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 思いもしなかった幸せなクリスマスを過ごしたあと、残り3週間の休暇は魔法界で過ごすことになっていた。
 彼女の両親はマグルだけれど、叔母さんは魔法使いなのだ。

「あ〜ん、ユーニス!いらっしゃ〜い」
 お邪魔します、の「お」の字を言う前に、ユーニスの視界は真っ暗になり、顔には豊満な胸が押し付けられていた。
 ブロンドの巻き毛が美しく、肌には張りがあり、三十路半ばには全く見えない、言動までが若々しいこの魔女がユーニスの叔母であるリリアナ・ベルだ。

「叔母さん、ひさしぶり」
「辞めてよ〜その呼び方。何回も言ってるのに」
「分かったよ、リリアナ」
 苦笑いして言い直せば、彼女は嬉しそうに微笑む。少女のユーニスでも思わずドキッと声を失うような美貌。
「明日からお店を再開させるわ。お願いね、ユーニス」
「うん!」

 彼女はダイアゴン横丁にお店を構えていた。「リリアナ・ベルの魔法道具店」には、中古のガラクタみたいな魔法具やら、アンティークな革表紙の本やら、真鍮や水晶のカップや、かと思えばリリアナが手ずから作った魔法薬や魔法具が置いてある。
 ごちゃごちゃとしているのに雑然とした印象は受けない。
 店内は深い飴色と金色で統一され、壁やテーブル、棚、床に至るまで、一定の規則性を持つように、色とりどりの品物が踊るように並んでいる。
 入学前もしばらくリリアナのお店を手伝ったけれど、とても楽しかった。

 店の2階は居住スペースと作業室になっていて、リリアナが引っ込んだのを見て、ユーニスもとことこついて行く。
「何か作るの?」
「クリスマスカードと、酔い覚まし用の魔法薬、それからジョークグッズにアクセサリー」
「沢山作るんだね」
「あとは仕上げの段階だけれどね。どうして今の時期これを作るかわかる?」
「えっと、カードはお返事用?酔い覚ましは、隣のパブに卸すため?ジョークグッズとかは……」
「休暇中は魔法族の子どもだけじゃなく、学生もダイアゴン横丁にたくさん遊びに来るのよ」
「へ〜」

 作業室は大鍋が中央にあって、小さなテーブルがあちこちに置いてある。棚の中にはヴェネチアングラスのような、美しい小瓶がたくさん並べてあった。
「前の続きしてもいい?」
「好きにしていいわよ。鍋と香水は触らないでね」
「はーい」
 ユーニスは途端に嬉しそうな顔つきになって壁際に近づいた。ガーランド風にドライフラワーが吊るされ、窓のそばの木棚にはガラスボトルやハーバリウムが光を透かしている。
 これはホグワーツに入る前にユーニスが作っておいたものだった。

 壁のドライフラワーに柔らかく触れると、水気が完全に飛び、カサリと音を立てる。
「上手くできてる」
 思わず軽い笑みを零し、次の作業に移っていく。
 まずは簡単なものから。ドライフラワーのいくつかを選び、花を切り取る。マグル界でユーニスが育てたラベンダーと紫陽花、リリアナが育てたエゲレ草。それをディーピー布のオーガンジーで包み、同じくディーピーの糸で縫い合わせていく。
「スヴィルマ」
 呪文を唱えると、針がするすると正確に布を縫い留め始める。これは生活魔法に分類される基本的な呪文の1つだ。

 休暇中は魔法の使用は規制されていたが、近くに大人の魔法使いがいる場合、魔法省は匂いを追えなくなる。これはリリアナ叔母さんに教えてもらった、悪い大人の知恵だった。
 ダイアゴン横丁は数えるのもバカバカしくなるくらい魔法使いばっかりだ。

