16



 クィディッチの試合にシャルルはこれっぽっちも期待を抱いていなかったが、意外にも試合はかなり面白いものだった。
「そこよ!今!もう!」
「いけ!それ!叩き落とせ!クソっ、使えないな!」
「違うわよ!ワリントン……ああっ、そう、そう、行け!行きなさい!」
「いいぞボール!女の尻を追うだけじゃない!!」
「Foooo!!そうよミスター・ブレッチリー!今夜のヒーローはあんたよ!」
 隣のパンジーとマルフォイはかなり盛り上がっていて、少し引いてはいたが、自然とシャルルも歓声を上げるようになった。
 特典が決まるたびに馬鹿みたいな横断幕がビラビラ靡く。

 キャプテンのフリントにブラッジャーがぶつかり、落としたクァッフルをデリックがキープする。流れはスリザリンのままだ。
 と、そのときざわめきがかなりの轟音になっていき、ハリー・ポッターの様子がおかしいのに気付いた。
 箒が遥か上空で叩き落とそうとするかのように激しく縦横無尽に飛び回っていた。ポッターは何とか柄を掴んでぶら下がっているが、このままでは落ちてしまう。
 シャルルはハラハラしてポッターを見守った。客席の反応を見るに、このハプニングはかなり普通じゃないようだった。
「ははっ、なんだあれ。コントロールを失ったのか?情けないな」
「やだあ、無様ね、ドラコだったらあんな風にはぜったいならないでしょうね」
「当然さ。箒の信頼を得るなんて基本中の基本だよ。なぜポッターが選手になれたのかわからない」
「グリフィンドールの連中はみんな目が曇ってるから仕方ないわ」

 左右でけたけた笑う会話でピンと来て、シャルルは奪うようにパンジーの手から双眼鏡を取った。
「貸して!」
「きゃっ。どうしたのよ」
 1年生で100年振りにクィディッチチームに選抜される優秀な乗り手が、試合中いきなり箒のコントロールを失うはずがない。
 しかも、あんな攻撃的な暴走の仕方……。
 シャルルは誰かが箒に何らかの方法で細工をしているに違いないと思った。
 箒や杖のような、強力な素材と魔力を持ち、意思のある魔法具に干渉するのは並の呪文ではまず無理だ。強力な呪文か、あるいは闇の魔術──。

 観覧席に素早く視線を向けた。スリザリンの親がいる観覧席だ。選手の親は見に来る権限がある。しかし、呪文を行使している魔法使いは見つからない。
 相手への呪文、特に、curseの類は特徴が顕著に見える。口を動かしたり、瞬きすらせず相手を注視したり、杖を向け続けたりなどだ。
 他寮の部外者観覧席にもそれらしい人物は見当たらなかった。強力な物だから、大人がしたことだと思ったのに。
 シャルルは前かがみになってスリザリンの高学年たちを見たが、野次を飛ばし囃し立てる人たちばかりで、呪文を使っている人はいなさそうだ。一応レイブンクローも見たが、彼らも違う。
 いよいよポッターの箒は激しさを増している。

 会場を見回し、ふと訝しみながら教授席を見ると、小さな騒ぎが起きているのが目に入った。スネイプ教授のローブが燃えている。自然発火したとはとても思えないが……。
 教授席を一瞬で見てみても呪文を唱えた様子はない。

 前を向くと、ポッターの箒が落ち着きを取り戻していた。
「ありがとう、パンジー」
「いいけど、なんだったの?」
「べつに、ちょっとね」
 肩を竦めてみせるとそれ以上は踏み込んでこなかった。それよりもスニッチを追うポッターの方が重要になったらしい。

 試合は拮抗していた。
 テレンス・ヒッグスとハリー・ポッターが体をぶつけ合いながらかなりのスピードで、グラウンドを縦横無尽に飛び回り、金のスニッチらしき小さな点が微かに見えた。
 普段穏やかな態度を崩さないヒッグスが鬼気迫る表情でポッターを睨みつけ、しかしその必死さとはうらはらに、解説席の影に入った瞬間冷静な狡猾さでポッターの脇腹に肘を入れるのが見えた。
 地面にふたりは激突するように突き進んだ。スレスレまで飛んでいきヒッグスが狼狽えてハリーと地面を二度見し、強く唇を噛んで箒を急停止させた。勢いが殺しきれず箒は地面をかすり、ヒッグスが地面に投げ飛ばされ、ポッターを見上げながら頭を掻き毟って拳を叩きつけていた。
 ヒッグスが追えなくなった今、シーカーを止められるのはビーターだけだ。しかし、ボールとデリックは呆けたように、あるいは諦めたように動けずに眺めていた。

 そして……スリザリンが怒鳴り散らす中、ポッターはスニッチを掴み──正確には飲み込み、だが──勝利を決定づけた。

 落胆と罵倒の嵐の中シャルルは思った。
 ──騒ぎがあったから、箒は落ち着いた?

