14

 夕食を食べていると、至るところで悲鳴が上がり、小さな騒ぎが起こっていた。カラフルな煙が上がって、シャルルとパンジーは「何かしら?」と顔を見合せたが、その理由はすぐに分かった。

「ごきげんよう、スリザリンの諸君。ハッピーハロウィン!」
「そして──トリックオアトリート!」

 緑色の肌をした燃える赤毛の双子が口を合わせて突然そんなことを言った。ここはスリザリンのテーブルのはずだ。
 パンジーは反射的に噛み付く前に、呆気に取られてまばたきを繰り返し、ダフネはパンプキンジュースにむせ返った。
 シャルルはなんと返すべきか脳内で様々な言葉が浮かんで、いちばん最初に浮かんだ疑問が口から漏れ出した。
「あー、なんで……緑色なの?」
「これ?ハロウィンだからさ」
「ハロウィンに仮装はつきものだろ?なんでこんな面白いイベントをホグワーツじゃやんないのか不思議で仕方ないよ」
「そう……なの……」
「で、間抜けに固まってるとこ悪いけど、もう一度言おうか?」
「トリックオアトリート!」
「お菓子か悪戯か、どっちを選ぶ?」
「いきなり来てなんだって言うの、誰があんた達なんか……!」我に返って喚こうとしたパンジーを双子はサッと遮った。
「おっと選ばないなんて選択肢はないぜ。言っとくけど」
「こっちは悪戯の準備をたんまりしてるからな」
「脅迫するつもり?」ゴブレットを机に置いて、ダフネが腕を組んだ。双子は腕を組んで「まさか」と呆れたように笑った。

「なんでわざわざスリザリンに?」警戒を隠して慎重に問いかけたが、双子は竹を割ったようにカラッと明快だった。
「全部の寮の奴らに言ってるよ」
「ハロウィンは楽しまなくちゃ!だろ?」
 双子の片割れがウインクし、片割れがパッと笑った。悪意が本当にないのか、完璧に隠しているのか分かりかねたが、ここまで辛辣な視線に晒されても帰らないふたりはかなりしつこそうだ。3人はポケットの中を探った。
「お菓子は部屋に置いてきちゃったわ」ダフネが言うと、双子が視線を交わしてニヤニヤした。「それじゃあ仕方ない」「ああ、仕方ない」「僕達からトリートのプレゼントさ!」
 双子は素早くポケットから丸くて小さいものを取り出すと、杖をひと振りしてダフネの頭の上でパキッと割った。ピンク色の煙がボフンと彼女を包み込み、小さく悲鳴が聞こえる。
「ダフネ!」
 数秒して煙が晴れ、シャルルとパンジーは思わず歓声を上げた。「素敵!」「かわいいじゃない!」
「一体なんなの?」
 ふたりの反応に目をまたたかせてローブから手鏡を取り出して眺めると、ダフネの表情が困惑から驚きと小さな喜びに変化した。
 彼女の薄い金髪の編み込まれた三つ編みに、ピンク色の小さな花たちが点々と咲いて散らばっていた。ダフネのあどけない顔立ちと清楚な雰囲気も相まって、まるでフランスののどかな少女のようだった。

「あんた達、たまにはマトモな悪戯もするのね。わたし達までトロールみたいな格好させられるかと思ったじゃない」
「そっちの方がお望みかい?」
「冗談じゃないわ!」
「スリザリンは緑を常に着てるくせに、肌くらいで小さいな。で、君は?」
「お菓子はないわ」
「わたしも」
 双子が満足そうにパンジーとシャルルにボールを投げた。パンジーは紫、シャルルは水色の煙に包まれ、お互いを見て「きゃあっ」と手を取り合う。
 パンジーの頭にはカチューシャのように紫の大きな花が咲いていて、シャルルには水色に咲いたヘッドティカになっていた。

 喜ぶシャルル達を置いて、双子は「じゃ、良いハロウィンを!」とスリザリンテーブルの男子生徒の方に向かっていった。
「少し恥ずかしいけど、こんな悪戯なら素敵だわ」
「あんな奴らに振り回されるのは御免だけどね」
 ダフネがはにかみながら嬉しそうに言った。パンジーもグリフィンドールを認めるのは癪に思いつつも、3人でお揃いのオシャレをする悪戯は認める口ぶりだ。