 こうしていくつかのサシェを作り、リリアナに癒しやリラックス、勇気が出る呪文など、精神に影響を与える魔法をかけてもらうことで完成になる。
 リリアナに見せると、彼女は端から端までジロジロ舐め回すように見て、その顔が屈託のないいつもの顔と違い、とても真剣な目をしているから、緊張しながらユーニスは言葉を待つ。
 彼女がにっこりと笑った。
「まあ、このくらいならギリギリお店に出してもいいわね」
「ほんとう!?」
「ギリギリよ?値段は安くしなきゃいけないからね」
「うん、うん!」
 ユーニスは嬉しくって飛び跳ねた。リリアナの目は厳しくて、入学前は店に出すどころか、正しい花の乾燥のさせ方、ズレのない縫い方、美しい水気の飛ばし方など、基礎をみっちりみっちりと叩き込まれ、作ったサシェは結局ユーニスがすべて持つことになった。
 けれど、その叔母から合格点がもらえたのだ。
 その嬉しさは言葉に言い表しがたかった。

「縫い方が随分綺麗になってたわね。花の扱い方も」
「ホグワーツでも練習してたの。花も、薬草学の先生のお手伝いをしてるのよ」
「あら、努力家なのね」
 小馬鹿にするような響きだったが、投げかけられる視線は優しくてくすぐったい。明日、店を開けるのがとってもワクワクする。

*

 クリスマス休暇も終わりに近付いている。
 ユーニスが作ったサシェは主に女性客になかなか良い売れ行きを見せている。5シックルという安値の上、見た目も可愛いから、手軽に買えるのだ。
 ドライフラワーでアロマキャンドルやハーバリウム、石鹸なども新たに作り、それも徐々にだけれど、手に取ってもらえることが増えている。

 自分が作ったものが、誰かに価値を感じてもらい、笑顔で買っていってもらえるのは、心の柔らかい部分を抱きしめられたみたいな気持ちになる。

 冬の夕方は陽の光が赤々としている。眩しい輝きとともに鈍いベルが鳴り、店番をしていたユーニスは面(おもて)を上げた。
「いらっしゃいませ」
 すっかり店員が馴染んだユーニス。内装と同じ、深いダークブラウンと金縁のローブを、制服のようにまとっている。内側はベヒモスの毛皮が使われていて、ふわもこと暖かい。
 入店してきたのは2人の少年だった。ユーニスはおや、と眉毛をあげる。好奇心でいっぱいの顔をした赤毛の双子たちは学年の有名人だ。
 少年は店内をキョロキョロしてウィーズリーの双子はユーニスに話しかけてきた。
「リリアナは?」
「今日はいないのか?」
「店長でしたら、奥で作業をしていますが、お呼びしますか?」
「あー、いいやいいや。それより君、去年もいた?」
「初めて見たな。店員を雇ったにしては、小さいけど」
 その様子を見るに、2人は常連らしい。4つの赤い瞳に、くりくりくりくり見つめられ、ちょっと居心地が悪く、言うほど小さくないもの、と内心唇を尖らせる。双子は背が高かった。
 ユーニスのことなんかちっとも同級生だと気付く様子もなく、ジロジロと無遠慮に眺めてくる。ハッフルパフはただでさえ地味だし、ユーニスも目立つ方ではない。それに今はほっとする。
「店長の親せきなんです。それで、ちょっとだけお手伝いを」
「へーっ。こんな愉快な店を手伝えるなんていいな」
「すげえ楽しそうだ」
「そうですね。面白いものがいっぱい置いてありますし」
「だよな〜。そうだ、新しいジョークグッズはある?」

 このウィーズリーの双子は、入学して1週間でフィルチに3回捕まり、マクゴナガル教授に罰則を言い渡された伝説を持っている。

 ユーニスが呆れ返りながら、少しでもマシなのを選ぼうとするけれど、リリアナ叔母さんも大概愉快犯なのでろくなものが無かった。
 双子は大喜びで新作のジョークグッズコーナーを漁っている。
 手に苔がビッシリ生えるヌガー、語尾が全部豚の鳴き声になるブーブーキャンディ、吸うと特殊効果が現れるスモッグ・ボールシリーズ……今回は24時間走れなくなってしまう効果がある……などなど、厄介な道具ををしこたま抱え、双子は満足そうに「これ買った!」と叫んだ。
 しがない店員であるユーニスには止めるすべなどなく、双子は去っていった。
「ママに見つかるとうるさいからな」
「新学期が楽しみだなー、ジョージ!」
「これがあればフィルチを撒くのに苦労しないぞ!」
「使用禁止にされる前に買いためておかないと」
 ウィーズリーたちは悪い笑顔を浮かべながら、ポケットの中どころか、トレーナーのお腹、背中、コートのたくさんのポケット、ブーツの中、手袋の中、靴下の中、ブーツの折り返しの中……あらゆる所に巧妙に魔法具を詰め込んだ。これで、双子は親の目をかいくぐって、どっさりとジョークグッズを入手することに成功してしまったわけだ。
 根が優等生のユーニスはハラハラして、教授たちにごめんなさい……と心の中で謝った。でもほんのちょっぴり、叔母さんの作った魔法具が、ホグワーツを賑やかにするのが楽しみな気持ちもあるのだった。

