ふと、みうごきがとれない

 腰を支えてもらって座敷に戻って、座る時も手を取って甲斐甲斐しくエスコートしてくれる上鳴にとってもいい気分になる。肩が触れそうなくらい近くに彼が座って、たまにスル、と髪を撫でられるのが気持ちいい。ぜんぜん嫌じゃない。触れ方がネチネチしてなくて、躊躇いがなくて穏やかだからかな。
 下心しかないくせに、下心を感じられない触れ方を彼はする。なのにでもやっぱり期待を感じる。そんな程よいドキドキする距離感。
 上鳴電気くん、かあ。
 絶対モテるんだろーな。わかるもんなー。
 レベルの高い男の子が刹那にアピールして来るのは、自己肯定感とか自尊心とか、そういうものがとーっても満たされて気持ちいい。ゾクゾクする。
 ビールを注ごうとしたら、上鳴のおっきくて白くてゴツゴツした手がフワッと刹那のちっちゃい手を包み込んだ。優しく瓶ビールから手を離される。
「もうだいぶ酔ってるっしょ?そろそろ解散ぽいし、お水飲も。な?」
「……ぅん」
 キュッと上唇を尖らせて小さく頷く。飲みたかったなー。でもすごく好感を覚える。
「あは。ヒヨコみてー」
 ポンポン、と慰めるみたいに頭を撫でて、上鳴もわざとらしく自分のほっぺをむにゅっ!と掴む。唇がムッ!と突き出して寄り目をしている。
「ちょっと!そんな変な顔じゃない〜」
「ごめんって」
 軽くグーで肩を押すと、腕が肩に回ってわしゃわしゃわんこみたいに上鳴が頭を撫でる。「きゃー」頭を抑えるようにしてきゃらきゃら楽しそうに笑うと、瀬呂がふたりを見ていた。

 刹那の目がはっきり捉えた。「うわあ……マジかあ……」と彼の口が小さく動くのを。
 ふわふわ笑いながらも、スッと頭の中が冷静になる。
 まあ、やっぱやだよなあ。

「帰るまでに残ってるのぜんぶ食べちゃお〜」
 刹那は上鳴を軽く押して箸を持った。彼がサッと身体を離してくれる。
「ぜんぶ食うの!?」
「むりだけど、その勢いで食べちゃう」
「アハハ、飯食うの好き?」
「うん」
「何食う?」
「いーよお、自分で取る」
 その後は適度な距離を保ってお皿をつついた。社長の『百目鬼』が〆の挨拶をして飲み会が終わる。
「二次会行く人〜?」
 社長や烈怒頼雄斗やその周辺はまだ飲むらしい。数組は2人で帰る人もチラホラいた。刹那はもう眠たかった。上鳴に誘われたら2人でどこか行ってもいいな、と思うけど、瀬呂がビミョーな顔をしていたから迷いどころだった。
 瀬呂には負い目がある。

「トイレ行く」
 荷物を持って立ち上がると上鳴も腰を動かしたので、刹那はそれを制した。
「だいじょーぶだよ。酔い、冷めてきたし」
 真っ赤な顔でとろとろフラフラしている刹那はまったくもって酔いなんか冷めていなかったけれど、心配してくれる上鳴を置いて1人で廊下に出た。
 壁に手をつきながらよたよた歩いた。
 ちょっと具合悪い。でも吐けるほどじゃない。疲れてフー……と息を吐く。

「こけそー。大丈夫かよ」
「んあ?」
 瀬呂が後ろからついてきていた。彼は刹那の横に並んだ。
「上鳴狙ってんの?」
「どーだろー。カッコよくて優しくていいよねえ」
「おう。すげー良い奴なんだよ、あいつ」
「……」

 言いづらそうに瀬呂が頭をかいた。
「お前、あの頃と変わった?」
 確認するみたいな口調だった。だから刹那は思わず自虐的な笑みを浮かべながら首を横に振った。
「んーん。なにも」
「だよなあ。じゃやっぱ、もしもあいつといい感じになっても付き合う気はねーってことだよな」
「うん」
「……うあー。あーのさ、俺がこんなこと言うのもおかしんだけど、」
「うん」
「上鳴ってマジで良い奴で、俺も大事な友達だと思ってるし……だから、ただのセフレにするのは辞めてやってくんねーかな」
「……」
「けっこう恋愛に誠実な奴なんだよ。お前も良い奴だけど、恋愛ってなったらさ……。刹那のセフレになったら上鳴がかわいそーじゃん」
 刹那は反射的に喉がきゅっと締まるような気持ちになった。
 それは痛みに似ていた気がした。眉根がぎゅっと寄ったのを意図的にゆっくり伸ばして、大きく静かに、聞こえないように息を吐いた。
 ヘラッ、と笑う。
「いい子なのは話しててめちゃくちゃ伝わって来た。うん、いいよ。かわいそーだもんねえ」
 瀬呂はホッとしたように笑った。
「やもう大人だから口出すのはどーかと思ったんだけどね」
「友達想いでいいじゃん〜」
「んなんじゃねーけどよ。でも刹那は別に上鳴じゃなくてもいーんだろ?」
「うん」
「そっか……」
 瀬呂の顔が不意に歪んだのに、刹那は気付かなかった。「ハハ……」と微かな笑い声。

