02

 スチュアート家の3人のハウスエルフが次々に食事やお酒やお菓子を用意して、夕方から始まったパーティーは幸先よく進んだ。

「あら、ステラがあるじゃない。開けるわね」
「わたしは白ワインがいいわ。このヴィンテージワイン結構貴重でしょ?ヨシュアって太っ腹ね」
「僕にも1杯頼むよ」
「……こういうのって貴方がやってくれるんじゃ?」
 ダフネにじっとりと睨まれてマルフォイは肩を竦めた。セオドールは黙ってずっとビアビールを飲んでいる。
 アステリアさえちびちびワインを飲んでいた。人見知りの彼女は人がどんどん増えて、酒に逃げ始めたのだ。今ではすっかり顔を赤くして、今はマルフォイに寄りかかってきゃらきゃらと笑っている。パンジーは不機嫌そうだったが、「ま、子供だものね」と好きにさせていた。

「姉様、僕も飲んでみていい?」
 期待をうかべた瞳に見つめられ、シャルルは困ってしまった。シャルルもメロウも実はまだお酒を嗜んだことがなかった。
「いいのかしら、メロウまで……お母様がなんて仰るかしら」
「大丈夫よ。シャルルは過保護ね。見て?アステリアを。この中で一番飲んでるんじゃない?」
「メロウはまだ飲んだことがないのか?慣れたら気にいると思うよ。飲みやすいのはこれかな」
 マルフォイがあれこれと白ワインをいくつか勧めてくれ、メロウは身を乗り出した。彼の親分気質はメロウやアステリアにさっそく発揮され、すっかり2人に懐かれていた。

 曖昧に微笑んでシャルルは少し指先を絡めた。いつもハッキリしている彼女らしくない。
「シャルル?」
「実はわたしも……飲んだことなくて」
「えっ?」
 驚きの視線に見つめられ、頬がサッと桃色になる。
「だって飲む機会なんてなかったんだもの。マルフォイが勧めていた白ワインを飲んでみようかしら」
「驚いたな。この年でまだ飲んでない奴がいるなんて」
 唇が尖る。マルフォイは軽く笑った。
 ワインを開けてグラスに注ぎ、シャルルの手に押し付けた。
「馬鹿にしたわけじゃないさ。ほら、飲んでみろ」
「ん……」
 透明なグラスに顔を寄せると爽やかな香りが漂う。唇をおしつけて、おそるおそるグラスを傾ける。
 ペールイエローに澄み切ったワインは口に含むと鼻にスーッと香りが抜けていき、軽やかに喉を滑り落ちた。そのあとからじんわりと熱のような酒気が喉の奥に伝わっていく。
 思ったより飲みやすい。
 美味しいかは……まだよく分からないけど、フルーティーで、アルコールもそこまで強くないように感じた。
 ゆっくり口を離し、舌先で唇を舐める。
「ん……美味しい」
 目を細めて味わい微笑むと、マルフォイが雷でも走ったかのようにビクッとした。
「あっ、ああ。ああ……なら良かった」
「どうかした?」
「いや」
 マルフォイは飲んでいた白ワインを飲み干して、また継ぎ始めた。首筋が真っ赤だった。彼はシャルルの唇から目が離せなかったのだ。透明な液体が口の中に吸い込まれて、白い首がコクコク動くのが、唇を舐める赤い尖った舌が、なぜだか……。こんなこと言えるわけが無い。
 黒い瞳でセオドールが見つめていた。目が合うとスっと視線をそらされ、マルフォイは気を取り直すようにまたグラスを煽った。
「姉様ずるい!僕にもちょうだいよ」
「そうね、これなら大丈夫だと思うわ」

 トレイシーが「部屋を見てみたいな」と言うので、シャルルは女子を連れて2階を案内することになった。
「男子はどうする?」
「まさかレディーのベッドルームに来るわけないしね?」
 ダフネが何故か悪戯っぽくマルフォイをつつくとマルフォイは目元を赤くして睨んだ。
「庭を見てきたら?少し先に湖があるの。とても美しいのよ」
「箒はないのか?」
「あるよ!僕案内してあげる!」
「お酒を飲んだのに飛ぶの?メロウ、ダメよ」
「だいじょうぶだよ!」
 よたよた立ち上がったが、彼はふらついてマルフォイに支えられ、シャルルは首を振る。
「僕がしっかり見ているから心配するな」
 マルフォイの足取りはしっかりしていた。セオドールも無理やり立ち上がらせられる。2人ともかなり飲んでいたはずだがあまり酔った様子はない。
「でも……外ももう暗くなってるのに」
「箒の前に乗せてやればいいだろ。マルフォイは飛ぶのがうまいし」
 素っ気ない言い方でセオドールが助けを入れるとメロウがパッと明るい顔になる。セオドールは無口で会話にあまり参加しないからメロウはすこし距離感をはかりかねていたが、嬉しくてうんうん頷き、セオドールに輝く笑顔を向けた。
「空から見るミスはすごく綺麗なんだよ。セオドールもきっと好きになるとおもうな」
 無邪気すぎる彼にセオドールはどう接していいか分からないらしい。少し気まずそうだ。
「マルフォイ、お願いしてもいい?」
「任せてくれ」
「メロウ、絶対1人で飛んじゃダメよ」
「はあい」
 メロウは甘ったれた返事をして、マルフォイとセオドールの手を引いて意気揚々と出て行ってしまった。