 しばらくして男子生徒の悲鳴が上がった。緑色の煙が上がる。
 グラハム・モンタギューとマーカス・フリントの肌が、双子と同じ緑色になっていた。


 去年のハロウィーンは、トロール騒ぎがあって水が差されてしまったが、今年は素晴らしいものだった。
 盛大な飾り付け、美味しいハロウィンの晩餐、骸骨舞踏団の豪華な演奏に合わせてダンスを踊るのも最高に楽しかった。
 満足感に充ちて寮に向かって歩いていると、群衆が突然立ち止まって重苦しい沈黙が落ちた。
「どうしたのかしら」
 ダフネがシャルルに囁くと、三つ編みから咲いた花がふわふわと耳を擽る。双子に掛けられた可愛い悪戯はまだ頭の上に残っていた。
「おい、どけ!」
 マルフォイが生徒たちを押しのけて、「すごいぞ!」と上ずった声で叫んだ。シャルルも彼の後について、肩からひょっこり前を覗いた。

 いちばん始めに、吊り下げられた小さな何かが目に飛び込んできた。よく見るとそれは、フィルチの猫のミセス・ノリスだった。脚が伸び切り、目は見開いて、一切微動だにしない。完璧に硬直している。
 シャルルはヒュッと息を飲んで、口元を両手で覆った。生き物がこんな風に硬直する現象をひとつだけ知っている──。
 猫の前にハリー・ポッター、ロン・ウィーズリー、ハーマイオニー・グレンジャーが立ち尽くしていて、その周りは水浸しだ。
 そして、廊下の隅の壁に、ぬらぬらと鈍く照るような赤い字でこう書かれていた。

『秘密の部屋は開かれたり
 継承者の敵よ、用心せよ』

*

 シャルルは食い入るように壁の文字に釘付けになった。何度も読み返し、雷が落ちたような興奮が頭から爪先まで駆け巡った。
 マルフォイが前に出て、静寂を破った。
「継承者の敵よ、用心せよ!次はお前たちの番だぞ、『穢れた血』め!」
 青白い頬を紅潮させ、唇を釣り上げて嘲笑う。

 やがてポッター達は駆けつけた校長やフィルチ達に連れて行かれ、残された生徒は監督生と他の教授に追い立てられるように寮に帰らされた。
 シャルルはずっと無言だった。
 全身が心臓になったみたいで、口を開いたら叫び出しそうだった。運動もしていないのに息が上がって、顔が熱い。

 談話室に入ると、シャルル達はいつものメンバーでいつもの暖炉前の席を占領した。スネイプの私室がある地下の廊下では必死に声を抑えていた生徒たちは、寮に入るなり口々に意見を交わし始めた。
「あの猫って、フィルチの猫よね?鬱陶しく生徒を監視してる……」
「そうね。ミセス・ノリスのあの様子……あれって……」
「どう見ても……死んでいた。そして次はあいつらがああなるんだ」
 酷く楽しそうにマルフォイが唇を歪めた。
「ドラコはあれが何か知ってるの?秘密の部屋だとか、継承者だとか」
「ああ」仲間の会話を聞くたび、うずうずしてたまらなかった。足を揺らして落ち着かない様子で、顔を赤らめているシャルルにマルフォイが「スチュアート?」と声をかけると、シャルルは飛び跳ねるように立ち上がった。
「秘密の部屋が開かれたの!開かれたのよ!」
「シャルル?」
「今、このホグワーツに、継承者がいて、秘密の部屋が開いた!わたし達は今伝説に立ち合ってるの!こんなことがあるなんて!」
 シャルルは興奮してフウフウ口呼吸をした。
 ダフネとパンジーとトレイシーが呆気に取られてシャルルを見つめている。
「こんなスチュアート、初めて見た」とマルフォイが呟き、セオドールが「無理もない。シャルルはずっと創設者好きを公言していたからな。特にサラザール・スリザリンを」と繋いだ。

「創設者?サラザールに関係があるの?」
「トレイシー!知らないの?ダフネもパンジーも?」
 シャルルは愕然として、唇を舐め、口を開いた。

「創設者4人はホグワーツを建てたけれど、意見の相違でついにサラザールはゴドリックと絶縁し、ホグワーツを去った。1000年以上も前のことよ。でもサラザールはホグワーツに遺産を遺した。それが『秘密の部屋』。部屋の中にはサラザールに忠実な怪物がいて、真の継承者が部屋を解き放ち、サラザールの遺志を継ぐ──。
 言い伝えられている伝説は知ってたけど、ああ、まさか本当にサラザール様の遺産があったなんて!歴史の分岐点を観測出来るなんて!本当に夢みたい!夢なのかしら?」

