飴玉みたいに甘くって消えるから

「失礼しまっす。楽しんでるッスか〜?」
 明るい声が上から降ってきた。瓶ビールとグラスを持った金髪の男の子が爽やかにチャラい笑顔を浮かべて、「隣いいっすか?」と笑う。
 チャージズマだ。
 うわー、イケメン!刹那は「どうぞどうぞ〜」と愛想良く笑って右側に少しスペースを開ける。
 右側の男は特にムカついていたので早急にチェンジしたかったのだ。彼の登場は渡りに船だった。
「悪いね、盛り上がってたのに」
「いえ、全然!」
 チャージズマは男に言ったけど刹那が食い気味に答えた。
「おー、上鳴」
「瀬呂〜、なんだよ可愛い子と仲良くしちゃって。お前も挨拶回りして来いよ〜」
「ま後でね」
「やだあ〜、チャージズマさんったら〜」
 上鳴はヘラヘラ笑いながら刹那や友人、瀬呂と自分とサイドキック達にお酒を注いで、「料理けっこう減ってんね〜」と自分も箸を持った。
 よし!居座る気だ!
 サイドキック達は上鳴の明るくて止まらないおしゃべりに気圧されたのか、一応上司だからか、大人しくなったので刹那はスッキリした。これで煩わされずにすむ。

「聞きましたよ〜、爆豪と切島助けてもらったんですよね?百目鬼プロさんにはマジ助けられましたよ」
「いえ戦闘にはほぼ参加出来なくて……あのお2人お強いですね〜」
「そうなんスよ、昔から近接戦闘はあいつらの独壇場で!でも中距離支援出来ねえタイプだから、話聞いてホッチキスさんがいてくれてほんと良かった〜!みたいな」
「お役に立てたなら良かったです。あの男の子にいっぱいありがとうって言ってもらえて、わたしのファンになったって言ってもらえたんですよ」
 本当に可愛くて嬉しかったな、と自然と頬が緩む。
 パクパク刺身や鍋をつつきながら、自然と上鳴と会話が弾む。刹那は自分の心に非常〜〜〜〜に正直に生きるタイプなので、先程よりも声が弾むのは男たちにも伝わっているだろうけれど、そんなことに刹那が気を遣ってやる義理はない。

 上鳴は刹那の隣に座ってもきちんと体が触れ合わない距離を保ってくれていた。単純なことだけれど、嬉しくて好感度が上がる。
「てかホッチキスさん、」
「あ、呼び方楽にしてもらって。本名は固城刹那です」
「あ、そすか?俺は上鳴電気ッス。んで、固城さんはどんな"個性"なんスか?すませんオレ不勉強で」
「大丈夫ですよ〜。わたしの"個性"は固定って言って、物と物をくっつける"個性"なんです。はいガッチャン」
「えっ?」
 パチン!と手のひらを合わせる。素っ頓狂な声を上げて、「ウワ、手動かねえ!」と腕をブンブン振った。上鳴の手のひらと箸を固定化させたのだ。
「こんな感じですね」
「ちょ、びっくりしたんスけど(笑)」
「うふふ。ごめんなさい。分かりやすいかなって」
「意外とお茶目〜!でも応用が効きそうでいい"個性"スね。戦闘中にこれやられたらめちゃくちゃつええ」
「上鳴さんの"個性"もすごく強力ですよね」
「固城さん分かってるゥ〜!」
 上鳴がグラスを差し出してきたので、クスクス笑いながら刹那もカチンとグラスを合わせた。クイーっと飲んでまたクスクス笑う。
「つっても救助に使うには限られてるし、身内には歩くバッテリー扱いッスよ。爆豪とか充電しとけっつってスマホ投げてよこすし」
 唇をわざとらしく尖らせるのがあざとくて可愛かった。
 仲がいいんだなあと、たわいない日常が垣間見えるのが微笑ましい。
「固城さんも充電する?オレいつでもコード持ち歩いてるんで!自立思考型モバイルバッテリー電気くんをぜひご贔屓に!」
「アハハ!持ちネタ?」
「ウケた〜やりい〜!そそ持ちネタなこれ(笑)事務所男しかいねえから、女の子の笑顔見ると癒されるわあ」
 刹那は肩をきゅっとして、手のひらで口を隠してうふふ、うふふと笑った。

 あ〜〜〜〜めちゃくちゃ楽しい!!!!
 これを求めてた〜〜〜〜〜〜〜!!!!

