ずっと息苦しいのはなぜ?

 Pinkyとのパトロールは新鮮で楽しかった。
 喧嘩しているカップルがいれば『ミンストレル』がヒアリングミュージックを演奏し気持ちを落ち着かせ。風船が飛んで泣いている子がいれば『ホッチキス』が木と風船をがっちゃんこして取ってあげたり。

 これだけ人がいれば騒ぎはひっきりなしに起こる。
 百目鬼プロが事務所を構える木椰子区はオフィスも建ち並ぶ主要都市であり、計画的な犯行が起こりやすい。原宿は若者が多い分、細々とした衝突が起こりやすかった。
 若い活気が雑多に溢れていて、膨らんで、弾けやすいのだ。
 どうでもいいような些細な衝突さえ駆けつけて、楽しみながら相手も笑顔にしてしまうPinkyに少し恥ずかしくなる。
 わたし、どんなヒーローになりたかったんだっけ、って。
 考えたけど忘れてしまった。
 昔は頑張ってたのに。
 たまたま出会った雄英生……瀬呂範太に無理やり近付いて、技術を盗もうとするくらい頑張ってたのにな。

 いつの間にか斜に構えて、理屈で諦めるようになって、それが大人になることだと思っていたけれど。
 Pinkyを見ているとそれが真正面から否定される。
 ただただ、怠惰に言い訳して諦めてる自分を突き付けられる。

 遠くの方で誰かの悲鳴が上がった。
 3人は顔を見合わせてパッと走り出す。Pinkyが酸で地面を滑るように走り出し、ホッチキスが自分の足と建物の壁を一瞬固定させるようにしてパルクールをする。ミンストレルは機動力がないので自分にバフを駆けてとてとて走る。
 ガシャアン!と硝子の割れる音が響いた。
 敵が暴れているのだ。
 誰かの逃げ惑う悲鳴や泣き声が、Pinkyを見て歓声に変わる。

「おまたせーっ!Pinkyが来たからにはっ、みんな、だいじょーぶーっ!」

 弾けるように飛び跳ねて笑顔を振りまくPinkyにみんなの心が浮上する。ポップでキャッチーな彼女はこの街に似合っている。
 洪水みたいにドウドウ歓声が上がり、暴れている敵がたじろいだ。「アシッド・ウォール!そんでよろしくぅ!刹那っ」粘度の高い酸がドロっと空に放出され、それはドームのように放射状に円で空を覆った。
「もって5分だよっ!はいガッチャン!」
 掛け声に合わせて刹那はアシッド・ウォールと地面を固定する。刹那の固定は対象の性質を維持する。つまり粘性を保った巨大なドームがそこに出現できるわけである。
 即席合体技・アシッド・ドーム。
 上にも横にも逃げ場のない、敵とヒーロー達だけを隔離する戦場がそこに現れた。
 ワーッと外で市民たちが歓声をあげる。

 ミンストレルが自分を楽器に変えて演奏しながら歌を歌う。軽快なピアノとギターの音はPinkyとホッチキスの気分を高め、全身に力を漲らせる。逆に敵の耳には不協和音となって心臓を軋ませ、ガクッと敵の攻撃力が下がった。
 超後方支援型デバッファー。それが『ミンストレル』というヒーローだった。
 弾けるようなリズムに合わせ、Pinkyがニコニコしながらダンスする。ポンポン跳びながら粘液のシャワーに包まれる敵の肌が溶けていく。
「ギッ、」
 最強度の粘液が敵を溶かして、金属音みたいな悲鳴が漏れる。ホッチキスは瞬時に酸を敵の体に固定する。流れ落ちずに肌を焼く酸に敵が身悶えし、Pinkyは反射的に一瞬顔を歪めた。プロになって何年も経ってるのに、彼女は敵に攻撃をすることにいまだに苦しみを覚えてしまう。

「Pinky!」
「うん。短期決戦だね!」

 ホッチキスが敵と地面を固定させる。敵はガチッと全身が固まって、地面から一歩も動かせなくなった。
 全身を固定するのは激しく体力を消耗する。
 1分……もてばいい方だ。でも1分もあればPinkyは敵を制圧できる。

 猫のように体をしならせてPinkyが飛びかかった。敵の目に怯えと絶望が浮かぶのが見えた。刹那はそんな顔見ても何にも思わないけど、Pinkyは、敵の顎を殴りながら、やっぱりどこか苦しそうな顔をしていた。

 敵の攻撃を見る前に倒したPinkyに民衆が沸いた。
 固定を解除する。
 でろっとアシッド・ドームが崩れて地面がシュワシュワ溶けていく。ミンストレルがBGMを流して、まるでハッピーエンドの映画のエンドロールみたいだ。
「へへーんっ。この原宿で悪いコトなんて出来ないよ!だってPinkyがいるんだもん!」
 にぱっ。Pinkyがにっこりピースを決めて、拍手に包まれる中、ホッチキスとミンストレルも軽く手を振った。ここまでアイドルみたいな扱いをされるのは彼女の現場以外になかった。
 やがて日常のヒトコマだったように、市民は熱を失ってさーっと引いていき、敵を警察に引き渡して現場保存と報告のための事務処理に戻る。大捕物なんて無かったみたいに原宿は雑多で陽気な雰囲気に満ち、Pinkyは1人こっそりと敵の背中を見てため息をついた。

