、撫でる?」セツナは胸を張り、セツナの上半身ほどもある大きなフクロウを思慮深く眺めた。嘴は鋭く、つやつやと光沢があり、セツナなんかよりもずっとどっしりと構えている。今も優雅に嘴で毛繕いをしていた。
「この子を?」
「そうだよ。今も触ってほしいところを教えてくれてるじゃない」
 フクロウが嘴で啄んでいるところを見る。もしかしてここのことを言ってるのかと思って、戸惑いがちに手を伸ばすと、毛繕いを辞めて深い目でセツナを見返してくる。
「し、失礼します」
 セツナはオドオドと手を伸ばした。沈み込むようなフワッ……とした軽い感覚が怖くて、指先だけで軽く触れるように素早く撫でた。力を入れたら羽根の中に指が入り込んで、折れてしまいそうな気がした。
「郵便、ありがとうございました」
 フクロウは小さく鳴き声を上げてバサバサ飛び去って行った。アリスが「ね?」と嬉しそうに首を傾けて笑った。
「あなたって鳥にまで礼儀正しいのね」
 フンと面白そうにメアリーがからかった。セツナは何故か恥ずかしくなって、俯いてへらりと笑う。

 部屋に戻ってママからの手紙を開いた。手紙からはシンディーがいつも付けている香水の香りがふわりと漂って、母が懐かしくてたまらない気持ちが襲ってくる。

『ディア・マイエンジェル

 お手紙ありがとう! 元気にしていますか。ご飯をちゃんと食べて、寒くないように身体を温めて、朝はきちんと起きられている?
 まだ数日しか経っていないのに、朝起きてセツナちゃんの「おはよう」が聞こえないことがとても寂しいわ。
 でもセツナちゃんが学校で頑張っているから、ママも寂しがってばかりではいけないと、お仕事を頑張っています。

 セツナちゃんがグリフィンドールに組み分けされたと知った時は驚きました。でもとても誇らしいわ。
 グリフィンドールは勇気を象徴とした素晴らしい寮よ。あなたは優しいからハッフルパフになるかと思ったけれど、グリフィンドールもピッタリだと思います。
 日本で海外の血が混じるからと苦労をかけてしまった時も、ママのせいでパパと離れ離れにさせてしまったことも、ずっと住んでいた日本からイギリスに来ることになったことも……セツナちゃんにはたくさん辛い思いをさせてしまった。本当にごめんね。でも、あなたはいつも現実を受け入れて、目の前の困難に一生懸命立ち向かおうとしていました。
 ママはそんなセツナちゃんをとても尊敬しています。
 セツナちゃんが頑張っていると、ママも勇気をもらえるの。
 セツナ、あなたは勇敢な子です。

 学校は色んな年代の子や、色んな国の子、色んな考え方の子がいるからきっと大変だと思うけれど、ママはセツナちゃんなら乗り越えられると信じています。
 そして、頑張るのがつらくなった時はいつでも休憩して、ママのところに戻ってきてください。

          セツナちゃんの味方、ママより

PS.お菓子を同封したからお友達と食べてね。
  さっそくセツナちゃんにお友達が出来て、とっても嬉しいです。』


 手紙とお菓子を抱きしめて、セツナは少し泣いた。

*

「スラグ・クラブ?」
 魔法薬学の授業の後、セツナとリリー、そしてジェームズとシリウスが呼び止められ、スラグホーンから勧誘を受けた。

「それはどのようなものなんですか?」
 興味をそそられた様子で、リリーが快活に尋ねた。
 先生は大きな身体を左右に揺らして、機嫌良さそうに「私が主催する社交クラブだ。魔法薬学に適性を持つ生徒や、それだけに留まらず有能さが見える生徒を招待して、才能を支援し、月に何度かお茶会を開いているのだよ。親睦を深めるためにね」
 顔を見合わせる彼らに気が付かないのか、スラグホーンは饒舌に語り続けていた。セツナには彼の身体が2倍に膨らんだように見えた。

「こう見えても人を見る目は中々だと自負していてね。メンバーは魔法省に叔父を持つレイブンクローのクレスウェルに、レオナルド・スペンサー・ムーン……もちろん彼を知っているね? グリンデルバルドの台頭する時代、魔法界を守った偉大な魔法大臣だ……の孫のスリザリン生、」
 話さ終わらないうちにジェームズが遮った。「あー、僕はあまり興味が持てないな、先生」
「ポッター?」
「僕のパパはスリーク・イージーの直毛薬を発明してバカ売れしてるわけだけど、だからと言って僕自身が偉くなったわけじゃない」
「ああ、そうだとも。しかし君の話はよく聞いているよ。お父様譲りの素晴らしい才能が……」
「ええ。僕は僕自身の力で才能を発揮出来ますので、ご心配なく!」
 ジェームズはニッコリと榛色の瞳を輝かせて、胸に手を当てた優雅なお辞儀をした。シリウスがブハッと吐き出して、ニヒルに唇を歪めてスラグホーンに向き直った。
「俺もクラブやらパーティーやらコネやら、堅っ苦しいのはゴメンだね! そんなのは家にいる時だけでじゅうぶんだ」
「そうか……いや、無理に誘うことは出来ないが」スラグホーンは萎れて肩を落として、手を振った。「分かった、もう行きなさい。もし興味がある時は声をかけておくれ。クラブの扉はいつでも開け放たれておる」
「じゃ、さよならスラグホーン先生」
 ジェームズが去り際リリーにウインクを飛ばし、リリーはそれを黙殺した。

 萎れた顔で、「ふたりはどうするかね?」と尋ねた。
 どうすればいいか分からなくて、リリーを見上げる。彼女は考える顔をしていた。
「勉強の手助けをしてもらえて、新しい友人が出来るのは少し魅力を感じます。でも先生、私はマグル生まれの魔女です。魔法界に知り合いなんていません」
 堂々とした話し方だけど、声には少し不安が見えた。スラグホーンはリリーをまじまじと見て、顔中に笑みを広げた。一気に活力が戻ってきたようだった。
「なに、なに、心配することはないよエヴァンズ! スラグ・クラブの理念は才能ある魔法使いを支援し、またお互いに協力し合ってお互いを高める友人を作ることにある。ここで築いた友情は血も寮も年齢も関係ない。卒業後も連絡を取り合い、親しくしている者も多いのだよ」
 スラグホーンはニコニコとセツナに笑いかけた。
「在学中はシンディーも所属していた。彼女は魔法薬学と変身術に鋭い才があった。海外に移住して連絡が途絶えてしまっていたが、戻ってきたのを知り手紙を送ると、彼女は私との友情を喜んでくれてね」
「ママと手紙を交わしているんですか?」
「ああ。この前も手紙に書いてあったよ。娘のセツナはシンディーより強くて勇敢な心を持っているが、それでもまだ幼く、純粋で傷つきやすくて、砂糖菓子よりも脆くてか弱いから仕事も手につかないほど心配だと……」
「マ、ママ……」
 口から呻き声が漏れる。顔から火が出そうになって、セツナは手のひらで顔を覆った。手紙と言ってることが違う! スラグホーン先生に変なことを言うなんて!

 迷う素振りを見せるリリーに「今すぐ決める必要はないのだよ」と優しく諭すように言った。
「来週末、私の私室で小さなパーティーを開く予定だ。パーティーと言っても軽く食事をしながら語り合う程度のものだから、一度来てみれば良い」
「いいんですか?」
「もちろんだとも。ふたりに後で招待状を送らせてもらおう」

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