04

「ポッターがいない!あのしみったれたウィーズリーの落ちこぼれも!」
「泣き虫のグレンジャーしかいなかったわ!彼ら、退学になったに違いないわよ」
 汽車の中でいつものポッター弄りから帰ってきたマルフォイとパンジーが喚いていたのを聞き流していたが、どうやら彼らがいないというのは本当のことらしかった。
 しかも何やら不可解な噂が流れている。マグルの車で空を飛んできたとか、暴れ柳に突っ込んだとか……。組み分けを待つ大広間はその噂が爆発的な勢いで広がっていた。
 ロナルド・ウィーズリーの父親は魔法省でマグル製品不正使用取締局長を務め、さらにはバカげた「マグル保護法」なんてものを制定してくださった純血魔法族だ。その息子がわざわざ法を犯してホグワーツに英雄的ご帰還だなんて悪い冗談だとシャルルは取り合っていなかったが、トレイシーが回ってきた新聞を読んで「ウソでしょ!」と小声で叫んだ。

「なに?」
「これ!夕刊預言者新聞──空飛ぶフォードアングリア、訝るマグル──だって」
 うくくくっ、と背中を丸め、「噂はホントだったのね。学校に来るために退学になったら意味無いじゃない」とトレイシーが嘲笑う。
 記事によると車(移動用の鉄の塊)が空を飛んでいるのを7人ものマグルが目撃したという。魔法の存在が公になったなら、魔法省が黙ってはいない。
「警告文を受け取った後にもこんな冒険してくるとは、恐れ入るわね」
 ダフネはドン引きしている。「退学どころかアズカバン行きも有り得るじゃない」
 シャルルはつまらなそうに言った。
「退学にならないって分かってるからするんでしょ。魔法界の英雄、ダンブルドアの寵児、何をしても許されるハリー・ポッター」
 鼻を鳴らすと、周りがしんとなった。
 ダフネは口を「O」の字に開けたまま唖然とし、トレイシーやパンジーは目を剥き、マルフォイは固まって忙しなくまばたきをした。
「なに?」
 その反応の答えは分かっていたが、シャルルは不機嫌に言った。新学期早々、学期末の所業を彷彿とさせる事件を聞きたくなかった。

 マルフォイの顔にゆっくりと笑みが広がっていった。
「嬉しいよ、スチュアート。ポッターとお友達ごっこは辞めたのか?」
 彼の目を睨む。
「勘違いしないでよ。わたしは彼を嫌いになったわけじゃない。ただ、法律を超えても贔屓し続けるダンブルドアが嫌いなだけよ」
「それでもいいさ。何だか前より君を身近に感じるよ」
 にこやかなマルフォイにシャルルは肩を竦め、それっきり口を閉じた。シャルルが不機嫌なのは珍しい。

 組み分けの式が始まった。
 1年生がズラズラと雪崩込んで来て、夜空を掬って散りばめたような見事な天井や、数千もの蝋燭が荘厳として空中に並べられているのを、不安と畏怖と期待の表情で見上げている。
 各寮にきっちり分けられた先輩達をマジマジと見つめる小さな1年生達に、「可愛いわね」「私たちもああだったわ」「懐かしい」と2年生は顔をくっつけてヒソヒソ笑った。
 上級生からしたら彼らもまだまだちっちゃな雛だ。1年生を見て急に先輩意識が出てきた2年生を上級生が微笑ましく見ている。そしてそれを教師が微笑ましく見ている。

