32

 翌朝パンジーはいつも通りだった。シャルルも何も無かったように振る舞った。でも内心でなんとなく気まずく感じる気がするのは抑えようがない。
 これも全部ドラコが朴念仁なせいよ。
 シャルルは心の中で呟く。

 魔法史は相変わらず退屈だった。ビンズ教授はただ教科書を読み上げるだけの授業をするから、予習と復習だけで事足りる。もしかしたらゴーストらしく過去体験してきた歴史について何か語っているときもあるのかもしれないが、一本調子で淡々と話す声は右から左へと通り抜けていって何も残らない。何も語っていないことと同じだ。

「こんにちは、リドル」
 魔法史は自習や研究にちょうどよい時間だったが、シャルルには新しい暇つぶしがある。返事はすぐに返ってきた。
『良かった。忘れられたかと思ったよ』
「昨日は少し忙しくて」
『何かあったの?アドバイスに乗れるかもしれない』
「日記に恋愛のアドバイスを求めても仕方ないわ」
『恋愛?』字が面白がるようにわずかに乱れていた。『僕もそう経験は多くないけど、分析は出来るよ』

 その言い様にシャルルは思わず笑った。シャルルと同じ考え方の人間らしい。
 だんだんわかってきたのだが、魔法理論の解釈を深め、カテゴライズするように人間を観察して解釈するのは、どうもふつうの子供はやらないらしかった。

「それよりあなたのこと調べたわ。ホグワーツ功労賞をもらってるのね」
 さり気なく、昨日知ったような言い方で書き込む。
 実際はずいぶん前からT・M・リドルのことは調べていた。
『あぁ、うん。恥ずかしいけど』
「何をしたの?実績が乗っているものは見つけられなかったの」
『あまり自分を功績をひけらかすような行いはしたくないんだ』
 リドルは謙虚で殊勝なことを言った。「スリザリンらしくない考え方ね。あるいは真逆のスリザリンらしい考え方」
 シャルルはからかいを返した。
 彼と話す時、ある程度のリラックスと緊張感が同時にある不思議な感覚があった。
『なんとも含蓄がありそうな言葉だ』
 皮肉っぽい返事。やはりリドルはスリザリンらしいスリザリン生らしい。つまり目立たず、自分は誰かの後ろでこっそりと暗躍し、指示を出すタイプ。それでいて賞賛にふさわしいある程度の功績は残しておきたい。
 でもそれにしては、5年生での功労賞授与は目立ちすぎる気がする。

「マグル育ちのスリザリン生が2度の受賞は、かなり噂の的になったでしょう。自分で動く理由があったの?それともそのタイミングで賞賛を得ることに意味があったの?」
『君と話すのは気持ちがいいね』
 薄っぺらな賛辞だとわかるけれど、悪い気はしない。マグル生まれ……いや、彼いわくマグル育ちのくせに、かなり闇の魔術に精通した実力のある魔法使いだからだろうか。
 教室はちょうどよく日が差し込み、適度に暖かかった。起きている人はシャルル以外にはほぼいない。クラッブやゴイルはもはや腕を枕にして寝こけているし、ドラコもダフネも目をすっかり閉じている。珍しいことにセオドールもたまに頭が揺れていた。いつも本を読んだり、自習している仲間なのに。研究で疲れているのかもしれない。

『君にどう思われるか心配なんだけど……僕はマグルの孤児院で育ったんだ。夏休みになるとそこへ帰らなければならなかった』
「言ってたわね」
『僕は戻りたくなかった。酷い場所なんだ。ホグワーツを家のように感じていた。けれど学校が閉鎖するような事件が起きて……』
 心臓がドキリと脈打つのを感じた。日記に話しかけた理由に繋がる何かを話そうとしているのかもしれない。リドルとシャルルは親しげに話してはいても、お互い警戒してどこか手探りで距離を測っていた。
 羽根ペンを弄んでいた手を止め、背を伸ばして日記の文字を見守る。
『知っているかは分からないが、スリザリンは秘密の部屋を残した。50年前その部屋が開かれて、可哀想な生徒がひとり亡くなったんだ。それでホグワーツが閉鎖されることになった。先生方は誰も犯人について心当たりが無い様子だった』
 文字は躊躇うように跳ね、考えながら言葉を選ぶかのようにゆっくりと浮き上がってきた。シャルルはもどかしかった。

 継承者に繋がる何かが……繋がる何かを早く。
『僕は本当は知っていた。怪物を飼っている生徒を知っていたんだ。彼は善良で、人を殺すような生徒ではなかったけど、怪物は従えることが出来ないから怪物なんだ。彼を先生に引き渡して僕は表彰されることになった』

