03

 2ヶ月の夏休みはあっという間に過ぎた。
 誕生日パーティーの後もダイアゴン横丁に遊びに行ったり、今年ホグワーツに入学する従兄弟のリディア・ダスティンにお祝いを言いに行ったり、マルフォイ家やパーキンソン家に招待を受けたり、宿題をして新学年の教科書を読み漁ったり……。
 シャルルは毎日ヨシュアに魔法の特訓を受けた。
 死喰い人だと思われるクィレルの話や、賢者の石が持ち込まれていたこと、痛い死に方をするとわざとらしく脅迫された禁じられた廊下、クィレルがマルフォイやセオドールに父親のことを脅したこと(その父親の中にヨシュアが含まれていたことはシャルルは黙っていた)。
 話を聞いた父親は憤懣やるかたない様子でダンブルドアやホグワーツの安全について怒り、ますますシャルル自身が力をつけなければならぬという結論に達していた。
 シャルルはただでさえ難しい立ち位置なのだから……。

 ハウスエルフを相手にいくつか高度な呪文を実践し、癒しの呪文と闇の魔術もいくつか教わった。ヨシュアは闇の魔術に対しての造詣はあまり深くないが、有用な呪文は実践を踏まえて活用していた。
「それから、シャルル。いくつかのクラブに入り貪欲に知識を得る姿勢は好ましい。しかしフリットウィックはデミヒューマンだ。近付きすぎないように」
「分かってるわ、お父様。ホグワーツの教授でマトモなのはほぼ居ないから。スネイプ教授くらいしか、人間性も含めてスリザリン生が信頼出来る方はいないもの」
「わかっているならいい。だが、セブルスも……」
 ヨシュアは目を逸らし、僅かに言い淀む。彼とは懇意だったはずなのに、なにか疑念があるらしい。自分の父親がシャルルの知らない様々な情報を握っていて、かつ、自分の知らない様々な後ろ暗いことを抱えているのは知っていたが、それらに気付かないふりをするのはウンザリする。
「大人は信用出来ないってことね。分かったわ、お父様」
 その大人には自分の父親も含まれていたが、それは気づかなかったようで、ヨシュアは満足げに頷いた。
「何かあれば私に手紙をすぐ寄越しなさい。学校ではセブルスは動いてくれると思うが、その情報の取捨選択もきちんとするように」
 ホグワーツは英国魔法界で最も安全な場所では無かったのだろうか。それともその安全はダンブルドア信者のみのものなのだろうか。
 あの忌々しいグリフィンドールのクソッタレのように無謀な冒険をしたいとは思わないし、危険からは距離を置いて利益を得るのが賢い人間の在り方だと思う。けれども今までのように物ごとに敢えて無関心でいるよりは、情報を集めることをもっと重要事項とした方がいいかもしれない。
 情報は知りすぎれば危険だが、扱い方で剣にも盾にも毒にもなる。

 ホグワーツに戻る日がやってきた。
 帰るのが嬉しい気持ちも、帰りたくない気持ちもある。痛みは消えていたが屈辱は消えていなかった。シャルルの心臓に硬質化された黒い呪詛の結晶は明確に形を持って残っていた。

「お姉様、また行ってしまうんだね」
 スカートをちょんとメロウが握る。この1年でちょっとだけおとなになったメロウは前みたいに駄々を捏ねなくなったけれど、そのかわりに甘ったれた声でモジモジかわゆく心を掴むのが上手になっていた。
 無自覚か計算か分からないが、シャルルその彼のかわゆいおねだりにちゃんときゅんとして、メロウを優しく抱き締めた。去年はワクワクで彼のさみしさにきちんと向き合う余裕がなかった分、今年は彼のおねだりがストレートに胸に刺さる。
「わたしがいない分、メロウがお母様を守ってさしあげてね」
「僕が?」
「そうよ。お母様はさみしがりで心配性だもの。来年からはメロウも離れてしまうから、今年その分いっぱい甘えて、守ってあげるの。できる?」
「うん…」
「お勉強もたくさんしなくちゃね」
「大丈夫だよ!僕、もうカンタンな魔法ならつかえるもの。姉様にもらったキットもたくさん使ってるよ、知ってるでしょ?」
 去年のクリスマスにプレゼントした魔法薬キットはちょっとユニークすぎる代物で、メロウはヨシュアに基礎を教わってから、今では何回も調合するようになっていた。シャルルと違い彼は気持ちの悪い材料を刻んだり潰したりするのが楽しい様子だった。魔法薬学が得意なのはアナスタシアに似ている。箒が得意なのはヨシュアに似ていた。
 金髪の髪の毛を優しく撫でる。
「そうね、頑張り屋さんな可愛いメロウ、お姉様の帰りをよいこで待っていてね」
「うん…」
 ぽしょぽしょ唇を尖らせて仕方なく頷く。

