パステルの笑顔が降りつもる

 新聞、ヒーロー誌、ネットニュース。あらゆる通信媒体は連日このネタで持ち切りだ。

『スクープ!人気ヒーローホッチキスが報道陣に暴言!』
『ホッチキス本性現す?「可愛いことは分かってる」発言の真意とは?』
『衝撃発言 百目鬼プロ所属ホッチキス 今後のメディア活動は?』
『関係者が語る裏の顔「もうウンザリ」「わたしは絶対に謝らない」』


 刹那は新聞を握り締めて頭を掻き毟った。
「あ''ああ''あ''あああ〜〜〜〜〜〜ッ!!!」
 パアン!とグシャグシャになった新聞を床に叩きつけてオフィスチェアに倒れ込む。
「…………殺す…………」
 顔を覆ってぐったり呟く刹那に、第7班の事務所に遊びに来ている奏が「アッハハハ!」と甲高い笑い声を上げる。

「笑い事じゃね〜〜」
 あっけらかんとした奏に刹那はちょっと半笑いになって言った。
「やーーー。笑うしかないっしょ」
「うん……巻き込んでごめん……」
「それは大丈夫。矢面に立ってるのあんただけだし」

 社内放送が流れる。
 ホッチキスが呼ばれる。また話し合いである。
 ウンザリして立ち上がった。

 社長室の前で鉛みたいな溜息をボハッと吐いて「失礼しまアす」とドアを開けた。礼儀は捨てて来ている。この百目鬼プロではそれが許されている。
「一昨日の発言についてだけど」
「謝らないです。謝罪文も出さない、記者会見もしないです。ヒーロー業の休止もするつもりないしSNSも辞めるつもりありません」
「ハーーーッ。頑固ね」
「言っちゃったものは言っちゃったものですから。謝ったら負けた気がします」
「負けておきなさいよ!あんたは次の稼ぎ頭になりそうだったのに!あとは落ちてくだけよ?これ」
「それならそれです。本当は嫌だったんですよ。ヒーローなのに"女"と"見た目"を売るの」

 刹那は無表情だったが瞳が嫌悪感に満ちていた。虫の死骸でも見るような目で指先を弄ぶ。
 百目鬼はお手上げ状態だ。
 こうなることは分かっていた。
 百目鬼プロに来る経緯もある程度情報を集めている。本人は隠しているようだが、遊び人のくせに、男嫌いなのはなんとなく百目鬼は見抜いていた。
 "個性"百目。
 その名の通り百の目で自分の可愛い金の卵たちをジックリジットリ常に見抜いているのである。
 だから百目鬼はこう言った。

「分かったわ。じゃあこれからそのキャラでやっていきましょう」
「はい?」
 百目鬼は指を立てて半眼で睨む。
「何?文句あるの?」
「いえ、いいのかな……と。」
 そんな一発屋みたいなイロモノタレント。百目鬼プロの路線に合わない。
「しょうがないでしょ。あんたがプッツンしてくれちゃったんだから、プッツン毒吐きキャラで推すのよ!オールマイト不在になって世の情勢はまだフラフラ価値観が変動してる。それを掴みなさい」
「……はい」
 簡単に言ってくれると思う。
 プッツンキャラなんて、思ってることをズバズバ言わないといけないのに。
 刹那は自分の価値観をほぼ人に言わない。
「分かりました。いつもみたいにニコニコして、ムカついたらキレて、悪いと思った時は謝ります」
「言葉にすると緩いわね……。もちろんイロモノだけにはさせないわよ。影響力あってのキャラクター!ビジュアルメインの仕事増やすからね」
「……はい」
 報道と矛盾してないか、と思ったが。
 もうどうでも良くなって、刹那は曖昧に頷いた。


*

 
 何がなんでこうなったんだ。

 話は2日前に遡る。
 刹那は奏とともに原宿のヒーロー事務所に赴いていた。チームアップのためだ。
 色と人と物が弾ける街。小さな店がところせましと並ぶ中にその事務所はある。
「あーっ。待ってたよ」
 ドデカい声で迎えてくれた彼女は『Pinky』。ピンクの肌、黒くて大きい瞳、ツーブロックのオシャレなふわふわベリーショートのティーンみたいな女の子は、ヒーローでもあり、ダンサーでもあり、中高生から絶対な人気を誇るファッションアイコンでもある。
 刹那は何回か彼女と組んだことがあり、プライベートでも会う友人だった。

 今回のチームアップは最近活性化している敵を取り締まるために企画されたものだ。
 まあ、あとはメディア受け。
 7年前、平和の象徴オールマイトが引退し、巨悪の存在と、敵連合が公になった。それを受けて突発的に増加した敵たちにヒーローは「本来の意味」での活動をさらに求められるようになった。
 その翌年、敵連合は瓦解。
 立役者として一躍有名になった「象徴を継ぐ者」ヒーローデクにより、治安が回復。
 数年かなり気を張り詰めてヒーローたちは僅かな犯罪へも真摯な対応を心がけていた。
 しかし、ピリピリした緊張感のある空気にメディアは「不安を高める」と煽り、世論は「笑顔に出来る」ヒーローを再度求め始めた。

