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 親愛なる家族へ

 お元気ですか。返事が遅くなってごめんなさい。
 ホグワーツでの毎日がとっても素敵すぎてついつい時間が過ぎてしまったの。忘れてたわけじゃないわ。ほんとうよ。

 最近はすっかり寒くなって、冬の足音が迫っているのを感じます。もうかなりホグワーツは冷え込みました。スリザリンから見える朝の湖は、しんしんと冷たさを感じさせて、上を見るとたまに凍りついた水面の不規則な光を見ることが出来ます。寒いけれど、その美しさはすごく幻想的で気に入ってるの。
 そういえば、お母様が新しく送ってくださったブランケットはとても重用しているわ。マントのように大きくて、毛布のように厚手で、羽根のように軽くって。やっぱり温度を自動調節してくれる道具って便利ね。この前ドラコ・マルフォイが、自分のローブは夏でも冬でも常に最適な温度に保たれ続けるから快適なんだって自慢してきたの。わたし羨ましくなってしまって。ねえ、来年新しくローブを新調してもいいでしょう?

 クリスマス休暇は家に帰ります。手紙じゃ話しきれないことがいーっぱいあるのよ!
 スチュアートに相応しい友人も何人か出来ました。彼らは気品のある人たちよ。グリーングラスは当然として、パーキンソン、マルフォイ、ノット、ロングボトム……。聖28族の方たちとは親しみのある関係になりたいです。最近はディゴリーとたまにお話するの。彼はハッフルパフの人でとても紳士的よ。
 最近はザビニやブルストロードのことも気になっていて、もし友人になったらまた手紙を書くわ。

 ねえ、メロウは元気にしている?彼へのプレゼントは何がいいと思う?
 寂しい思いをたくさんさせてしまったから、今年はすこし特別なものが良いかと思ってるんだけど、なかなか思いつかなくて……。
 こっそり聞いてみてくださる?せっかくなら喜んでもらえるものを送りたいわ。メロウはクィディッチが好きだけれど、新しい箒を買うのはまだ早いものね。

 それでは今回はここまでにしておくわ。少し短かったかしら。ごめんなさい。
 あ!そうだわ。ティーン向けの新しいカタログは家に届いてる?もしあったら送って欲しいの。お願いね!
 身体に気をつけて、あたたかく過ごしてね。クリスマスに会えるのが楽しみです。

 お母様とお父様の天使 シャルルより


 *

 手紙を持って、ブランケットを羽織ってシャルルは早足で中庭を歩いていた。次の授業に向かいつつ西塔のふくろう小屋に行くにはそれが最も早い。けれど、びゅうびゅうと冷たい風がシャルルの指先を痛めつける。

 夜に行けばよかった。
 内心後悔しながら思った。横着した結果がこれだけれど、寒いより時間がかかる方が、ましだったかもしれない。

 前方に黒い影が見えた。全身真っ黒なそれは徐々に近付いてくる。各寮の色を纏っていない黒は限られる。我がスリザリンの寮監だ。

「こんにちは、スネイプ教授」
「ああ」
 彼が足を引き摺っているのには気付いていたが、それを表に見せずに挨拶すると、スネイプは鷹揚に頷いた。彼は手になにか持っていた。分厚い本。
 『クィディッチの今昔』と書かれている。スネイプ教授がそういう本を持っているのは意外に思い、ああ、と思い出す。そういえば明日はスリザリン対グリフィンドールの試合がある。スリザリンはだれもかれもそれに熱狂的であった。

「あの、教授、その足は……?」
「気にする必要は無い」
 好奇心と心配の入り交じった気持ちでつい尋ねると、スネイプはにべもなく切り捨てた。彼はスリザリンを贔屓するが、個人を贔屓するのはマルフォイだけだ。
 スネイプは他者に閉鎖的だ。その彼が怪我したことを隠し通せないほどなら、脚の傷は相当痛むに違いない。
 苦笑し、肩を竦め「お大事になさってくださいね」とだけ言い、背を向ける。余計なお世話かもしれないけれど、これくらいは良いだろう。



 また少し歩くと、今度は3人組が見えた。遠目からでも赤い差し色がわかる。
 ハリー・ポッターと愉快な仲間たちだろう。
 少し考えて、シャルルは彼らの方に歩き出した。ポッターとウィーズリーとはずっと話してみたかった。今、シャルルはひとりだ。煩わしい寮差別は付き纏っていない。

「ハーイ。こんな良いお天気にピクニック?」
 なぜか自分たちのほうにスタスタやってきたかと思えば、親しげに話しかけてきたシャルルにロナルド・ウィーズリーやハリー・ポッターは目を剥いたが、すぐに敵愾心をあらわにした。

「何か用かい?」
 ポッターの口調は刺々しい。気にせずににっこりして話しかける。
「ずっとお話したいと思ってたの。でも、人が多いところだと、話したくっても話せないでしょう?」
「僕たちは話したくなんてないけどね!」
 ウィーズリーの口調も素っ気ない。シャルルは肩を竦めた。彼らになにかしたことはなかったが、スリザリンは彼らに大して敵対的だったから、仕方ないことだ。
「ポッター、あなたは明日試合があるのよね。応援しているわ」
「……ご丁寧にどうも。君に何を願われたって、僕は自由に飛ぶよ」
 疑わしそうにシャルルを見て、ポッターは皮肉った。彼はスリザリン生に嫌味を言われるのにあまりにも慣れすぎていた。