「今日もお留守番?」
「駅は穢れた血がたくさんいるんですもの…」
 眉を下げ、申し訳なさそうにアナスタシアが言った。出来るだけかわゆい我が子からは危険や汚いものから遠ざけたいのが親心なのだ。
 拗ねた顔でメロウはシャルルの胸に顔を預けた。
「行ってらっしゃい、お姉様」
「行ってくるわ」
 おでこにキスを落とし、ヨシュアとアナスタシアの手を取り、3人はスチュアート邸から姿をくらませた。

 キングス・クロス駅は魔法界のホームがいくつかあり、ホームへは直接姿現し出来ないよう魔法が掛けられている。ウンザリするマグルの群れを縫って、9と3/4番線をくぐる。
 赤い蒸気汽車が威厳的に3人を迎えた。
「煙突飛行を繋いでくれないかしら。毎回こんなんじゃ嫌になっちゃう」
 顔をしかめて体をパッパッと払う。マグルに触れたわけじゃないけれど、マグルがいる空気でなんとなく穢れた気がして。
「本当だわ。純粋な魔法族にわざわざマグルがいる場所を通らせるのって手間よ」
「昔からそういう話はあるけれどね」
 なかなか実現には至らないのが現状だ。
 プラットホームは大規模なイベントに合わせて臨時で作られることもあるので、その度にネットワークを繋いだり、暖炉を新設したり、マグル避けをしながら魔法族の不正も防ぐとなるとなかなか難しいのだ。

「……」
 シャルルは少し元気がないように見えた。無理もない。あんな仕打ちをされたんじゃ。
 自分のことのように、ヨシュアの胸にダンブルドアへの怒りがじくじく沸き上がる。僕らの頃とは大きく変わってしまった。
 純血家系への敬意と憧憬と尊重が、例のあの人のせいで恐怖と畏怖に塗り替えられ、彼の失墜と同時に純血家系まで反社会的な思想だと誤解を受けるようになった。
 校長も、昔より度を超えて贔屓が酷くなっている。権力と影響力が増したこと、英雄が魔法界入りしてグリフィンドールに選ばれたこと、年老いたこと……様々な要因が関係しているんだろう。
 行かせなくて良いなら行かせたくなかった。
 だが、いつまでも親の手元で雛のように守り続けることは誰のためにもならない。…
「シャルル」
 深く低い声にシャルルは顔を上げた。
「強くなるんだ」
「はい、お父様…」
「誰にも傷付けられないくらい強く、賢く、気高く。蛇のようになるんだよ」
 頷いて、父親の胸にぎゅっとしがみつく。
 母親が頭を撫でる。
 これはまるでさっきのメロウのようだった。さみしい時の甘え方が兄弟そっくりなのだ。
 シャルルは2人の温かさを感じながら、お父様もスネイプ教授も似たようなことを言うのね。と思った。誰にも揺らがないくらい、強く賢くなって、結果を出す。2人とも似たようなことを言っている。シャルルはそうなりたい。そうなりたいけれど、どこか胸に空っ風が吹くような気持ちになる。
 誰にも頼れないスリザリン。
 誰からも嫌われるスリザリン。
 それはなんて孤独でさみしいのだろ。本当はスリザリンは情が深くて、気高くて、賢くて、協調性と思いやりがあるのに。魔法界を築き、先導してきた誇り高い寮なのに。

 空いているコンパートメントを探していると、セドリック・ディゴリーが1人で乗っているのを見つけた。ドキッとして、どうしようかしらと悩む。
 前までのシャルルだったら迷わず「ひさしぶりね、ディゴリー。良い休暇は過ごせた?もし良かったら一緒に乗っても良いかしら」と話しかけていただろう。
 迷っていた。他寮生と関わる機会は少ない。これを逃すのはもったいない。でも……。
 ハッフルパフはスリザリンが負けてあんなに笑ったわ。
 そう思うと足が踏み出せず、指先でキャリーケースの銀蛇を弄び、結局モヤモヤを払うようにシャルルはツカツカ歩いた。

 監督生にほど近い広めの席でマルフォイ達が悠々と寛いでいるのを見つけ、シャルルはそこに混ぜてもらった。クラッブとゴイルはもう車内販売のお菓子をたらふく買い込んで食べまくっている。
 少ししてトレイシーとパンジーも参加するとコンパートメントが埋まってしまった。巨漢が2人も居ると少しきつい。1番最後に来たパンジーはマルフォイから1番遠い場所でシャルルが羨ましそうだったが、席を変わろうとすると、「わざわざ席替え?必要ないだろ」と彼が言うのでパンジーは残念そうに引き下がった。
 あからさまにしょげて少し拗ねている。トレイシーが必死にご機嫌取りするが、その結果はかんばしくない。