 ヘナヘナと頭の先から力が抜けるような感覚がした。シャルルは緊張から開放された。なんだ……。
 リドルが継承者だったのかもしれないと思ったのに。
 しかも、スリザリン生なのに、スリザリンの継承者を捕らえるなんて。
 軽蔑と失望が浮かぶが、もう過去のことだし、彼の気持ちに今のシャルルは理解を示せる気もする。ターニャのようにマグル界より魔法界で生きたかったのだろう。
 だが、まだ手がかりはある。

「継承者は男だったの?」
『ああ』
「その継承者はどうなったの?生徒を殺したのならアズカバンかしら?」
『それが、ディペット校長がホグワーツの汚名を恐れて握り潰したんだ。退学になっただけで済んだ』
「その後のことは?」
『分からないけど、ダンブルドアが目をかけていたから悪いようにはなっていないんじゃないか。……ずいぶん継承者が気になるんだね?』
 訝しげに聞かれ、ぎくりとはするがようやく見えた糸を離したくない。
「あとで話すわ。あなたにも無関係じゃない話よ」

 書いてから、いや、リドルは知っているはずよね?と脳内によぎる。ジニーから聞いている前提で関わっていた。そしてシャルルはジニーや誰かが話しているだろうと気付いていない風を装って。
 これはシャルルとリドルのポリティクス・ゲームなのだ。

 白々しい……あまりにも白々しすぎて怪しい上に、リドルの言葉をどこまで信用出来るかわかったものじゃないけれど、検証はあとにすればいい。
 シャルルは深呼吸した。
 リドルと話すのはやはり、心が強ばる。他の誰にも感じない感覚。

「継承者の名前は?」
『……彼は故意じゃなく過失だった。退学にまでなったのに、これ以上彼の人生を踏みにじるようなことは……』

 ここまで来てそんなことを言うの!?
 シャルルは怒鳴りつけたくなった。
 意図をはかるために試しているんだろう。はやる気持ちで手をもたつかせながら書き込む。

「今ホグワーツでまた部屋が開かれているの。無垢な生徒がどんどん倒れているわ。前の継承者がまた行動を始めたか、その子孫がきっといるのよ」
『秘密の部屋が?』
「継承者を捕らえたあなたにしか分からないのよ。お願いリドル、今を生きる子供たちを守ると思って助けてほしいの」
 シャルルも白々しく言葉を並べた。
 でも、お願い、と懇願する気持ちだけは本当だ。今を生きるシャルルのためにその名前を教えて欲しい。シャルルならスリザリンのくせに継承者を教師に売るようなマネはしない。

『君は純血だろう?どうしてそこまで他の生徒を気にする?』
 文字に力がこもっていて、なんだか威圧的な雰囲気を感じた。シャルルは一瞬なぜか言い訳をしそうになった。日記を見つめる。
「ルームメイトがマグル育ちの混血で、マグルに虐待されているの。ホグワーツが閉鎖されたらその子はマグルに戻ることになるわ」
『……』
 咄嗟に浮かんだターニャを使ったが、これはリドルの共感を求める意味で最善手な気がした。
「彼女は泣いていたわ。マグルに戻りたくない、わたしは魔女だって。わたしは彼女に深い同情を覚えたわ」
『……僕と同じだ。もしあの頃の継承者が戻って来ているなら、僕も手助けをしたい』
 シャルルははしたなく机の下で勝利の拳を握った。

『継承者の名前は……ルビウス・ハグリッド。当時グリフィンドールの3年生だった』

 ──ルビウス・ハグリッド?グリフィンドール?
 その名前をどこかで聞いたことがあるけれど、思い出せない。高まった熱が置いてけぼりになる。

『彼はホグワーツ内で危険な怪物を飼っていた。僕は彼がこっそり育てているのを知っていたんだ』
「怪物って?」
『アクロマンチュラだ』
「取引禁止品目に指定される超危険魔法生物じゃない!人肉を好む……ホグワーツで飼ってたの?」
 背筋がゾワリとする。死者がたった1人で済んだのは奇跡なんじゃないだろうか。でもアクロマンチュラに人を石化する力は……あっただろうか?
『ああ、本当に危険な……そのときはまだ子供だったけど、それでも1人食い殺された。君たちの代は死者はまだ?』
「ええ。幸いなことにまだ誰も。その継承者に子供はいないのかしら」
『分からないけど、いたらすぐ分かると思う。彼は巨人とのハーフだから』

── 禁じられた森の傍に犬小屋よりも酷い家があるだろう?あそこにはハグリッドとかいう野蛮人が住んでるんだ。
── あの森番は巨人族と魔法族のハーフなのよ!