 狙っちゃおうかな。ちょっとだけ思う。やでも瀬呂の友達セフレにするのはさすがにヤバいかな。
 瀬呂をチラッと見る。
 友人が酔った顔でさりげなく瀬呂にもたれかかっている。あいつ全力やん。内心でウケてしまった。これは持ち帰る流れだろ〜な。瀬呂も満更では無さそうだし。
 じゃあ気にしなくてもいっかなあ、つらつら考えながらコクコクビールを飲む。

「グラスの持ち方可愛いッスね」
「え?」
「やほら両手で持ってるの。すげー小動物っぽい」
 言われて自分の手を見る。グラスを両手で包むようにして飲むのは昔からのクセだった。言われてちょっとビックリする。
 両親の教育が厳しくて、お皿やコップの持ち方や、箸の使い方は自然と身についていた。
 これ、可愛いんだ?
 意図しないところで褒められるのはちょっと照れくさい。
「そですか?親の教育で」
「食べ方綺麗ッスもんね〜。キュンです」
「ンハッ!」
 指ハートをした上鳴に吹いてしまい、慌てて口を抑える。むせてケンケン咳をしながら、アハアハ刹那が笑う。
「TikTokやめて〜〜」
「うへへ。固城さん反応いい〜」
「ハア、あは、キュンなんですか?」
「キュンですキュンです」
「アハハハ」

 いやも〜〜〜。めちゃくちゃ楽しい。
 上鳴さんいいなあ。
 完全に酔っ払っている刹那はテンションがどんどん上がってしまって、楽しくてずーっとクスクスしてしまう。
「次何飲みます?ビール?」
「んー、そですね……」
「ずっとビール飲んでません?好きなんスか?」
「普通かなあ。でもサワー好きじゃなくて……。みなさんビールメインで飲んでるし」
「いいよいいよそんなん。好きなの飲みな〜?飲みほじゃなくても大丈夫ッスよ」
「ん〜…。カクテルとかありますか?」
「んっとね〜、ウワ種類少な。ここら辺しかないみたいっス。日本酒とかサワーが多いみたいスね」
「あーカルーアある。じゃあ安牌でこれにします〜」
「あーい」
 上鳴が店員を呼んでカルーアミルクとお刺身を注文した。
「わ〜お刺身!やったあ。もっと食べたかったんです」
「うん、見てて好きなのかなって」
「えっ」
「箸がすすんでたから」
 キューーン……。心臓がちょっとドキドキする。わ〜、上鳴さんめちゃくちゃいい、めちゃくちゃいいわあ……。喋りながら見ててくれたのかと思うとときめいてしまった。
 キュンです、って指ハートを作ろうかと思ったけど、ときめいているうちにタイミングが流れてしまった。バカ。今完全にボケる流れだったのに。

 上鳴がんしょ、と体勢を崩した。あぐらをかいた膝が、刹那にほんの少しちょこんと触れる。ドキッ。一瞬動きを止めそうになったのを自然にやり過ごして、なんでもない顔をする。
 男の子が少しずつ許される範囲を探ろうとしてくるのが手に取るように分かるのが、刹那はドキドキして楽しかった。
 満更じゃないどころかもう全力でウェルカムだったので、刹那も笑いながら身体を揺らして、時折髪や肘を少しだけ上鳴に掠らせたりした。
 お互いなんでもない風に話すのがなんだかとってもドキドキする。

