13

 2回目の勉強会は前回より格段に良くなった。テローゼはまず隣のシャルルに声をかけて、レポートのテーマと参考書籍について彼女と語り合い、クラスにそれを意図的に見せつけた。
 その後、シャルルとテローゼはそれぞれ生徒の間を歩き回った。テローゼが話しかけて気分を害した生徒のフォローをしたり、間に割って入り、シャルルが空気を緩める。
 ピリピリと少し緊張した雰囲気は無くならなかったけれど、たとえそれが口論やテローゼへの罵倒であっても前進したことはたしかだ。

 マルフォイと「まあ、前よりはマシになったな」「大躍進よ!わたしの作戦勝ちよ!」と笑顔を交わし合う。
「テローゼは君が?」
「ええ。わたし達相手じゃ他の子が萎縮しすぎてしまうみたいだから」
「君が突然あいつとティータイムを始めた時は正気を疑ったけど、結果的には上手く転んだみたいだ。強引すぎる手だとは思うけど」
「手っ取り早く進めてしまいたかったの。わたし達は交流を怠りすぎたのよ」

 教室を出て行こうとするテローゼを呼び止めると、マルフォイを見て嫌そうな顔をしながら近付いてきた。
「ありがとう、助かったわ」
「別に」
 生意気な態度も機嫌の良いシャルルは気にならなかったけれど、マルフォイが眉をひそめた。それを「いいのよ」と制して花が咲くような笑顔を向ける。
「今日からあなたは蛇の身内よ」
 そう言うと、マルフォイは目を剥いて、テローゼは一瞬泣きそうな顔をした。シャルルを睨んで去っていく背中を見送りながら、想定より彼女は使い道があるかもしれないと思った。籠絡の余地もありそうだ。

 マルフォイがシャルルの肩をガシッと掴んだ。
「スチュアート!何を考えてるんだ!?あいつは……」
「分かってるわ。あくまでも彼女は緑のローブを纏う蛇というだけよ」
「充分線を超えてるだろう!?一体何だって言うんだ?博愛精神があいつにまで及んでるだなんて言い出すわけじゃないよな?」
「まさか」鼻で笑ったシャルルは、しかし迷うように視線を落とした。前よりもスリザリンの仲間に対して身内意識と興味が出てきたことは自覚している。
「でも、年度末のせいで、相手がテローゼであっても協力し合わなければと思うようにはなったわ。そうしないとダンブルドアからの搾取に対抗出来ない」
「まあ、それは確かにな……」

 初めて受けた痛烈な屈辱はとてもじゃないけれど忘れられない。たぶん、一生忘れられないと思う。
 シャルルにとってあれは、ただスリザリンの勝利がひっくり返された、だけの問題ではなかった。どうしてこんなに胸が痛むのか、苦しいのか、踏み躙られた気がするのか、憎悪が煽られるのか。休み中シャルルはずっと向き合って考えていた。
 そして分かった。
 ダンブルドアのあの仕打ちは、シャルルの願いそのものを嘲笑う行為だったからだ。
 7年のスリザリンの努力を老人の意思一つで反故にする身勝手さ。それをいかにも正当な評価だとでも言わんばかりの白々しさ。欲望を薄っぺらい正義で包んでいるだけのくせに。
 寮の垣根を超えた友情を築こうとし、事実築いてきたシャルルの願いをダンブルドア自身にぐちゃぐちゃに踏み合わされた気がした。他の寮のあからさまな歓喜にも、認めたくないけれど、シャルルは酷く傷付いた。今までの友情が全部嘘だったような気がした。
 自分のしてきたことが、スリザリンの7年が、ホグワーツ全体の努力が、すべて無に帰し、塵のように扱われたあの年度末のパフォーマンス。
 でもシャルルは諦めないし、あの邪悪な老人には決して屈しない。跳ね返すだけの結果を出すために、スリザリンの団結は必要で、だから今まで視界にすら入れないようにしてきた人間も認めようとシャルルは努力している。

 シャルルはまだ気づいていなかった。
 それが、自分の思想と矛盾し始めていることに。

*

 肌寒い日が続いている。シャルルは温度調節呪文のかかっている、新調したローブを着ているからそれほど寒さは身に堪えないけれど、トレイシーはこのところコンコン水っぽい咳をしている。
「大丈夫?風邪引いたんじゃない?」
「わたしに移さないでよ?ドラコの応援があるし、明日の午後にはドレアノ達とのお茶会もあるんだから」
「うん、今日医務室に言ってみる」
 パンジーの素っ気ない言い方にヘラッと笑い、また咳をした。「それがいいわ。少し鼻声気味の気がするもの」

