「シャルル、何か顔色悪くない?具合でも悪いの?」
「そうかしら?」
首を傾げるシャルルの顔をパンジーがペタペタ触って確かめた。「熱はないみたいね」
「体調に変化はないけど……」
「でもいつもより青い気がする。ただでさえ白いのに、まるで雪みたいよ。貧血かしら?生理は?」
「まだ先よ」
「うーん」
パンジーと気まずくなるかと思ったが、彼女は彼女の中で何かを消化したらしく、あれから関係に変化はなかった。パンジーに心配され、彼女がシャルルだけにかまってくれるのは嬉しいので、まったく隊長は悪くはなかったが、「そういえば寝つきが悪い気がする……」と言ってみた。
嘘はついてない。
最近はずっと消灯時間を過ぎてもリドルと話しているので、寝不足なのはたしかだ。
「医務室に行った方がいいわよ」
シャルルは曖昧に微笑んだ。それだけで行くつもりがないと分かり、パンジーは呆れたため息をついた。
彼女は諦め、隣にずっとついて見張るのを心に決めたらしい。最近様子がおかしいし、目が覚めている時はずっと図書室や寝室にこもって本を読んでいる。病気になるのも当たり前だ、というのが彼女の言らしかった。
魔法薬学のクラスで、シャルルはたいていセオドールやトレイシーやダフネと組み(今年になってからは混血の生徒とペアを組むことも多くなった)、パンジーはドラコと組んだが、今日はパンジーと組むことになった。
いつもプラチナブロンドを見かけるとすぐさまシャルルを放って駆け寄って行く彼女が、世話が焼けるわ、というようにシャルルの傍についていてくれる。シャルルは鼻唄をフンフン鳴らし、上機嫌になった。
教授が来るギリギリに慌ただしく入り込んで来た、赤と金の3人組がシャルルを視界に入れるとキッと睨んだ。その視線を無感情に受け止める。
ポッターは苦々しげで、ウィーズリーは嫌悪に満ち、グレンジャーは僅かに怯えがあった。
「何?あいつら」
パンジーが鼻に皺を寄せた。
「いつものことよ」
「そうなの?だってシャルル、ポッター達のことは気にかけてるじゃない」
「なんだか休み明けからますます嫌われてるみたいなのよね」
肩を竦める。前から好かれてはいなかったし、ポッターのパーセルタングを知った時にグイグイいきすぎてしまって警戒はされていたが、最近はそれに増して攻撃的で嫌な視線を向けられることが増えた。
ジニーと手紙のやり取りをしていることがバレたのだろうか。
彼女から来ることはほとんどないが、たまにフクロウを飛ばしてみると、彼女は律儀に短い返事を送ってくれる。休み中は課題のアドバイスなどを聞かれたりして、順調に仲を深めている最中だから、それについて嫌がられているのかもしれない。
ドラコのように、彼らに嫌味を言ったり敵対しているつもりは無いのに悲しいことだ。特にポッターはサラザール様の血を引いているし、闇の帝王を滅した人だから、出来れば仲良くなりたいのに……。
まぁでもシャルルは諦めるつもりはない。
ホグワーツの生活はあと6年もあるのだ。
今日作るのは「戻し軟膏」だ。材料を前にシャルルとパンジーは顔を歪めた。血吸いヒルが小皿に乗っている。ゴイルのパンパンの指ほどもある真っ黒なヒルがうぞうぞねとねと、皿の上で蠢いていて吐き気がした。
このヒルの体液を搾り出して、しっぽも切り刻まなければならない。
「……」
2人は顔を見合わせ、ヒルを見て、途方に暮れた。
いつもは気持ち悪い材料はペアのセオドールやドラコがやってくれていたのだ。
パンジーがチラッとドラコを見たが、ドラコは前の方の席についている。ダフネと組んでいるセオドールもここからは遠い。
本当に触りたくないが、パンジーがやってくれるとも思わない。現にパンジーは鍋に水を入れて、違う材料にスッと手を伸ばしている。小憎たらしいけれどそれがパンジーだから……。
意を決してヒルに手を伸ばした時、後ろからおずおずと声がした。
「あの……わたしがやりましょうか?」
ターニャ!
