24

 シャルルは何度もブレスレットのついた手首を掲げては、暖炉やシャンデリアを光に透かして煌めく様子を楽しんだ。頬を上気させて嬉しそうにはにかむ彼女にドラコも嬉しくなる。
 手首を大事そうにさすりながら、シャルルは何度もお礼を口にした。

「ハハッ、何回言うんだよ」
 ドラコが機嫌の良い笑い声を上げた。「君からもらったクリスタル・クロックも気に入ったよ。センスがいいじゃないか」
 白い蛇の模様が描かれた硝子細工の小さな置時計は、手が届かないほどではないけれど、それなりに高価だった。でも、聖28一族で親しくしてくれる子息子女には消えものでなく、長く残るものを贈りたかったのだ。なおかつ、ある程度実用的なものを。見るたびにシャルルを思い出しやすい。

「食堂に行こう。休みに入ってから寝坊ばかりで、ちゃんと朝食を取っていないだろ?」
「面倒で」
 肩を竦めると、ゴイルとクラッブが目を剥いた。シャルルがあげたお菓子をさっそく貪っている。
「面倒?食べるのが?」
「ええ、まあ」
 苦笑するシャルルにゴイルが呻く。「信じられない……食べられないなら、俺は死んだ方がマシだ」
「まったくだ」
「あなた達はそうかもしれないわね」
 食べかすを零している彼らとソファにスコージファイをかけて、ドラコ達は並んで歩き出した。

 大広間は見事に飾り付けられていた。大きなクリスマスツリーが何本も置かれていて、豪奢なシャンデリアの下で霜が煌めいている。天井には縫うようにヤドリギが広がり、天井から暖かい雪がそっと降っている。雪は手に乗ると一瞬で儚げに消えた。
「美しいわね……」
 さすがホグワーツだ。実家でもイベント好きな母親がクリスマスになると家中を飾り付けるけれど、ホグワーツは厳格で荘厳な雰囲気がある。
 感嘆して呟くシャルルにドラコは「そうか?悪くはないかもしれないが」と気のない返事をし、クラッブ達は食事にしか目がいっていない。

 大広間には人がポツポツといて、双子のウィーズリーが何やら騒いでいて、パーシーが叱りつけているのが見える。ジニーは浮かない、青ざめた顔色でもそもそと食事を口に運んでいた。3人組はいないようだ。
 ジニーと視線が絡み合った。彼女は縋るような顔をしている。シャルルは眉を下げて首を振った。

 席に着くと、ドラコがスモークサーモンとスクランブルエッグを取り分け、ペイストリーの籠をシャルルの前に寄せた。休暇が始まってから彼と毎日お茶をしたり、夕食を共にしたせいなのか、前よりもなんだか世話焼きで甲斐甲斐しくなったような気がする。
 スリザリンのテーブルは静かだ。食事中に会話も交わすけれど、食器の音は当然のごとく響かず、咀嚼音は絶対にしない。(まぁ、ドラコの両脇に例外はいるけれど……)食事中に大声を上げる人もいない。他の寮生は賑やかだから、大広間に来るとスリザリンが静けさによって隔絶されているみたいだ。

「パーティーに出席しない休みなんて久しぶりだな。こんなに自由なら、毎年残りたいくらいだよ」
「やっぱり挨拶回りは大変?」
「まぁね。いずれ父上の仕事も手伝うだろうし、知人はいくらいても困らない。君も本格的にパーティーに出席しないと将来大変だぞ」
 魔法界は一昔前と比べ、家柄に過剰に拘る気風は薄れてきてはいるが、魔法省は依然として伝統的な体制を保っているし、政治と人脈や経済力は切り離せない。魔法族を牽引するのが純血の名家であることに変わりはない。
「わたしも何回か去年出席したのよ。ウィゼンガモットの判事の方たちと交流したり、法執行部の方にお食事会に招かれたり……」
「君もヨシュアみたいに法律関係の仕事に興味が?」
「うーん、まだ分からないわ。でも魅力的なのは確かね」
 魔法省の中でも法執行部の地位は高い。法律を制定出来れば与える影響力も甚大だ。法関係の役人が純血を重んじてくれているのは素晴らしいことだ。