*

 細枠の木製焼磨きローズトレリスをリリアナに送ってもらい、裏庭へ機嫌よく歩く。さすがに大きくて、ウィンガーディアム・レヴィオーサで浮遊させ、人目をはばかってユーニスは歩いていた。
「こんにちは、ベル。どこか行くの?」
 呼び止められて振り向くと、穏やかな瞳の少年がゆっくりと向かって来た。
「ディゴリー。久しぶりね」
 彼はニコニコしながらトレリスを受け取り、自然な流れで横に並び、「迷惑じゃなかったら僕が持つよ」と微笑んだ。ほんとうに紳士的なひと。
 これが、他の人だったらユーニスは少し困ったけれど、ディゴリーならむしろ、あの温室に呼ぶのは嫌じゃない。むしろちょっとした秘密を打ち明けるようでソワソワする。
 ふたりは歩き出した。
「あのね、とっておきの場所があるのよ」
「それは楽しみだな。教えてもらっていいの?」
「ディゴリーにならもちろん。あなたは口が堅そうだし」
「はは、光栄だな。大丈夫、もちろん黙ってるよ」
 軽くおどけたように言って、ディゴリーがパチンとウインクを飛ばした。ユーニスは不意打ちされて、バクン!と心臓が口から飛び出し、慌てて口元を抑えた。
 目を開いて制止したユーニスに、困ったようにディゴリーは頭をかいた。
「何か言ってくれないと恥ずかしいよ……」
「あ、あ、ごめんなさい。い、意外で……」
 なんとか声を絞り出したけれど、てのひらがどくどくして、どもってしまう。ふたりは黙ったまま少しの間、風が庭を駈ける音を聞いていた。

 裏庭をさらに突き進み、木々が立ち並ぶ木陰にある旧い温室を見つけたディゴリーは、目をぱちぱちして中を覗き込んだ。
「こんな場所があったんだ」
「たまたま見つけて」
「こんな奥まではなかなか来ないよ。よく見つけたね」
「花を育てたくて。箒に乗って緑を探検してたの。本当は禁じられた森が良かったけど、怒られてしまうから」
「意外と冒険家なんだね……」
 さきほどまでユーニスを支配していた照れと緊張は鳴りを潜め、今度はどもることなくスムーズに会話することが出来た。

「どうぞ、ディゴリー」
 彼は物珍しげにキョロキョロしながら、壁の葉にそっと触れたり、ソファを確かめたりしていた。
「外観ほど旧くないんだ。むしろ居心地がいい。埃も全然溜まっていないし」
 ソファに座って柔らかさを楽しみ、ディゴリーは笑顔を向けた。後ろの窓から葉や花を透かして、彼の柔らかい髪の毛に光がチラチラと弾けている。

 大好きな場所にディゴリーが完璧に馴染んでいて、不思議な感覚になった。自分だけの場所がふたりのものになった。
 上手く言えないけれど、世界にふたりっきりみたいな気持ちだ。

