13

「ハッピー・ハロウィーン」
「ハッピー・ハロウィーン」
 少女たちがかぼちゃジュースで乾杯し、ごきげんにグラスを鳴らすと、突然大広間の扉がバタン!!と開かれた。その音は騒々しい空間の中でもよく響いた。

 息を切らせて駆け込んできたクィリナスは、大広間全員の何千という目玉に見つめられながら喘いだ。
「ち…地下室にトロールが……お、お知らせしなくてはと思って……」
 顔を強ばらせたクィリナスは、そのまま気を失って倒れてしまった。恐怖でおののいている顔だった。
 広間は一瞬シーン…と静まり返り、次の瞬間爆発した。恐慌に陥り、怒声や悲鳴が飛び交う。クィリナスの恐慌に引き攣った顔が事実だと如実に表していた。
 ダフネがシャルルの手をぎゅっと強く握った。
「トロールみたいな野蛮な生き物がどうして城に入り込むのよ!世界でいちばん安全なんじゃなかったの!?この無能!」
 歯をむき出してパンジーがダンブルドアに怒鳴っている。シャルルは反対の手でパンジーの手を握って宥めてやった。頭の中では困惑と疑問が渦巻いていた。

 ダンブルドアが広間中に耳の割れるような紫の爆発を起こして、やっと騒ぎは静かになった。監督生に連れられてスリザリン生はなんとか気品を保ちつつ、列を為す。


「トロールなんかに台無しにされるなんて、こんな情けないハロウィーンってあるかい?」
 先程青ざめて顔を歪めていたマルフォイは、監督生の後ろでわざとらしく残念そうに頭を振った。目が合ったノットが片眉を上げ、シャルルは苦笑したが、マルフォイの言葉には同意だった。
 パンジーはトロールのいる地下に向かうのを不安がったが、何事もなく一行はスリザリン寮に辿り着いた。

「残念なハプニングがあったけど、このままハロウィーンの夜を終えるのは少しもったいないわよね?」
 監督生のジェマ・ファーレイが談話室に溢れた生徒たちを見回した。
「先生方からパーティーの続きをして良いという許可が出たの。ハロウィーンはまだまだ終わらないわ!」
 ジェマ・ファーレイが腕を振り上げると共に、談話室の中心の見事なテーブルに次々と料理が出現した。騒ぎ足りなかった生徒たちは歓声を上げてそれぞれパーティーを楽しみ始めた。

 マルフォイは暖炉のそばの大きなソファを占領して、ゆったりと寛いだ。クラッブとゴイル、レイジーが中央に料理を取りに行き、シャルル、パンジーがソファに続く。
「椅子が足りないわね」
 パンジーが呟き、シャルルはおもむろに杖を取り出してちょんっと振った。ふたつの豪奢で重量のある椅子がふよふよと暖炉のそばへ飛んできた。
「さすがだね」マルフォイが口笛を吹くような口調で言った。「それじゃ、パーティーを始めようか?」
 用意された椅子にノットとダフネが腰掛けて、クラッブとゴイルは真ん中のテーブルに拠点を構えた。食べても食べても料理が補充されるあの場所はふたりにとって天国だろう。

 乾杯し、先程飲めなかったかぼちゃジュースで喉を潤した。甘く、こってりした味がするすると胃まで滑り落ちていく。料理だけでなくお菓子も食べようと、部屋に置いてきた特別なお菓子をレイジーに取りに行かせ、シャルルも会話に加わった。
「トロールなんて本当にいるのか?」
 猜疑的な口調でノットが眉を顰めた。「もし本当に侵入を許したのだとしたら、ダンブルドアは間抜けだ」
 ダフネが可笑しそうに笑った。
「そんなの今に始まったことじゃないわ」
「たしかにそうね。わたしの両親はダンブルドアに対して信頼を寄せていないわ」
「もちろん、僕の両親もだ」
「それにしたって、今回のことはかなりの失態よね?」
「大体クィレルもお粗末すぎる。あれでも一応DADAの教師だろう?父上が知ったらなんとおっしゃるか」
 マルフォイが嘆かわしいよ、と頭を振った。