 お昼を食べた後、トレイシーに付き添って医務室に向かった。去年、ネビルの魔法薬を被り肌が爛れて担ぎ込まれて以来、医務室にはお世話になっていないので久しぶりだった。
「また体調を崩す子が来たのね。さあこれを飲んで、すぐに良くなるわ。それから服を着込んでお腹を冷やさないようにして、スコージファイ……いえ、まだ1年生だものね。手洗いとうがいをしっかりね」
「はい、マダム」
「ありがとうございます」
 ふたりはニッコリ笑っていい子のお返事をした。それがたとえ校医だろうが、自分を評価する権限を持つ目上の人間に対して反射的に礼儀正しく振る舞うことは至極当然の仕草として身に付いている。
 他にも数人の生徒がいてマダム・ポンフリーは忙しそうだった。

 ポンフリーが他の生徒の面倒を見に行くと、渡されたゴブレットをウンザリした顔で眺め、トレイシーが不平を零した。元気爆発薬だ。体調が劇的に良くなる代わりに、ティーンの女の子には喜ばしくはない副作用が出る。「出来ればこれは飲みたくなかったわ……」
 ため息をつき、諦めて一気に飲み下す。
 途端に彼女の髪の毛の間からからシューシューと煙が立ち込めて、羞恥で顔を赤らめた。
「ああシャルル、あんまり見ないで……。こんな姿で人前に出られないよ」
「落ち着くまでここで休んでましょう。マダムは有能だもの、時間はかからないはずよ」
「うん。そうする……煙が治まらなかったら午後の授業は休もうかなぁ。教授たちに上手く伝えてもらってもいい?」
「ちゃんと、トレイシーは体調が悪くてとても出られそうもない、って言っておくね」
 悪戯っぽく笑う。間違っても、みっともない姿で出歩くのが恥ずかしいからサボるそうです、だなんてバカ正直に伝える真似はしない。それに女の子として気持ちは分かる。

「ねえ、シャルル……」
 雑談をしていると、トレイシーがフッと押し黙り、言いづらそうに名前を呼んだ。なにかに思案し、迷っている口調だ。シャルルは首を傾げて続きを促した。
「……あの生まれ損ないのこと、どうするつもりなの?」
「どう、って?」
「彼女と突然親しくしてるでしょ?……友達になるの?」
「友達?わたしが?」シャルルは冷笑した。
 そんなこと考えもしなかった。まさか穢れた血の混じる彼女と友達にだなんて。
「まさかそう見える?」
「てっきり、ある程度対等に扱うつもりになったのかと……」
 罰が悪そうにトレイシーが顔色を伺った。時流を読み、勝ち馬に乗りたいトレイシーとしては、シャルルがイル・テローゼをどういう存在に据えるのかは把握しておきたいところだったが、あまりにも急な態度の変化だったし、シャルルの思惑が読めなかった。
 愚直に尋ねることに躊躇いはあったが、今はまっすぐ聞いても悪感情を抱かれない程度にはシャルルの懐に入れていると思っているトレイシーは、ふたりきりのこの機会にシャルルの真意を知ろうとしたのだ。

 シャルルは困ったように苦笑いした。
「あの子と友達になるつもりは一切ないし、個人的な興味もないわ。でもスリザリンが寮杯を獲得するためには結束しなくちゃ。あの子は実力はあるわ。今までみたいに無視しているのは勿体無い。使えるものは使わなくちゃね」
「じゃあ、ただの道具?」
「やだ、そんな人を冷血人間みたいに……。スリザリンのために、スリザリンとして認める。それだけのことよ」
「ふうん。じゃあ成績のために最低限協力するのであれば、彼女に辛辣にしたり、認めなくてもかまわないってこと……だよね?」
「ええ。足を引っ張る行為は控えて欲しいけれど。対抗心は外に向けられるべきものだから」
「そっか。じゃあわたしもシャルルに合わせた対応を取るわね」
 トレイシーはしばし黙考し、納得したのか頷いた。これでスリザリンとして認めさせるという意図はまずクリアしただろう。シャルルは内心で考えた。トレイシーは顔が広い。今はシャルル達と行動し、マルフォイ派と見られているが、以前はザビニとつるんでいたし、半純血のスリザリン生達ともいくらか交流しているようだ。
 テローゼを他の人がどう扱うかは、それぞれの問題であってシャルルは特に関与するつもりはない。
 同学年の自助努力の過程でテローゼを透明人間から、スリザリンの一員として扱わせることが出来れば、シャルルにとってもテローゼにとっても利益がある。
 そこから自分の立場を上げていくのはテローゼの努力次第だ。

