追憶
そこに僕らはいたはずなのに

 次の週末に瀬呂は固城刹那と会うことになっていた。
 土曜日が近づくにつれ、ソワソワソワソワ落ち着かなくなっていく。
 たまにボーッとしてしまうこともあって、上鳴や峰田から「なんか変な感じがする」「裏切り者の匂いがする」「裏切りってなんのだよ」「わかんねえけどオイラの勘が告げてる」と、じとーーっと睨まれ、変な汗をかきながら誤魔化したのは記憶に新しい。無駄に変なところで勘が良いから困る。
 どんだけ飢えてんだよ。
 と思いつつ、雄英ヒーロー科で飢えてない男子などいない。学業も訓練もヒーロー活動も忙しすぎて日常に恋愛的な潤いが入り込む余地がなさすぎるのだ。
 校内恋愛なら出来るかもしれないけど、ヒーロー科は嫌われ者っつーか浮いてるし、普通科から編入してきた心操が他科からの人気をかっさらいやがったので、モテとは遠かった。
 ヒーロー科の女子は可愛い子も多いけど癖も強くて、恋愛に発展したという話はあまり聞かない。
 こっそり彼女がいるやつもいるかもしれないが……瀬呂の知る限りではいなかった。

 中学の頃は彼女がいたし、一応童貞も脱してはいるが(峰田にはぜってー言えねえ)、そんなに恋愛経験があるわけではない。
 雄英に入ってから何回か告白されたりデートめいたことをしたこともあったけれど、結局付き合うには至らなかった。
 だからひさびさの女子とのお出かけ……つまりデート……に瀬呂はめちゃくちゃソワソワしてしまっていたのだ。

 付き合いたいだとか恋だとか、そんな直結した思考をするほど純真な男ではないから、付き合うのはマジでねーな、と思いつつも、なんとなく色々気になる。
 あれから何回かトークのやりとりは交わした。
 たまに使う可愛い絵文字とかスタンプは芦戸っぽいけど、文面はわりと簡素で、ダラダラ会話を続けるわけじゃないから話しやすいと思った。
 押しが強くて口が悪い彼女っぽくない。
 お礼だからお店はわたしが選ぶよ、と言っていた彼女だったが、瀬呂も何かしら予定の準備をした方がいいだろうか。
 飯食って解散?
 時間余るだろうから周辺の店探しとくか?
 集合場所の縁渡吾(えんどあ)駅は雄英の最寄りから電車で15分ほどの場所だ。少し離れてて良かった。身内に見られたら恥ずかしすぎる。一応駅周辺のカラオケやボーリングなどの場所もチェックしておく。

「あーーー」
 考えるのがめんどくさくなって、長い手足を放り出してぽふんとベッドに横になる。
 やめだ、やめ。
 大体、デートじゃないし、恋愛にうつつ抜かす暇なんてないし、仮に恋愛するとしてもあの固城刹那はマジでない。泥沼になるの分かりきってるもんよ。
 瀬呂は頭からむりやり追い出した。



 当日の朝、選んだ服を着て洗面所の前でチラチラ眺める。
 緩い白Tにブラックのサルエル履いて、エスニック柄のベストを着た瀬呂は落ち着かなげに鏡を眺めるが、胸から上までしか映らない。
 いや、別にそんな気にする必要も……この格好も変じゃねーはずだし……女子ウケとかはわかんねーけど一応ファッションとかはこだわる方だし……トレンドもチェックしてるし……。
 自分の顔がちょっと強ばっているのが映って少しうんざりする。
 どんだけ思春期なの、俺。

 諦めも重要だと、ミニショルダーを胸の前にかけて洗面所を出る。カバンはあまり持ち歩かないが、サルエルだと財布入れたポケットのシルエットがクソダサくなってしまう。1階の共有スペースには上鳴や芦戸たちがソファでダラダラしていた。
 ウッ……。嫌な面子……。
 そそくさとエントランスに向かうが上鳴が目ざとくそれに気付いた。
「んあ?どっか行くん?」
 ギクッと身体を強ばらせ、動揺を悟られない笑みを浮かべて瀬呂は「おー。ちょっと出てくる」と片手をあげる。
 けっこう外食とかカフェ巡りとか古着屋巡りとか一人映画とか好きだから、誤魔化されてくれるはず。
「へー。てらー」
「おー」
 ヨシッ。
 と思ったのもつかの間。芦戸が「なんかいつもよりオシャレだね〜」と余計なことを言い出した。いやいや別にいつもの変わんねーよ。上鳴も「んー?そうか?」と首を傾げている。そのままどんどん援護して欲しい。

「いつもはもっとシンプルな感じじゃない?今日は小物とか使っててオッシャレ!その格好好き!」
「サンキュ」
 女子に褒められてホッとする。嬉しい気持ちと余計なこと言うなの気持ちで複雑だ。
「言われてみれば……?ん?んん……?」
 やばい、上鳴が何かに気付きそうだ。
「中学のダチと飯食いに行くんだよ」
「そうなんだ〜」
 芦戸も上鳴も興味を失ってくれた。ふう。瀬呂は無駄に変な汗をかいてハイツアライアンスを後にした。

