05

 生徒たちがばらけはじめ、各々の時間が訪れた。シャルルはもう眠かったが、厳かな談話室への興味を捨てることは出来なかった。
 通路に敷かれた緑の絨毯に、大理石の床、煉瓦の壁には本棚が置かれぎっしりと本が詰まっている。
 窓の向こうを覗けばおどろおどろしい見た目の魚やマーピープルたちが悠々と泳ぎ回り、たまに窓に近づいてはまた離れていく。

 談話室の奥には 石造りの彫刻が飾られ、上に見事な蛇の紋様が描かれているがあった。 生徒が近づくとそれを察して炎が燃え上がる魔法がかかっていて、丁度いい温度に炎が揺れている。シャルルはスリザリンカラーのふかふかのソファにもたれかかりながら目を閉じ、静謐で神秘的な空間を楽しんだ。

 部屋は4人部屋のようだった。これから7年間を過ごすメンバーは非常に重要だ。部屋に戻ると、パンジーが髪を乾かしている途中だった。
「あなたがルームメイトなのね!」
 シャルルの叫び声にパンジーが振り返り、顔を輝かせ、走り寄った。ふたりは手を取り合って喜び合い、パンジーのベッドに腰掛けた。

 銀とダークグリーンを基調としたシンプルな天蓋付きベッドだ。落ち着いていて、ベッドの柔らかさも及第点だ。
「こんなベッドで寝るなんてありえないわ」
 パンジーがぼやいた。胸元の大きく開いたピンクのネグリジェは、彼女にはまだ少し早いような気がする。
「ええ、そうね」
 シャルルは曖昧に微笑んだ。
「家のベッドは2倍はあるわ!それにこの部屋!4人ですむっていうのにこんなに狭いなんて」
 その気持ちはシャルルにもわかった。本を置く場所も、クローゼットも、私物を置くスペースも全くもって足りるとは思えなかった。ベッドも、後で送って貰う予定のテディベアを置いたら、シャルルがベッドに寝かせてもらう状況になるだろう。

 パンジーが体を寄せて、耳元で囁いた。ほんのりと薔薇の香りが漂ってくる。どうやら彼女は背伸びしたい年齢なのだとシャルルは思った。
「ねえ、他の子は見た?」
「いいえ」
「わたしは見たわよ」パンジーは天蓋が閉められている1つのベッドを指差した。
「ぜんぜんパッとしないの。あの子絶対ハーフよ」
 眉をひそめ、シャルルは天蓋の奥を見ようとした。
「どんな子だったの?」

 シャルルは立ち上がり、パンジーの隣の自分のベッドの端に立った。ローブと制服を脱いで杖をひと振りする。服たちはふよふよと浮かんで、ベッドの脇のクローゼットに収まった。
「今、何をしたの?」
「なにって?」
 目を見開くパンジーに戸惑ってシャルルは小首を傾げた。杖を一振し、トランクから薄水色のネグリジェを取り出して袖を通す。パンジーが間の抜けた顔でそれを見つめた。
「服が浮いて、クローゼットに入っていったわ。それに、トランクから服が浮いたわ……ひとりでに」
「それが?」
「あなたがしたの?」

 パンジーが何を言いたいのかぜんぜん分からない。だが、声音は怒ってはいないようだ。
「わたし達は魔女よ」
 シャルルは戸惑いがちに柔らかい声音で言った。
「でも、まだ1年生よ。魔法を習ってはいないわ。それにシャルル、あなたは呪文を唱えていなかった」
「このレベルの生活魔法なら小さい頃から使い慣れてるもの。あなたはちがうの?」
「入学前に杖なんて使わせてもらったことないわよ」
 シャルルは驚いた。いくら匂いが付いているとはいえ、誤魔化す術なんていくらでもある。当たり前のように魔法を使っていたシャルルにとって、それが当たり前ではないというのは驚愕だった。

