3

 次の授業では小テストが行われるので、4人は図書室に向かった。参考書を借りるためだ。本当は図書室で勉強したいけれど、仲の良い友達といると絶対に喋ってしまう。既に何回かマダム・ピンスにジロジロと睨まれていた。
「魔法薬学って苦手!スネイプはムカつくし!」
 憤慨してレニが小声で叫んだ。彼女は反射的にかの教授のことを睨んでしまうので、毎回ネチネチチクチクと刺されている。
 今探しているのは「生ける屍の水薬」についての書籍だった。一応教科書には載っているが、その魔法薬は高学年レベルのものだ。
 スネイプ教授も、さすがにそれを1年生に調合させはしない。今回は実践でなく論理を試す小テストだ。しかしそれでも充分に難易度は高い。

「諸君のトロール並の頭脳には何も期待をかけてはいないが、少しでも物を考えられる輩であるならば、魔法薬における論理の重要性についてごく僅かに理解を示すことが出来るであろう。最も、脳味噌が詰まっているのが前提の話ではあるが」

 スネイプ教授は「気分が向上する薬」から青色の煙をモクモクと漂わせているレニの鍋を、死んだカエルを見るような目で見つめながら、ゆっくりと囁くように言った。その薬は、正しく調合できていれば淡い黄色の煙が出るはずだった。

「あいつが重要な場面でいちいち邪魔して来なかったら、私だって完璧に調合できたのよ!」
 それがレニの言い分だった。秀才のジェイミーはどうだかね、と肩をすくめてサッサとマダムのところに手続きに行ってしまった。
 機嫌の悪いレニを苦笑いで眺めつつ本を探す。上級生が言っていた『魔法薬百選』、『上級魔法薬〜初心者入門〜』、『毒と薬』などはすっかり借りられてしまっている。

 本を探して3年生向けの本棚の方にも足を運ぶと、中央にある紋様に刻まれたテーブルに、真剣な顔のディゴリーが座っているのを見つけた。昼間でもどこか重厚な薄暗さがある図書館を、アンティークなミニランプが照らしている。
 ユーニスは振り返り、レニやグレンダが違う本棚を探しているのを確かめた。
「魔法薬の予習?」
「……ん、やあベル。今スネイプ教授のテストに備えてたところ。あとは魔法史のレポートだよ」
「魔法史のレポート?提出はあと2週間も先じゃない!」
 驚いて少し声が大きくなってしまい、慌てて小声になる。
「まさか他の課題はもう終えてるの?」
「うーん、大体は。僕って慌てると色んなことが上手くいかないから」
「何言ってるのよ、あなたが本番にこそ強いってみんな知ってるわ」

 ユーニスが言っているのは飛行術の授業の事だった。先週の授業で、エグバート・バートリーが友人とふざけ合って飛び回り、思わず箒から落ちそうになった際に、ディゴリーは素早く近づいて支えてあげたのだ。
 誰もが「あっ!」と叫んで動けなかった中、ディゴリーだけがするべきことを成した。
 マダム・フーチはバートリーから10点減点し、ディゴリーに20点の加点を与えた。前からディゴリーは人に好かれていたが、最近は彼に向けられる視線に尊敬や憧れが含まれることが少しずつ増えていた。
 来年ディゴリーがクィディッチチームに入るのは確定的だったし、上級生たちも彼の飛行術に期待をかけている。
 
 ディゴリーは照れくさそうに苦笑いした。その顔にドキっとする。あまり嬉しそうな顔には見えない。なにか失礼なことを言ってしまった?彼は褒められるのが苦手なのかしら……。
「何の本を借りるの?」
「あっ。ええ、それが迷っていて。先輩がたに勧められた本はもうなかったの」
「『魔法薬百選』と『マーク・ネス流魔法薬術』の本なら僕が借りてるから、今日の夜にでも貸そうか?」
「いいの?でもあなたが借りてるのにいいのかな」
「それもそうか。それじゃあ今夜、僕たち談話室で勉強してるから、ベルもおいで。一緒に勉強しようよ」
「ええっ」
 ユーニスはぺちん!と自分の口を覆った。
 ディゴリーがふふ、と柔らかく笑った。
「また口を抑えてるね」
 確かにそうだった。彼の前でこの仕草をするのは二度目だった。癖なのかな、とディゴリーはクスクス笑っている。
 別に癖ではなかったけれども、癖になりそうだとユーニスは思った。
 だって彼と話していると、口から何度も心臓がまろび出そうになるんだもの。
 そんなことを思いながら、彼の細くなった瞳を見つめていた。

*

 ディゴリーと約束を取り付けた喜びでフワフワ浮き足立ったまま図書館を出ると、含み笑いをしているレニが立っていた。
「ウッ!」
 彼女の顔を見た瞬間、夢見る気持ちは吹っ飛んで行った。
「見たわよ!」
 腰に手を当てて仁王立ちし、新しいおもちゃを見つけたように顔を輝かせるレニに、即座に踵を返そうとしたけれど、すぐ後ろからグレンダが抱きついて、ユーニスは動けなくなってしまった。
「逃がさないよ〜?」
 面白がるふたりに抱えられ引き摺られていく。

「じっくり腰を据える必要があるわ」
 大股でワクワクと歩くレニにすっかりげんなりしてユーニスは頷く。こうなったレニは誰にも止められない。レニはたびたび猪に例えられる女の子だった。
「夜は予定があるの。だから今からティータイムにしましょう」
「あら、ノリがいいじゃない」
「諦めたの。その代わりレニ、あなたの事も逃がさないわ。あなたが毎朝フクロウをそわそわ見ていること、まさかバレてないなんて思っていないよね?」
 死なばもろとも。
 ふふん、と笑ってみせるとレニは頬を引き攣らせた。下手を打ったかしら……とブツブツ言っているが、手を緩めることはない。
 共倒れしてでも恋バナをしたいらしい。気持ちは分かる。ティーンの女の子だし、ユーニスは特に普段が落ち着いているから、周りは彼女の恋が気になってしまうのだろう。