 待ち合わせの10分前に到着する。目印の像にはまだそれらしい人影がいない。寄りかかってスマホをポチポチいじる。
 女子を待つ時間って最初は楽しいと思う。どんな格好してくんのかなとか。何話せばいいんだろとか。気まずさと緊張がアクセントになって気持ちを高めるんだろうな。
 瀬呂くんは思春期だし、刹那ちゃんはめちゃくちゃにタイプだったので、自分がコロっといっちゃわないように瀬呂はなるたけ冷静になろうと理論武装していた。
 つっても、浮かれまくっているわけじゃない。
 器用でサポートが上手く空気も読める男瀬呂は常に俯瞰的、あるいは冷めた視点も持ち合わせる男だ。

 ピコン。通知が鳴る。
『もうすぐ着きます』
『了解〜』

 返事をして首の後ろを意味もなく擦る。グ。いややっぱりキンチョーはちょっとする。
 あーゆー女の子女の子したタイプは周りにいないから。

 5分ほどすると「お待たせ〜」と刹那が手を振りながら歩いてきた。
 うっすいピラピラのシャツ……シアーインナー?にふわっとしたプリーツワンピースを着ている刹那は清楚でオシャレなお嬢様のようだった。髪の毛がくるくるふわふわしていて風に揺れる。
 うわーー……。可愛い。めちゃくちゃ可愛くてめちゃくちゃあざといなこいつ。瀬呂は見蕩れながら思う。
「待った?」
「全然。5分くらい前に着いたとこ」
「なら良かった。お店はこっちだよ」
 彼女の後を着いていく。
 隣の彼女は下手をすれば手が触れそうな距離にいて、その近さに少し戸惑う。A組の女子も大概距離が近い。女子ってみんなそんなもんだっけ?
「ごめんねーわざわざ時間取ってもらっちゃって」
「俺こそなんか親切の押し売りみてえになった感あるわ」
「えー、それはヒーローの本質でしょ」
「おお……」
 本当にヒーロー志望なんだな。と少しびっくりした。セフレとか街中で修羅場とか、出会いが出会いだっただけに意外だ。

「なんか失礼なこと考えてない?」
「うえ!?ハハハ……いやーそんなそんな……」
「いいけどね。ヤバいところ見られちゃったし」
「自覚はあるんですね……」
「しょうがなかったの!あれは」
 心の中の「何が?」という声が危うく口からまろびでそうになったが、瀬呂くんは賢いので口に出す前に黙った。聡いわりに少し無神経というかデリカシーがない面があるが、以前耳郎に殴られてからちょっと気を付けているのだ。
「でもほんとにありがとうね」
「どういたしまして。でもヒーロー目指してるなら、俺が手出す意味なかったかな。1人でも対処出来た?」
「あんな奴どうにでも出来るけど、同じ学校だから。"個性"使うとチクられちゃう」
「あー。正当防衛は?」
「いけると思うけどめんどくさい。あんなんのために反省文とか話し合いとか。だから穏便に終わって良かった」

 穏便だったか?
 固城さんの中では穏便だったのかもしれない。
「そいやあの後……聞いていいのか分かんないけど、相手すげえ怒ってただろ?大丈夫だったの?」
「うん。とりあえず彼女にチクって彼女のご両親にチクってあいつのご両親にもチクって先生にもチクって、これ以上しつこくすると場合によっては警察に相談するって言ったら大人しくなったよ」
「エ、エグ……」
「まだ全然足りないくらいだよ!」
 刹那はプリプリ怒った。

 瀬呂は彼女を前にするとドギマギしてしゃべれなくなんじゃねえかなーとちょっと心配だったが、全然そんなことは無かった。たしかにすごく可愛いしコロコロ変わる表情は見てて飽きないけど、彼女がひとりでずっとベラベラ喋っているからか、驚くほど話しやすい。
 この空気感は芦戸や葉隠に似ていた。
 女の子らしいのに隣にいて楽な空気感というか。

「このお店だよー」
「おお。雰囲気ある」
 木造の小屋のようなカフェだった。テラスは植物が豊富でカジュアルな庭園のような趣がある。
「予約してた固城です」
 案内されたのは庭が見える窓際の席で、店内は鳥の声や川の流れの落ち着いた自然の音が流れていた。店の中は静かで、話し声が適度に響いている。
「めちゃくちゃいいじゃん」
「でしょー?お店回るの好きって言ってたからいい感じのとこ探したの」
「1人でも全然来れそう」
 メニューを広げて瀬呂はさらにテンションが上がった。
「野菜のせいろ蒸し?鍋に穀米のお茶漬け……うわ、美味そう!」
「……気に入った?」
「すげえ!」
「良かった」
 刹那はホッと表情を緩めた。瀬呂の反応を意外と気にしていたらしく、胸を撫で下ろす姿がしおらしく映る。