「だいじょーぶ。瀬呂くんに免じてバクゴー事務所の子には手出さないでいてあげる」
「マジ?」
「昔のよしみでね。感謝してね〜?」
「おー、感謝感謝。つかいい加減お前も落ち着けよ」
「いーんだよ。わたしは1人で生きてくから」
「……まあ、固城がいいならいいけどね。じゃ、気ぃ付けて帰れよ。お前すげー危なっかしいから」
 瀬呂の手が刹那の頭を軽く撫で、トイレの中に彼が消えていく。懐かしくてドキッとする。

 心の中でバカみたいなことを思った。
 かわいそう、か。
 瀬呂くんはやっぱり、わたしのセフレで辛かった?わたしに牽制して、友達を守るくらい?
「……ぁは」
 答えはわかりきっていた。
「バカみたいだなあ……」
 傷ついてもない。怒ってもない。刹那自身がいちばん自分の残酷さと不誠実さを知っていたから。
 胸がぎゅっと締まる度に、心の中に重みが募っていく。
 疲れたなあ、と思った。


「あ、戻ってきた。大丈夫?」
「ん〜?うん」
「固城さんもう帰るんだろ?」
「うん」
 まだ結構人が残っていた。残った酒を飲んで話している人達がいる。上鳴が薄手のアウターを持って待ってくれていたらしく、刹那が戻ると羽織らせてくれた。
「行こ」
 腰を支えて上鳴にエスコートされながら店を出る。タクシーが何台か止まっていて、その1つに彼が真っ直ぐ向かって行く。
「タクシー呼んどいたよ。住所言える?」
「うん」
「そか。今日は楽しかった」
「わたしも楽しかった。ありがとう」
「気ーつけてね」
 刹那を車に乗せた後、運転手さんにフロントの窓を開けてもらって、上鳴がお金を払ってくれたのが見える。刹那も窓を開けて「ごめんね」とちょこんと顔を出した。
「いーよいーよ。またみんなでご飯行こーな」
「……うん」
「じゃーね」
「ばいばい」

 車が動き出した。上鳴がニカッと笑って手を振っている。刹那も窓から手を出して後ろに流れていく上鳴に手を振った。
 スマートだなあ。
 カッコよくて優しくて嬉しくなる。いい人だなあ。

 絶対2軒目とか、バーとか、カラオケとか……あるいは送っていく名目で家に来られたり、連れて帰られたり、ホテルやネカフェで休憩とか、そういう流れになると思ったのに。
 連絡先も聞かれなかった。
 女として軽く扱われないのが嬉しかった。
 同時に少し誘われたかったな、と思う。行かないけど。わたしマジでめんどくさいな。ほんとに。
 瀬呂が心配するようなことは全くなかったな。
 上鳴が刹那に興味無いわけじゃないと思う。でも、連絡先を聞かれないってことは先を考えてないってことだとも思う。
 女慣れしてそうだったし、地雷女は見抜けるんだろう。

 かわいそう、か。
 うるさいよ。
 瀬呂は刹那を見て「げえっ」と言った。
 刹那にとって瀬呂との過去は懐かしくて、切なくて、たまに記憶の引き出しから取り出しては感傷に浸る思い出だった。
 あの頃を思い出すと罪悪感と切なさと痛みで胸がジリジリ焦げるような気持ちになるけれど、それも含めて大事だった。
 あの頃も今も認められないけど、多分刹那は……瀬呂に恋をしていたから。
 でも、彼と向き合うのが怖くて、その手を離した。今でもきっとそうするだろう。彼との思い出は刹那の中では優しく光っている。
 でも、瀬呂にとってはそうじゃないのだと突き付けられたのは、被害者の瀬呂から加害者の刹那へ直接突き付けられたのは、なんだかすごく…………。


 はあ……。
 チヤホヤされるのは楽しくて大好きなのに、終わったあといつもふと無性に虚しくなる。
 刹那は重くなった心から意識を振り払うように、夜でも煌めく木椰子区のネオンをボーッと眺めながら瞳を閉じた。
 何もかもほんとにめんどくさかった。


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