*

 芦戸三奈が手足を投げ出して叫ぶ。
「あーっ、書類やだようーっ。文字ばっかで頭変なりそうっ」
「アハハ。いいよ、わたしやっとくから」
「えっ?刹那マジっ?いいのっ?」
「いいよいいよ。活躍したのは三奈なんだし」
「それ言ったらやるべきなのはあたしじゃね?あたしが1番何もしてないじゃん」
「何それ、2人ともめっちゃ活躍してたよ!サポート力が神がかってるっていうの?すっごい動きやすいんだあ」
 刹那の固定化は痒いところに手が届くというか、迅速に求める以上のサポートをしてくれる。アシッド・ウォールを即席で固めたこともそうだし、流れやすい粘液を固めて持続ダメージに昇華し、相手を地面に縫い付けて一切の攻撃を許さないところもエグいくらいに強い支援だ。梅雨ちゃんとか瀬呂を思い出すような堅実な有能さだった。
 ミンストレルのバフとデバフも一日でその効果が実感できた。朝に掛けてもらったバフは気分をあげるものと体力の消費を抑えるもので、戦闘が終わった後の疲労感がぜんぜん違う上に、戦闘時に掛けてもらったものも純粋に力……腕力や脚力を高めるもので動きやすかった。
 "個性"を底上げするバフを選ばないあたりサポート慣れしている。三奈の"個性"は調整が難しいから使わなかったのだろう。戦闘中もずっと敵の集中力を乱すデバフを掛け続けていたのが分かった。
 敵の"個性"を見ずに倒すなんて、トップランカーでも難しい。
 今日の戦果は三奈の実力じゃない。サポートあってのことだとよく分かっていた。

 刹那ははにかみ、奏は肩を竦める。雄英出身のトップランカーからの手放しの賞賛は悪い気はしない。
「三奈は今日いちばん動いてたしね。少し休んできたら?」
 刹那は三奈を見抜くような目をしていて、心臓がドキッとする。
「ここはわたしと奏で大丈夫。コーヒーでも飲んで一息ついてきなよ」
「うーん。うん。ごめんねえ」
 三奈は申し訳なさそうに笑った。
 ひとりになりたいのを見抜かれていて少しいたたまれない。
 給湯室でお湯を沸かしながら三奈はぼーっとする。学生の頃は人に酸を浴びせるのが怖かった。現場を経験するにつれ、強い溶解液を牽制や防御に使うだけじゃままならない現実を知って、相手の肌を焼くために踏み切ることになって、でもずっとずっと上手く割り切れない。
 敵を倒すことに無邪気でもいられなくなった。
 敵は敵だ。
 でも、倒すべき敵はいつも何かに必死だった。ヒーローを求める被害者のように、敵の目はいつも……。
 ポッドの音にハッと我に返る。三奈は頭を振って、コーヒーを入れて、牛乳とガムシロを入れて掻き混ぜた。
 頭が悪いくせにグダグダ考え込むのが自分の悪いクセだって自分で分かっているのに、みんなみたいに上手く受け入れることも、流すことも、正面から答えを見つけることも出来ない。
 抱えるキャパもないのに。
 バカだあ、アタシ。
 あったかいコーヒー牛乳がほっと身体を包み込んで、少し心がほぐれた。
 彼氏にギュッとして欲しいなあ、と三奈は思った。

*

 戦闘を纏めた動画はたった数日で爆発的に伸びた。Pinkyはモデルだけではなく、InstagramやYouTubeでも活躍する、時代の最先端インフルエンサーなのである。
 思っていた以上の反響に刹那は少し怖気付いた。
 ひとりなら世間の反応なんかクッソどうでもいいけれど、今回はPinkyとミンストレルの名誉に関わる。
 炎上したばっかりのホッチキスとの動画がこんなに伸びて、アンチが湧かないわけがない。
「ねえ、大丈夫なの?」
「なにが?」
 不安そうな刹那に三奈はキョトンとする。
「チームアップも快諾してくれて有難かったけど、わたしアンチ多いし、今回は炎上もしたしさ……。この動画で三奈とか奏にも悪評が絶対ついちゃうよ」
「アハハハ!」
 突き飛ばすように手を叩いて三奈が甲高く笑う。ぜんぜん笑い事じゃないのに。呆気に取られる刹那に陽気に言う。
「アンチなんて今更だよ。アタシも割と知名度高いしタレント歴も長いしさ。気にしないでよ!炎上も刹那らしくて笑っちゃった。これからそのキャラで行くんでしょ?」
「まあ、その予定だけど……」
「じゃ、いいじゃん!実績あったらキャラも愛されるよ。これ、アタシの経験論ね!」
 にひひっ、と悪戯っ子みたいな彼女に刹那は眉を下げる。トップランカーなだけあって考え方が合理的だし、肝が据わっている。
 刹那は本格的に芸能活動をしているわけじゃないから、友達を巻き込むことがいまだに心配で、心臓に汗をかく気分になる。
 実を言えば、社長がチームアップの話を持ってきた時刹那は即座に断ったのだ。
 話を知ったPinkyに「やろーよ!久しぶりに刹那と組みたい!楽しいし、すっごく助かるし!」と説得されてしぶしぶ組んだのだ。
 了承した時点で炎上に巻き込むことも、Pinkyを利用することも分かっていたのに、実際こうして動画が伸びて、三奈に受け入れられると、自分の汚さに逃げ出したくなる。

 ネットニュースにも次の日には纏められていて、最速制圧ランキング入りも果たしたらしい。
 今回の捕り物は歴代57位、今年度は14位らしい。
 オールマイトとホークスは殿堂入りし、歴代1位に輝くのはエンデヴァー、今年度はショートとデクがチームアップがトップに鎮座していた。そして2位に爆心地、3位がリューキュウと続いている。
 刹那のサポートは敵を無効化するものなのでたまにこのランキングには入っていたが、14位という好成績は初めてだった。下半期のランキングチャートに有利になるだろうな。冷めた頭で思う。

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