 帽子が歌い出した。少しずつ去年と違う。毎年帽子は新しい歌を考えるらしい。

「 グリフィンドールは信念の寮
  折れぬ曲がらぬ勇気の炎 燃やして我道を突き進む

  ハッフルパフは道徳の寮
  隣人愛する献身さ 倫理の守護者は我等なり

  レイブンクローは叡智の寮
  深遠目指して追究し 終わらぬ賢者の旅をする

  スリザリンは矜恃の寮
  同胞築いた歴史を誇り 常に研鑽励みせし 」

 歌が終わると新1年生がガクガク震えながら帽子を被り、次々流されていく。「ハッフルパフ!」「グリフィンドール!」「ハッフルパフ!」「ハッフルパフ!」今年はハッフルパフが多いらしい。例年のことだけれども。
「ハーパー・バーナード!」「スリザリン!」
 茶髪の不遜な顔つきの少年が緑のローブに組み分けされ、歓迎の拍手が響く。
「ダスティン・リディア!」
 従兄弟のリディアが呼ばれた。彼女は緊張に体を固くして、目をキョロキョロさせながら恐る恐る帽子を被った。数秒ののち、帽子が高らかに叫ぶ。
「レイブンクロー!」
 リディアは明らかにホッと喜びを浮かべ、青いローブの中に飲み込まれていった。彼女に後でお祝いを言わないと。どうせ嫌な顔をされるだろうけど、シャルルは彼女が嫌いではない。

 スリザリンは野望や狡猾さが前面に出されるが、今年の歌は矜恃、同胞愛、ゆえに誇り高く努力家な美点を歌ってくれて、シャルルは嬉しくなった。スリザリンは輝かしい場所なのだ。
 教授席にはスネイプはいなかった。ヒソヒソ声が飛び交っている。DADAの教授に今年もなれなかったからお怒りで……ご病気で……ポッター達を捕まえて退学にしている……。
 途中でダンブルドアと現れたセブルス・スネイプは誰かを殺し損ねて飢えたような血走った目をしていた。ダンブルドアが立ち上がって気が狂ったユーモア溢れるご高説を垂れてくださり、それを睨みつけながら聞いた。「長々とは話すまい……さーて、かっ喰らえ!」

 シャルルは上品に無機質な笑顔を浮かべながら、無機質に食事を味に運んだ。新学期の初めだというのに全く機嫌が浮上しない。自分でも戸惑っていた。他人に対してイライラしすぎたり、自分の感情を持て余すことなど数える程しかなかったのに。
 未熟な自分が恥ずかしい。でもこの怒りと鬱屈は正当だ。もやもや抱えてご飯をちょっと食べ、むっつりした気分で寮に戻る。冷たい石壁はキンと何もかも弾くように薄暗く、馴染みの地下牢は心を僅かに落ち着かせる。
 新しい合言葉は「栄光」。
 1年生に監督生達が指導する間、シャルルは同学年に伝言を回した。談話室に残ってくださいと。バラバラ生徒たちが自分の部屋に戻り始め、やがて寮は数人と2年生ばかりになった。

「どうしたんだ?」
 マルフォイが疑問を口にした。たいてい、彼がみんなを代表して口火を切る。数多の視線がシャルルに刺さった。シャルルは穏やかに微笑んだ。
「これから週に3回、勉強会を開くわ。2年生は全員参加で、成績上位者は他の生徒に教え合うの」
「えっ?」
 虚をつかれて黙り、それぞれ不平を口にし、不満げな顔をし、ざわめきが広がる。
「どうして?私成績は保っているから必要ないわ」
「自習は自分のペースでやりたい」
「いくらスチュアートだからって横暴だよ」
「わたしは参加しないから」
 ピヨピヨピヨピヨとまあ元気なものだ。シャルルはゆっくりひとりひとりの顔を見て、ニコ…と穏やかに微笑んだ。
「黙りなさい」
 穏やかで柔らかい声に部屋の空気が5度下がる。ピタッと声がやんだ。ダフネが「うわ……」と呟いた。氷のようにカッチリと微笑みで固定され、一切動かない能面の表情。「ああなったシャルルには従っておいた方が身のためよ」

「ようやく静かになったわね。それで、何か異論がある人は?」
 1人の愚者(あるいは勇敢な生徒)が口を開きかけた。
「あの…」
「何か、異論が、ある人は?」
「いえ…」