 瀬呂や友人達も会話に混ざってワイワイ話していると、いつの間にかけっこう時間が過ぎ去っていた。2時間コースだからそろそろ〆になる頃だ。
「わたしちょっと……」
 ひと吸いしに行こうかなと立ち上がると、ふわふわしていた熱がぶわっと広がって酔いが急激に脚に来た。「おあ」膝がガクッと崩れ落ちそうになって体勢を整える。
「フラフラじゃん!大丈夫?」
 上鳴が刹那の手のひらを柔らかく掴んだ。
「んへへ、飲みすぎました。お酒弱いんで……」
「顔真っ赤だし倒れそうだし。あぶねえよ。歩ける?」
「だいじょーぶだいじょーぶ。あは。ありがとうございます」
 アハアハいい気分で全然だいじょばない刹那に、上鳴が立ち上がって腕を引いた。
「トイレ?ついてくから」
「ええ〜、それはやだあ」
「入り口までな。ホントは待ってた方がいんだろーけど……」
「やですよー」
「だよな」

 上鳴は優しく腰に手を回して支えるように刹那を誘導してくれた。意外と背が高い。
「ん〜」
 わざと身体を預けるようにしたら「大丈夫?」と囁いて腕に少し力が込められる。

「あれ?どこ向かってるん?」
 トイレとは反対側に歩き始めた刹那に、上鳴が戸惑いと焦り混じりの声を上げる。
「トイレじゃなくて〜、ちょっと煙草吸お〜かなあて」
「煙草吸うの?意外」
「アハハ、言われる〜」
 上鳴さんも煙草吸う女嫌いかな。酔ってふわふわヘラヘラしながらも、脳内には常に冷静な自分がいて、その冷静な刹那が上鳴の反応を冷たく待っている。
「じゃーオレも吸おっかな」
「上鳴さんも吸うの?」
「たまに」

 喫煙所は無人だった。小さいソファがあったので、刹那は倒れ込むようにして座る。歩いたら一気に酔いが回ってきた。今煙草吸ったら気持ち悪くて死ぬな。
 分かってるけど1度吸いたくなったら吸わないとソワソワしてしまう。
 酔いすぎて身体を前後に揺らしながら、刹那はポケットをがさこそ漁る。手がうねうねして全然煙草を取り出せない。てか右ポケットに入ってなかった。どこに入れたか酔っ払いの頭では思い出せず、「う〜」と唸りながらふにゃふにゃしながら、なんとか煙草を取りだした。
 刹那はオプションのマスカットグリーン5・スリムを愛飲していた。メンソールのスースー鼻に抜ける爽やかさと、くわえた時にカチッと歯で鳴らすのが楽しくて好きだった。
 なんだか眠くなってきて半目で煙草を咥え、ライターを付けるのに四苦八苦して失敗している刹那に上鳴が苦笑して、「マジで酔いすぎ」とライターを取り上げた。

「つけてくれるの?」
「うん」
「ありがと〜」
 唇を尖らせ、とろんとした目で刹那は上鳴を見上げる。
 大きな手が刹那の顔に近づいて、火がフワッと熱を伝える。
「はい、吸って」
「ん」

 フー……っと息を吐く。胸の中がスーッと広がっていく感じがして、疲れが取れるような気分になる。上鳴も刹那の隣に座って足を組んだ。上鳴の太ももと刹那の太ももがくっつくような距離で、刹那はふわふわした。
「なにすってるの〜?」
 眠たさと酔いで呂律の回らない舌っ足らずな口調は、意図したわけじゃないけど我ながらあざとい。
「ん〜?セッター」
「あー、吸ったことないやあ」
「吸う?」
「うん」
 受け取ろうとするとき煙草を落としそうになって、「マジ危ないって(笑)」と介護してもらう。がっついてなくて、サバサバしてて、気があるのかないのか分からない絶妙な距離感がめちゃくちゃ良い。
 セブンスターを吸い込むと思いのほか煙が勢いよく流れ込んできて軽く咳が出た。煙が濃いし苦い。刹那はうぇ〜と舌を出した。
「う、けほっ……これ何ミリ?」
「10mmだよ。強かった?」
「うん」
「ハハ、かわい」
 けふけふ言う刹那の肩を抱いて、上鳴が髪を梳くように撫でた。ドキドキドキドキ心臓が痛くなってきた。ときめきと期待。気に入った男の子に気に入られる快感が刹那はめちゃくちゃ好きだ。