 ハグリッド!
 おぞましいハーフの森番のことをシャルルは思い出した。まさか、彼がスリザリンの継承者だなんて……。
 シャルルの脳内で激しく嫌悪感と崇拝心がジレンマを引き起こした。

『シャルル?』
 文字を見てハッとし、シャルルはとりあえずその問題を脳の隅っこに置いておいた。受け入れる時間が必要だ。リドルの証言を確かめてからでも遅くはない。
「ごめんなさい、色々なことを一気に知ったから動揺して……。50年前の被害者は誰だったの?」
『マートル・エリザベス・ウォーレン。マグル生まれのレイブンクローで、不幸な事故死として片付けられたよ』
 その名前もシャルルは書き留めた。
 魔法史の羊皮紙は新しい情報でいっぱいになっていた。

*

「どこ行くの?」
「ちょっと調べものにね」
「また図書室?よく飽きないよね。たまには陽の光を浴びながらおしゃべりでもしない?」
「片付いたら行くわ」
「それっていつなの?」
 呆れ声のトレイシーに軽く手を上げ、シャルルの足早に図書室へ向かった。連日図書室にすし詰めになっているが、求めている情報はなかなか集まりきらない。

 ホグワーツで死者が出たことは完璧に抑制されていた。当時の校長、アーマンド・ディペットは高く評価され、蛙チョコレートで偉人としてカードに載っているが、その政治的手腕はたしかなようだ。たぶん、彼はスリザリン出身だろう。
 狡猾に事件を抑制し、メディアを支配し、名声を守っている。

 50年前はさらに純血名家や権力者への不透明度が高く、新聞記者たちの力は低かった。当時の新聞に載っている魔法省のゴシップは、大概が政争で民意を操るためのものだろう。
 出てくる名前はたいてい混血かマグル生まれであり、たまに出てくる純血名家のゴシップの後には、さらに力のある名家の成功へと続いていた。

 マートル。マートル・ウォーレン。
 彼女の記事はどこにもない。
 恐らく父に聞けば、裁判所か法執行部、あるいは大臣室に残っている資料があるだろうけど、ヨシュアに尋ねた時点でシャルルが秘密の部屋について調べていることが確定的になる。怒りを買うのは間違いない。

「あー、もう!」
 小声で苛立ちを発散させる。

 ただ、アクロマンチュラの生態については調べてある。
 1965年の実験的飼育禁止令以前に人工的に作り出された魔法生物で、M.O.M分類でXXXXXの最上級レベルに分類される。
 人肉を好み、8つの目を持ち、巨大で鋏も持つ。暴力的で肉食的。牙には非常に強い毒液を持ち、高いレートで売買される。
 そして1794年に初めて発見されたとされる。
 実物を見たこともないし、そもそもアクロマンチュラの生態自体詳細に記された書物が少ないため、確定は出来ないが、やはり石化能力はないだろう。
 毒液は稀少で、その強力な毒は単体よりも魔法薬の調合に使用され、アルマジロ調合薬やセイレーンの代永薬のような、生命維持に致命的な損傷を与える効能がある。

 ……ふうん?
 闇の魔術師によって作り出され、手を離れて繁殖したアクロマンチュラが、実は1000年前からスリザリンが作り出していました──というのは無理があるだろう。
 スリザリンが作り出したアクロマンチュラに特別に石化能力がある可能性があることも否めないけれども。

 わたしがスリザリンだったならば、自分の手足に使う魔法生物は、蛇にする。末裔に血によってしか受け継がれないパーセルタングはスリザリンの象徴であり、本人も好んでいた。誇りに思っていたから、寮のシンボルに蛇を選んだのだと思う。
 それにパーセルマウスは稀少だから、他の人に操られない生き物を選びたくなるだろう。
 もちろん、これは推量とも言えない、空想の域を出ない産物だけれども……。

 ルビウス・ハグリッドがホグワーツにいるなら、会いに行ってみたい。
 でも継承者にのこのこ会いに行って殺されないとも限らないし、しらを切られて殺される恐れもある。アクロマンチュラによって退学させられたなら流石にアクロマンチュラは処分されているだろうが、彼は禁じられた森を支配している。
 ハーフ巨人なら力で敵うわけもない。
 継承者ならば懐に潜り込んで仲良くなるのも時間がかかるだろう。それに、デミヒューマンに対して自分が嫌悪感を抑えられるかどうか……。

 ハグリッドが継承者であると仮定すると、激しい嫌悪感の失望感に苛まれる。

 シャルルは首を振った。
 いや、ターニャの件で分かった。人は生まれを選べない。ハグリッドが好きで、おぞましい生き物として生まれてきたわけではない。彼の父と母がおぞましい生き物として産んだのだ。
 そこにはたぶん、恋が絡んでいる。
 種族の差を超えた恋とかいうもののために、先のことや産まれてくる子のことを何も考えず、その時の感情のままに、後先考えずに交尾するから可哀想な境遇の子供が産み落とされるのだ。

 本人も、サラザール様も可哀想だ。
 血を穢されたサラザール様。
 生まれ損ないにされたハグリッド。
 きっと彼も、本人のどっちつかずの種族より、魔法族として血を誇ったからこそ秘密の部屋を探し出して開いたのだろう。

 そう考えると、シャルルの胸は同情で痛んだ。
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