*

 スリザリン生であるシャルルは始めは評判が良くなかったが、寮学年問わず純血の子息子女たちに愛想良く挨拶を投げかけていれば、自然と対応が柔らかくなり始めた。
 シャルルに親しみを向けられてそれを完全に無下にできる人はそう多くない。
 クリスマスの頃にはすっかり顔馴染みが増えていた。

「こんにちは、パチル」
「あらスチュアート。いい天気ね」
「なんだかご機嫌みたい」
「ええ、そりゃあまあ……あなたの前では言いづらいけど……」
「ああ」シャルルは得心がいった。
「この間の試合はかなり白熱したわね」
 パンジーやダフネがいたらここまでストレートな話は出来なかった。パチルは安堵して話を進めた。
「そうよね、ハリーはかなりすごいシーカーだったわ!」
「その上、スニッチを飲み込むという、人類初の偉業を成し遂げたわ」
 シャルルが少し踏み込んだからかいをすると、パチルは目をぱちぱちっとしてから吹き出した。
 隣で目を剥いていたラベンダー・ブラウンがやっと正気に戻って、パーバティ・パチルに噛み付く。

「パ、パーバティ?何考えてるの?この子はスリザリンよ」
「そうね。でも彼女かなり話がわかるタイプよ」
「初めまして、ミス・ブラウン。シャルル・スチュアートよ」
 手を差し出すと、パチルとシャルルと手を5往復くらいしてからしぶしぶ手を握った。
「あなたと話してみたいと思ってた。あなたはいつもオシャレでチャーミングだもの」
 彼女はかなり分かりやすく気分の良い顔をした。
「あなたに言われるって光栄ね」
「あなたが今してるカチューシャ、マリア・クロスのものだわ。あの店わたしもすきよ」
 ブラウンはすぐさま食いついて、3人は楽しく会話することが出来た。その様子をかなりの生徒が見ていた。
 スリザリンとグリフィンドールが親しく過ごせるのはあまりにも稀で、シャルルはそういう機会がとても多い。シャルルが偏見に満ちた人となりでないということは、ゆっくりと根付きつつあった。


 図書室で3年生の呪文学と魔法薬学について関連する有用な本を探していると、隅っこからかなり大きな囁き声が聞こえた。シャルルが近付くのも気づかず、夢中で顔を付き合わせている。
 ハリー・ポッターと愉快な仲間たちだ。ここ最近彼らはかなりの頻度でいる。マグル生まれの彼女ならともかく、ウィーズリーがこんなにも図書館に通うのは、ザビニが女の子と過ごさない時間よりも珍しい。
「……どこなの……なにかを……」
「ハグリッドが……あの犬……狙ってる……」
「……ニコラス・フラメル……」
 ニコラス・フラメル?聞き覚えのある名前だった。
 好奇心にかられてシャルルは話しかけることにした。
「だれを探してるの?」
 3人は飛び上がって劇的な反応を見せた。思わず笑ってしまうと、ロナルド・ウィーズリーは不機嫌に睨んでくる。
「お前に関係ないだろ。あっち行ってろよ」
「だって彼女ならともかく、あなたを図書室で見るのってとっても珍しいから。でしょう?」
「……えっ?あ、そ、そうね……今までになかったことだわ」
「ハーマイオニー!」
 今まであからさまに存在を消されていたグレンジャーは、突然話しかけられて戸惑った。シャルルは非常に気まぐれで猫のようだった。
「ニコラス・フラメルって聞こえたわ。彼を探してるの?」
 3人は大きく肩を揺らして視線を交わすと恐る恐る尋ねた。
「もしかして知ってるの?彼のこと」
「いくら探しても見つからないんだよ」
「君が知ってたら助かるんだけど」

 ニコラス・フラメルは錬金術学界の権威だ。
 しかも、ダンブルドアと親しいことで有名。

 シャルルは首を振った。情報の有用さについて彼女は天性の感覚を得ていた。
「ごめんなさい、聞き覚えはあるんだけど……」
「まあ期待はしてなかったさ。それでは僕たちは作業がありますので、お帰り願えますかね?」
 ウィーズリーはかなり辛辣だ。シャルルは肩を竦めた。彼は純血だからと自分を宥める。
「わたしも調べてみるわ」友好的に笑ってさりげなく問いかける。
「どうしてニコラス・フラメルのことを調べているの?」
 3人は揃って口を噤んだ。シャルルは苦笑いを零さざるを得ない。彼らはスリザリンにはとことん向いていなさそうだ。

「邪魔してごめんなさい。そうだ、ポッター」
「……なんだい」
「クィディッチ見てたわ。あなたのフライトは文句なしに素晴らしかった。良い試合を見せてくれてありがとう」
 シャルルは彼の手を取ってぎゅっと握った。ポッターは眉を下げた。
「……ありがとう。君に褒められると思わなかったよ」
 照れているのか、戸惑っているのか、罪悪感を刺激されてるのか、その全てにも見える。
「どうして?わたしはあなたにけっこう好意的よ」
「そうみたいだね」
「騙されるなよ、ハリー!スリザリンの奴らって腹の底では何考えてるか分かんないんだから!」
 かなりムッとしたが、シャルルは困ったように首を傾げるに留めておいた。ウィーズリーは純血で、グリフィンドールだ。スリザリンのシャルルにあたりが厳しいのは仕方ないことだ。

「それでね……その……あなたに伝えるかは迷ったんだけど」
 瞳を下げてシャルルは思案した。睫毛が影を落とす。でも、必要な忠告だと思った。
 言いづらそうに口を開く。
「ポッター程の才能の持ち主が箒に振り回されるのは有り得ないことでしょう?でも……試合では振り回された。箒があんなに攻撃的になるのはあんまりないことなの」
 ポッターが顔を強ばらせた。「何を言いたいの?」
「あなたの実力を疑ったんじゃないの。むしろ尊敬してるわ。だからこそ忠告なんだけど……。箒は魔力を帯びた意思のある魔法具で……干渉するのはかなり強力な呪文じゃないと難しいわ」
 一旦区切り、顔を見つめる。彼は目をまんまるくさせていた。
「観覧席の誰も魔法は使ってなかった。スリザリンやレイブンクローの上級生も。だからその……部外者じゃなく校内で、あなたか、クィディッチか、グリフィンドールを嫌いな強い魔法使いがいるのかも。だから気を付けてね」
 言われていい気分になることでは無いけど、仕方ない。ポッターがぽかんとしたまま頷くのを見て、シャルルは満足してあとにした。言いたいことは伝えられた。


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