「そういえば、1度だけファッジ大臣にご挨拶をさせていただいたわ」
「ファッジに会ったのか?」
 ドラコが眉を上げる。「父上もファッジとは親しいよ。ダンブルドアに従う無能ではあるが、正しい価値観を持っているし、他者の意見を受け入れる寛容さがあるとも言えるらしい」
 彼はルシウス氏が言っただろうことをそのままなぞった。たぶん、言っている意味は分かっていないのだろうし、納得もしていないのだろう。怪訝に顔を顰めている。でも、ファッジが他人に指示を仰ぐということは、操りやすいということであって、彼と親しくしているルシウスはその旨味をよく理解しているに違いない。
「大臣は今のホグワーツの事件をどう思っていらっしゃるのかしらね。まだ新聞にも載っていないのよ」
「おおかた、ダンブルドアが圧力を掛けているんだろうな。穢れた血がいくら石になろうが、僕らにとっては歓迎すべきことでしかないが、奴にとっては致命的だ。父上はいずれダンブルドアを排斥するだろう」
「今回に関してはお父様もカンカンなの。どこからか事件のことを聞きつけてきて、絶対関わるなって念を押されたわ。冬休みも帰ってくるよう厳命されてたんだけど、勝手に残ったから学年末どれほど怒られるか考えたくもないわ……」
「父親の命令を破ったのか!?」
 ドラコが愕然とした。
「まさか……。よく君の親は許したな。僕の家だったら……」
 背筋に走る悪寒に、ドラコが小さく震える。
「わたしに甘いお父様でも今回ばかりは大激怒よ。吠えメールを送ってきそうな勢いだったわ。でも手紙を無視していたら全く来なくなったの。沈黙が何より恐ろしいわ……」

 軽く朝のプレゼントを見たが、母親のアナスタシアと弟のメロウからのプレゼントはあったが、父親からはなかった。カードすらない。怒りのほどが窺えるというものだ。
 怖いし、悲しいけれど、ちょっと爽やかなワクワク感も感じた。
 親に反抗するのは初めてだったし、ヨシュアはシャルルを今までずっと箱庭の中で色々なことから隠してきた。手を離れた今、少しくらい抗議したっていいはずだ。
 親の心子知らず、ヨシュアの心配する気持ちをよそにシャルルはそんなふうに考えていた。


 部屋に戻り、プレゼントの山をシャルルはひとつひとつ確認して行った。アナスタシアからはマリア・クロスの新作の洋服とハーブティー、メロウからは自分で調合した簡単な魔法薬だった。会えなくて寂しいとつらつらカードに書いてあって、少し胸が痛む。去年あげた魔法薬キットで体調を治す薬を作ったから、風邪に気をつけてお過ごしくださいと、昔よりずいぶん上手になった字で書かれていた。
 パンジーからはカチューシャやバレッタが数個贈られてきた。彼女はシャルルの艶やかな長い黒髪が好きで、色んな髪型をさせるのを楽しんでいる。ダフネは香水、トレイシーはシャンプーセット、セオドールからは絶版している古い呪文の本──おそらくノット家に保存されていたもの──、ザビニからは水色の花束とオルゴール。ミス・サファイアへ、と書かれたカード付きだ。
 他にもネビルやパチル姉妹、ブラウン、ボーンズ、パーシー、ディゴリー、スリザリンの先輩などからカードやお菓子が贈られてきている。

 ある程度整理して、シャルルは机に向き直った。お礼のメッセージカードを書いて、レターセットを取り出す。シンプルな花柄の手紙はジニーに宛てたものだ。
 彼女に送ったクリスマスカードとは別に、「荷物を全部ひっくり返してみたけれど、やっぱり黒い手帳は見つからなかったの。期待に添えなくてごめんなさい。でも探すのを手伝うわ」と雑談も添えて文字にしたためる。これを機に彼女と文通が始まれば万々歳だ。