「ポッターは退学になったかな」
「そこまでバカじゃないんじゃない」
 本から視線を話さず返事をすると、マルフォイは「あいつはバカだろ」と不満そうに言った。たしかにバレる状況でルールを超えるのバカだ。
「まさかマグルの前で魔法を使うなんてねえ?」
「ホントよね。そのまま退学になっちゃえば良かったんだわ」
「そうすれば、赤ん坊の不思議な幸運じゃなく、奴自身が本当の伝説になっただろうよ」
 けたたましい笑い声の後に、は、は、は、と鈍い笑い声が続く。
 パンジーのしなだれかかるような媚びた声に彼はフンと鼻を鳴らし、機嫌よく腕を組んだ。彼女はマルフォイに答える時だけはどんなに機嫌が悪くても甘い響きを帯びる。マルフォイはいつも隣に全肯定してくれるパンジーがいるからか、シャルルの柔らかいのに素っ気なくてマイペースな対応に、やや慣れていないようだ。
 シャルルはクラッブとゴイルをまじまじと見た。今はまた黙って一心不乱にお菓子を口に詰め込む作業に邁進中だ。
 普段愚鈍であまり喋らなかったから分からなかったけれど、彼らはマルフォイが冗談を言うと必ず手を止めて反応する。意外にきちんと話を聞いているし、笑うタイミングも心得ているし、きちんと反応を示すくらいにはマルフォイへ従う自覚があるようだった。
 シャルルは彼らをかなり見直した。正直言って不当な評価を下していたと言わざるを得ない。


 ハリー・ポッターは休暇中、マグルの家で魔法を使い警告文が送られた。
 ヨシュアから聞き、たいそう驚いたものだ。そしてマグル生まれは魔法族でありながら、魔法を制限されてしまうと知り、同情心が湧き出てきた。
 本来なら魔法族の子供ももちろん魔法の使用は禁止だが、大人がいれば匂いは追えない。この決まりを守っている魔法族がどれだけいるだろうか。
 マルフォイ家でもこの話題が出て、彼は喜んで「ポッターが2回目の警告文を受け取るといいのに」とブツブツ言っていた。

「なあ、さっきから何読んでるんだ?」
「新学期が始まってもないのにもうガリ勉ちゃん?」
 トレイシーが脇をつんつんと突つく。肩を竦めて栞を挟みむ。本の表紙は黒革で、何かを染み込ませたかのように深く染まっている。厚みはなく、背表紙は何かの毛皮が使われていた。陽光が当たると、黒の中に深い赤が混じっているのが分かる。
「なんだ?教科書じゃないな」
「シャルルっていつも本読んでるわよね。飽きないの?」
 ヒョイと本を掴み、マルフォイとパンジーはパラパラ眺めるけれど、内容は字が細かくコチャコチャしていて読む気が起きなかった。たまにある挿絵は見たことも無い植物とか材料ばかりでウンザリする。
「魔法薬学の本?あなた、苦手じゃなかった?」
 呆れ声でパンジーが言うとシャルルはクスッと小さくえくぼを浮かべた。「苦手だけどこれは違うよ」
 するりとパンジーの手から本を抜き取り、大切そうに抱え直す。
「それにこれは飽きない学問なのよ」
 悪戯っぽく微笑むが、パンジーは興味が無さそうだ。

「パンジーも今年は去年みたいに遊んでいられないからね」
「どうしてよ?」
「わたしがあなたのスケジュールを組むから」
「はあっ?頼んでないわよ」
「夏休みの間に決めたの。必ず寮杯を奪い返すための、ちょっとした計画をね。クラッブとゴイルもよ」
 2人は呻き声を上げた。マルフォイは「本当かい?それはかなり助かるよ。この2人に言葉を教えるのはかなり難しい仕事だったんだ」と顔を輝かせた。

 会話を終えまた本を開くと、トレイシーがすごい目でそれを見ていた。涙袋がハッキリ浮かび上がり、下睫毛が震えている。
「わたし、シャルルに絶対逆らわないわ……」
「あら、あなたには分かるみたいね」
 この本が何か。

 これは闇の魔術の本だ。スチュアート家の書斎にある中からこっそり持ってきていた。ヨシュアはまだ早いと言って読ませてくれないけれど、シャルルは書斎の本はあらかた読み終えていた。難しくて理解出来ないのも多いけれど、これは比較的手頃な魔術が多い。
 ヨシュアもアナスタシアも闇の魔術には興味が無いようだけれど、シャルルはどんな知識でもどんどん吸収したいと思っている。

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