「それにわたし達にはハウスエルフがいるわ。細々としたことは彼らが全てこなすじゃない」
「彼らは下僕よ。お母様は彼らが私生活に介入することを良しとはしなかったの。彼らはいつも見えない場所で働いていたわ。わたしは、彼らを好きだったけれど」
 パンジーは、穏やかでおっとりして見えるシャルルが、自分が思う以上に純血主義であることを理解し、喜びに笑みを深めた。

 するりと腕を組み、シャルルに体を預ける。
「ど、どうしたの?」
「シャルル、あなたはやっぱり最高だわ。わたし、これからの7年間が楽しみ」
「あら、光栄だわ」
 シャルルは気取った言い方をしたが、ほんのりと頬が赤かった。動揺を隠し切れていないのは丸わかりだ。パンジーはシャルルがさらに好きになった。家格では遥かに劣るスチュアートだが、シャルルと良い関係を築き、好かれ、友情を紡いでいくのは決して損にはならないだろうとパンジーは思っていた。



 翌朝、パンジーに揺り起こされ、シャルルは目覚めた。
「起きて!朝食に行くわよ、」
 ソワソワと落ち着きのないパンジーに言われるがまま、シャルルは急いでシャワーを浴び、制服に着替えた。スリザリンカラーのネクタイとローブを身につけると、ついに憧れの寮に入れたのだと、嬉しい気持ちに包まれる。
 あとで家にフクロウを送らないと、きっとヨシュアもアナスタシアもメロウも喜んでくれるだろう。物思いに耽りかけたシャルルの手を掴み、ふたりは談話室を連れ立って出ていった。

 初めての道にシャルルはわくわくして、キョロキョロと眺めながら歩くが、急いでいるのか少し前をパンジーが早足でもくもくと進んでいく。
 しかしふたりが渡っていた階段が突然動き始め、パンジーは悲鳴を上げた。ちょうど動くところにいた彼女が危うく下に落ちるところだったのだ。
「大丈夫!?パンジー!」
「大丈夫じゃないわよ!なんなのこの階段!もう少しで下に…ひっ」
 下をのぞき込んだパンジーは、その深さに喉の奥で引きつったような悲鳴を上げて手すりにぎゅっとしがみついた。
 その後も、絵画に道を間違って教えられたり、くすぐらないといけないドアに手間取ったり、途中ピーブズにびしょぬれにされたりして、大広間につく頃にはふたりはすっかり疲れきっていた。
「ご飯を食べるのにこんなに大変な思いをするなんて…」
「わたしホグワーツ生活を甘く見てたみたい」

 大広間に入ると、マルフォイとノットが見えた。クラッブとゴイルも。パンジーはまっすぐ彼らの元へ向かった。
「ドラコ、おはよう。早いのね」
「ああ。規則正しい生活は身についているんだ」
 パンジーがドラコに声をかけたが、ノットはちらりとも顔を上げない。

「おはよう、ノット」
「おはよう」
 シャルルの挨拶にノットは手を止めて、顔を上げた。マルフォイが、意外そうにノットの横顔を見つめる。
 パンジーがちらりと彼を見つめるとセオドールが素っ気なく「セオドール・ノット」と名乗る。「わたしはパンジーよ。パンジー・パーキンソン」
 パンジーはさりげなくマルフォイの隣に座り、さっきあったことを聞かせて見せた。
「災難だったねパーキンソン。動く階段には僕達も捕まったよ。時間はかかるし、クラッブとゴイルも転びそうになっていた」
「ただでさえ広くて迷いやすいのに、変な仕掛けばかりあるなんて」
 彼女が憮然として言う。
「おまけにピーブズにいたずらもされたのよ」
「ああ、あの」
 マルフォイが眉をしかめ、ノットがぴくりと片眉を上げた。
「はた迷惑なゴーストよね」
「何をされたんだ?」
「それがあのに水を被せられてびしょぬれになったのよ!朝から最低な気分だったわ」
 パンジーは忌々しそうに吐き捨てた。
「でも君たちは誰も濡れていないようだけど?」
「それはシャルルが魔法で乾かしてくれたからよ」

 パンジーが少し得意げに言うと、ふたりは驚きに目を開いてシャルルを見つめた。少し恥ずかしくなり照れ笑いを浮かべる。

「スチュアートはもう乾燥魔法を使えるのか」
 無表情で無口なノットが称賛の響きを含んだ声を洩らす。
「魔法の練習をお父様とお母様と一緒におうちでしてたの。でも使えるのはちょっとだけよ」
「うそばっかり。シャルルったらすごいのよ、ピーブズにびしょ濡れにされたのを杖の一振りで乾かして、やつに金縛り呪文までかけてやったんだから」
「金縛り呪文まで!」
「ほんとう、かちんかちんに固まったピーブズは愉快だったわよ」

 ノットはこんどこそ口をぽかんと開けた。
「僕も家で勉強はしてきたつもりだったけど…。負けていられない」
 冗談めかした口調だったが、本当に悔しそうな様子に「そんな…」と言いつつもシャルルは褒められて心が浮ついているのを隠せなかった。
「でもまだホグワーツの生活は始まったばかりだ、あんまり調子に乗るなよ」
 ノットはにやりとニヒルに言い捨てると、さっとそのまま立ち上がった。きっと図書室に上級教科書でも借りに行くんだわ──。シャルルはそう当たりをつけた。そして、その想像は間違っていない。
「おい、待て!ノット!じゃあ僕は行く、ふたりともまた後で」
「ああそんな!ドラコ!」
 パンジーがドラコの遠くなる背中を見つめ、悲痛な声を上げた。

「ふたりとも、今日から授業なんだから勉強なんていいじゃない…せっかく彼と一緒にご飯を食べれると思ったのに!」
「あら、パンジーが急いでいたのはそのためだったの?」
 純粋な疑問を口にすると、パンジーはからかわれたと思ったのか、かあ…っと頬を赤くした。
「そうよ、悪い!?だって彼って素敵じゃない…」
「彼ってノット?マルフォイ?」
「ドラコよ!彼ってとってもハンサムで、紳士的で、スマートで、話も面白いのよ」
 マルフォイの話をするパンジーはうっとりとしていて、可愛らしかった。シャルルは少しの羨ましさを滲ませて呟く。
「パンジーはもう恋をしてるんだ…大人なのね」
「あら、シャルルはまだなの?ノットといい感じだったじゃない」
「彼はともだちよ。それにこの間出会ったばかりなのに」
「時間なんて関係ないわよ。好きと思ったらそれはもう恋なの。それに彼もあなたにはなんだかほかの人と態度が違うように思えたわ!」
「そうかしら…わたしには恋とかはきっとまだ早いわ」
肩をすくめてみせたシャルルにパンジーはつまらなそうに唇を尖らせる。
「シャルルったらこどもなんだから」



 スリザリンのはじめての授業は薬草学だった。
 アナスタシアの大の得意科目だ…シャルルは胸を踊らせていた。母であるアナスタシアはそれまで純血魔法族の間で軽視されていたハーブの研究をし、数十にわたる魔法薬における新しい効能や効果的な調合法を発見し、また新種の薬草を数種類生み出してその繁殖に成功した。本も数冊出発し教科書などにも幾度か取り上げられ、薬草界ではちょっとした有名人なのだ。
 そのおかげでシャルルは幼い頃からたくさんのハーブや薬草に触れてきたし、知識はそこらの学生には負けないという自信があった。

 薬草学はレイブンクローと合同だった。
 シャルルは自信のとおりに初日からその深い知識でスプラウト先生を驚かせ、スリザリンからは賞賛を、レイブンクローからは悔しげな視線を受け大満足だった。
「さすがねシャルル!」
「素晴らしい!スリザリンに3点差し上げましょう」
 この言葉を何度言われただろう?
 教科書はもちろん読み込んだし、1年生レベルの内容なら読まなくても既に頭に入っていた。

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