「さ、アステリアも行くわよ」
「ううん」
 酔いすぎてほぼ寝ていたアステリアが、目をこすりむにゃむにゃ言いながらついてくる。ダフネが背中を支え、トレイシーがグラスを持ってパンジーがワインを数本掴んで5人は2階へ向かった。

 スチュアートの城はどこもかしこも純白だった。白と銀と水色で壁も部屋も調度品も纏められている。階段は細かく彫刻が彫られ、柱は深い青の大理石、あらゆるところが繊細で荘厳な雰囲気だ。
「素敵だわ、貴方の屋敷って。うちは単調な石造りでなんの面白みもないったら」
「パンジーの御屋敷もとても素敵じゃない」
「そう?こんなふうに回廊に素敵な窓枠があったらいいのに」
 指で羨むようにすーっとなぞる。

 シャルルの部屋も真っ白だった。瞳よりも淡い水色で統一され、レースの天蓋やカーテンが美しい可愛らしい部屋だ。シャンデリアは水晶を砕いて編み込んだように豪奢で、しかしところどころにダークグリーンの調度品が飾ってある。
 絵画の額縁とか本棚、机の燭台だとか、それから蛇の意匠も多かった。
「寝かせていい?」
「ん」
「やー。まだ寝ないぃ」
「いいから、ほら」
 ベッドはふわふわとアステリアの重力で沈みこんで、毛布をかけるとコテンと意識を失ってしまった。
「んふふ。すぐ寝ちゃったね」
 マシュマロみたいなほっぺたをつつく。
 中央の白いテーブルにワインを並べ、水色のソファを引っ張ってきてそれぞれ座る。広間にもあった銀のベルがシャルルの寝室にも置いてあった。いつでもハウスエルフを呼べるようになっているのだ。
 ベッドの大きなテディベアはダフネとお揃いのもので、それを見た彼女は優しく顎のところを撫でた。手が埋まるくらいもふもふの大きなテディベア。横にするとアステリアが抱きついてクゥクゥ寝ている。

 4人はまたワインを飲みながら話し始めた。
 シャルルがカーテンを開いて、大きな窓をあけると庭園と噴水、そして大きな湖と森が見えた。日が暮れかけて薄桃色と紺色が混じった空と、薄い雲から指す金色の光が湖に反射して煌めいている。
 柔らかい風が部屋を満たした。
「ね?美しいでしょう?」
 3人がうっとりため息をつく。
 絶景だった。
 ウィンダミアは英国でも最も美しいと名高い湖だ。もっと遠いところにはマグルの街があるが、城は森に隠れるように建っており、近くにマグルはいない。
 湖は大きな水鏡だった。
 1本の線を引いたように光がスーッと走り、湖面を小さな影が飛んでいた。
「ドラコ達じゃない?」
 影が2つ浮かんだり、踊ったりして優雅に泳いでいる。グラスを光に透かして、景色をアクセサリーにして嚥下するのはなんという贅沢なんだろう。
 シャルルが羨ましい。パンジーは目を細めて美しい光景に感じ入るシャルルを横目で眺めた。
 パーキンソン家は聖28族の由緒正しい貴族で、金銭的にも伝統的にも恵まれ、今まで人を羨んだことは無かった。でも、パンジーはシャルルの色々なことが……羨ましい。
 さっきのドラコの様子が心臓に突き刺さった。
 ずっとどこか分かっていた。
 ドラコが彼女をとても気にかけていること……。

「あーあ」ソファに沈んで天井を眺める。白い天井は何故か光が散っていて、天井にまで緻密な意匠が施されているのがわかる。
「どうしたの?」
「ねえ、恋ってしたことある?」
「恋?」
 明るい話題のはずがパンジーの横顔がなぜか寂しそうに見えた。
「恋はしたことない。……こどもだと思う?」
「んーん。シャルルらしいわ」
「ダフネはどうなの?」
「えっ?」
 肩を強ばらせたダフネの両隣にトレイシーとパンジーが陣取った。絶対逃がさない構えである。
「言ったわね!」
「バレちゃったの。ごめんなさい。でも相手は言ってないわ」
「あなたいつもふらっといなくなるんだもの。わかるに決まってるよ」
「さあ観念なさい」
「い、いや」
 カーーッと真っ赤になってダフネは顔をうずめた。2人に抑えられているので立ち上がることも出来なくて、「ま、待ってよ」ともごもご言いながらあたふたした。
 これが面白くてシャルルは他人事の顔してワインをついであげた。きっと睨まれてもぜんぜん怖くない。
 シャルルは恋はしたことがなかったがロマンスは好きだった。特に人のロマンスはとても好きだ。きゃあきゃあ恋バナするのは自分のことみたいにときめいてしかたないし、照れている友人はとても可愛い。
 ダフネはゴクゴク水みたいにワインを飲んだ。4人とも既にかなり酔っていた。シャルルは3杯ほどしか飲んでいなかったが誰よりもフラフラいい気分だった。顔も首も手のひらまでピンク色になって、恥ずかしがるダフネを見ているだけで「うふふふ」といつまでも笑える。