「今回のことで何らかの処置をしないわけにはいかないでしょうね。ダンブルドアは理事会に対してなんて釈明するかしら?」
 パンジーが楽しそうに意地悪く笑った。シャルルも思わず口を緩ませる。
「僕の父上は理事会のメンバーだ、きっと動いてくださると思う。それにスチュアート、君のお父上はウィゼンガモットの判事だね?ノットもパーキンソンもグリーングラスも、魔法省への有力な影響力を持っている」
 マルフォイは唇を吊り上げて、グラスを傾ける。蝋燭の炎がプラチナブロンドの髪を幻想的に照らした。

「トロールはどこから侵入したのだと思う?」
 シャルルが新たな火種を提供すると、珍しくノットが話を広げた。
「禁じられた森は無法地帯だ。可能性があるならそこだろうな」
「たしかに」パンジーは頷いた。「それにあそこの森番は野蛮人よ。トロールと変わらないわ」
「森番?」
 脳内検索には引っ掛からなかったので首を傾げると、ダフネが目を丸くした。
「知らないの?冗談よね?」
「興味のないことは覚えられないの」
 シャルルはグラスを煽った。
「禁じられた森の傍に犬小屋よりも酷い家があるだろう?あそこにはハグリッドとかいう野蛮人が住んでるんだ」
「あの森番は巨人の血を引いてるに違いないわ!ありえないほどデカブツなの!」
 パンジーがキーキーとした声で小さく叫ぶ。

 シャルルは背筋がぞっとした。
「じゃあ、魔法族でも魔法生物でもない生き物ってこと?あ、ありえないわ…。高潔な魔法生物をもどきに引き摺り落ろすのは、人間の最も許し難い過ちのひとつよ」

 シャルルは魔法族としての自分に誇りを持っていたし、魔法界の生き物に敬意を払っていた。だからこそ、マグルやマグル生まれ、魔法生物のハーフなどに許し難い怒りと言いようのないおぞましさを感じるのだ。

「なぜそんな存在がホグワーツに?」
「決まってるじゃない!ダンブルドアよ!」
 パンジーが顔を顰めて吐き捨てた。ダフネが言葉をつなぐ。
「昔から彼に関する苦情は多かったらしいのよ?けれどダンブルドアが全て跳ね除けて、今も彼を採用しているの」
「しかもホグワーツの顔とも言うべき1年生の案内をやつにやらせてる。品位を貶しめてるとしか思えない」
「なおさら今回の件を急いで報告するべきね」

 話題がひと段落したのを見計らい、ターニャ・レイジーが影のようにシャルルのもとへ滑り込んだ。
「お持ちしました」
「ありがとう。レイジー?あなた、ハーブティーは淹れられる?」
 レイジーはおずおずと頷いたので、シャルルは笑みを見せた。そしてみんなの顔を見渡して言った。
「お母様が持たせてくれたハーブがあるの。それに、今日のために用意した取って置きのスイーツも」
「僕も送ってもらってある。今、部屋から持ってくるよ」
 いまだ手を緩めず料理をかきこんでいるクラッブとゴイルを横目で見て、マルフォイが部屋に戻った。シャルルは自分で取りに行くマルフォイに感心した。
「悪いけど僕の家ではこういう行事にあまり重きを置いていない。何も準備できてないんだ」
「そんなの気にしなくていいわ」
 ノットの言葉にシャルルが微笑んだ。「ただ楽しめばいいの」
 パンジーとダフネも部屋に戻り、その場にはセオドール・ノットとシャルル・スチュアートを残すのみとなった。