 羽根ペンを置き、黒い日記帳を眺める。相変わらず手帳には何も書かれてはいない。中を見られたくないと言っていたから、ジニーは絶対、中に何かを書いたはずだ。1年生が使える隠蔽呪文などたかが知れているから、シャルルに分からないはずがないのに、未だに日記帳の謎は解けないままだった。

 シャルルは何度も日記を眺め、意味もなくページを捲って、表紙の文字を読んだ。T・M・リドル。
 裏表紙にはおそらく店名のようなものが書いてある。でもロンドンしかシャルルには分からなかった。
「オックスフォードタイムス……ロンドン、ボグゾール通り……。行ってみたら何か分かるのかしら」
 無意識に独り言を呟くと、向かいのベッドからパッと動く音がした。レイジーがビックリしたように見つめている。いることに気付かなかった。彼女を視界と意識の外に置くことに慣れすぎていたせいだ。
「何?」
 怪訝そうにシャルルは尋ねた。うろたえる彼女が、オロオロと視線をさまよわせている。
「どうかしたの?」出来るだけ優しそうな声を出す。レイジーがおずおずと首をすぼめた。
「あの、今、オックスフォードタイムスって……」
「知ってるの?」
「はい……あの、」
「本当!?」
 シャルルは瞳を輝かせ、前のめりになった。まさかこんな近くにヒントが転がっていたなんて。
「はい……オックスフォードタイムスは、マグルの新聞雑誌店の名前で……ボグゾール通りには行ったことがあるので……」
「マグル?」
 反射的に鼻に皺が寄る。まさか、これはマグルの……。手の中の黒い手帳が一気に小汚く感じる。いや、でもこの手帳はジニーが持っていたし、魔法がかけられている。元の持ち主……T・M・リドルがおそらくマグルの店で買ったのだろう。それならリドル姓に聞き覚えがないことにも納得が行く。おそらく彼はマグル生まれのスリザリン生だったのだ。
 どうやってウィーズリー家の手に渡ることになったかは分からないが、50年もあれば、人から人へ渡るのも不思議ではないのかもしれない。

「そうなの、ありがとうレイジー」
「い、いえ」
 肩を固くしてレイジーはお礼の言葉に恐縮しきった。シャルルは彼女をじっと眺めた。
 自分のベッドで息を潜めるようにして、肩身の狭い生活を送るレイジー。いくらシャルル達に重用されることで優越感を感じていると言っても、休みの間まで召使いの立場に甘んじたくはないはずだ。
 その上この騒ぎが起きている。他のマグル生まれや混血の生徒は怯えきっていて、スリザリン生でも例外ではなかった。

 シャルルは日記を無意識に弄びながら、レイジーに問いかけた。
「ねえ、どうして帰らなかったの?」
「わ、わたしですか?」
「あなた以外にこの部屋に誰か見える?」
 呆れたように笑い、目を回す仕草をすると、彼女はビクビク肩を揺らす。今まで彼女に酷い行いをしたことはないはずなのに、何故かレイジーはいつもビクビクしている。
「そんなに怖がりなのにホグワーツに残るなんて。継承者が怖くないの?」
「……それは……。すごく恐ろしいです……」
 ぽつりと捻り出したようなレイジーの声音は影のように暗く、拳を握った手が僅かに震えている。なのに、何故?そう口を開く前にレイジーが湿った恨みの滲む、しわがれた声で吐き捨てた。
「でも、家に帰るより、継承者に殺された方がよっぽどマシです」
「……。そうなの」
 レイジーの澱んだ瞳がぬらっと不気味に光った気がして、少し圧倒された。ベッドの周りは、痛々しいほど広々としている。
 親と関係が良好じゃないのかもしれないわね。恐怖よりもマグル界に戻る方が嫌だなんて、やっぱり彼女はスリザリンに選ばれただけある。
「じゃあ、良い休みを過ごさないとね。自由を満喫できるうちに」
「はい」
 明るく軽快に言ってみせると、強ばっていたレイジーの表情がふっと緩んだ。シャルルが圧された不気味さは消え、ほんの少し微笑んでいる。無意識に固くなっていた肩から力が抜けるのを感じ、シャルルも微笑みながら、まさか彼女に威圧感を感じるなんて、と少しの悔しさと感心を感じていた。
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