「けっこう迷ったんだよー。好きな物は健康そうな食べ物とか言うからさー。抽象的すぎて全然わかんねーと思って、納豆くらいしか思いつかないよーとか」
「お、おう……」
 こいつ全部言うじゃん。何もかも全部言うじゃん。自分でも言ってから伝わんなくね?と思ったことをズバズバ言われて、少し言葉に困るが嫌な気分にはならなかった。
「お前全部言うじゃん」
 瀬呂も刹那につられてペロッと口を滑らせる。
「あ、ごめんごめん。思ったこと全部言っちゃうのわたし」
 軽い謝罪とあっけらかんとした口ぶりに、クク、と瀬呂は喉を鳴らした。
「いや、いいよ。その方がラク」
「だよね〜」
 もう緊張とか微塵もなく、中学のダチだったっけ?という気分になっていた。

「てか何か固城さんの性格よくわかんねー。最初はやべえ奴だと思ったのに、その後は大人しい女子っぽくて、でも今はマジで話しやすいし。あと口がちょっと悪い」
「わたし口めちゃくちゃ悪いよ。いつもは猫被ってるからね」
「猫被ってんだ」
「中身が中身だからね」
「あー……」
「納得すんな!(笑)」
「なんで俺には被んねーの?」
「あれ見られてるのに被っても意味無くない?」
「そりゃそうだ」
「そうなんですよ」
「そうなんですね〜」
 なるほど。猫被られなくて良かった。てか本性知っててよかったマジで。
 普通の可愛くて清楚で大人しい女の子の態度で来られたら騙されていた可能性が高すぎる。人を見る目はわりかしあると思うけど、男ってのは女の子にはフィルターがかかるもんだからな。

「ここね、自然食カフェって言うんだって。野菜も群馬の農家から直入してるから新鮮ってサイトに書いてあった」
「へー。わざわざそんなん調べてくれたの?」
「まーね。お礼だから」
「マメなのね」
「まさかまさか。普段はしないよ〜」
 メニューから顔を上げて刹那はニコッと笑った。
 ここでそんなんするのかよ!
 副音声で「瀬呂くんだからだよ」と伝わってきた気がして、不意打ちをくらってしまった瀬呂は、こいつマジでこええ〜……とおののく。

 刹那はまるで気にした様子もなく「メニュー決めた?」と流れるように店員を呼んだ。返事をする前に店員を呼ぶな。

 食事は存外静かだった。ものを食べる合間にポツポツ、ポツポツ会話を交わす程度で、普段の学食や寮での食事、爆豪たちとチェーン店でだべる時とは全然違う食事風景。
 窓から揺れる木々を眺めながら、柔らかな陽光や造池の水面、白い丸石など、いつもなら気にも止めないことに目がいく。
 刹那は小さい口でちょこちょこ箸を運んでいた。
 白い歯並びや綺麗な箸の持ち方や、伸びた背筋は八百万の姿を思い起こさせる。
 非日常的なのに懐かしく落ち着くような雰囲気。

 話す内容も、雄英のカリキュラムだとか、訓練内容だとか、お互いの"個性"だとか、ヒーロー活動のことだとかで、話しやすかった。
 教師陣の話を興味深そうに聞く彼女は、ヒーローが好きなんだと分かりやすく語る瞳をしている。

 お互い食事を終えて、食後の茶を飲み干すと、「そろそろ出よっか」と2人は立ち上がった。
 伝票を彼女が持ったので、「や俺が払うわ」と手を差し出しても、「お礼だから」と取り合ってくれない。
「悪いな」
「気にしないでよ」
 カウンターで刹那が財布を取り出して後ろで待っているのが絶妙に気まずい。ソワソワしていると刹那が笑いながら「外出てて」と声をかけた。バレてら。気を遣われてさらに情けない気分になる。

「今日は付き合ってくれてありがとう」
 縁渡吾駅に向かう道すがら彼女はそんなふうに言った。お礼を言うのはこっちなのに。
「奢ってもらってサンキュな。楽しかった」
「わたしもすごく楽しかった!瀬呂くんすごく話しやすいね」
「言われるわそれ。ナチュラル系男子なのよ瀬呂くん」
「納豆とか好きだしね」
「好きだけどもね?」
 くすくすしながらゆっくり歩く。解散の流れだなこれ。押しが強いのに引き際があっさりしている。解散には少し早すぎるくらいで、なにか物足りない感じがする。
「雄英の話聞けてよかった。また色々教えてもらえたりする?」
「かまわねえよ」
「ありがとう!じゃ、またLINEするね」
「おー」
「次は瀬呂くんが好きなお店行ってみたいな」
「……。へっへっへ、任せなさいって。瀬呂くんのこだわり見せてやろ」
「あは。楽しみにしてる。またね」
 手を振って改札を通る。ホームに行く途中何となく後ろを振り返ると、まだ向こうに刹那が立っていた。振り返った瀬呂にぶんぶん手を振る。瀬呂も軽く手を上げて答える。

 電車に座り、ようやく瀬呂はドデカいため息をついた。
 クッッッッッソ楽しかった…………。

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