「君のことよくわからないな」
 ポツリとノットが言った。
「スリザリンらしい子女かと思えば、レイジーを侍らせていたり、グリフィンドールやハッフルパフの連中なんかとも平気で話すだろう」
 ぶっきらぼうな口調だったが、ノットの声に怒りはなかったので、シャルルは穏やかに言った。
「寮の組み分けによって純血の魔法族が差別されるのは、何だかおかしいとわたしは思うの」
「どういうことだ?」
「つまり…寮の組み分けは才能や性格によって決められるもので、それによって血に優劣はつかないと思うの。純血魔法族は思想によらず尊いものよね?純血同士で差別し合うより、もっと有意義なことがあるはずなの…」
 シャルルのサファイアの瞳が不思議に煌めいている。ノットはその瞳に魅せられて何も言えなくなった。もしかしたら、全く新しい思想というものが生まれつつあるのかもしれない。
「そうか…何となくわかったよ」
 マルフォイが階段を降りてくるのを見て、ノットは囁いて素早く体を離した。


 準備が整って、それぞれテーブルに持ち込んだお菓子を並べた。貴族の子息子女なだけあって壮観だ。
 それぞれの手元にはアナスタシア自慢のハーブティーが添えられている。レイジーが淹れたものだ。彼等はハーフ・マグルの手に触れたものを飲むことに嫌な顔をしたが、シャルルの微笑みにより渋々受け入れた。それからテーブルから少し離れた場所に椅子を持ってくると、レイジーをそこに座らせた。思ってもみなかった褒美にレイジーは少し頬を上気させた。

 黄金色に透き通るダイヤーズ・カモミールティーの香りを楽しむと、シャルルは特別なお菓子の封を開ける。箱の中からカラフルなコウモリが飛び出してきて目を楽しませた後、煙になってしゅわしゅわと空へ溶けた。あとに残ったのはジャック・オー・ランタンの形をしたボックスと、その中でスノー・ドームのように揺らめく蝙蝠型のお菓子たち。クッキーやキャンディがランタンの中で飛び回り、クリームが踊り、茜色のシロップが波打っていた。お菓子たちによるちいさなハロウィーン・パーティーに感嘆の声が響く。
「最高のセンスね」ダフネが見上げた。「これはアナスタシアが?」
「ええ。この中のクッキーはマダム・ミニレムが作ったものなの。ハーブが練り込まれているのよ」
「さすがアナスタシアだわ!」
 シャルルが得意げに言い、ダフネが悲鳴のような歓声を上げた。パティシエール・ミニレムが3年前に出したシリーズはハーブがテーマだった。数量限定で、プレミア価値がついている。

 マルフォイが持ってきたのは、落ち着いて上品なレアチーズケーキだった。かぼちゃの生クリームがふんだんに使われていて、銀のフォークには蛇の意匠があしらわれていた。
「母上のお気に入りでね。気に入ってもらえると思うよ」
 ダフネはアップルトフィー、パンジーはモンスターの形のジンジャークッキーだ。シャルルたちはスイーツに舌鼓を打って、会話を楽しんだ。先程の少し重苦しい政治の話からは離れ、スリザリンの話、他寮の批判、授業の話、冬休みの話…ティーンらしく恋の話。
 おなかいっぱい食べて彼らが満足したのは、もう夜も耽ける頃だった。談話室にはいつの間にか数人の生徒たちしか残っていない。
 シャルルは特別なお菓子をクラッブとゴイルに渡し、余ったスイーツをレイジーに食べて良いと許可を出した。余り物を下賜されてレイジーはどのような反応を示したかと言うと、嬉しそうに受け取った。

 部屋ではひとりぼっちのイル・テローゼがベッドで次の日の予習をしていた。シャルルは上機嫌で声をかけた。
「楽しいハロウィーンを過ごせた?」
 パンジーとシャルルのせいでスリザリンに居場所がないテローゼは、傷付いた顔でシャルルを強く睨んだ。その日の夜、自分の素晴らしい一日に大満足してシャルルはぐっすりと眠った。

 ハロウィーンの夜が耽けていく……。
 
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