「そろそろ行くわ。教授には伝えておくから、安心してゆっくり休んでね」
「ありがとう、シャルル」

 医務室を出ようとすると、廊下の方から騒がしい声が聞こえた。

「離してよパーシー!私は大丈夫だったら!」
「いいや、駄目だ。このところ毎日具合が悪いだろう。食事もあんなに少ししか食べられないなんて」
「少し疲れてるだけ。薬を飲むほどじゃないわ」
「疲れを甘く見たらいけないよ。環境が変わって、気付かないうちに精神に負荷がかかってるんだ。普段風邪も引かないほど活発なのにこんなにぐったりして、ママが知ったら心配するよ」
「まさか、ママに言うつもりなの?」
「いや、きっと大騒ぎするだろうからね。でもジニーが言うことを聞かないなら、手紙を送ることになる」
「分かったわよ、飲めばいいんでしょ!本当お節介なんだから!耳の穴からボワボワ煙出したい女の子なんかいると思ってるの?」
「僕はただ……心配なんだよ、ジニー。ウイルスも逃げ出すようなチャーリーや、図太さが人の形を取ってるような下の弟達とお前は違うんだから」

 グリフィンドールの監督生、パーシー・ウィーズリーに手を掴まれて、半ば引きずられるように歩いている赤毛の女の子が大きな声で不満を訴えている。
 口論の末、パーシー・ウィーズリーが勝利したようだ。女の子は拗ねた顔でぶすくれている。
 ジネブラ・ウィーズリー。ウィーズリー家の末っ子の女の子。彼女とは話してみたいと思っていた。

「こんにちは、パーシー」
 声を掛けると彼は初めてシャルルに気付いたようで、慌ててジニーの腕を離した。
「あー、こんにちは。少し恥ずかしいところを見られてしまったかな」
 威厳を醸そうとしているのか、コホン、と咳をする。
 彼とはウィーズリー家の兄弟たちの中で最も友好的な関係を築けている。友人と呼べるほどの仲ではないが、会えば挨拶や世間話を交わす間柄だ。
 ロナルド・ウィーズリーのように顔を見合せる度に噛み付いてきたりしないし、常に爆発しているように喧しくて寄り付く隙のない双子とは違い、落ち着いていて会話が通じる。
 勉学に意欲的で図書室でよく顔を見合わせていたのだ。たまに彼に勉学についての質問をすると、それはそれは嬉しそうに相手をしてくれるので、分かりやすいところが可愛くて御しやすそうな相手だった。
「仲がいいのね。妹さん?」
「ああ。新1年生のジニーだ。グリフィンドールに組み分けされて、僕も鼻が高いよ」
「そう。ウィーズリーは勇敢でまっすぐだもの、当然よね」

 スリザリンのシャルルと談笑する兄に戸惑いと驚きを浮かべ、警戒しながらジニーが見つめてきた。微笑んで弟のメロウに向けるような笑顔を作る。
「初めまして、シャルル・スチュアートよ。スリザリンの2年生なの。パーシーとは寮が違うけれど、図書室で勉強の話をしてから色々気にかけてもらってるのよ」
「……ジニー・ウィーズリーよ。その、よろしく……スチュアート」
「よろしくね。具合が悪いんですってね。ホグワーツは大きいし、毎日色々変化や発見があって疲れちゃったのね。引き止めてごめんなさい。またお話出来たら嬉しいわ、ジニー」
「ありがとう、長く話す時間を取れなくて申し訳ないね。また図書室で会おう」
「またね、パーシー」

 手を振って別れると、背中をジニーの視線が追いかけてくるのが分かった。
 グリフィンドールだし、あのウィーズリーの子供だから警戒はされて当然だけど、初対面はまずまず悪くない印象を持ってもらえただろう。
 パーシーと一緒の時でよかった。これが同級生のウィーズリーだったら、嫌味の応酬で最悪の出会いになってしまっていた。

 変身術の教室に行く途中、いつもの3人組の姿が見えた。
「こんにちは、ポッター、ウィーズリー」
 2人はシャルルを見て、うげっと顔を歪めた。
「さっき医務室であなたの妹を見たわ。後でお大事にって伝えておいてもらえるかしら?」
「はぁ!?僕の妹に手を出したら許さないぞ、スチュアート!」
「そんなまさか。妹想いなのね。でもあれだけ可愛い妹さんなら、甲斐甲斐しく守りたく思うのは当然かしら」
「うるさい!まったく、パーシーの奴に詳しく聞いてやらなくちゃ……」
 ぷりぷり怒って速足で教室に滑り込んだウィーズリーと、チラッと振り返ってその後ろをついて行くポッターとグレンジャー。
 火種をわたしから振ってみたとは言え、分かりやすすぎる反応ね。
 やっぱり初対面がパーシーで良かったと、シャルルはくすくす笑った。
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