 その世論を利用してのし上がったのが百目鬼プロダクションである。
 迅速で協力的な体制を敷き。
 メディアを通してヒーローを隣人にする。
 余裕のない社会へ笑顔を。
 象徴ではなく、小さな繋がりで救うヒーロー。
 そんな最新ロールモデルのひとつを社長が作ったのである。

 つまり、ヒーロー同士のチームアップは話題になりやすい。
 社長もノリノリであった。
 刹那はメディア出演はあんまり乗り気ではなかったが、百目鬼プロの連携体制は合理的で尊敬していた。前の事務所を衝動的に辞めて行き場のなかった自分を拾ってくれた社長に恩義も感じている。
 だから言われたまま彼女の求めるヒーローをこなしていた。

「ひさしぶり、三奈」
「わあいひさしぶりひさしぶりー!2ヶ月ぶりくらい?テレビ見てたよー」
「わたしも雑誌で見てたよ。バラエティでも」
「そうなんだよ最近テレビ増えちゃって。バカワイイって嬉しくなーいっ」
 い''ーっ!と歯を見せて不満をアピールする仕草は幼くて、その派手な見た目やファッションと良い意味でギャップになっている。
 腕を振ったりちっちゃい角をピコピコさせたりして、全身で嬉しいを表す彼女は、奏に気がついて「アッ」と口を開けた。
「『ミンストレル』だよね?」
「知ってるんですか?あたし下位ヒーローなのに」
「知ってるよお!刹那から聞いてたし、耳郎がバンド組みたいって言ってたんだよね〜」
「じろう?」
「イヤホン=ジャック!」
「ブッ」
 思わぬ名前に奏が咳き込む。三奈はあわてて背中をさすって「大丈夫!?」と覗き込んでいる。

 イヤホン=ジャックは常にヒーローズランキングで2桁台を維持するトップランカーの1人である。上半期では42位を獲得し、世界的なロックシンガーとしても人気の高い文句なしの超人気ヒーロー。
 対して奏は戦闘能力皆無の超後方支援系ヒーローだ。
 知名度も低いし、業界でも主に作曲家や演奏家として活動しているので、顔は広いがお茶の間人気は低い。そういうタイプなのである。
 だからまさかあのイヤホン=ジャックが自分を知っていて、さらに「バンドを組みたい」とまで言っているなんて、なんだか信じられなくてドキドキした。

 チームアップした3人はまず市内のパトロールに回った。
 ヒーローコスチュームに着替えて、三奈が……『Pinky』が「わーっ可愛い可愛いっ!待って絶対載せたい!撮ろーよ写真!」と叫んで何枚かパシャパシャ自撮る。サイドキックも慣れているのかテンション高めに撮ってくれた。
 airdropでもらった写真を三奈は大した加工もせず載せようとしたので、奏が「ギャーッ」と潰れたカエルみたいな声を上げてそれを阻止した。
 素のまま生きている三奈と貪欲な奏のスタンスは真逆だ。
 結局奏が加工した写真をPinkyが載せることになって、とりあえず3人は歩き出した。

 Pinkyはやはり人気なもので、大きな通りに出るとウジャウジャいる女の子たちがありえないくらい甲高い声でキンキン騒いだ。
 ヤバいとかこっち向いてとかひっきりなしにかけられる声にPinkyは笑顔を向けたり手を振って答える。たまに「刹那だ!可愛い!」と言われたりもして悪い気はしない。わたしの知名度も上がってきたな。
 でもみんなちゃんと距離を取っていて、群衆の中に不思議な規律がある。
 コスチュームを着ている時のPinkyの邪魔はしない、という不文律があるらしい。原宿で長く活動して慕われるPinkyならではの無言の掟。

 Pinky・Com(事務所の名前)と百目鬼プロダクションのやり方は全然違っていた。時間交代制で班ごとに機能的に分刻みでスケジュールが決まっているパトロールしか知らない刹那は、Pinkyの自由なやり方に少し呆気に取られた。
「ポイ捨て多すぎるよお」
 と、怒りながらこびり付いたゴミや電柱の横に適当に捨てられたゴミを酸で溶かしたり。
 あんまり汚かったり細かいゴミがとっちらかってるとこは、Pinkyが「みんなでお掃除しよーっ」と声を掛けると、砂糖に群がるアリンコみたいにファンが「ワーッ」と駆け寄ってきてゴミを纏めたり捨てたりしてくれた。
 みんなで治安を守る。
 それがPinkyのやり方。
「やっぱ人手が足んないからさ。そんならみんなでやっちゃえばいーでしょーが!ってなった」
 Pinkyはにへへ、と舌をペロリと出した。
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