 真っ赤になって照れながらダフネは尋問にポツポツ答えた。「ね、相手は誰なの?」「エリアス……」「エリアス?エリアス・ロジエール?」「かなり年上じゃない!」「呼び捨てにしてるの?甘〜いっ」「くぅ……だめっ、もう聞かないで!」またワインをしこたま流し込む。
 瞳がトロトロとしてきた。
 ダフネのペースに合わせて3人も飲むからシャルルはすっかりのぼせ上がった。パンジーは顔が赤いけどまだ平気そうだ。テンションだけはいちばん高い。トレイシーはケロッとしていた。末恐ろしい酒飲みだ。
「というより、結局付き合ってたの?わたし何も教えてもらってないわ、ダフネ」
「……」
 ちょっと黙って三つ編みをいじいじ弄び始める。
「つ。付き合ってないわ。告白もしてない……」
「え!」
 じれったい。なにをしているのだろ。あんなに分かりやすい顔をしていたのに。
「えーっ、言わなくちゃ!もうロジエールは卒業しちゃったじゃないの」
「だって彼わたしのこと妹としか思ってないもの……」
「でも仲良くない子と2人で会ってくれたりしないでしょ?」
 悲しい顔で三つ編みを弄り続けるダフネにパンジーとトレイシーが両側からあたふた慰め始めた。シャルルはワイン片手にそれを見ていた。かける言葉がない。可哀想だけどまあそうだろうなあと思った。
 ロジエールとダフネが2人でいるところは何回か見たことがあるけど、2人は明らかに温度差があったから。
 シャルルはシビアなのでそれをわかっていたし、ダフネも現実的だからそれには自覚的だっただろう。今はお酒のせいでそれでもかなしい思いが零れてしまっている。

「みんな色々あるのね」
 パンジーの声は大人びていた。でもどこかスッキリとしてもやもやが晴れたようである。トレイシーも実はまだ恋を知らない。恋をすることが大人だとも思わない。でもよくみんな、他人に期待できるなあ、そこまで心を砕けるなあと感心する思いだった。いつか恋をするのかなあ、わたしも。むりだろうなあ。これはシャルルも思っていた。トレイシーは人間関係の薄暗い計算に慣れすぎていたし、シャルルは他人に興味を持てない。
 年頃になれば結婚相手をいくつか親にあてがわれるから将来には困らないけど、それまでに恋をしてみたかった。


「シャルルー?降りてらっしゃい」
「はーいっ」
 1階からアナスタシアに呼ばれて5人はフラフラ降りて行った。あれからも話は弾み全員すっかり出来上がっていた。アステリアも途中で目を覚まして「ドラコ様って素敵だわ」「ドラコ様ァ?」「ちょっと、ドラコはわたしの相手なんだから辞めなさいよ」とワインをガブガブ飲んでいた。
 1階では男子3人がソファで潰れて死んでいた。
「シャルルっ、顔真っ赤じゃない!そんなに飲んで……」
 白い肌がトマトみたいになっている自分の娘を見て悲鳴を上げかけた。シャルルは酔っていたのでヘラヘラ笑い、ダフネの母親のイレーネがパンジーの手にある空瓶と机の上の空瓶を見て引き攣るように笑った。
「ちょっとこの子達8本も空けてるわよ」
「8本!?」
「ハハハ!私達より飲んでるじゃないか」
 大人と違って限界にならずに酒を楽しむことをまだ知らない子供達はバカみたいに飲んでバカみたいにちゃんと死んでしまったのである。

「無様な……」
 頭痛を感じたようにこめかみを揉んでルシウスがドラコを揺り起こした。セオドールの父親も不機嫌だったが、イレーネやパンジーの母親のシルヴィアは面白がり、心配性のアナスタシアとナルシッサだけ青い顔をしていた。

 みんな帰ったあとナルシッサにこってり絞られてシャルルはむにゃむにゃ眠った。
 すごく楽しい誕生日パーティーだった。プレゼントもいっぱいもらって幸せだった。
 さっきまでみんないた部屋に自分だけになると寂しさが一気に押し寄せてきて、早くホグワーツに帰りたいなと思いながら夢の世界に落ちていった。…

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