28

 ホグワーツ生なら、1年半も学校に通っていればたいてい自分のお気に入りの場所を見つけている。ブレーズ・ザビニと取り巻きが集まるのは、談話室の本棚近くの広めのソファ席か、ジェシカの部屋だった。
 魔法史教室にほど近い2階の廊下には紫髪のファンキーな女性の絵がある。ザビニと2人でお茶会をする時は薬草学クラブの温室や花畑の見える塔が多かったが、シャルルが「あなたと話したいの」ではなく、「あなた達と過ごしたいの」というと、眉を上げてシャルルをここに連れてきた。

「あら、いらっしゃい。キザな蛇ちゃん。お元気?私の歌でも聞きたいかしら?」
「やぁ、今日も素敵だねジェシカ」
 ザビニは絵にすら紳士的なのかと少し驚く。彼女の出身寮も血筋も定かではないのに。ジェシカというのは芸名だ。生前彼女は魔法界で有名なアーティスト女優だった。
「あなたの排気ガスみたいな髪も素敵よ」
「排気ガス?」ジェシカは答えずシャルルにも逆さまになりながら笑いかけた。「クラゲの女の子もキュートね」
「ジェシカ、君の休憩室に案内してくれないか?手土産も持ってきたよ」
 ザビニがローブから小瓶を取り出した。中には潰れたカエルが何匹も重なっていた。
「素敵!」
 ジェシカが歓声を上げると、絵からドアノブが飛び出てきた。ザビニは扉を開いて目を丸くするシャルルに「どうぞ?」と眉を得意げに上げてエスコートした。

 絵の裏にはカラフルな空間が広がっていた。寮の寝室の半分くらいの大きさだ。カーブを描いた大きなソファには緑と紫のマルチカバーが掛けられ、丸いローテーブルが置かれている。奥の壁には茶色の本棚があり、書籍やぬいぐるみ、小さな観葉植物、人形やティーセットなどが所狭しと飾られている。スペイン風の刺繍の丸椅子もいくつか点々と並んでいる。
 少し錆びたゴールドのシャンデリアがレトロな雰囲気を醸し出していた。
 全体的に目に痛い配色で、ごちゃごちゃしているが不思議と纏まっていて居心地が良さそうだった。
 でもザビニや、スリザリン生の趣味ではない気がする。温かみがあるが上品とは程遠い。

「ここは?」
「ジェシカの部屋だよ」
 彼が説明にもなっていないことを端的に答えた。
 部屋の中にはミリセント・ブルストロードやサリーアン・パークス、ゾー・アクリントン、エゴン・フォスターが既に思い思いにゆったりと過ごしていたが、シャルルを見ると全員腰を浮かしかけた。ザビニ派は他にも何人かいる。同学年の派閥の中ではザビニ派がいちばん多かった。

 ソファのひとつを一人で優雅に使っていたブルストロードを寄せて、ザビニがシャルルを座らせる。
「な、んでスチュアートがここに?」
「お話してみたかったの。突然来てごめんなさいね。交ぜていただいてもかまわないかしら?」
 ブルストロードは渋い顔で「ザビニが誘ったならいいんじゃないの」とぶっきらぼうに言う。

「こんな部屋があったなんて知らなかった」
「なかなか悪くないだろ?少しうるさいけどね。でもここには誰も来ないよ」
「誰から教わったの?」
「母さ。母さんは性別も生死も関係なく愛されるのが上手い」
「あなたのようにね」
 ザビニの母親を見たことは無いが、母親譲りだろうと思わせる形の良いセクシーな唇を片方だけ釣り上げて、満足そうにシャルルを横目で見つめる。彼はスリザリンで成り上がりだと影でバカにされているが、シャルルの手助けなど必要のないくらい、ひとりで自分の利益を確立している。
 シャルルに出来ることと言えば、対外的に「高貴な子女」がザビニを「認めている」というパフォーマンスをするくらいだ。

 シャルルは杖を振って棚から人数分のお皿を取り出した。
「これ、お母様から送られてきたフェアリーケーキよ。ブルストロードは甘いものはお好き?」
 彼女は面食らい、笑みを浮かべてお菓子を差し出してくるシャルルから居心地悪そうにひとつつまんだ。
「……いただくわ」
「プレーンにチョコチップとレモンメレンゲ、ストロベリークリーム、バニラとレーズンがあるわ」
「……ありがとう」
 勉強会でくらいしか話すことがないのでパークスは鷹のような目でシャルルを探っている。
「アンダーソンは今日はいないのね。いつも一緒でしょう?」
「さぁ。後から来るかもしれないけど」
 肩を竦めて気だるげにパークスは答えた。レモンメレンゲ味を一口食べ、紅茶を飲んで「美味しいわ」と呟いた。