 早口で捲し立てながら、シャルルは涙ぐんでソファの周りを落ち着かなくウロウロした。おもむろにセオドールの肩を掴んでぐいと顔を近付けた。
「ねえ、わたしの顔を叩いてちょうだい」
「はぁ?」狼狽えて仰け反ると、シャルルがますます顔を近付けた。「落ち着けよ、シャルル」
「落ち着いていられないわ!叩くか、つねるかして夢じゃないって確かめさせて」
「自分でやればいいだろ」
「自分では違うの!マルフォイでもいいわ!」
 シャルルのきらきら潤んだ瞳が目の前に近づいて、マルフォイは咄嗟に赤くなった。
「つ、つねればいいのか?」
「ええ!ぐいーって、やって!」
 ため息をついて、恐る恐るシャルルのまろい頬に指先を添わせる。躊躇いながらゆっくりつまむけれど、「ぜんぜん痛くないわ」と抗議の声が入り、マルフォイは視線を必死に逸らしながら手に力を込めた。
「いたっ」
「す、すまない」
 緊張から力加減を間違ってしまい、思いのほか強くつねってしまった。慌てて手を離し謝罪したが、シャルルは嬉しそうに「夢じゃないんだわ!伝説は本当だったのよ!」と浮かれた様子ではしゃいでいる。つねられた頬がほんのりと赤くなっていた。

 フウフウ言っているシャルルの腕を引っ張って、ダフネが無理やりソファの隣に捩じ込んだ。
「あなた興奮しすぎよ。可愛いけど、少し驚いたわ」
「だって……」
 背中をさすられながらからかわれ、ようやく落ち着いてきたのか、恥ずかしそうに肩を竦めてはにかんだ。「サラザール様の生きていた残滓が見えて、少しはしゃぎすぎちゃった」照れた顔はダフネの目から見ても殺人的に可愛く、なおかつ、シャルルがここまで興奮したり照れたりするのは非常に稀なので、マルフォイが彼女を熱の篭った視線で見るのも当然だとダフネは思った。

「それにしても……」パンジーがマルフォイを見つめた。「ドラコもノットも落ち着いてるわね。お父様から聞いていたの?」
「いいや」マルフォイは杖を弄びながら首を傾けた。「何も?」
 つまらなそうな言い方はむしろ、わざとらしい含みが感じられて、シャルルは前のめりになった。
「何か知ってるのね!?セオドールも!?」
「僕は知らない」
 自分まで巻き込まれてはたまらないというように、彼は素早く否定した。加えて、「父上に梟を送ってみる」と付け足して、シャルルの興味を先んじて削いでおく。付き合いが2年目になり、だんだんと彼女の扱い方がセオドールにも分かってきた。

「誰が継承者なのかしら。当然純血で、おそらくスリザリン生だと思うのだけど」
 悩ましげな吐息を零し、暖炉のパチパチと爆ぜる炎を眺める。
「もしかして、ドラコが継承者なの?」
 パンジーは期待に満ちた視線でうっとりマルフォイに熱視線を浴びせるが、彼は今度は本当に残念そうに首を振って、「いいや、僕ではないし、心当たりもない。もし知っていたら粛清の手助けをするのに」と焦れったそうに言った。
「継承者って何をもって継承者なのかな。スリザリンの直系の家系って、もう途絶えてると思ってた」
 トレイシーはシャルルの顔を見た。創設者フリークで、ロウェナ・レイブンクローの直系の血を引いている彼女なら何か知っているかもしれない。
「聖28一族のゴーント家ね。かの家はずっと歴史の勝者だったけれど、数百年前から徐々に没落して今はもう何の足取りも残っていないの。途中から表舞台から姿を消してしまって、だからきっともう断絶してしまったのね」

 ゴーント家は(おそらく)途絶え、ブラック家は犯罪一家に成り下がり、プルウェット家は例のあの人に虐殺され、ポッター家もスチュアート家もマグルの血が混ざった。ブルストロード家もミリセントが家系図に戻され、彼女が家を継ぐなら直系は純血でなくなってしまう。
 魔法界を牽引してきた先人たちが遺してくれた、貴重な文化と血統という遺産がどんどん喪われていくのが、シャルルにはどうしようもなく虚しくて口惜しい。

「スリザリンの血が1000年前から傍系に広がっている以上、継承者を特定するには情報が足りなさすぎる」
 セオドールが静かに言った。
「そうよね。今はこれからの動向を見守るしかないわね」
 本当はすぐにでも会って、手伝えることがあるなら手伝い、色々と議論を交わしたいけれど、シャルルは諦めて肩を落とした。
 そしてマルフォイの横顔を盗み見た。
 彼のツンと上向いた鼻とシャープな輪郭の、美しい横顔を眺め、心の中で、いずれ彼が知っている何らかの情報を聞き出さなくちゃと思った。

[ back ]



×
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -