04

 ついにホグワーツに入学…。
 かのサラザール・スリザリン様のいらした城に自分が立っている興奮から、シャルルのやわいほっぺたは上気し、指先がふるふると震えた。なんだか叫びたい気持ちになって、必死に両手でくちをおさえる。

「久しぶりね、シャルル。あなた口を押さえたりしてどうしたのよ?」
「パンジー!」
 黒髪を肩の上で綺麗に切り揃えた、キツめの顔つきの女の子…ダイアゴン横丁で出来たシャルルの友達が後ろにたっていた。
「ああっ、ひさしぶりねパンジー!わたしっコンパートメントをさがしたのよ!」
「まあ、そうだったの?でも悪いわね!いとこの上級生と一緒に乗ってたのよ。あなたと乗りたかったわ」
「それならしかたないわ…。でも、今日から同じ寮だもの。たくさんお話しましょうね 」
「もちろんよ。同じ部屋になれたら嬉しいわね!」
「だめだったら交換してもらえないのかしら」

 久々の再会に盛り上がっていると、突然ふたりの会話を引き裂くような悲鳴が聞こえた。
 その正体はゴーストだった。フレンドリーな霊たちが子供たちの周りをくるきる飛び、そのまま嵐のように過ぎ去っていった。
「ホグワーツでは霊さえも住人なのね。おもしろいわ!」
「気味が悪いだけじゃない」パンジーはつまらなそうに肩を竦めた。

 マクゴナガル教授について入った大広間にはホグワーツ中の人が集まっていた。四つに別れた生徒達の目が1年生の目を見つめていて、シャルルは少し体を固くした。
 しかし、それも天井を見ればすぐに吹き飛んだ。

 黒く滑らかなビロードの布に、砕けた氷が散りばめられたような夜空の天井はとても見事で、今にも星屑が降ってきそうなほど幻想的だ。
「この空には魔法が掛けられているのよ」
 誰かの言葉が耳に入ってくる。
 やはり創設者の四人は偉大だ…。こんなに美しくて壮大な魔法は見たことがない。
 感動で言葉が出なかった。

 シャルルは組み分けの方法をアナスタシアに教えてもらったけど、周りの子はみんな知らなかったみたいで、不安そうにしたり、魔法の練習をしている子がたくさんいた。パンジーもそのひとり。
「お父様は何も心配することはないっておっしゃっていたけれど、一体なにをするのかしら?」
「すぐにわかるわ、きっとね」シャルルは悪戯げに言った。

 厳格な雰囲気でマクゴナガル教授が前にでてくると、ざわざわとしていた大広間に一瞬で静寂が訪れた。手には帽子を持っている。
「何かしら、あの薄汚い帽子」
 パンジーが嫌そうにつぶやいた。
 帽子がぴくりと動き出し、よく響く声で歌を朗々と歌い上げた。大広間は拍手の大喝采で満ち、シャルルも一生懸命に手を叩いた。
 ゴドリックの遺した由緒正しき帽子だと知っていたからだ。
 シャルルはこの考える帽子がとても素晴らしいと思うのだが、パンジーはそうではないらしい。
「あの帽子を被れっていうの!?ありえない!」
 おぞましいというように身をよじり、強く拒絶の色を見せている。嫌よ嫌よと喚くパンジーをシャルルは宥めた。
「大丈夫よパンジー。きっとすぐ済むわ」

 アボット・ハンナから始まった組み分けはたまに時間のかかる生徒はいるものの順調に進んでいた。
 シャルルは聞き覚えのある純血家系の子供をじっと見つめ、顔と名前、振分けられた寮をしっかり覚えた。
 コンパートメントで一緒になったノット、昔馴染みのダフネ、そしてパンジーもほぼ考える間もなくスリザリンに組み分けされ、笑顔で席へと向かっていった。早く二人の元へ向かいたいと視線を向けると、目の合ったセオドールが微かに頷いてくれた。胸が温かい気持ちに包まれ、うれしくなった。


「ポッター・ハリー!」


 マクゴナガル教授の声が空間を裂き、歓声がざわめきに、そして静寂へと変わった。冷たい静寂ではない、興奮を抑えきれず沈黙に熱が篭った、今にも破裂しそうな静寂だ。
 数え切れないほどの人の目が、ひょろひょろとして頼りない表情の眼鏡の男の子へ突き刺さる。

 彼がハリー・ポッター…あの"例のあの人"………ヴォルデモート卿……から生き残った男の子…。
 英雄は、思った以上に普通の男の子だった。不安そうで、緊張しているのか体は強ばっていてる。
 考える帽子は、とても長い時間悩んだ末に「グリフィンドーーーールッ!!!」と叫んだ。

 その瞬間歓声が爆発する。
 広間が揺れたと感じるほどのたくさんの喜びの叫びがグリフィンドールの席から聞こえてくる。
 他の寮は悔しげだったが、シャルルはこの結果は当然だと思った。ポッター家は代々グリフィンドールに組み分けされる。それに暗黒の時代を"例のあの人"から救った功績は英雄的だ。これは成るべくして成った結果なのだ。
 シャルルは、英雄のちいさな背中を見つめた。


「スチュアート・シャルル!」
 ついにシャルルの順番が来た。シャルルは不安なんか微塵も感じていなかった。自分にどんな素質があるのか、どこへ組み分けされるのか、ただ強い好奇心でわくわくと心が跳ねていた。

 シャルルが前に出ると、大広間がさざめいた。

 シャルルは軽い足取りで堂々と前に進み、艶やかな黒髪を靡かせ、サファイアのような碧い瞳をきらきらと輝かせる。
 熟れて赤く染まった頬がますます肌の白さを際立たせていた。シャルルは人形のように可愛らしかったが、未成熟な色気があり、どこか人の視線を惹き付ける魅力があった。

 そして、生徒達が惹き込まれるのとは別の要因で、教師達もシャルルに息を飲んで注視していた。ダンブルドアが青の目をきらきらさせてシャルルを見ていた。スネイプがえも言われぬ感情を押し殺してシャルルを見ていた。マクゴガナルが瞳が潤むような気持ちでシャルルを見ていた。
 シャルルはあまりにも、あまりにも今は亡きかつての生徒たちの面影をうつしすぎていた。

 当の本人はといえば、そんな大広間の様子などまったく気にせずに憧れの創設者たちの遺物に興奮し瞳をうろつかせている。どきどきと椅子に座り、ゴドリックが遺した帽子を被ると「ウーーン…」と耳元で唸り声がし、びっくりしてシャルルはちいさく跳ねた。

───すごい!ほんとうにしゃべるのね!
「いかにも、わたしは考える帽子。お嬢さんの資質を見極め、それに相応しい寮へ組み分けよう。ふむふむ、きみには貪欲な知識欲があり、勤勉な努力家だ。ほほう、レイブンクローの血も微かに引いているようだね。しかし…」
───帽子さん、わたしはスリザリンに入りたいの。
「ふむ、スリザリンかね?確かにきみは熱烈な純血主義者であるようだ。そして合理的で計算高い…狡猾さもある。友を大事にする心、ふむ、断固たる決意もあるようじゃな?だが、既存に逆らう気骨と反発心も持ち合わせており、何より革命的だ。君の本質は闘志で、抑圧されることに我慢がならない性質。そして、君の血はロウェナに近いようじゃな?理知的で、聡明で、好奇心と知識欲が旺盛。高慢で誇り高く、個を好み個を重視する。中々素質が高いようだ。きみはスリザリンでもレイブンクローでもグリフィンドールでも得がたい経験をすることが出来るだろう」
───グリフィンドールなんて冗談じゃないわ!素晴らしい寮だとは思うけど、自分が入りたいとは思わない。スリザリンにして!
「そこまでいうのなら…資質は十分、むしろここしかないと言える。きみはこの寮で必ずや偉大はことを成すだろう ───スリザリンッッ!!! 」

 スリザリンが歓声をあげて、シャルルを拍手で迎えてくれた。シャルルも笑顔で手を振っているパンジーの隣に向かう。その背中を視線で追った教師達が目を伏せて、一瞬のうちに過去の懐かしさを思い出し、振り払った。
「ようこそ、スリザリンへ」
 先輩の歓迎ににっこりと笑顔を返す。パンジーが手を挙げてくれた。しかし隣には既に誰かが座っていて、シャルルは眉を下げた。

「ここはシャルルが座るの」パンジーがなんでもない事のように言い放った。「ほら、あそこが空いているわ」
 パンジーの隣に座っていたのは、恐らく上級生だったが、黙ってパンジーの言葉に従った。当たり前のようにシャルルはパンジーの隣の席に腰掛けた。
 すかさず、シャルルのにこやかな笑みにもう虜にされてしまった1人の崇拝者が、さっと飲み物を差し出し、彼女はそれを受け取る。

「ちょっと時間がかかったわね」
「レイブンクローと迷ったみたい。お母様の一族がレイブンクローの末裔だから」
 シャルルは笑顔でさらりとそう述べる。
 それに目の前の男の子が興味を持ったように話しかけてきた。「へえ、それってマーミラ?ダスティン?それともクリミアーナかな」
「ダスティンよ」

 男の子は青白い肌をして、顎が少し尖っていて、つんと高い鼻を上に向けていた。
「父上があそこは叡智に優れた素晴らしい家系だと仰っていた。僕はドラコ・マルフォイ。こいつらはクラッブとゴイル。君をスリザリンに歓迎するよ」
 マルフォイと言えば聖28一族の中でもかなり上位のの名家だ。ブラック家が断絶した今、血筋でも象徴的権威でも金銭的にも、頂点に立つと言っても過言ではないかもしれない。

 少年の両隣で狂ったように口に食べ物を詰めている──控えめに言っても豚のような食事風景を演出する2人の少年についても、シャルルは認識を改めた。彼らは愛されてふくよかに育った血筋の良い子供達だ。シャルルは愛想よく微笑んだ。
「ありがとう、わたしはシャルル・スチュアートよ。よろしくね 」

 首をこてんと傾けて花が咲くような笑みを浮かべたシャルルを見て、マルフォイの青白い頬にさっと朱が差した。
「スチュアートか…あそこの娘はパーティに全く出てこない変わり者だって有名だったけれど、噂は当てにならないな」
「噂?」
「それならわたしも聞いたことあるわ。あなたについて、面白い噂が貴族社会に流れているの」
 自分についての噂?上流階級との付き合いを制限され、他の純血家系の子息子女たちに比べ、社交界に疎いシャルルは、こてんと首をかしげた。
「根も葉もない噂さ。スチュアート家のご令嬢が表に出てこないのは、顔も見せられないほど醜いのか、それとも既に死んでるのかってね」
「まあ!」
「だが実際の君はどうだ。醜いどころかとても…アー…噂とは真逆だ。」
 少し言い淀み、照れるように言った彼にシャルルもほんのりと頬を染めた。同世代の男の子に褒められるのは慣れていないのだ。そんなふたりにパンジーはむっとするが、相手がシャルルなら仕方がないと小さなため息をついた。なにせ、彼女は自分でもみとれてしまう宝石のような美貌を持っているのだから。

 最後にブレーズ・ザビニがスリザリンに組み分けされると、長い銀髪の髭に青くきらめく瞳のアルバス・ダンブルドア校長が壇上に立った。
「 おめでとう!ホグワーツの新入生おめでとう!歓迎会を始める前に二言三言言わせていただきたい。では行きますぞ。
Nitwit! Blubber !Oddment! Tweak 」

 シャルルは呆気にとられて、悪戯気な笑顔を浮かべるアルバス・ダンブルドアをぽかんと見つめた。
 小さい頃からダンブルドアを信用してはいけない、巫山戯た狸爺で、腹の底を見せない偽善者だなんだと話を聞いていたが…。
「なにあれ?頭が耄碌してるんじゃないの?」
 呆れたように言うパンジーにシャルルは全面的に賛成だった。ユーモアだとしても彼は少し頭がおかしいのかも。シャルルは肩をすくめた。

 空腹が満たされ、生徒たちは大広間を後にした。スリザリン寮への案内は、監督生と呼ばれる優秀な生徒が案内してくれた。
 大広間からほかの寮の生徒がいなくなるのを待って、地下室へ向かう。

「決して寮の場所を知られないようにしろ」
 暗く、落ち着いた雰囲気の、ひやりとした廊下を進んでゆく。

 監督生は暗いブロンドの髪をかき混ぜた。「決してだ。秘密は保たれなければならない。わかるな?」
 
冷たい口調だった。1年生はお互い顔を見合わせて、おずおずと頷いた。

「やめなさいよ、シーザー。あなたって本当趣味が悪いわ」
「黙れ、ファーレイ」嗜めた茶髪の女性を、監督生は睨めつけた。だが、彼女は受け流して、さらに続けた。
「わたし達は家族よ。同じスリザリン寮になったからには、わたし達はあなた達を全力で守る。そしてそれをあなた達にも望むわ」
「フン」シーザーは鼻を鳴らした。
「だがファーレイの言う通りだ。僕らは敵が多い……だからこそ、支え合うべきだ」
 誠に不満そうにシーザーは顔を顰めた。
「まず、秘密を保て。寮の場所、合言葉、自分の秘密……家族の秘密。そして狡猾であれ。僕らは誰よりも理性的な選択を取り続けることが出来るはずだ」

 シャルルはこの2人を好ましく思った。そして、この2人の思考を形成したスリザリンも、やはり、正しくシャルルが入るべき寮だったのだと感じた。

 長い廊下のいくつかあるうちの扉を素通りし、シーザーは扉と扉の間の、なにもない壁の前で立ち止まった。石造りの煉瓦壁だ。特に特別なところは見当たらない。
「純血」
 途端に石の壁の奥に道が出来て、シャルルたちはそこをくぐって談話室へと降り立った。

「スリザリンへようこそ」

 少しも歓迎していないような声音だったが、もう1年生たちにはわかり始めていた。
「僕らは君らを歓迎する。選ばれた家族たちだ」

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