 のんびりとグレンダが言った。
「ミッディ・ティーブレイクなら、スイーツは欠かせないよね〜?」
「そうね」
 同意を得た途端グレンダが突然機敏になって、3人は素晴らしいティータイムを過ごすために下準備を始め出した。

「クロスを敷いて、ティーセットを並べておくわ。ジェイミーはどうせ部屋にいるでしょうし」
 レニと地下一階の廊下で別れ、グレンダとユーニスは手を繋いで歩いた。少し歩くと額縁で飾られた見事なフルーツの絵画がある。その絵画の瑞々しい梨を指先で柔らかく撫でると、どこからが忍び笑いが響き、梨がフルフルと震えた。
 洋梨がドアノックに変わる。
 中に入ると、拳ほどの目玉が数百個、ぎょろぎょろふたりを見つめ、キャアキャア甲高い声でいっせいにやかましくなった。
「ようこそいらっしゃいました、お嬢様がた!」「なにか御用ですか?」「わたくしはお嬢様のお願いをお聞きになります!なんでもわたくしはお出来になります!」
 最初の頃はこの生き物に心底圧倒され、大きすぎる瞳やガリガリの手足、ボロ布などに少し引いてしまったが、今はもうすっかりこの生き物が好きになっていた。
 ハウスエルフ。労働を至上とする勤勉な魔法生物たちは、とても優しくて献身的だった。

 グレンダがスコーンやショコラ、ジャファケーキ、ショートブレッドなどを籠いっぱいに頼んでいると、うじゃうじゃいたハウスエルフが次々と端に避けていった。奥の方からチラチラと燃えるような赤毛が見えた。

「誰が来たんだ?」「ハッフルパフの奴?」「やばいな、ジョージ」「ああ、フレッド」「とりあえず、友好的にご挨拶しなくっちゃ」「そうそう、何も言いたくなくなるくらい仲良くならなくっちゃ」

 交互に不穏なことを口走りながら、グリフィンドール1年生の中でももっとも有名な……悪名高い……双子がやってきた。
 ユーニスと双子は同じ顔で言った。
「なんでここにいるの!?」
「なんでここにいるんだ!?」

「こっちのセリフだぜ!君、見たことある!」
「リリアナ・ベルの魔法道具店!ホグワーツの生徒だったのか」
「しかもハッフルパフ」
「まさかあの革新的なグッズを生み出すリリアナの親戚がハッフルパフとはね」
「世の中分からないな」
「ああ、全くだ」

「ねえ!」
 双子の会話に何とか口を挟む。このふたりは自己完結がすぎる。
「あなたたち、何でここに?ハッフルパフの生徒にしか伝統的に受け継がれないはずなのに?」
 目配せし合い、双子は完璧な左右対称で唇を釣り上げ、ウインクをした。
「偉大なる先駆者の残した叡智である」
「先達たちに対して敬意を表する。敬礼!」
「敬礼!」
 双子は改まって手のひらを額に添えた。マグルのイギリス軍の敬礼だった。なんで知ってるのかと質問を投げる間もなく、ユーニスは双子に取り囲まれた。
「なあ、親友?」
「し、親友?」
「そうだろう?俺たちは休暇の時あんなにも楽しく会話に興じたじゃないか」
「あれは店員として……」
「悲しいな。表面上の付き合いでしかないって言うのか?」
「無念だ。俺たちは君にこんなにも親しみを感じているというのに」
「そうそう。君の勧めてくれたジョークグッズでフィルチの奴をもう10回は愉快な目に合わせてやったさ」
「走れなくしたり、全身苔まみれにしたり……スモッグ・ボールシリーズには毎回助かってるよ」

 以前買った魔法具を、十二分に活用しているらしい。ユーニスは半目になりながら、ふたりを遮った。
「わかったわ!今後ともぜひご贔屓に!まったく、キッチンにいることを黙ってればいいんでしょう。貸しだからね」
「ヒュウ!」
「さすがリリアナの親戚は話が分かるな」
「頼んだぜ、親友」
「あなたたちってなんて調子がいいの」
 ユーニスは呆れ返って責める気持ちも湧き上がらない。むしろ面白くなってきた。
「親友の名前も知らないのは大層ご不便でしょうから教えて差し上げますけれど、わたしはユーニスって言うの。ユーニス・ベルよ」
「ユーニス!覚えたぜ。知ってると思うけど、俺はグレッド」
「俺はフォージさ!いい名前だろ?」
「よろしくな、親友!」
 ジョージ・ウィーズリーとフレッド・ウィーズリーはそれぞれユーニスの背中を軽く叩いてドアの向こうに消えていった。嵐みたいな人たちだわ。結局、最後までおちょくられたし。

「ウィーズリーたちと知り合いだったの〜?とっても仲が良さそうだった」
「叔母のお店に来た時少し話しただけ」
「そうなんだ〜?」
 遠くから様子を伺っていたグレンダは、ただの知り合いには見えなかったよ〜?と、からかいの色を含んだ声を漏らした。
「このあとのティータイムが楽しみだね〜」
 温厚なユーニスと言えど、わずかに唇が突き出るのを抑えることが出来なかった。今日はメインターゲットにされ、からかわれまくるのが確定してしまったからだ。

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