「あなたの飛行技術は本物だと思ったわ。1年生でシーカーに選ばれるのは、重荷かもしれないけれど、あなたならきっと上手くいくと思う」
「何企んでるんだ?君はスリザリンだろ?お生憎だけどそんなおべっか使われたって、君の杜撰な企みには乗らないさ」
「大きな声を出さないで、ウィーズリー。心配しないで。わたしは他のスリザリン生と違って彼のことも、あなたのことも好きよ」
 ウィーズリーは口を噤んで、一瞬だけ耳を染めた。シャルルが同世代の男子に絶大な魅力を放つ見た目をしていることがかなり有効に働いたのは間違いない。ウィーズリーは、しかしすぐに厳しく眉を釣り上げたが。
「ふふ、それじゃあ頑張ってね」
 彼が口を開く前にシャルルは手を振った。茶髪のマグル生まれと目が合ったけれど、視線を外して、シャルルは去っていく。
 彼女は徹底的にマグル生まれが眼中になかった。
 目的を達したシャルルを、変な物を見るような目でポッターとウィーズリーは見送り、互いに顔を見合わせたが、結局彼女が何をしたかったのかは分からなかった。


*


 その日の夜は、スリザリンの熱狂がかなり高まっていた。クィディッチに熱心に夢中になる気持ちは分からなかったけれど、寮内の雰囲気に水を差すつもりはなかったので、パンジーに引っ張られるまま選手を応援する輪に加わった。
「信じてるわ、スリザリンに勝利をもたらしてくれるって!」
「ありがとう、ミセス・パンジー。綻ぶ花のように可憐な君に応援してもらえて、勇気がもらえるよ」
「きゃあっ、ボールったら!」
 ルシアン・ボールは女の子をあしらい、喜ばせる術は完璧に会得しているようで、パンジーは黄色い悲鳴をあげてにやにやした。
 シャルルは呆れた顔で彼女を横目で見ていた。
 パンジーはすでにエリアス・ロジエールとエイドリアン・ピュシーにも、全く同じことを言い、全く同じ反応を返していた。

 選手への激励や軽いハグを終えると、選手は男子寮に早々に引っ込んだ。キャプテンであるマーカス・フリントの部屋で作戦会議に勤しむようだ。スリザリンの雰囲気はとても落ち着いたものとは言えない。
 彼らが消えた談話室では、上級生の指示のもと応援グッズの最終仕上げが行われ始めた。
 この作業には全く関わっていなかったため、少し呆気に取られる。
 派手な音と共に蛇の紋様が打ち上げられるクラッカーだとか、煙がずっと宙に残っているもの。応援している声が何倍にも反響して、相手に緊迫感を与えるもの。最も凝っていたのは「スリザリンに栄光を!」と刺繍された横断幕で、ひとめで高級だとわかる繊細で、丈夫で、巨大な作りをしていた。
 7年生の女子生徒で最も力を持つ子女が、個人的な私財を投入して、特注で依頼したものらしい。
 スリザリンの熱の入れようにシャルルは少し引いた。

 次の日の朝、パンジーに叩き起されて、寝ぼけまなこでいると、顔になにやら塗りたくられているのを感じた。
「なんなの?」
 欠伸を噛み殺しながら尋ねる。
「動かないで」
 ぴしゃんとパンジーが言った。肩を竦める。話を聞かないモードのパンジーだ。多分、マルフォイか男の話か誰かの陰口か、あるいはクィディッチ関係だろう。

 頭の方はターニャ・レイジーがまとめ上げていた。揺れる度にパンジーが怒鳴る。「ずれちゃうじゃない!」その度にレイジーが「すみません」と謝る。以前は毎回ビクッと怯えていたけれど、もう慣れたのか、すまなそうな顔を作るだけになっていた。

「いったいなにをしてるの?」シャルルがもう一度尋ねた。
「今日の準備をしてるのよ」
「今日?」少し考える。「何かあったかしら?」
「信じられないわ!クィディッチの試合を忘れるなんて!」
 パンジーが耳元で叫ぶので、うるさそうに眉を顰めて、
「そうだったかもしれないわね」
 と、呟くように答えた。

 その声はあからさまに興味がなさそうだったが、パンジーは気づかなかったのが、満足そうに頷いた。
「完璧に素晴らしい出来だわ」
 鏡の中のシャルルは、両頬に凝ったペイントを施されていた。スリザリンの紋章や、箒やスニッチだった。
 自分の気品や知性というものが急速に失われてしまったように、シャルルには感じられた。率直に言うと、実に間抜けに映った。デザインは悪くなかったが、この行為自体があまりにもシャルルの性格と会わなかった。
 しかし、僅かにほほ笑みを浮かべ、シャルルは頷く。パンジーの機嫌を損ねるのは本意ではなかったし、そうなった彼女は面倒な面がある。

「それじゃあ次はわたしね」
 パンジーはメイクブラシとパレットをシャルルに差し出した。
「お願いね」
 それを受け取って、手元を見つめて、シャルルはぱちぱちとまばたきした。
「あなたに?わたしが?」
「当然でしょ。他に誰がいるのよ」
 シャルルは部屋の中にレイジーしかいないのを見て、ため息をついた。
 でも、シャルルにこんなメイクは出来ない。

 唇に手を当て、すこし唸っていると適切な呪文が脳裏に浮かんだ。シャルルは口角を上げ杖を取りだした。
「ジェミニオ」

 頬のメイクが見る間にパンジーの頬にも浮かび上がった。双子呪文。偽物を作り上げる呪文をシャルルはメイクのみに使ったのだ。
「ワーオ……」
 感嘆の声を上げて鏡に見入っているパンジーにシャルルはご満悦で頷いた。

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