 暖炉の炎が燃える音だけが背後にある。今や談話室に他学年の生徒は誰もいない。
 シャルルは生徒たちの前をゆっくりと歩いた。
「これから月曜、水曜、土曜の夜には勉強会をします。各科目数人から教師役を選んで、生徒の質問に答えたり、課題を手伝ったり、予習復習を行います。また、勉強会だけでなく普段の生活から日常的に教え合って成績の向上を目指します。授業でのペアもランダムにして、寮生の結束を高めます」
 誰も口を聞かない。
 口答えが許されない冷たく穏やかな微笑み。
 魔法薬学の教室はいつもこんな雰囲気に満たされている。恐怖ではない。ただ、愚かしいことをしてはならぬと睨まれて背筋が伸びるような。微笑みは威厳そのものだった。
「監督生にも話を通して、全学年がそれぞれ自助努力にいっそう励むことになってるの。それも全て寮杯を取り戻すため。いい?」
 微笑みに酷薄な色が浮かび、ギラッとシャルルの目が光った。能面の微笑みにぬらぬらとした怒りが混じる。
「去年のように理不尽に200点も300点も加点されることがあるかもしれない。わたし達は、あの権力に溺れた老耄に対抗する準備が必要なの!何をされても揺らがない結果を叩き出すのよ!」

 シャルルは完全に恨みを腹の底に飼っていた。燻る怒りと恨みをこういう形で昇華させたのだった。
 呆気に取られ、ゴクッと唾を飲み込む音すら響く沈黙を断ち切ったのは、やはりドラコ・マルフォイだ。
「すごい変わり様じゃないか、スチュアート」
 光のない目で微笑まれて、マルフォイは肩を竦めた。
「異論はない。スリザリンが屈辱を受けたのは記憶に新しい。備えるのは良い計画だと思う」
 それから小声で「窮屈すぎるけどな」と呟いたが、シャルルはそれを無視した。
「セオドール、協力してくれる?」
 影のように気配を消していた彼は、名前を呼ばれ黒々とした瞳をゆっくりと瞬きした。少し沈黙して、視線を反らして頷く。イエス以外の返答を許していないくせに、わざわざ答えさせるのが少し不愉快だ。
「パンジーは?」
「面倒だけど……いいわ」
「ダフネは?」
「決定事項なんでしょう?それに、もう負けたくないものね」
 スリザリン2年生のリーダーはシャルルとこの3人だ。4人が決めたことなら、他の生徒が異を唱える余地はない。違う派閥のリーダーであるブレーズ・ザビニに顔を向ける。
「ザビニもいいかしら?」
 彼は癖毛をくるくると弄んで、「どうでもいいけど、君の頼みだからね」と冷たく笑った。
 そこでようやくシャルルは、氷が溶け、ニコ、とかわゆく花が綻ぶ笑みを浮かべた。
「ありがとうみんな。今年こそ勝利を掴みましょうね」
 まったく、スリザリンの女はこういう女ばかりだった。我を通すくせに、まるでそれが「ちょっとした可愛いワガママ」だという顔をして見せるのだ。


 部屋に戻るとシャルルは無言で本棚に教科書を並べ始めた。作り物の笑顔は失われ、無表情だった。不機嫌そうではないがパンジーは話しかけづらくて、「さ、先にお風呂入るわね」と小さく言った。
「ウン」
 彼女の背中は丸っこくて、声も丸っこくて、声はさっきより明るいトーンだった。パンジーはホッとしてバスルームに向かう。
 この前まで不遜だったのに、シャルルがちょっと不機嫌になったらこれだもの。シャルルはそっちの方がずっと釈然としない。
 フラフラ重たそうにキャリーケースを持ち上げてターニャ・レイジーも荷解きを始めた。
「帰って来れた…………」
 レイジーは迷子の子供が親に会えたときみたいな、喉を絞るような小さな声で呟き、ベッドに飛び込んだ。体の中心から染み出た安堵の声だった。この様子には少し気を引かれたが、シャルルは黙々と教科書を並べた。
 2年の教科書は参考書なども増え、さらに闇の魔術に対する防衛術の教科書が7冊もあるものだからかなり嵩張る。7冊全てがギルデロイ・ロックハート著であり、今年の防衛術の教師は彼らしい。自分の著作を全て買わせるとはどれだけナルシストなのか。内容はかなり面白かった。手を止めることなく読み進められた。読み物としてはかなりクオリティが高い。お金を出して買う価値がある。でも教科書として参考になるかと言われれば首を傾げざるを得ない。
 DADAの教師は毎年変わっているから今年も期待はしていなかった。
 透明人間はそうそうに着替えて、霞のように物音を立てず眠りについたようだった。シャワーの順番はいちばん最後で、大抵深夜か早朝に使わされるのが日常だから、今日はさっさと寝たのだろう。