救いの声にシャルルは顔を輝かせた。
「いいの?」
「はい……あの、もう刻んであるので、わたし達のを使ってください」
スネイプがポッターをあげつらっている間に、シャルルとターニャはサッと小皿を交換した。
「ありがとう、ターニャ」
「いえ……」
ターニャが少し微笑んだ。目を丸くしていたパンジーが、少し驚いたように呟いた。
「けっこう役に立つわね。……彼女前と何か変わった?」
「休みの間に仲良くなったの」
「それは知ってるけど……」
ターニャに同情したのは本当だが、シャルルが彼女に対して少し優しくし、対等に扱う素振りを見せただけで、以前とは見るからにターニャの態度が変わった。
前までは言われたことだけを卑屈な表情で淡々とこなすだけだったけれど、今では何も恐れずシャルルに話しかけてくるし、積極的にシャルルの手伝いをしてくれるようになった。
シャルルが劇的に変わった訳では無いのに……少し優しくなったというだけなのに。
そのくらいの優しさにも飢えていたのかもしれないと胸が痛みつつ、人の動かし方というものに触れた気がして、シャルルは学びを得ていた。
ターニャが積極的になるほど、パンジーも見る目を変えるようでいいことばかりだった。
*
『ミスター・ハグリッドへ
初めまして。突然お手紙をお送りして申し訳ありません。
唐突ですが、わたしは50年前に秘密の部屋が開かれ、あなたがアクロマンチュラを秘密裏に育て、継承者として杖を折られたことを知っています。
しかし捕らえられたあなたがアズカバンに行かずに、今森番をしているのは何故ですか?
わたしはあなたの現状を大変疑問に思っています。
今回再び部屋が開かれたのはあなたの仕業ですか?
もし、魔法省に密告されるのを恐れるならば、このフクロウに否定する材料を記して返事を持たせてください。
今日中に返事がない場合、あなたを継承者だと肯定します。
名も無き生徒より』
シャルルは羊皮紙を伸ばして、文字を読み返した。インクがところどころに跳ね、とても読めたものでは無いほど文字が歪んでいる。シャルルは頷いた。
これは賭けだった。
随分強気な手紙だがこれでもいい。
ハグリッドが継承者ならば、直接会おうが手紙を介そうが、どうせシャルルに辿り着く。フクロウに探知呪文をかけるだろう。それで、シャルルのことを知れば純血主義であることはすぐに明確になる。
読みようによって、継承者を否定しているようにも歓迎しているようにも受け取れるだろう。そしてシャルルの探査能力を理解するはずだ。
それを忌避するかは分からないけれど、マグル生まれへの襲撃が止まっている現在、彼は手詰まりになっていると仮定できる。手助けするメリットを考慮してくれる……と思いたい。
それにシャルルを特定すれば、シャルルを殺した場合のデメリットのほうが多いことが分かるはずだ。父は判事で過去の事件もそこからの情報だと推測出来る。すぐにハグリッドに繋がると思うだろう。
でも、実際のところシャルルはハグリッドが継承者である可能性は非常に低いと考えていた。
一応彼が継承者だと仮定し、そのための心の準備もした。彼は哀れな存在だ。受け入れられる。そう自分の理論を構築したし、去年もドラゴンを飼おうとしたとかいう話を聞いたから、50年もホグワーツにいて他にも怪物を手に入れていないはずがない。
なのにそんな彼が急にマグル生まれへの襲撃を意図する可能性は低いと思う。彼はグリフィンドールの3人組の友人でもある。
反証はいくつか思い浮かぶが、結局そう思うのは、リドルがどうしようもなく疑わしいからに他ならない。
椅子を立ち上がったり、座ったり、立ち上がってウロウロしたりするシャルルをターニャが怪訝な顔で見つめているが、口は出さない。
リドルとの日課は毎日続いているが、ハグリッドのことを言うつもりはなかった。ジニーから聞いていないのだろうか。彼女も仲がいいかは知らないけれど、3人組は仲がいい。
もし知った上で言ったなら煽っているし、知らないで言ったなら好都合だ。
「ふぅ……」
深呼吸し、シャルルは意を決した。浅慮なのはわかってる。けれど何か動きたくて仕方がなかった。塔の上から小さくなるフクロウを見送りながら、手のひらに手汗が滲むのを感じ、シャルルは奇妙な高揚感と緊張に包まれていた。