 全員がシャルルの一挙一動に注目し、居心地が悪そうだった。変わらないのはシャルルと、彼女を連れてきたザビニだけだ。
 1点の曇りもない宝石のような高慢なシャルルは、周囲の空気にもちろん気付いていたが、だからといってそれに萎縮したり、自分が帰ろうと思うことはない。なぜなら周囲の人間がそれに合わせるのが当然だからである。
 ザビニと関わるうちに、他人の機微に合わせて気を遣うことを、ひとつの思考回路として覚えたくらいだ。相手に合わせて会話回しをする基本的な社交術はまだまだものに出来ているとは言えない。シャルルは人に関わる機会が少ないし、パンジーやダフネは自分のしたいこと、話したいこと、好きなことを話していればそれだけで人と繋がることが出来た。
 だから今もパークスとブルストロードが、シャルルに水を向けていた。
「スチュアートはクリスマス残ったんでしょう?休暇中のホグワーツはどうだった?」
「人が少なくて快適だったわ。先生方も緩くなっていて、ちょっとした時間破りくらいならお目こぼししてくれるのよ。それに巡回も減ってて、深夜に出歩いても見つからなかったの」
「夜に歩き回ったの?」
「普段はできないちょっとした探検よ」
「面白いものはあったか?」
 ザビニが口を挟んだ。フォスターとアクリントンは、ほぼ関わりがないからか貝のようにむっつりと押し黙っている。女子勢より緊張しているようだった。
「隠し部屋を見つけたくらいね」
「へぇ。俺が通ってるところと別だといいけど。寝心地良さそうなベッドはあった?」
 フォスターが「ズッ」と吹き出して、慌てて口元を抑えた。シャルルも「幸運なことにあなたの行きつけとは違うようよ」と呆れ笑いをした。ガールフレンドたちとの逢瀬を楽しむために、彼はジェシカの部屋以外にお気に入りのスポットを持っているようだ。舌を巻いてしまう。

「じゃあ秘密の部屋については、依然調査は進まないままか」
 サラリと彼が言う。見抜かれていたようだが当然だろう。シャルルがわざわざホグワーツに残り深夜徘徊して探検しているとなれば、否応にもその答えと繋がる。
「でもドラコがミスター・ルシウスから教えていただいた情報によると、以前も部屋が開いたみたい。その時はマグル生まれが被害を受けたんですって」
「被害?石になったのか?」
「亡くなったって」
 マグルの血が混じっている四人はサッと一瞬表情を曇らせたが、純血のザビニは「ふぅん?」と面白そうに小首を傾げた。
「前も継承者がいたんだな。じゃあ前開かれたときの子孫なのかもね」
「他には何か分かってないの?いつ開かれたとか、死んだ子の名前とか」
「マルフォイが言うには50年前らしいわ。一応図書室で当時の新聞や事件を調べているのだけれど、なかなか見つからなく、て……」

 シャルルはパカッと口を開けた。
「50年前といったら、今回の継承者は孫にあたるのかな。スリザリンの末裔がまだ残っていたとはね。よかったじゃないか」
「50年前……」
 一点を見つめて突然固まったシャルルに、ザビニがソファに体をもたらせながら「……?シャルル?」と不審そうに見やった。
「そうよ!50年前!なんですぐ思い付かなかったのかしら!」

 シャルルは叫んでローブから黒い手帳を取り出した。表紙には「T・M・リドル」と書かれている。50年前のスリザリンの監督生。二度のホグワーツ功労賞。死んだ生徒。秘密の部屋。何かが繋がっていく。
「どうしたんだよ……突然」
 ザビニは珍しく狼狽えていた。少し引いている。そういえば彼の前で突拍子もないところを見せたのは初めてだったかもしれなかった。パンジー達やドラコ達、セオドールはとっくにシャルルのそんな思いついたら猪突猛進なところに慣れているが、ザビニはシャルルを「せっかち」だとからかう割に、シャルルの猫を被った気品のある態度しか知らないのだ。
 しかしシャルルは動揺するザビニや、呆気に取られる四人を無視して手帳を勢いよく開いた。
 リドルの日記は絶対に何か秘密の部屋と関わりがあるはずなのに、それに気付いただけではこの日記に隠された何かを教えてはくれないようだ。
 相変わらず真っ白に佇んでいる。

「いたっ」

 夢中になって素早くページを確認しているうちに、紙が指先をピッと掠め、僅かにページに血が滲んだ。指先がじんわりと痛む。
「大丈夫?」
 パークスが義務的に労りの言葉をかけ、ブルストロードが目線でシャルルを伺った。頷くと杖を構えて「エピスキー」と唱えた。
「ありがとう、ブルストロード。すっかり痛みも消えたわ」
「いいけど、どうしたのよ?あんた変よ。突然ここに来てみたり、いきなり手帳?本?に齧り付いたり……」
 シャルルは苦笑した。
「ちょっと気が急いてしまって……継承者の手がかりを見つけたかと思ったの」
「それが手がかり?」
「そういう訳じゃないんだけど……」
 シャルルは誤魔化すように首を振ってリドルの日記帳に目を落とし──絶句した。

 真っ白なページに滲んだ血は消え、変わりに黒い文字が浮かんでいた。

『初めまして。君はブラック?』

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