 煙草を吸いながらポツポツ話をする。うるさかった上鳴は2人になったら意外と静かになった。髪を優しく撫でる手は止めない。
「マスカットグリーン初めて吸ったけど美味いね」
「うん。いちばんすき」
「オプション昔ハマってたなー」
「ね、これかえす」
「ん」
 煙草を持った左手を差し出すと、上鳴はそのまま緩やかに手首を掴んで顔から離した。彼の細めた瞳が近づいてくる。
 刹那は目を閉じた。

 やわらかな感触が掠るように触れる。きゅっと手首を掴む手のひらが固くなる。もう一度、今度は押し付けられるように、少しかさついた唇が角度を変える。子どもの戯れのような優しいキス。
 ふに、と下唇を食まれて「ん……」と息が零れた。

 ちゅっとリップ音が響き、目を開けると、前髪の触れ合う距離に上鳴の端正な顔があった。眦を少し赤くして、瞳を細めながら「……めちゃくちゃ可愛い」と吐息のような声で囁く。
 刹那ははにかんでもう一度目を閉じた。
 吐息を交換するように、ゆっくりとしたキスをした。お互いの唇をやわやわと押し付けて、距離を探るような可愛いキスなのに、すごく満たされた気分だった。軽く下唇を食み、潰して、けれども口の中には吐息だけが流れ込む、可愛くてもどかしい触れ合いに、ときめきが募る。
 あまりにも静かで息をすることさえ恥ずかしいような。
「ん……ふっ……」
 最後にペロッと舌で唇をなぞられて、ふたりは唇を離した。

 数秒見つめ合う。
「えへ……」
 照れたようなはにかみ笑いをして刹那はあざとく、上鳴の肩に顔を隠す。こめかみにちゅっとキスを落とされ、すり、と甘えるように頭を擦り付けて刹那は身体を離した。
「ちょーだい」
「まだ吸う?」
「吸っちゃう」
 半分ほど残っている煙草を受け取って、ぽすんと肩に頭を乗せると、上鳴がぎゅっと頭を引き寄せた。ゆっくりまた頭を撫でられる。
「固城さんさ、めちゃくちゃモテるっしょ」
「えへ。どうだろ」
「分かるもんなー」
「上鳴さんこそ遊んでそう」
「や最近は全然よ」
「え〜?」
「だからマジ固城さんが可愛すぎてすげえドキドキした」
「あはは。可愛い」
「ほらあ。余裕だもんもう」
「わたしもドキドキした」
「マジ?」
「うん」

 刹那はご機嫌にうふうふ笑った。上鳴が覗き込むように刹那は見上げた。
「じゃあ……もっかいしてい?」
 キュン。さっきはかっこよかったのに、今度はあざとく可愛こぶるなんてずるい。
 刹那は煙草を深く吸って、ふーっと上鳴に煙を吹きかけた。
「だーめ」
「……ずりい〜」
「あはは」

 吸い殻を捨て、ふらつく刹那を立ち上がらせて「戻ろっか」となんにもなかった顔で上鳴が言う。
 喫煙所を出る前に立ち止まって上鳴の腕を引く。
「ん?」
 振り返った上鳴の唇に、刹那は背伸びして唇を押し付け、ぎゅっと抱きついた。ビクッと身体を固くした彼が刹那の頭に手を回す。
 刹那はパッと唇を離し、「おわり」と甘えた声で彼を見上げた。
「うわ……。固城さん、ぜってー悪い女だろ」
 上鳴の声に隠しきれないときめきが乗っているのが分かって、刹那は全身が満たされて、満足したようにクスクス笑ったのだった。

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