 ローズトレリスを受け取って、ドミナ・ドーヌムの誘引に取り掛かる。ドミナは蔓がすくすくと伸びて、すっかりユーニスの胸あたりまで育っていた。
 興味を惹かれたディゴリーが傍に立った。
「葉がつやつやして綺麗だね」
「ありがとう。ドミナ・ドーヌムっていう魔法植物なの。スプラウト教授がくれたのよ」
「薬草を育ててるの!?すごいじゃないか」
「そんなことないわ。この花は育てやすいし……」
 僅かに俯いて、ドミナ・ドーヌムを剪定して行く。しばらくじっと作業を眺めていたディゴリーが、話しながら、枝をより分けたり、近付けたり、ユーニスが切りやすいように誘導してくれる。
 ユーニスは感心しきってしまった。
 どうして彼は、ほんの少し見ただけで、こんなにも素晴らしく色んなことを出来るんだろう。才能があるのか、審美眼が確かなのか、そのどちらかもしれない。

 ディゴリーが手伝ってくれたおかげで作業は捗った。
 ドミナ・ドーヌムは数週間でユーニスが思っていた3倍は早く成長していた。魔力肥料を埋めていったにしてもあまりにも育ちが早く、マグルの植物との明確な差異を感じさせられる。
 鋏で切り落としにくい時はサッと手を差し出してくれて、うんうん唸っていた枝を、軽々とパチンと切ってしまったディゴリーに、男の子ってすごい……と少しふわふわした気持ちにもなった。

 木組みのトレリスを立てかけ、次は枝を纏めていく作業に移る。ドミナ・ドーヌムは鉄で育てると腐蝕して死んでしまう。

 少し下がって杖を取りだしたユーニスを、彼女の視界から外れそっと見守るディゴリー。集中しづらいだろうと言う気遣いを自然にできる彼にありがたく思いながら、緊張して杖を構える。同時に魔力伝導性の高いロープを取り出してトレリスにかけておく。
 リリアナのお店で練習はしていたけれど、ディゴリーが見ていると思うとジワジワ手汗が滲んだ。
 失敗したらすっごくすっごく恥ずかしいわ。
 フーーっと深く、ひそやかに息を吐いて、杖をぎゅっと握り直す。
「インカーセラス」
 ロープがピョンッ!と跳ねた。のろのろとトレリスにかかったままうねり、やがて動きが止まった。
 失敗した。カーーっと胃のあたりから顔まで熱が駆け上って来た。

「惜しかったね!縛り呪文をもうここまで扱えるなんてすごいよ」
 フォローしてくれたのは嬉しかったけれど、ユーニスはさらに俯いてモゴモゴ言った。
「練習した時は成功したの。もう一度やるわ……もう一度……」
 ブツブツ言う彼女を心配そうに見ながらもディゴリーは下がった。ユーニスはもう一度息をついた。ディゴリーのことを考えちゃダメ。考えちゃダメ……。

 リリアナ叔母さんの言葉が耳に蘇る。
 ロープをどんな風に動かしたいのか明確にイメージして……自分の中心から腕へ、腕から杖の先端、そして空中を伝ってロープに意志を伝えるビジョンよ……。
 よし。
 ユーニスは前を向いた。
「インカーセラス!」
 少し声が震えてしまった。しかし体内を巡るなにかがスルスルと手のひらをすり抜けていったのが分かった。
 ロープが空中に浮かび、ローズトレリスとドミナ・ドーヌムの枝をギッチリと結びつけた。

「成功だ!」「成功だわ!」
 ユーニスとディゴリーは同時に叫んで顔を見合わせた。
「やったね。すごいよ、見事な呪文だった」
「最初失敗したけれどね」
「充分な成果だよ。君は才能ある魔女だ」
「そんな、そんな……。才能なんて。ずーっとこれを練習してただけなの」
 本心だった。謙遜でなく、ユーニスは本心から己を才能がないから、ひたすら頑張るしか出来ない類の人間だとわかっていた。
 ディゴリーは一瞬口を噤んで、何も言えないようだった。
「どうかした?」
 戸惑うユーニスにディゴリーは軽く頭を振り、穏やかに笑った。
「なんでもないんだ。努力家だね、ベル」
 何故かディゴリーの瞳は眩しそうで、前よりずっと親しげで、そんなディゴリーのことをユーニスも眩しそうに見上げた。

「また、ここに来てもいいかな」
「うん。ディゴリーなら」
 こくん、と頷く。
 ディゴリーなら。その言葉は何故か、キャンディを転がしているように、ユーニスにほのかな甘みを感じさせた。

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