 シャルルは目を揉んだ。
 少し疲れた。新学期初日だというのに心が乱れてしまった。どうしてこんなにままならないのだろう。
 本来わたしは、こんなに機嫌がわるいほうじゃないのに。
 怒るのは疲れる。不機嫌でいるのは疲れる。
 早く前みたいなニコニコかわゆいご機嫌なシャルル・スチュアートに戻りたかった。

 荷物を片し終えた頃、頭をふきふきパンジーが出てきた。前は服に着られているほど大きかったピンクの大人っぽいネグリジェは、今はそこまででもなく、少し大きい程度で収まっている。
 レイジーが「ヴェンタス」と呟き温風を出し、乾かしながらヘアオイルを浸透させていく。乾燥呪文は一気に水分を取ってしまうから髪を傷めてしまうのだ。
 ドレッサーの前で肌の保湿を熱心にしながら、パンジーが「シャルル、大丈夫?」と心配そうに言った。
「思ってたより余裕なく見えるわよ」
「ウン……」
「夏休みはもっとのびのびしてたのに」
「ホグワーツに来たら嫌でも思い出しちゃうから」
「あなたがそんなに引きずるなんて思ってなかったな」
 パンジーは立ち上がってベッドに座り、シャルルにギュッと抱きついた。
「でもこう言ったらなんだけど、少し嬉しいのよね。シャルルがスリザリンのために、こんなに怒ってくれたことが」
 彼女はいつもどこか自分たちと違う立ち位置に立っているように感じていた。スリザリンらしいスリザリン生だけれど、シャルルは純血を尊重しているだけで、スリザリンが大切なわけじゃないんじゃないかって……。
 だからパンジーはドラコの「スリザリンへの裏切り」という言葉に、たしかに、と思ってしまったのだ。
 学期末の出来事はスリザリンに大きな傷を残したが、少なくともシャルルの強い同族意識を感じられただけでもパンジーは嬉しかった。

「信用ないのね。わたしは最初からスリザリンが好きだったわ」
 その声はちょっと固く、拗ねているように聞こえた。シャルルの上唇がムッと突き出ている。それが可愛くてパンジーはアハアハ笑った。
「やだあ。可愛げあるじゃない。最初から分かってるわよ」
「……。帽子がね」
「え?」
「帽子がね、言ったの。わたしはレイブンクローでもグリフィンドールでも上手くやるって。得難い経験をするって。わたしもう少しでグリフィンドールに入れられそうだった」
「はあっ?」
 目と口をパカッとして、閉じて、オロオロしてシャルルの肩を掴んだ。すごい慌てように少し笑う。
「じゅ、純血主義なのに?」
「そう、純血主義なのに。でもわたし言ったわ。グリフィンドールに入るなんてありえないって。スリザリンにしてって。わたし、自分でここを選んだのよ。この寮が好きだから」
 シャルルは凪いだ海のような瞳をしていた。薄暗い部屋の中でうっすらと光を放つような真っ白な肌が、横顔の曲線の完璧な美を醸し出している。
 なんだかドキドキしてしまって、つっかえるようにパンジーはひっそり言った。
「そ、んなに好きだったのね」
 シャルルは膝に頭を乗せて、背中を丸め、パンジーを溶けた蜂蜜みたいな目で見上げた。髪が一筋ハラリと滑り落ちる。
「ん……好きだよ」
 カーッと血が上り、まるで自分が告白された気分になる。パンジーは真っ赤になって、しどろもどろに何度も頷いた。ずるいわ。こういうところがずるいのよ。心臓に汗をかきながら思った。…

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